大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ソニーコンピュータサイエンス研究所、所眞理雄社長に聞く
~ソニーの不思議な研究所はどう生まれ、どうなっていくのか



ソニーコンピュータサイエンス研究所

 ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)は、その名の通り、ソニーが「コンピュータサイエンス」を研究するために設立された事業所である。だが、今では、コンピュータサイエンスの研究を完了し、システム複雑系や脳科学を含むヒューマンインターフェース、そして、新たな方法論でもあるオープンシステムサイエンスという、研究開発テーマに取り組んでいる。

 また、ソニーが出資するものの、目指しているのはソニーへの貢献だけでなく、「社会や産業発展に役立つ研究」。研究員には、いまやテレビで引っ張りだこである脳科学の茂木健一郎氏、システムバイオロジーという学問分野を提唱した北野宏明氏、エコノフィジックス(経済物理学)を切り開いた高安秀樹氏、実世界情報学としてコンピュータを実世界指向へと促進させる暦本純一氏氏などが名を連ねる。

【お詫びと訂正】初出時に「暦本純一」氏のお名前を誤って表記しておりました。お詫びして訂正させていただきます。

 昨年(2008年)、創立20周年を迎えた。ソニーCSLは、また新たなステップへと踏み出した。このユニークな研究所は、これからどう進化するのだろうか。代表取締役社長である所 眞理雄氏に、ソニーCSLの過去、現在、未来、そして、ソニーグループ全体、社会全体の課題について聞いた。


所眞理雄社長

--'88年2月の設立から、昨年で設立20周年を迎え、所社長自身も、所長の座を北野宏明氏に譲りました。いまの気分はどんな感じですか?

所 確かに一区切りついたという気持ちはありますね。研究員が大きく育ったことは、子供を育てた一家の主と一緒で、ホッとした感じはある。だが、その一方で、ここで引退してもいいのかな(笑)、という気持ちもあります。というのも、自分のなかで、「オープンシステムサイエンス」というものに対して、しっかりとやらなくてはならないという情熱が高まってきた。ソニーCSLの研究員たちは、研究に対して、新たなビジョン、新たな手法を用いているが、これを実行し続けることは、これまでのように専門性を追いかけているようなリダクショリズムのサイエンス手法でなしえない。オープンシステムサイエンスの手法が必要になってくる。いま、それを追求する次のステージにきている。これをやっていきたいと考えているんです。

--オープンシステムサイエンスとは?

所 これまでの科学の方法論は、対象の領域を決め、問題の本質が明らかになるように抽象化を行ない、その基本原理を解明する、というやりかたを取ってきました。ところが、生命や健康、脳や心の問題を研究するとなると、これまでの手法では通じなくなってきた。また、地球環境、エネルギー、食料といった社会問題、経済的な課題を解決するための研究手法にも限界が出てきた。

 それを解決するための方法論が、オープンシステムサイエンスです。オープンシステムサイエンスの対象は、巨大であり、複雑なシステムです。そして、対象もさまざまな要素から構成されており、それらが相互に、複雑に影響を与えています。

 例えば、気候を分析しようとした場合、当然、地形のことも、海流のことも影響する。また人為的な建造物である工場やビルが建てば、それも影響を及ぼすことになる。建造物によって、渡り鳥の習性が変わり、これも気候に影響することになるかもしれない。しかも、これを分析するには、最初に作ったシミュレーションプログラムを毎日のように変更しなくてはならない。社会の動きを止めて、リセットしながら変えていくということもできない。

 つまり、最初から変更することを前提とし、止めることができないものに対して、なにを、どう構築すればいいのかということも考えなくてはならない。ここにオープンシステムサイエンスの必要性が出てくる。過去の論理や手法といった、いままでのしがらみを外して取り組むと、いろいろな発想がどんどん出てくるんですよ。

--昨年6月に、ソニー本社で開催した20周年記念シンポジウムで、所社長が「リアルタイムの全地球シミュレータをやりたい」といっていたのを思い出します。

所 それがオープンシステムサイエンスによって、実現される取り組みの1つですね。昨年の段階では、まだ夢でしたが、今年は少し現実的なものになってきた。「それは面白い」と、一緒にやってくれる人もいますから(笑)。もともとオープンシステムサイエンスは、ソニーCSLの根本的なところでもあるんです。

 今、研究員たちが取り組んでいる研究は、オープンシステムサイエンスの論理に基づいたものともいえる。巨大で、複雑な問題を解決するために、新しい視点を用いています。いまはこれを表現できる段階まできた。この手法を確立することが、これから10年のソニーCSLの研究テーマだといえます。

--所社長自身は、どんな形でオープンシステムサイエンスに関わっていくつもりですか。

所 もちろん、なんでもかんでも関わって、結果として老害になった、というのは避けたいですね。人に任せるところは任せるつもりです。ただ、強い情熱をもって、この研究には取り組みたい。ちょっと哲学的なところもありますから、歳を取らないとじっくりとできないテーマですし、私にはちょうどいいんですよ(笑)。

 今、オープンシステムシミュレーションという具体的なことを始めています。データの処理の仕方をどうするか、モデルをつくって数式化して、プログラム化する。そして、オープンにさまざまな要素を取り込むことも考える。楽しい作業です。

●研究テーマの変化

--これまでソニーCSLは、10年ごとに研究テーマを大きく変えてきました。それぞれの研究テーマに対する所社長の関わり方も違ってきました。

所 もともと設立時には、分散OSやコンピュータネットワーク、インターフェース、人工知能といったコンピュータサイエンスを研究テーマとしてスタートし、このときには研究の第一線にいた。

 '98年以降の第2期はヒューマンインターフェースの時代に入り、システム生物学や経済物理学、システム脳科学といった「基礎科学」、発達認知ロボティクス、ソーシャルインタラクション、インタラクティブミュージックといった「ライフスタイル」、ユビキタスコンピューティング、エモーショナルインタラクション、実世界指向インタラクションなどの「インタクション技術」などの研究に力を注ぎました。

 この時期は、研究はしないが、興味を持って、本質的なところを理解し、研究者と議論した。ここでは、ソニー本社の役員を兼務していたということもありましたし、完全にマネジメントの立場にいましたね。研究テーマに興味を持っていても、研究そのものに時間を割くことができなかったというのが本当のところです。しかし、2008年からスタートした第3期のオープンシステムサイエンスでは、それに関する講演もすでに始めていますから、第2期以上にテーマに関わっていますよ(笑)。オープンシステムサイエンスの方法論に、新たに加えるべき視点に「マネジメント」があると考えています。運営とかマネジメントとかいう言葉は、これまでは、科学や技術とはまったく別の分野として考えられてきましたが、よく考えてみると、運営がうまく行かなくなるといろいろな障害がおこるわけです。社会、経済、地球環境、エネルギー、食料の問題も持続させていくという意味で、運営の視点が重要です。

--第1期は研究者、第2期はマネジメント。第3期の関わり方を表す言葉はありますか?

所 海外には、Thinkerという言葉があります。日本語だと適当な言葉が思い浮かばないのですね。思考家や思索家というのもおかしいのですが、物事の本質を、哲学的に考えていく役割が出てくるのではないかと。日本語でシンカーというと、まず思い浮かぶのが変化球のシンカー(Sinker)ですが、もともと直球勝負ばかりで人生を損していた僕が変化球になるなんて面白いですね。

第1期のテーマ第2期のテーマ第3期のテーマ

--なぜ、ソニーCSLでは研究テーマを10年ごとに大きく変更するのですか。

所 研究所はテーマにしがみついては駄目なんです。研究というのは、ある程度やると完成してくるものです。それでも、テーマを変えずに研究を続けていくと、重箱の隅をつつくような、必要のない研究をしていくことになる。もちろん、論文も定期的に出すことはできるだろうし、評価もそれなりにあるだろう。だが、会社への貢献、社会への貢献という観点から見たらどうか。明らかに下がっていくことになる。もし、ソニーCSLが、コンピュータサイエンス研究所の名前通りに、いまでもコンピュータサイエンスの研究をしていたならば、社会に貢献するような研究はできていなかったでしょう。

 研究所には、ざっくりといって、10年ごとに求められているものが違う。それをからだ全体で感じる力や、その方向へと思い切って踏み出す決断力が必要なんです。そして、ソニーCSLには、新たなテーマに踏み出そうという時に、そこにすばらしい人材がいた。こうした幸運も味方だったと思っています。いまから3~4年前に、次の10年はなにをやろうかと研究所のメンバーと相談していたんです。

社会に貢献する研究テーマ

 僕は、「これからは、サスティナビリティやエネルギーなどの分野にいかないといけないだろう。どう思うか」とみんなに聞いたんです。すると、「そうだ、そうだ」って、ノリがいいんです。みんな、このままでいたら必要とされる研究所にはならないこと、社会に貢献できなくなることを知っているんですよ。だから、ソニーCSLの研究は閉塞状態に陥ることがなかった。研究者が常に情熱を持っていられるのは、必要だと思うことをやっているからです。だから、心に痛みがない。気持ちよく仕事ができ、情熱を持ち続けることができるんです。

 ほかの研究所を見ていると、新しいことをやらなくてはいけないのに、研究所自身が新しいテーマを探そうとしませんから、なにをやっていいのかをわからないまま閉息状態に陥ってしまう。誰のためになるのかがわからないから、役に立たない研究をしているのではないかという疑念が出てくる。役立つことを研究するのが、研究所としての役割ですから、そのために変化していかなくてはならないんです。

--'88年にソニーCSLを設立するのに際し、当時、慶應義塾大学の助教授だった所社長にソニーから声がかかりましたね。この時、ワークステーション「NEWS」の開発チームを率いていた土井利忠氏がコンピュータ事業の事業部長になってほしいと打診したのが始まりだったとか。

天才・異才が飛び出すソニーの不思議な研究所(日経BP)

所 大学の助教授ですからね、ビジネスなんて、できっこありません。そこで、世界一の研究所を作りたいといったんですよ。そうしたら土井さんが、「それは面白い、すぐに企画書を書いてくれ」ということになり、すぐに書き上げました。この時期、日本の企業が海外に研究所を作り始めていましたが、なぜ日本の企業が、日本に研究所を作ろうとしないのかという点が疑問で仕方がなかった。ですから企画書には、人材は世界中に求めるが、日本に立地することを前提にし、世界一の研究所を作ること、私が納得した研究者を採用すること、研究者がやりたいことを自由にできるシステムとすること、30人程度の少数精鋭部隊にすることなどを盛り込みました。このあたりの経緯は、先頃出版した「天才・異才が飛び出すソニーの不思議な研究所」(日経BP社)の中に詳しくまとめています。

--企画書を土井さんに提出してから20年を経過しました。今、ソニーCSLは、その通りになっていますか。

所 おおむね、その通りになっていますね。研究所テーマは大きく変わっているが、研究所が担う役割という意味では、思った通りのことができていると思うし、ほかの研究所よりもうまくできたと自負しています。それは、20年前と変わらず、研究員が情熱をもって、研究に取り組み続けているという点に尽きると思います。

--ソニーCSLの最大の特徴はなんですか。

所 研究者が、研究所が持つ基本的な研究テーマに基づいて、ひとりひとりが自分自身で目標を立てて研究を遂行していることです。そして、その研究成果である論文や研究用ソフトウェアなどは、すべて研究者個人の名で発表されます。これは、研究とは本来、個人あるいは個人の自由意志に基づく集団が自発的に行なうもので、研究所はそれをサポートする存在に徹するべきだと考えているからです。


●小さな研究所

--設立以来こだわってきたものに、「小さな研究所」がありますね。これはなぜですか。

所 研究員と直接話ができて、理解できる人数、育てられる人数、サポートできる人数は限られている。それが僕の場合は30人であると。もちろん、セカンドレイヤーの人を入れて管理するということもできるが、そうした場合にクオリティが保てるのかどうか。それよりも、本当にトップレベルといえる研究員を30人集めた方がいい。それと研究所自体の人数を増やすと、当然、予算も膨れ上がる。予算が大きくなればなるほど、短期的なリターンが求められる。もともとソニーCSLは、短期的な成果を求めることを目的にしていませんから、人数を増やし、予算を増やすというのは、本来の狙いと逆行する可能性がある。また、人数を増やすと、自分が持った研究テーマ以外のものまで入り込んでくる。違った価値感で動き出すこともある。設立時に、売上高の1万分の1の予算という目安を掲げたのですが、これは適切な規模だったようですね。

--「小さな研究所」という方針は、20年間、まったくブレなかったのですか。

所 ソニー本社から、ソニーCSLを中心に、研究所の体制を再編しようという話もあった。だが、大きくしていくと、エンジニアリングという領域が出てきますから、本社主導型の組織づくりがはじまることになる。5年間ぐらい、40人程度にまで増えたことがありましたが、結果として、ソニーCSLにあわない部分は本社に移管して、正しい形に修正できた思っています。

研究所内の様子

--ソニーCSLの20年間を振り返って、最も大変だったことはなんですか。

所 設立当初は、目に見える形でアウトプットを出すまでの産みの苦しみです。最初の3年は、なにも成果がでませんでしたから(笑)。ただ、土井さんがプレッシャーをかけずにいてくれたのは大変ありがたかった。それともう1つは、苦労したのは人が採れなかったことですね。ソニーが、コンピュータサイエンスをやるといっても、「どうせ、すぐにやめるだろう」と(笑)。だが、オブシェクト指向OSや、モバイルインターネットプロトコルといったものが成果として出てくるようになって、ようやくソニーCSLが本気でやることが認知されてきた。

 ところが、僕は、本当にいいと思う人しか採りませんでしたから、なかなか人数が増えない。仕事として論文をかける人はいるが、そういう人はいらない。めちゃくちゃ悩んで、新しいことに情熱を持つ人、世界一になりたいという情熱を持つ人でないと嫌だった。入った人にも、「ここに入ったから、すぐに論文を書こうと思わず、絶対に必要とされる重要なテーマ、必ず世界一になるというテーマが出てくるまで、じっくり探しなさい」といっているんです。自分で巻いた種なんですが(笑)、人が増えないのは辛かったですね。

--ソニーCSLの成果の1つとして、AIBOなどに搭載されたリアルタイムOSの「Aperios(アペリオス)」がありましたね。だが、所社長がソニー本社の役員を兼務していた時に、これをやめるという決断をした。これも苦しい選択の1つではなかったのですか。

所 研究所としても、Aperiosは大事に育ててきた研究成果でした。しかし、経営の観点から見れば、やめるという判断しかなかった。ソニーCSLとしては、研究としては終わっている。それを、事業サイドからどうするかという決断だったわけです。

 もちろん、続けるという選択肢もあったでしょう。しかし、10年後を見たときに本当にやっていけるのか。この世界ではマイクロソフトがありますから、本当にマイクロソフトと戦えるのか。またオープンソースの流れにどう対抗するのか。また、Aperiosを提供する対象はソニーだけではありませんから、広く普及させるためには事業会社としてスピンアウトする必要もあるでしょう。そうしたことを総合的に考えると、ビジネスとして成り立たないと判断した。考えてみれば、研究で使う費用なんてゴミみたいなものですよ(笑)。

 だが、これが開発となった途端に使う費用は膨大になる。どんどん赤字が増えて、最後に決断しなくてはならないというのではなく、なるべく早く決断した方がいい。研究でも、ある段階まできていたものを中止するということはあります。しかし、これをやめても会社を傾かせるという金額ではない。だが、開発になると商品としてコストが上乗せされてくるため、大きな責任が伴う。それにかかった時間も考慮しなくてはならない。Aperiosは、そうした判断のもとで決定したのです。

●ソニースピリット

--禅問答のような質問になりますが、ソニーCSLは、ソニーなのか、それともソニーではないのか。ソニーの冠や、出資ということを考えれば、当然、ソニーなのですが、研究テーマはソニーへの貢献だけに留まらない。そして、いまのソニーにはない、さらに自由な雰囲気を持っています。

所 僕はソニー生え抜きではない。ただ、井深大さん、盛田昭夫さん、木原信敏さんにも直接お目にかかって話しをしています。お話をさせていただいた当時のソニーを知っていますから、その観点から見ると、いまのソニーCSLの雰囲気は、昔のソニーの雰囲気と一緒なのではないかと。創業時のソニーは、まさに戦後すぐです。社員みんなが、国民のために、自分たちがなにかいいことをしたい、世界に向かって発信したいという情熱の固まりだったと思います。そういう意味で、おこがましいかもしれないが、これを隔世遺伝として、ソニーCSLが引き継いでいられたら幸せだと思っています。

 その点では、ソニーCSLは、ソニーであるといい切れます。研究員は、みんなソニーが好きなんです。そして、日本で成功することは考えていない。世界一になることを考え、次代のソニーに貢献したいと考えている。それは、ソニースピリットそのものであると考えています。

--裏を返せば、いまのソニーには、創業時のスピリットがないと。

所 かつて、多くの人がコンシューマエレクトロニクス機器を欲していた時期に、ソニーはいい仕事をたくさんしてきた。ただ、いまの世の中を見ると、コンシューマエレクトロニクス機器という領域だけに縛られすぎると、仕事の幅に限界がでてきてしまう。ソニーの舞台が狭くなってしまう。もっと新しい分野に出ていくべきだと思います。そこにソニースピリットが発揮されるはずです。

 ソニースピリットというのは、まさに開拓者精神です。開拓者が成熟した市場だけを舞台としていたらどうなってしまうのか。それがいまのソニーの状況ではないでしょうか。新しいところに積極的に出ていき、市場を開拓していくのがソニースピリットではないのか。ソニーCSLに、なぜソニースピリットが残っているのかというと、どんどん新しいところに出ていって、開拓者精神を発揮しているからです。研究所全体のテーマが、すでに3回も変わっている。研究者個人それぞれが持つテーマも、大きく変わっています。恐れずにやるのがソニースピリットである。

 新しい分野に出ることで、ソニーは絶対によみがえる。生き残る企業には、変わるタイミングというものがある。しかし、変わる時には大きな苦しみがある。その苦しみを乗り越えた企業にIBMがある。ハードウェアの会社が、ソフトウェアの会社になり、そして、サービスの会社へと変化した。そして、さらに、サービスとユーティリティコンピューティング、コンサルテーションの会社に変貌しようとしている。社長が約10年ごとに代わり、生き方が正しく変わっている。

--ソニーにとって、新たな分野というのはなんでしょうか。

所 ソニーも、アナログからデジタルへという大きな変化を体験し、コンピュータにも進出し、VAIOで成功を収めた。では、次にどこに入っていくか、ここに生みの苦しみがある。そういうときには、会社全体の体質も変わらなくてはいけない。ビジネスの対象領域にも変えていかなくてならない。

 今、ソニーは、コンテンツビジネスを含めた新たな方向性を打ち出そうとしている。それは間違いない方向だと思います。ここにソニーの新たな舞台がある。振り返れば、ソニーが、CBSレコードやコロンビア・ピクチャーズなどのコンテンツ事業を買収したのは'80年代の終わりです。ということは、いまの決断は、20年以上前に行なわれ、そして、これまでの間、苦しんできた。この経験を経て、新たな舞台に進出している。一方で、もう1つ考えなくてはならないのは、次の変革に向けて、ソニーはなにを投資しているのかということです。いまは、それに苦しんでいる時期でもあります。コンシューマエレクトロニクスからコンテンツ、そして、その次はなにか。その仕掛けをしていく時期だと感じています。

 それはこれから、10年先、20年先のソニーに対する投資ともいえます。その仕掛けに対して、ソニーCSLも同じベクトルの上で研究をしていきたいと考えています。

--不躾な質問ですが、ユニークで、不思議な研究所であるソニーCSLを引っ張ってきた所社長ご自身は、自らの性格をどう分析してますか?

所 子供の頃から、何にでも疑問を持つ性格なんですよ。常識といわれることほど疑問を持つ。いままでの常識では、こうは思われているが、本当は違う新しい真実があるのではないか、ということを考えるのが好きなんです。みんなが信じていることに一番疑問を持つ。まぁ、人のいうことはあまり信じない性格なんですよ。

 それとポジティブな性格ですね。最近、「どうも嫌われているんだ」ということに気がついた。ずっと「好かれている」と思っていたんですが(笑)。嫌われていることがわかったときには、なんだかスッキリしましたね。好かれる、嫌われるということを考えなくてすみますし、それだけ存在感があるということですし。まぁ、気にしないでいこうと。なんでもポジティブなんですよ。

 僕は、「何にでも疑問を持つ人」を育てたい。みんな疑問をもっているんです。ところが、子供の頃から、それが封じ込められようとしている。学校でも、先生よりもレベルが上という子供は多いんですよ。知識は先生の方が上だが、知恵や、考える力は子供の方が上ということも少なくない。こんなことをいうから嫌われているんですけどね。嫌われていても、変わっている奴は保護したい。そういう人たちが増えると、疑問を持つことが増えて、なにかが生まれる。茂木さんじゃないが、アハっとひらめくんですよ。

--常に疑問を持つ癖はどうやったらつくのですか。

所 何にでもこだわることでしょうね。腑に落ちないことがあったら、それを大事にするということなんです。わかったような振りをしても、そこでは終わらないで、どこかで「それって、おかしいよなぁ」というものを絶対持ったままにしておく。それを繰り返すと、疑問を持ち、考える力がつき、そこからなにかが生まれるんです。ソニーCSLの研究員も同じです。

 夏の合宿や、春のレビューを行なうのですが、全員が疑問を持つ人たちの塊ですから、とにかく議論が激しい。それはおかしい、なんのために研究するのか。けちょんけちょんにやりますから、プレゼンをしている本人は泣きそうになりますよ。ただ、本人もどこか違うと思っているところがある。一番本人が知っているんですよ。それを教えられるんです。納得できない場合には、最後まで戦う。どうにもならない時には、そこで一度議論を締めて、また半年後にやる。今度は状況が変わっているんですよ。それが人を育てることにつながる。撃沈されても這い上がってこないと駄目です。這い上がってきたときには、みんなが大きな歓声と拍手で迎える。こういう風土がソニーCSLにはあるんです。

 ソニーCSLは、変な人しか採らないですし、変な育て方しかしない。束ねる方は楽しいですよ。まぁ、みんな、言うことが違いますから束ねられるはずないので、束ねる意識はないんですが。いろんな人との出会いがこうした風土を作ることにつながった。

 僕は、こういう研究所が、日本に10個ぐらいあって、それぞれの研究所が、他流試合を行なったり、オープンディスカッションの機会を設けることが必要だと思っています。そうすると、日本もよくなるし、世界ももっとよくなる。短期の研究成果だけを求めている会社は潰れますよ。日本のすべての大企業は、小さくてもいいから、こういう研究所を持つべきですし、ソニーもほかにも2つ、3つやってみてもいいと思っています。ソニーCSLは、その先鞭をつけた、不思議な研究所というのが、この20年間の成果だったといえますね。それはこれからも変わらないと思っています。