山田祥平のRe:config.sys

新生Intel序章が告げる「もっと新しい当たり前」

 米カリフォルニア・サンフランシスコにおいて開催されたIDF15は、いろいろな意味でIntelが変わろうとしていることが強烈に伝わってきたカンファレンスだった。2013年5月にCEOがブライアン・クルザニッチ氏に代わって3回目の開催となる今年のIDFだが、その2年間の模索の総仕上げとも言える。

手を変え品を変え

 IDF初日の基調講演においてステージに立ったCEOのブライアン・クルザニッチ(BK)氏は、コンピューティングはどこにでもあるものとなったことに言及、それをパーソナライゼーションすることが今、もっとも重要であるとアピールした。それはすなわち、コンピュータが感じ、コンピュータが繋がり、コンピュータがあらゆる要素を拡張することでもある。

 早い話がIntelが浸透させようとしている奥行きを検知できる3Dセンサーとしての「RealSense」で感じ、IoTプラットフォームで5Gの接続性による次世代通信であらゆるものを繋ぎ、そして、超小型SoCの「Curie」などによってコンピューティングが人間の能力をさらに拡張しようということだ。

 そう言ってしまっては元も子もない。それはこれまでもずっとIntelがチャレンジしてきたことだし、手を変え品を変えてアピールしてきたトレンドでもある。

 これまでと同じ話を、誰に向けて、どのようなストーリーで訴えるのか。今年のIDFは、そこが大きく変わった。

過去における2つのムーブメントと、今始まるムーブメント

 IDFは大きく毎日午前中に行なわれる基調講演で発表案件や今後の戦略についての概要が語られ、それと併行して走る数多くのトラックでのセッションで技術解説が行なわれるという構成だった。それについては今年も同様だ。だが、基調講演を称するステージは初日午前中のクルザニッチ氏のものだけで、2日目、3日目のものは、メガセッションと称されていた。そこで同社の各事業を統括する役員が登壇して現在過去未来のIntelを領域ごとに語るという点では今までと同じだ。

 だが、今年は、スピーカーの口から「トークショーをお楽しみください」という言葉が頻発することに気がついた。これまでのように、悪く言えば上から目線で大本営の発表をするわけではない姿勢が強く感じられる。10年以上、毎年IDFを取材し、ほとんど全ての基調講演を聴講してきたが、これまでとは想定している聴衆の層が明らかに異なっている、あるいは想定される対象を意図的に変えようとしている姿勢が見てとれる。

 言うまでもなくそこにいる仮想聴衆のエッセンスはMakers Movementだ。このムーブメントはかつてロングテール・ムーブメントを提唱した元Wiredの編集長、クリス・アンダーソン氏が2012年に掲げたトレンドで、Web世代と現実世代との交差点的意味合いを持つ。あらゆるものがデジタルの世界に繋がり、3Dプリンタなどの新世代のデバイスによって、これまでは大企業にしか取り組めなかったものが個人でも作れるようになり、誰もがメーカーになれるということが現実味を帯び始めている。

 サンフランシスコは、1960年代の後半にフラワームーブメントのメッカとしてヒッピー文化が台頭した街でもある。当時は、ベトナム反戦を背景に、愛と平和をスローガンとしながら、サイケデリック、マリファナなどのキーワードから連想される退廃的なムードが世界を覆っていた。

 一方、サンフランシスコの南側に広がる地域はシリコンバレーと呼ばれている。AppleもGoogleも、HPも、そして、もちろんIntelもシリコンバレーに本社を構える。

 シリコンバレーは発祥の地はPalo Altoだ。この町はXeroxの研究所であるPARCがあり、数々の先進的なコンピューティング体験を生み出してきたことでも有名だ。そのPalo Altoの住宅街、住所でいうと367 Addison Avenue, Palo Altoには、かつてスタンフォード大学のクラスメートだったDave PackardとBill Hewlettが、1939年に今のHPとなる会社を興したPackard氏の自宅ガレージが現存している。そして、そのそばにはシリコンバレー発祥の地を記念する碑が設置されている。

 シリコンバレーがパーソナルコンピューティングのメッカとしてとらえられるようになったのは、ずっとあとになってのことだが、フラワームーブメントと併行してこうした文化が同じ地域に根差すことになったのは興味深い。

Makersはガレージ文化の再来か

 今、Makers Movementが、誰もがモノづくりをする時代の先端を走り始めているのを見て、シリコンバレーのガレージ文化をデジャブのように思い起こす人たちがいてもおかしくはない。Intelもそうなのかもしれない。

 Intelは今、あらゆるものが繋がるIoTの推進に熱心に取り組んでいるが、その成功のためにはMakers Movementはきわめて重要な存在だ。それはすなわち、Intelのテクノロジを必要としている人たちがこれまでよりも圧倒的に増えることを意味するし、そうしなければIntelに未来はない。考えようによっては、これまでIntelと縁もゆかりもなかった人たちが、Intel Insideによって新たな世界を構築しようとしている波に乗ることができるし、それをさらに促進することができるからだ。

 だからこそ、IDFは変わらなければならなかった。大企業から個人へとIDFの想定オーディエンスを大きくシフトさせることで、MakersにIntelの存在をアピールすること。それが、今のIntelが目指す立ち位置だ。

ルールを破れ

 IDF15最終日を締めくくる「トークショー」を担当したジェネビーブ・ベル氏(Intel Fellow and Vice President, Corporate Strategy Office)は、メイキングとは既存のルールを破ることだと宣言した。既成概念からの脱却がメイキングの原点だというのだ。なぜ、Intelはこんなにメイキングを気にするのか、それはメイキングは世界を変えるからだと。

 言葉を変えればこれはNew normal、つまり「新しい当たり前」だ。Intelがそう宣言してから10年以上が経過しているが、今回は「もっと新しい当たり前」といったところか。

 Intelは、IDFの新しいオーディエンスとなるであろう層に対して、一緒に未来を作ろうと訴える。もちろん、それぞれで違う未来だ。それは分かっている。

 作るのは誰のためでもない。自分自身のためのメイキング「Developed by YOU」。それが今年のIDFが訴えたキーワードだ。

 BK体制になってほぼ丸2年。同社の各事業を統括する役員の入れ替わりも激しく、異色の人材も起用されている。同社は今、シリコンバレーの多様性を活性化するために、女性やマイノリティの採用促進を推し進めているが、同社の人事にもそれが反映されているように感じられる。

 CEOが変わっただけで一朝一夕に大企業が変わるわけではない。でも、この2年間でBK体制の序章はひとまず幕を下ろし、いよいよ新生Intelの第1章が始まるということだ。これまで知らなかったIntelが、その頭角をあらわそうとしている。まさに節目となるIDFだといえるだろう。

(山田 祥平)