山田祥平のRe:config.sys

デジタルランドスケープのおもてなし

 その気になって集めようとしなくても、世の中には偶然の出逢いがたくさんある。駅に急ぐ道すがらふと目にとまった飲食店開店のポスターや、普段だったら気にも留めない車内吊りの広告、たまたまそれしかなかったので手に取った、待合室にあった雑誌で見つけた記事……。数え上げればキリがないが、偶然が人生を変えた話もよく聞く。でも、その偶然が、どんどん減ってはいないだろうか。それは人生を送る上での警鐘でもある。

人は毎日クリエイトするほどマメじゃない

 NECパーソナルコンピュータが、Windows 8用のストアアプリ「My Time Line」を公開した。これまでは、同社製PCのユーザー向けアプリだったが、今回は、バージョンアップを機に、他社製PCにも提供されることになった。

 安心、簡単、快適がモットーのNECパーソナルコンピュータ(NEC PC)。このアプリは、そのNEC PCが厳選した25社65サイトが毎日更新する記事、約2,000~3,000本をカテゴライズし、最新情報として提供するものだ。かつてのポータルサイトのモダン版とも言える。早い話が、厳選されたホワイトリストを元に収集した情報をリストアップするニュースリーダだ。RSSリーダは、自分でサイトを登録する必要があるが、こちらは、勝手にやってくれるところがミソだ。

 もちろん、これはNEC PCにとって、重要なビジネスでもある。廉価になる一方のPCで商いをしていく中で、同社が新しい収益のモデルを考えなければならなくなったという背景もある。

 ボリュームという点で、かなりの数量のPCを売る同社だが、それを武器として考えた時に、それを利用しない手はない。従来は、PCならではの訴求に、「クリエイト」が前面に押し出されてきたが、やはり、人はそれほどマメでもなく、PCの利用頻度は下がる一方だったという。そこで、ユーザーを集める視点に立ち帰り、ニュースを快適に収集し、パーソナライズしていくことを考えたという。

 このソリューションでは著名25社がコンテンツを提供しているが、コンテンツを提供する側(CP:コンテンツプロバイダ)、コンテンツをもらう側(NEC PC)のどちらがコストを負担するかは企業秘密だという。おそらくは、双方の力関係によって両方のビジネスモデルが存在するのだろう。かつて、PCにアプリをプリインストールすることで、金銭を支払ったベンダーと、金銭をもらったベンダーの2通りがあったのにモデルはよく似ている。

注目に応じたキュレーションを自動化

 PCを使った情報収集は、ユーザーが当たり前のように毎日やっていることだ。だが、情報はインターネットに氾濫している。だからこそ、アプリを介してユーザーを情報とマッチングさせることができればビジネスチャンスが生まれる。NEC PCとしては、今まで“ググって”いたところを、アプリが勝手にやってしまうことを目指し、それでいて押しつけがましくならないことに留意したという。他社製PCのユーザーにもアプリを解放したのはビジネスパイを拡げるためであると同時に、モダンUIアプリの普及に貢献したいという狙いもあるという。

 人々が情報に注目する際、そこには、社会的な注目と、プライベートな注目がある。政治や日本の状況については、やはり知っておかなければならないから、それについては「偶然」を装ってでもきちんと提示される。さらには、記事のレーティングが12歳以上にならないようにコントロールされているともいう。各記事については、各CPと個々に契約し、独自のRSSを吐いてもらうようにして、これらの配信を可能にしている。

 どのカテゴリでどのサイトを読んだかが記録されるのはPCローカルであるため、その情報がNEC PC やCPに漏洩することを心配する必要はない。レコメンデーション、キュレーションはローカルで処理されるからこその安心だ。

2つのエンジンで情報をフィルタリング

 NEC PCの岩本義樹氏は、My Time Lineをして、いわば時短アプリであると表現する。豊富な情報量、しかも、必要な情報だけに厳選し、思い通りに情報収集ができることを目指した。その処理を実現しているのが、このアプリの根幹でもある2つのエンジンだ。

 「注目度分析度エンジン」と「興味分析エンジン」がそれだ。前者は、注目されている情報を、一般のTwitterユーザーの行動を分析することで把握する。記事ごとのRetweet数を分析し、フィルタリングしていく。また、後者は、ユーザーの興味にあわせて情報をフィルタリングするもので、ある情報を見た、見なかった、“いいね”した、コメントしたといった行動から興味を推定する。

 この2つのエンジンによるフィルタリング結果を掛け合わせることで、ユーザーそれぞれに必要な情報にパーソナライズ、基本的には全てが自動で行なわれる。自動であることは重要で、今のところは、ユーザーが独自にフィードを追加するような仕様は考えていないという。

Twitterの二面性

 Twitterは、フォローする、フォローされるという、ユーザー相互のゆるやかな関係を持ちながらのコミュニケーションツールであり、だからこそ、ソーシャルなネットワークであると言われている。その一方で、相手に自分の存在は見えていないが、有益な情報を提供してくれるアカウントもある。いわば片思いではあるが、そういうアカウントをフォローしているユーザーも多い。

 Twitterには、フォローしなくても相手のつぶやきを読める「リスト」という仕組みがある。この「リスト」に任意のアカウントを登録しておくことで、自分のタイムラインを用途に応じて複数持つことができるのだ。

 例えばぼくは、ニュース系のサイトをまとめたニュースというリストに、約200のサイトを登録している。このリストを眺めていると、賑やかな時間帯には、目で追うのも大変なくらいにつぶやきがスクロールしていく。もちろん重複も多い。自分には興味も縁もない情報もたくさんある。

 だから、全部読もうとは思っていない。たまに眺めた時に、ちょっとした偶然で何かの記事に飛ぶきっかけになればいいと思っている。それだけだ。これを通常のタイムラインと混ぜてしまうと、普通に読みたいアカウントのつぶやきが埋もれてしまう。だから、タイムラインを別にできるようにリスト化しているわけだ。

 このリストは、いわば、力わざだが、My Time Lineは、それを少しインテリジェントにし、さらにスマートにしたものだといえる。

人の興味は移ろいやすく

 こうしたツールが出てきて、れっきとしたビジネスとして成立するようになれば、かつてのポータルサイトの存在意義は、どんどん希薄なものになっていくだろう。今はまだ、分類された各エントリーをタップすると、そのオリジナルサイトに遷移するだけだが、将来的に書式などが最適化されて表示されるようになれば、ユーザーはどのサイトの記事を読んでいるのか、あまり意識しなくもなるだろう。Yahoo! ニュースは、ポータルサイトとしてそれをやってきたわけだが、かつてはWebベースだけだったものが、今では、スマートフォンやタブレットに最適化された専用アプリも用意されている。まさに、ポータルがアプリの時代になりつつあるわけだ。

 そのことによって、広告のモデルも変わっていくだろう。今はまだ、模索の段階だが、乗り遅れるとたいへんなことになる。そして、その時に気になるのが、冒頭に挙げた「偶然」という存在だ。タイムラインはどんどん流れていく。しばらくアプリを開くのに間が空いたとしても、3日くらい前のニュースであれば、ユーザーが興味を持ちそうであれば取り置きしておいてくれるくらいの気遣いがあってもいいかもしれない。そして、そんな中に、偶然が唐突に登場し、次の興味を誘引するような仕組みがあればと思う。また、ユーザーの現在位置や時刻、周りの騒音の種類などによって加味される情報のゆらぎが欲しい。

 人は怠惰だ。Googleの検索結果が数十、数百と提示されても、開いてみるのは上位数件だともいう。そんな人間の怠惰に、どのようにつきあっていくか。それが、このMy Time Lineという新たな世界観を持つアプリに課せられた課題だ。

(山田 祥平)