山田祥平のRe:config.sys

PCのようなスマホ、スマホのようなPC

 Windows 10 Mobile への期待が高まっている。この日本でも既存3社に加え、さらに3社が参入を表明した。初代iPhoneが登場した2007年をスマホ元年と定義するのには議論もあるだろうが、それから8年が経過した今、そろそろスマートフォンの再定義が必要な時期に来ているようにも思う。

軽量OSとしてのモバイルOS

 日本におけるWindows 10 Mobile搭載スマートフォンは、既に参入を表明しているマウスコンピューター、プラスワン・マーケティング(freetel)、サードウェーブに加え、新たにVAIO、日本エイサー、トリニティ(NuAns)からも製品が投入されることが発表された。これで合計6社が勢揃いしたことになる。ほぼ市場規模はゼロといってもよかったところに、一気に6社が参入するわけで、各社は本当にビジネス的な勝算があるのだろうかと心配にもなる。

 モバイルOSの出自は軽量を追及したダイエットOSだといってもいい。フル性能でプロセッサを動かし、OSはもちろん、そこで動くアプリも多くのメモリを要求し、そして、バッテリを大量に消費するようでは、手の平の中で使う携帯端末での稼働は難しい。だからこそ、機能を削り、便宜を削り、妥協の産物として軽量OSができあがった。これまた、いやそうじゃない、という議論もあると思うが、少なくとも、できるだけコンピュータリソースを使わなくてすむように工夫がちりばめられて成立しているのがモバイルOSだ。

 誤解を怖れずに書いてしまおう。支障がないならOSは1つですむ方がいい。モバイル版はこれができないとか、あれができないといったことを考える必要がない方が分かりやすいからだ。

 なのにモバイルOSが必要だとされるのは、フルOSを動かすには、ハードウェアがまだまだ未発達だからだといっていい。コストの点でも性能の点でもPCと同じフル機能のOSを稼働させるには荷が重い。でも、それは時間の問題というようにも思う。

 次の10億人のためのスマートフォンを狙うなら軽量OSは必須だろう。それがなければ世界制覇は無理だ。限りなくローコストなハードウェアが必要だし、そこで稼働するOSも軽量である必要がある。でも日本のような成熟市場では、ごく一般的な市民が購入するスマートフォンの端末価格のレンジで、フルOSが動くような端末が実現できる日もそう遠くないのではないか。

市場原理とコスト

 本当にザックリとした勘定でしかないが、今、世界のPCはHP、デル、レノボが調達しているといってもいいだろう。コモディティとしてのPCは、この3社くらいのボリュームで製品を作ることができなければリーズナブルな価格を設定するのは無理だともいわれている。

 先日、デルの発表会で話を聞けたグローバル・デル・エクスペリエンス・デザイン・グループでディレクターを務めている、マック・トシユキ・タナカ氏に、デルのノートPCにぜひアスペクト比16:10や3:2のラインナップが欲しいとお願いした。ご存知のように、HP、デル、レノボのノートPCはことごとくが16:9で、彼らはそれが使いづらいことも分かっている。それをしないのは、やはりコストの問題だ。冗談で、3社が談合してでもトレンドを変えて欲しいとお願いしてみたら、他の2社が乗ってくれるならいつでもやりたいという答えが戻ってきたくらいだ。それが市場の原理というものだ。

 これはスマートフォンの世界でも同様で、とにかく次の10億人が使う端末は安くなければならないし、安くてもそれなりのことができなければならない。

 だが、ハードウェアの進化もめざましい。現状では、多少のコスト高になってしまうかもしれないがモバイル端末でフルOSを動かすことが現実的な状況として見え始めている。実は、Windows 10 Mobileではなく、フルWindows Phoneの時代がやってくる兆しもあるんじゃないか。

スマートフォンとして使えるPC

 個人的に気になっているのは、増えたとはいえ名を連ねる6社の中に、東芝、富士通、NECパーソナルコンピュータ、Panasonic、シャープといった日本人なら誰もが知るベンダーが含まれていないことだ。おそらく、例え企業向けをメインにしたとしても、Windows 10 Mobileスマートフォンをゼロから開発するのでは割に合わないと考えているのだろう。それよりも、これまで培った技術やノウハウを使い、PCをスマートフォンのサイズ感にしてしまった方がいいという話もいろいろなところから聞こえてくる。そうでなければ、ゼロの市場を根こそぎ持っていけるであろうチャンスを棒に振るはずがない。

 つまり、5型前後のフルHDスクリーン、重量180g程度の筐体で10時間程度の稼働が保証できるのなら、何も機能が制限されたモバイルOSを使わなくても、フルのWindowsを使えばいいということだ。企業ユーザーもそれを歓迎するだろう。追加で教育もいらないし管理も今までと同じでいい。確かに、それなら新たな開発リソースを最小限に抑えることができそうだ。

 そのハードウェアを取り巻くエコシステムにとってもいろいろな点で効率的だ。現状でPC用に調達できているあらゆる環境がそのまま使える。Windowsには通話の機能がないことが問題だとされるかもしれないが、通話というコミュニケーション手段を加えた途端にセキュリティが甘くなってしまうのなら、データオンリーの端末と通話オンリーの端末の2台持ちの方が何かと安心とされるかもしれない。いや、インスタントメッセージやIP電話を使うから、回線交換の通話機能などあるだけ無駄でコストももったいないと考えるかもしれない。

 来年(2016年)の春までにそんな端末を開発しろというのは無理でも、2年後、3年後なら現実的だ。少なくとも東京オリンピックのころには無茶でもなんでもなくなっているだろう。どうせ、企業がWindows 7からWindows 10に完全移行するには、そのくらいの時間が必要だ。それまでにという気が長い話ではあるが、日本の大手ベンダーは、そういうことを視野に入れ、虎視眈々とリソースが整うのを待っているのではないだろうか。PCのようなスマートフォンはガマンして、スマートフォンのようなPCを用意することを考えていても不思議じゃないということだ。

WindowsケータイとWindowsスマートフォン

 Windows 10 Mobileで使えるユニバーサルWindowsアプリを開発に注力するように開発者支援をすることは、Windows 10 Mobileの実用性を担保する方法であると同時に、Windows 10そのものの付加価値を上げる方法でもある。日本マイクロソフトのエバンジェリスト諸氏が、ユニバーサルWindowsアプリ開発者支援に懸命なのは、Windows 10 Mobile機参入を表明した各社をストレートに支援するためだけではなく、Windows 10、いや、Windowsの将来のためと見るのは考えすぎだろうか。

 PCでしかできなかったことの多くがスマートフォンでできるようになり、PCはもういらないという論調が高まる一方で、スマートフォンがPCならもっと便利という論調を生むことができれば、成功は見えてくる。

 かつてWindowsケータイはあった。でも早すぎた。ケータイとして使うには不満だらけだった。でも、ちょっと先の未来なら、Windowsスマートフォンは作れる。夢物語ではなく現実としてだ。サブセットではなくフルセット。何もガマンしなくていい。そんなスマートフォンがあるのなら、ぼくだって欲しいと思う。

(山田 祥平)