■山田祥平のRe:config.sys■
22nmプロセス移行を視野にいれて、Intelが考え始めた明日のこと
ステージ上のオッテリーニ氏が、Windows 7完成に際するMicrosftとの緻密な協業を強調しつつ、デモンストレーションのために目の前でWindows 7を稼働させているPCが、実は、最初の32nmプロセスの製品として近々出荷が開始される次世代製品Westmereではなく、Intelのチックタック戦略に基づく後継製品として、さらにその先にある次々世代プロセッサ、SandyBridgeであることを明かすと、会場からは大きな拍手がわいた。「来年」が、現実のものとして、そこにあったからだ。SandyBridgeは、さらに、その翌年には22nmプロセスに移行することになっているが、オッテリーニ氏は、その先にある22nmプロセスのウェハーも披露し、同社のアドバンテージをアピールした。
●「融合」から「連続体」への業界再編2009年9月22日。米カリフォルニア州・サンフランシスコにおいて、今年も、毎年恒例のIDFが始まった。IDF(Intel Developers Conference)を紹介するにあたり、これまでずっと、「Intelが主催するハードウェア開発者向け会議」という言い方をしてきたが、これからは、ちょっと言い方を変える必要があるかもしれない。
というのも、Intelがこのイベントを開催し始めた'97年当初、IDFの参加者の6割がOEMベンダだった。だが、今では、OEM、ODMベンダは2割にすぎない。それでは、次々世代プロセッサであるSandyBridgeのために惜しみない拍手をした聴衆には、どのような層が加わってるのか。
そこには、IDFの13年間の歴史の中で、Intelを支持して融合した、明らかに異業種の集団がいる。ソフトウェア開発者はもちろん、サービスプロバイダー、通信事業者に、家電関係者、自動車業界人と、聴衆を構成する層はバリエーションに富む。すでにIntelはプロセッサだけを作る会社ではなくなり、IDFもPCハードウェア開発者のためだけのカンファレンスではなくなっている。
だが、米Intelコーポレーション社長 兼 最高経営責任者のポール・オッテリーニ氏は、今こそ業界を再定義するときだということを強調する。ここで、オッテリーニ氏が「業界」というものを、どのように考えているのかが明確ではないのだが、Intelがリーダーシップをとるクラウディな業界ということにしておこう。いわば融合の結果なのだが、それをいったんばらそうという提案だ。
ここで、オッテリーニ氏は「Continuum」という言葉を持ち出した。日本語に訳すと「連続体」ということになるようだが、どうにもピンとこない。だが、2002年にIntelが大々的にアピールしていた「Convergence」というキーワードが「統合」とか「融合」といった訳語で紹介されていたことを考えると、そこには明らかな差異がある。Intelのかざす旗のもとに集結した集団が融合し一致団結する親方日の丸的な形態ではなく、いわば、SNSのように、まったく異なる業種層が、ゆるやかなつながりをもって、それぞれのビジネスを成功させるモデルであることがわかる。
オッテリーニ氏も、「Convergence」は過去の話になっていると、歯に衣を着せない。もっとも、2002年のIDF当時のIntelCEOはクレイグ・バレット氏ではあったが、その年のIDFで「Convergence」を大々的にアピールしたのは、CEOのバレット氏ではなく、当時COOだったオッテリーニ氏だったことは内緒だ。
●あなたの声を聴きたいオッテリーニ氏は、Intelが、コンピュータの会社からコンピューティングの会社へと変わってきていることを強調する。確かに、プロセッサ単体というのは、どうにも付加価値をアピールしにくく、過去の製品より、処理性能が高いという以外には、性能あたりの消費電力が低いとか、新しい命令が新設されたといったことなど、エンドユーザーには、それがどうした感の強いアピールしかできない。
プロセッサの省電力がいかに優れていようとも、バッテリの改革が起これば、そんなことはどうでもよくなるかもしれないなど、テクノロジーの世界では、いつ、コペルニクス的転回が起こるのかわからないからだ。しかも、Intelは、コンシューマーに最終製品を届けるベンダーではないのだから、余計にビジョンを語りにくい立場にある。そんなIntelに救いを求め、答えを要求してきたのがこれまでの業界であり、オッテリーニ氏が再定義を提案するのは、その状況からの打破をもくろんでいるのではないか。
「明日の市場がどうなるのかは予測不可能な状態だ。だが、いかなるセグメントにおいても、ユーザーがほしいものに対してカスタマイズができるはず」と、オッテリーニ氏は、なかば投げやりだ。でも、これは、Intelが未来を語ることをやめ、未来を聞く耳を持つ姿勢を打ち出したことを意味する。
実際に、Intelは、IDFに先立ち、ニューヨークのタイムズスクエアなどで、大規模なビルボードを実施し、一般市民に対して、コンピュータや、その周辺テクノロジーに対して期待することを募集したそうだ。10万件を超える回答を集めることができ、それを現在、詳細に分析しているということだ。
また、今年のIDFの会場にも、あちらこちらに大きなホワイトボードと、記入のためのフエルトペンが設置され、「テクノロジーが何でもかなえてくれるとすれば何を期待しますか」、「次に起こるパラダイムは何でしょう」、「あなたの妄想を教えて」といった質問に応えられるようになっていた。
ここにいるのは、基本的には技術者の集団だ。会期が終わるころには、ホワイトボードはビッシリとさまざまなアイディアで埋め尽くされることになるのだろう。ニューヨークのビルボードとは傾向の異なる意見が集まれば、その比較で、さらにおもしろい未来が見えてくるかもしれない。
●「放棄」が作る未来こうした姿勢を見る限り、あのIntelでさえ、今、プロセッサの高い性能、そしてIAを何に使えば人々が幸せになれるのか、暮らしが豊かになるのかについて、迷いを感じていることがわかる。ビジネス的には嬉しくても、志の高い未来を支える製品としてAtomプロセッサが売れて嬉しい理由が、本当ならIntelにはあってはいけないという自己矛盾もある。
オッテリーニ氏は「Continuum=Opportunity」であるとし、顧客は今とはもっともっと違うものを求めていて、それに応えるには、まだまだたくさんの作業がある。それを一生懸命やって未来を一緒に作ろう、このチャンスを逃すなとして、基調講演を締めくくるのだが、これはすなわち、Intelは高性能プロセッサを賢明に作るから、みなさんは、それをどう使うかをしっかり考えてくれというメッセージにもとれる。求められれば、どんなことにも対応できる用意はあるし、アドバンテージも確保されているから、いつでもどうぞということか。その「放棄」にも近いメッセージこそ、今の混沌とした時代を象徴している。
アラン・ケイの名言「未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ」という言葉にあらためて深い意味を感じた。