大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

新人アイドルのデビュー戦略を参考にしたWindows 7のタグライン



日本語のタグライン

 10月22日のWindows 7発売まで約10週間となった8月19日、日本語によるWindows 7のタグラインが発表された。

 タグラインとは、メーカー名やブランド、製品名などとともに、メッセージ性のある言葉を付加し、企業の姿勢やブランド、製品の方向性などを示す役割を果たすものだ。

 Windows 7には、すでに英文のタグラインとして、「Your PC, Simplified」が用意されていたが、Windows 7のマーケティング活動を本格化させるのにあわせて、日本語によるタグラインを新たに用意。今後、日本では、これが使われることになる。

 新たに用意された日本語のタグラインは、「あなたとPCに、シンプルな毎日を。」となる。


●タグラインの公開まで
Windows 7の英文のタグライン

 英文のタグラインは、2009年1月に、米ラスベガスで開催された2009 International CESにおいて、公けにされている。

 それ以降、各国のマーケティング部門向けに、タグラインの意図を記した文書が配布され、各国語で直訳した場合の言葉が提示された。国によって提示されたタグラインのなかに、直接Windows 7という言葉が含まれたものもあった。

 日本語では、「あらゆるPCを、シンプルに」、「PCをもっとかんたん、使いやすくする」、「コンピュータがかんたん、スムーズに」といった言葉が提示されたが、これはそのまま使用するというものではなく、日本法人において、より適切な言葉に置き換えることができるのであれば、それを利用してほしい、という内容のものだった。

 タグラインが使用されるのは、基本的にはコンシューマ向けマーケティングの取り組みにおいてであり、店頭POPや販促物などに使用されることになる。そして、店頭に並ぶパッケージには、すべてのエディションにおいて、このタグラインが使用される。

 そのため、タグラインの考案については、コンシューマ&オンラインマーケティング統括本部が担当し、企業向けのWindowsチームは関与していない。

 だが、「企業のIT部門担当者も、一歩会社を出れば個人ユーザー。そうした人たちにも響く言葉を使った」(マイクロソフトコンシューマ&オンラインマーケティング統括本部マーケティングコミュニケーションズ本部・新保将部長)という。

 検討した候補は1,000種類にものぼる。ちなみに、ボツ案では、「PCを愛するすべての人へ」、「my 7days Partner」、「快適で気持ちいい毎日」、「毎日をもっとスマートに」などがあったという。


●英文直訳ではない日本語のタグライン

 英文の「Your PC, Simplified」という言葉からすれば、まず直訳されるのが「あなたのPC」である。

Windows 7の日本語文のタグライン

 だが、日本語のタグラインでは、「あなたのPC」ではなく、「あなたとPC」としている。

 「あなたのPCというのでは、Windows 7が実現するのはPCの機能強化でしかない。だが、Windows 7によって実現されるのは、生活そのものが豊かになるということ。PCの進化とともに、生活も進化するという意味を込めた」と、より大きな意味でWindows 7のメリットを訴求しようという意図があった。

 ヒントはビデオカメラの広告訴求方法だった。

 レンズ品質やCMOS技術、HDDの容量などの訴求よりも、「子供が産まれたときの感動を残す」、「運動会や入学式の思い出を残す」という訴求は、まさにソリューション型の提案。これと同様に、PCの進化よりも、Windows 7によって、何ができるのか、生活がどう変わるのか、というメッセージを込めたのだ。

 続くのは「シンプル」という言葉だ。ここにもこだわりがある。

 実は、2月以降、マイクロソフトではユーザーを対象にした事前調査を実施している。そのなかで、Windows 7をデモストレーションした後に、どんな印象を持ったか、どんな言葉が当てはまるかといったことも調査している。

 そこで出てきたのが「快適」、「簡単」などの言葉だ。

 だが快適という言葉や、簡単という言葉を使用することを、マイクロソフトは嫌った。

 というのも、快適という言葉は、人によって受ける印象が違うこと、また、簡単というのも、機能を削減した上での簡単さを実現したというイメージが先行し、Windows 7の狙いとは異なると考えたからだ。

 だが、シンプルという言葉は、調査でもWindows 7をイメージするには最適の言葉であるとの評価があったのに加えて、ポジティブに印象で捉えられることが多い。快適や、簡単を包括する言葉と捉えたのだ。

 英文のタグラインで使用された「Simplified」とも、直接的な意味は違うが、連動性を持たせたともいえる。


●「毎日」に込めた意味

 そして、最後に加えたのが「毎日」である。

 「最後に、ソリューションを意識する言葉を加えたかった。毎日のほかにも、生活、可能性などの言葉も候補にあがった」という。

 毎日という言葉にしたのは、「あなたとPC」という言葉にもかかってくるが、毎日の生活に変化を与えること、さらに、空気や水のように毎日自然にPCを使ってもらうためのOSであることを示した。

 また、毎日という言葉は、タグラインの言葉としてあまり使われていないため、「おやっ」と思わせる狙いや、「毎日、なにが起こるの?」という疑問を感じさせることを狙ったという。最後の「。」にも、同様に疑問を感じさせる意味を込めた。

 実は、「あなたとPCに、シンプルな毎日を。」のタグラインのもとに、3つのピラーが用意されている。

タグラインのもとに3つのピラーがある

 「できること、簡単に。」、「やりたいこと、軽快に。」、「新しいこと、目の前に。」である。

 これらの言葉は、機能を説明するものであり、タグラインの疑問は、このピラーに落としこみ、機能を説明するためのの仕掛けともいえる。

 そして、この順番には深い意味がある。マイクロソフトがWindows 7のデモストレーションを行なう場合も、この順番に沿ったものになる。

 「できること、簡単に。」ではPCに求められる機能をしっかりと搭載していることを示し、「やりたいこと、軽快に。」ではVistaの反省を踏まえた改良が加えられていることを示し、そして、「新しいこと、目の前に。」で初めて、マルチタッチ機能などのWindows 7の新たな機能を紹介するというわけだ。

 「次世代プレミアム」という新機能訴求を前面に打ち出すタグラインを使用したWindows Vistaとは、180度異なるマーケティング手法を用いていることがここからもわかる。

 そして、「あなたとPCに、シンプルな毎日を。」というタグラインは、それを実現するためにはパートナーとの連携が必要であることを訴えたものでもある。PCメーカー、ソフトメーカー、周辺機器メーカー、コンテンツホルダー、サービスプロバイダーなどのパートナーの製品、サービスと組み合わせること、販売店と連携を図ることで、このタグラインを現実のものにしようというわけだ。

●堂山昌司氏の思惑
マイクロソフトでは日本語タグラインが入った団扇を制作した

 もう1つ逸話を紹介しよう。

 マイクロソフトのタグラインへのこだわりには、現在、コンシューマ部門を牽引する堂山昌司副社長の考え方が強く反映されていることが見逃せない。

 東芝EMI社長から転身した堂山副社長は、新人アーティストがデビューのときに打ち出すキャッチフレーズと同様、マイクロソフトの製品にもしっかりとしたメッセージを込めたキャッチフレーズが必要だとする。

 「新人アーティストを売り出すときに、一言で、どういうアーティストであるのかを説明する。一生に一度、そのアーティストにつけられるキャッチフレーズを考えるつもりで、マイクロソフトの製品のタグラインを考えるべきだ」。

 今回のWindows 7の日本語によるタグラインは、レコード会社の感覚をもとに作られたものなのだ。