大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

パナソニック エナジー社、野口直人社長インタビュー
~リチウムイオン電池は、これからノートPC以外にも用途が広がる



 「2O10年は、パナソニックのエナジー事業にとって、大きな変わり目を迎える1年になる」--。パナソニック株式会社 エナジー社の野口直人社長は、そう切り出す。

パナソニック株式会社 エナジー社 野口直人社長

 2009年12月に、18650サイズのリチウムイオン電池において、量産品として3.1Ahの製品を発表。さらに、2011年度の量産化を目指す3.4Ah電池と、2012年度の量産化を目指す次世代の4.0Ah電池の技術を発表し、将来のノートPCへの採用を視野に入れた提案を行なった。一方で、直接メタノール型燃料電池システムの高出力化・高耐久化を実現した製品の開発や、子会社化した三洋電機とのコラボレーションによって、2018年度にはエナジーシステム事業全体で3兆円以上の売上高を目標とすることなどが明らかになるなど、パナソニックグループの大きな事業の柱となるものと期待されている。今後はノートPCをはじめとするモバイル機器への搭載だけでなく、電気自動車への応用などを視野に入れたリチウムイオン電池ビジネスを中心に、エナジー事業への取り組みについて、エナジー社の野口社長に聞いた。

--2009年は、エナジー社にとってどんな1年でしたか。

野口 リーマンショック後の経済環境の悪化が大きく響いた1年であったことは確かです。足下のビジネスも大変厳しい状況にある。しかも、ノートPCの出荷数量が増えたとしても、その一方で、電池の価格下落が進展していますから、決して手放しで喜べる状態ではありません。しかし、その一方で米オバマ大統領のグリーンニューディール政策の発表など、環境に対する意識が強まり、自然エネルギーに対する関心が高まった。同時に創エネ、蓄エネ、省エネに注目が集まり、我々にとっては、新たなビジネスチャンスが訪れたともいえます。パナソニックは、ABCD(A=アプライアンス、B=ブラックボックスデバイス、C=カーエレクトロニクス、D=デジタルAVネットワークス)の4つの領域を主要事業分野としていますが、三洋電機をグループに迎え、E(E=エナジー)を加えた5つの重点事業を掲げ、すべての事業で環境を基軸とした。また、創業100周年を迎える2018年のあるべき姿として「エレクトロニクスNo.1の環境革新企業」を目指しています。2010年度からスタートする新たな中期経営計画でも、環境は重要なキーワードとなる。そのなかで、エネジー社が果たす役割は極めて重要なものになります。

2010年1月8日の方針説明会では、大坪文雄社長が、リチウムイオン電池事業の拡大に言及したパナソニックは環境革新企業を目指すなかで、創エネ、蓄エネ、省エネの観点とエネルギーマネジメントに取り組む

--12月にノートPC向けに使用している18650型リチウムイオン電池の新製品および新技術の発表を行ないました。量産品として3.1Ahの製品を発表するとともに、2011年度の量産化を目指す3.4Ah電池と、2012年度の量産化を目指す第3世代の4.0Ah電池の技術ですね。これはどんな意味を持ちますか。

野口 2009年の最後にこうした製品と技術を発表できたことは大きな意味があります。2009年は、リチウムイオン電池を徹底的に鍛え、安全性、信頼性を維持しながら、コストダウンすることにも積極的に取り組んできました。モノづくりのプロセスに踏み込み、イタコナ活動と呼ばれる原材料まで遡ったコスト削減にも取り組みました。また、大阪・住之江に工場を建設し、生産体制も整えた。そのなかで、3.1Ah電池を量産化できたことは、2009年の大きな成果だったといえます。2011年に製品化する3.4Ah電池では、プロセス革新により、高密度化した新たな材料を開発し、高容量、軽量、高耐久性を実現した。充放電回数が増えても、高い容量維持率を維持でき、コバルト系正極に比べて、2倍以上の耐久性を持ちます。また、2012年度に商品化を目指す4.0Ah高容量電池は、負極にシリコン系合金を採用した第3世代の技術であり、シリコン系材料の開発とプロセス技術を改善することで、課題となっていた充放電繰り返し時の合金負極電極群の変形を解消することに成功しました。

18650サイズのリチウムイオン電池ノートPCに搭載するリチウムイオン電池モジュール。新技術によってスペースを半分にできる技術進化がモバイル機器の長時間駆動化や小型、軽量化を促進する

--これはどんな分野で活用されることになりますか。

野口 1つは、ノートPCをはじめとするモバイル機器での活用ということになります。今、ノートPCの半数以上に採用されている2.2Ahのリチウムイオン電池に比べると、同じ仕様であれば、2倍近い連続駆動時間を実現することができます。Let'snoteは16時間の連続駆動時間を実現していますが、同じ仕様であれば、32時間もの連続駆動が可能になるという計算です。ただ、ノートPCの場合、技術進化が激しく、4.0Ah電池が商品化される予定の2012年度の時点では、求められる要件が大きく変わっているでしょうから、なかなか32時間の連続駆動というのは難しいかもしれませんね。また、逆に同じ連続駆動時間であれば、バッテリスペースを6セルから3セルへと半分にでき、小型軽量化にも大きく寄与する。半分になるという大きな技術進化は、セットメーカーにさまざまなデバイスの可能性を提案することにもつながります。この技術がきっかけとなって、デバイスの広がりに貢献できると考えています。

 もう1つ、パソナニックが狙っているのが、家庭用太陽光発電(PV)や燃料電池向けの蓄電システムとしての活用、そして、電気自動車(EV)用電源などへの応用です。

 とくに、EVへの採用は大きな市場に広がる可能性がある。当社の試算によると、2次電池市場全体は、2018年までの今後10年で2.5倍の5兆4,000億円に拡大すると予測していますが、そのなかでも、2009年度には6,000億円の市場規模であったリチウムイオン電池が、この10年間で5.3倍もの成長を遂げ、3兆2,000億円にまで拡大し、2次電池市場全体における構成比は、6~7割程度を占めるようになると予測しています。

 リチウムイオン電池の高容量化、コストパフォーマンスの高さが評価されているのですが、それは電気自動車への応用という点で最適なものだと位置づけられている。ノートPCや携帯電話、スマートフォンなどにおいても、長時間駆動、小型化という点で需要は伸びると見ていますし、蓄電システムやバックアップ電源としての用途も拡大する。しかし、それ以上にEV、PHEV、HEVといった環境対応車への需要が期待できる。環境対応車は、2018年度には、2010年度の2.5倍となる750万台の出荷が見込まれていますし、環境対応車も電池需要は、17倍規模となる38,000MWhにまで拡大すると見ています。

 EVによって、自動車産業への参入障壁が下がりますし、自動車やバイクの領域でも新たなコンセプトのものが登場することになるでしょう。4.0Ahのリチウムイオン電池と新たなモジュールを14個利用すれば、航続距離は現在の2.9Ah電池を搭載したモジュールに比べて、35%も向上した270Kmまで延長できますし、同じエネルギー量とすれば、電池モジュールは20並列7直列の140本構成から、15並列7直列の105本で済み、これを14個搭載した場合、搭載スペースは67Lぐらいまで小型化、軽量化ができる。これは一般的な車のガソリンタンクと同じ大きさで、いよいよ実用化が見えてきたともいえます。また、最近では、レンジエクステンディドEVと呼ばれる小型発電機を搭載し、長距離走行時に、バッテリを自ら充電する電気自動車の登場も見込まれている。エナジー社では、メタノール燃料電池の新たな技術も発表していますが、これとリチウムイオン電池モジュールとを組み合わせて提案もできるようになる。

 いずれにしろ、重要なのは、これまでの延長線上の発想だけではビジネスが拡大しないという姿勢を持つことです。まさに非連続型のビジネススタイルを徹底しなければ成長がないビジネスです。具体的な内容はお話できませんが、先日もある米国の企業が、18650のリチウムイオン電池を40万セットも活用したいという提案があった。これも従来の発想では出てこない商談だった。また、ATMとソーラーパネルを組み合わせたり、駐車場の屋根や携帯電話の基地局にもソーラーを設置したいという提案があり、そこでも蓄エネとしてリチウムイオン電池が活用されることになる。どんなところに使えるのか、どんなエナジーソリューションがあるのか、柔軟な発想をしなくてはなりません。

リチウンイオン電池市場は、今後10年で5.3倍に拡大すると予測環境対応車へのリチウムイオン搭載が加速することになる電池セルの高容量化に伴い、電気自動車の実用化に向けて大きく踏み出した

--リチウムイオン電池事業の課題をあげるとすればなんですか。

野口 新たな技術に関しては、どこまでコストを引き下げることができるのか、といった点です。市場に導入してもらうための価格を実現しなくてはなりません。ここへの努力がこれからの鍵です。それと、もう1つはスピードですね。開発のスピードをもっとあげなくてはならないし、評価のスピードを速めていかなくてはならない。社内には、「とにかくもっと早く開発をして、製品投入を前倒しにしてほしい」と言い続けています。

--エナジー事業全体を見ますと、創エネ、蓄エネという観点では、技術や製品が揃ってきた感じがありますが、その中核ともいえるエナジーマネジメントの部分で、具体的な提案が遅れているように感じます。その点ではどうですか。

野口 家まるごと、ビルまるごとのエナジーマネジメントという点では、確かに、これからさらに力を入れていく必要があります。ただ、ここは、当社が持つ創エネ、蓄エネ、省エネ機器との組み合わせや、住設などにも取り組み、配電、配線といったことも手がけているパナソニックならでは強みが生かせる分野であります。さらに、個々の家やビルから、街区、地域へと広げ、スマートグリッドを視野に捉えた提案もできる。また、エナジーマネジメントは子会社化した三洋電機とのシナジーが生み出せる分野でもあります。パナソニックグループとして、エナジーマネジメントの領域には積極果敢取り組んでいきます。

--エナジー事業における三洋電機とのシナジーはどんなところに発揮されますか。

野口 1+1が2ではなく、将来に向けてそれ以上の価値を生み出せるようにしなくてはなりません。例えば、リチウムイオン電池では、三洋電機はトップシェアを誇っており、両社のシェアをあわせると35%程度のシェアになります。量の効果というものがあるが、それだけではなく、両社の技術を生かして、安全性、信頼性を高め、これをボリュームゾーンに展開するという「裏の競争力」を高めることもできると考えている。一方で、世界最高のHIT太陽電池を持つ三洋電機と、世界的に強固な販売チャネルを持つパナソニックの組み合わせという点でも、成長に向けた大きな可能性がある。具体的なシナジー効果の創出については、これから詰めていくことになりますが、パナソニックと三洋電機は、エナジーシステム分野における、強いタッグチームであることは明らかです。

--パナソニックのエナジー事業にとって、2010年はどんな1年になりますか。

 野口 パナソニックのエナジー事業においては、大きな変わり目を迎える1年になります。三洋電機とのシナジー効果も期待できますし、これに伴って、新たなビジネスチャンスを創出することができる。我々は、それに向けてアクセル全快で取り組んでいかなくてはならない。また、同時に次代の提案に向けた仕込みの1年ともなります。EV市場の拡大に向けた準備も必要ですし、我々が思いつかないような用途提案にも柔軟に対応していく必要がある。4月1日付けで、エナジーソリューション事業推進本部を設置し、ワンストップでビジネス対応を図る体制を整えます。パナソニックグループにとってもエナジーシステム事業は、今後重要な柱になっていきます。表の競争力、裏の競争力をしっかりとつけ、グローバルで戦える体質への展開を図っていきたいと考えています。