山田祥平のRe:config.sys

電子辞書で言葉の海を泳ぐ




 分厚い紙の辞書は電子化されることでビットのかたまりとなり、さまざまなデバイスで参照できるようになる。文章を書くという仕事をする限り、辞書と無縁ではいられない。今回は、その辞書をとりまく四方山話をしてみよう。

●使わなくなった紙の辞書

 手書きで原稿用紙に原稿を書いていたころから、各種の辞書は必須の存在だった。机の上にはいつも数冊の辞書が置いてあり、ことあるたびにひいていた。ぼくは、国語辞典については「新明解国語辞典」をずっと使っていたのだが、途中で「岩波国語辞典」に切り替えている。英和辞典は「ユニオン英和辞典」を使っていたが、そちらは「ライトハウス英和辞典」に名称が変わっている。また、80年代は角川から「類語国語辞典」が出て、それを愛用するようにもなっていた。

 これらの辞書は、今も本棚にほこりをかぶりながらも立てかけてあるが、いったいもう何年ページを繰っていないだろうという有様だ。「岩波国語辞典」と「類語国語辞典」については数冊購入して外出用、仕事場用などとしていた記憶もある。ちなみにこの角川の「類語国語辞典」は今、「角川類語新辞典」というそうだが、少なくとも手元にある昭和60年第1版のものは「類語国語辞典」となっている。この辞書を最初に買ったときは、もっと大きなサイズだったような記憶もある。

 また、今回、この原稿を書くのにあたって探したのが手書き時代の最後の方に愛用していた表記辞典だ。それがどうしても見つからない。これは、言葉が並んでいるという点では国語辞典なのだが、その意味が掲載されていない。だから、一般的な国語辞典よりもコンパクトで携帯しやすかった。確か、緑の表紙のものだったのが、あれだけよく使った辞書なのに思い出せないでいる。

 原稿用紙に手書きするスタイルを、PCによる入力に変えたことで起こった、もっとも大きな変化は、とにかく辞書をひかなくなったことだ。ぼくの執筆活動は、ワープロ専用機の時代がなく、最初から手書きからPCに変えたわけだが、PCの日本語入力では、辞書をひく必要がない。というよりも、かな漢字変換では、日本語入力ソフトが、漢字に変換するために入力したすべての読みに対して辞書をひいていたともいえる。

 それでも一般的な辞書はいらないというほどの語彙力が自分にあるはずもなく、辞書系の単行本もずいぶん買った。これらもまた、書棚のこやしになっていて「色単」(群雄社出版)、「スルドイ言葉の辞典」(冬樹社)、「別れの言葉辞典」(同)、「遊辞典」(同)といったものが並んでいるのがここから見える。特に、冬樹社のこのシリーズは「現代言語セミナー編」という仕事で、いろいろなものが出ている。古今東西の文章から、ジャンルを問わずにカテゴリごとに言葉を集めたもので、けっこう読み物としても楽しめた。奥付を見ると1980年代の最初の頃の出版のようだ。「現代言語セミナー」で検索すると、さまざまな辞書が出てくるようなので、興味のある方は、ぜひ、調べてみてほしい。

●工夫で使った電子辞書

 日本語入力ソフトを使うようになっても、辞書は手放さなかった。漢字表記の辞書引きはソフトに任せられるので、表記辞典ではその機能に不足を感じ、ちゃんとした国語辞典をよく使うようになった。新明解国語辞典から岩波国語辞典に乗り換えたのはそのころだったように思う。確か、井上ひさし氏が絶賛しているのをきいて、買ってみたような記憶もある。

 結局、角川類語辞典と岩波国語辞典は、電子化されたものも繰り返し買ってきた。CD-ROMの時代にEPWING辞書として購入していたし、類語辞典はATOK用の辞書としても売っていたのを購入している。

 電子辞書に便利さを感じていたのは、インターネットが今ほど充実していない時代だ。たぶん、1990年代初頭だと思う。そのうち、ブラウザで参照できる辞書のサービスが増えるに伴い、ローカルPCの電子辞書そのものもあまり使わなくなっていく。ただ、PCを日常的に持ち歩くようになったことで、オンラインでなければ辞書が使えないというのは困るので、当時はDDWinというフリーの辞書検索ソフトに、ずいぶんお世話になったことを覚えている。

●スマートフォンで辞書三昧

 日本語ワープロ専用機を使わなかったのと同様、個人的にはこれだけ辞書のお世話になっているにもかかわらず、スタンドアロンの電子辞書も使ってこなかった。紙の辞書よりも調べるのが簡単とはいえ、目の前でコピーペーストして辞書をひけるはずなのに、改めて電子辞書というデバイスに文字を入力しなおすことに抵抗があったからだ。

 今、スマートフォンの時代になって、久しぶりに辞書をいろいろ買いそろえようという気になった。

 結論を先にいうと、辞書アプリは、Androidの方で揃える方がいいと思う。というのは、iOSデバイスは、今のところiPhoneサイズとiPadサイズに限定されるが、Androidならスクリーンサイズがよりどりみどりだからだ。辞書を使う場所ごとに買いそろえておかなくても、手持ちのデバイスすべてに入れておけるというのはうれしい。そして、適材適所のスクリーンサイズが選べる。本心をいえば、同じ辞書がPCでも使えたらとは思う。

 「岩波国語辞典」と「角川類語新辞典」はどうしても譲れない。英和辞典に関しては、ライトハウス辞典がないので、ちょうどセールをやっていた「ウィズダム英和・和英辞典」を購入した。ここまで揃えるだけでもけっこうな散財だ。

 また、最近は中国に行くことが多いので、ものは試しにと小学館の「中日・日中辞典」を購入した。これだけはAndroid版がないので、iOS版だ。

 購入にあたって、いろいろ調べてみたのだが、辞書に関しては今のところiOSが充実しているように感じる。だが、スクリーンサイズが自在にならないという点でAndroidをメインの辞書環境にしている。実際、常に携帯しているスマートフォンがAndroidであるというのも大きい。いつでもどこでも使えることは重要な要素だ。

 iOS版を避けたいと思ったもう1つの理由は、iOSでは、フォントのサイズを変更することをあまりユーザーに許さない傾向を感じるからだ。フォントサイズを変更することで、ページの印象がガラリと変わり、GUIに影響を与えることもあるので、できれば避けたいというところなのだろうか。その点、Android版辞書アプリの多くはフォントサイズを変更できるので、自分が使いやすい版面で辞書を利用できる。スクリーンサイズを選べることと、フォントサイズを変更できることのアドバンテージは、個人的にはとても大きい。紙の辞書でさえ机上版を購入することが多いぼくにとっては、この点は譲れない。

 ただ「中日・日中辞典」は、買ってはみたものの、あまり使ってはいない。iPad版を購入したからというのもあるが、言葉を調べようにも、中国語の入力ができないからだ。

 PCで中国語のページを見ているときにわからない単語が出てきたのなら、それをコピーして翻訳ソフトに貼り付ければいい。ほとんどの場合はオンラインなのでそれで不便はない。でも、街の看板やレストランのメニューなどで、わからない単語を見つけたときに、すぐに調べたいのだが、それを入力するすべがない。われながらなさけない話だが、これが外国語というものだろう。

 最近は、Google翻訳がカメラによる文字入力に対応するようになったが、中国語などはまだ未対応だ。入力が難しい外国語では、やはり、優れたOCRソリューションがなければ、辞書の活用は難しいように感じている。だからこそ、ドコモの「撮って文字入力」、「料理メニュー翻訳」などには期待している。