山田祥平のRe:config.sys

おしゃべりなプリンタ




 パソコンの周辺機器にすぎなかったプリンタが、PCレスの複合機を経て、大きな転機を迎えようとしている。セイコーエプソンが「PM-700C」で写真プリントを提案した1996年の秋から15年が経過した今、人々は、プリンタに何を求めているのだろうか。

●プリンタの本質とは何なのか

 プリンタの新製品が発表される時期になると、秋の到来を感じ、今年ももうそんな時期かと慌ただしさを勝手に加速させてしまう。

 8月最終週は、午前にセイコーエプソン、午後にキヤノンと、プリンタ新製品の発表会が同日に開催されるというハプニングが起こった。キヤノンの発表会では、そのことを壇上に立ったキヤノンマーケティングジャパン株式会社 代表取締役社長の川崎正己氏が話題にし「両社の新製品をたっぷり紹介して市場を盛り上げてほしい」とアピールした。このコメントは、いろいろなとりかたがあるとは思うのだが、個人的には、ある種の危機感を象徴するものと受け取った。

 両社の新製品のセールスポイントの1つは、偶然にもカラーバリエーションとして赤系のボディを持つモデルを投入した点だ。エプソンは新色としてレッド、キヤノンはブロンズを用意する。前モデルで追加されたホワイトの評判が良かったことから、新色追加に踏み切ったようだ。ちなみに、エプソンでは、黒、赤、白の想定比率を35%:30%:35%としているという。

 一方、キヤノンでは「プリンタはインテリアになれるか」という訴求をするのだそうだ。同社の新CMでは岡田将生と天才子役として人気急上昇中の芦田愛菜の2人を起用、「こんなのがおうちにあったら、いいでしょうに!」と暮らしに身近に溶け込むプリンタの存在を、2人がピクサス研究所の特別研究員に扮して検証する微笑ましいCFがオンエアされることになっている。

 かつてそうだったように、プリンタが毎年、毎年、著しい進化を遂げ、思わず買い換えたくなってしまうような状況ではない。もちろん、さまざまな面での進化は見て取れるのだが、PCに委ねていたことを引き受けてしまっているだけのようにも感じる。それに、両社ともに、買い換えサイクルが少しずつ長くなりつつあることを打ち明けもする。

●PCレスのその次は

 こうした状況を打破するためには、一般のユーザーのプリント機会を増やさなければならない。サプライ製品もプリントされなければ売れない。そうした意図もあり、近年のプリンタは、プリント手段を複数用意している点が特筆できる。USB、有線LAN、無線LAN、Bluetoothといったところから、スマートフォン用の専用アプリ、プリンタにメールアドレスを割り当てて、プリンタ宛にメールするとクラウド経由で印刷指令がプリンタに送られるメールプリント、さらにはGoogleのCloudPrint、AppleのAirPrintなど、さまざまな方法でプリントができ、しかもデバイスを選ばない。

 ご存じの通り、ちょっと前までのプリンタは「PCレス」で望みのプリントができることをウリにしてきたわけだが、ちょっと様子が違ってきている。エプソンのカラリオミーなどは次第にその存在が浸透しているそうだが、その装備は大画面カラー液晶に、リモコン、キーボードと、PCレスをアピールしながら、実のところはまるでPCのようなものだ。これを本当にPCレスといっていいのかどうか……。

 デジカメのメモリカードを装着し、ディスプレイで画像を確認してプリントができることがセールスポイントになっていた時代には説得力のあった「PCレス」のうたい文句も、今は、ちょっと違和感がある。というのも、多岐にわたる各種デバイス、たとえば、AndroidスマートフォンやiPhoneといった機器は、もう、小さいとはいえ、コンピュータそのものだからだ。ユーザーは、それらのデバイスを日常的に持ち歩き使うようになっている。だから、どちらかというと、「Windowsレス」といった方がいいのかもしれない。

 広義の各種プリントプロトコルを実装したことで、プリンタは今、かつてそうであったように単なるPC専用のペリフェラルではなくなっている。

●プリンタとコンピュータの関係

 はるか昔の話だが、パソコンを使い始めたころに、周りの人たちが「プリンタにデータをダウンロードする」という言い方をするのに、ものすごい違和感を感じたことを覚えている。単純に考えれば、データを送るのはアップロード、データを受けるのがダウンロードじゃないかという認識があったからだ。でも、当時としては、ロードのきっかけを作る側が上流にいるという考え方があったらしい。パソコンがきっかけを作ってプリンタにデータを送るのだからダウンロードというわけだ。

 コンピュータとプリンタの関係は、その昔とは、明らかに違ってきている。プリンタはインテリジェントになり、コンピュータ的なものにも変貌した。

 いうまでもなく、各社のプリンタ新製品のほとんどは、いわゆる複合機と呼ばれるジャンルの製品だ。コピー、スキャナの機能を兼ね備え、場合によってはFAXの送受信もできるし、メモリカードリーダにもなる。単にプリンタと呼んでしまっては失礼なくらいに多機能を装備する製品がほとんどで、プリントだけをサポートする単機能機は、写真に特化したハイアマチュア向けA3対応フォトプリンタなどを除いては、オマケ程度に扱われている。

 このトレンドは、ここ数年、ずっと続いてきたもので、今年の新製品ラインアップを見ても、これが永遠に続くように各社は考えているように見えるが、果たしてどうだろうか。製品に付加価値を与え、その単価を少しでも高いものにするためという背景もありそうだが、個人的には、コンシューマが複合機を求める時代は、もうそろそろ終わるんじゃないかとも思っている。

●単機能機への回帰

 もう3年以上前の話だと思うが、以前、プリンタベンダーのマーケッターと話をしているときに、こんなプリンタが欲しいという話題の中で、

・格安A4普通紙パック500枚分を1度に装填でき、フロントローディングなどで、用紙が尽きるまで放置してもホコリをかぶらず給紙できること。

・写真印刷用の給紙トレイが別に用意されていて、普通紙とは別扱いでプリントできること。封筒やはがきもここで対応できる。

・無線LAN(できれば有線LANにも)対応していること。

この3点だけを満たすコンパクトなプリンタが欲しいと言ったことがある。メモリカードリーダもいらない。フラットベッドスキャナもいらない。紙のコピーなんてできなくてもいい。装備して大きくなるならその分コンパクトであったほうがいい。部屋の片隅で、目立たず邪魔にならず、送られてくるデータを、せっせとプリントするだけの存在感のないプリンタが欲しいと要望した。

 そんなモノは売れないと一笑に付されたのを覚えている。今年の新製品を見ればわかるように、だからこそ、部屋の中で、性能をアピールするのではなく、見かけをアピールすることがトレンドになっている。性能はあって当たり前で、それに加えて見栄えがよくなければならないという考えのようだ。

 複合機の時代がそろそろ終わりに近づいているんじゃないかという根拠の1つとして、一般の人々が手にし、プリント出力をしたいと思う対象のほとんどが、デジタルデータであるからだ。ケータイやコンパクトデジカメ、一眼レフデジカメで撮影された写真はその筆頭だったかもしれないが、写真はディスプレイやフォトフレームで見るものにもなりつつもある。

 コピーしたい、スキャンしたいと思う対象が身の回りから少しずつ少なくなっている。あったとしても、スキャナはデジカメが代替しつつある。自炊のトレンドがしばらく続いたが、これも、電子書籍浸透の潮流の中で立場は微妙になるだろう。それに、自炊作業なら、ScanSnapのような専用機の方が圧倒的に使い勝手がいい。

 WYSIWYGの時代も終焉を迎えるだろう。たかだか10型のタブレット、スマートフォンにいたっては4型程度のスクリーンに最適化されたコンテンツがWYSIWYGで出力できても、あんまり嬉しくないからだ。それよりは、セットした用紙サイズに最適化される方がうれしいかもしれない。

 さまざまな状況の変化がプリンタの立ち位置に微妙な揺らぎを与え、新たな方向性を求めるようになってきている。だからこそ今、15年前にエプソンが写真プリントを提案したときのような、誰もが驚くユーセージモデルを考える必要があるんじゃないか。きっと彼らもわかっているんだろう。プリンタが出力の美しさを声高に叫ばなくなってきているのは、それなりの理由があるのかもしれない。