山田祥平のRe:config.sys

スマホオーディオオンエア三昧

 電波は有限の資源であるからこそ大事に使いたい。ただ、安定を求めるのは酷だ。だが、現時点でまともなケーブルがない以上、それに頼るしかないのも事実なら、ワイヤレスであることの開放感も捨てがたい。前週に引き続き、iPhoneで音楽を楽しむワイヤレス音楽再生事情を見ていこう。

空飛ぶ音楽

 その昔、ラジオとアニメーションをコラボしようということで声優さんの音声だけで演じる動画レスアニメの仕事をしたことがある。「超人ロック」が流行っていたころだから1984年頃のはずだ。当時、ニッポン放送のプロデューサーだった故・上野修氏と話をしていて、ラジオでアニメだから「ラジメーション」と名づけましょうと提案したら、それがそのまま使われるようになってしまった。

 イベントで各地を回り、観客にソニーのFMラジオ機能付きヘッドフォンを貸し出し、微弱FM電波でコンテンツを会場内にオンエアした。ステージに投影されるのはコミックの静止画だ。観客は全員がヘッドフォンをつけ、ホールは基本的に無音に近い状態でイベントが進行する奇妙な様子は今も強く印象に残っている。iPhoneでワイヤレス音楽を楽しむのは、あのイメージに近いものを感じたりもする。

 最初に入手したAAC対応レシーバは、すでに生産終了だがソニーの「DRC-BTN40」だった。これにSHUREのイヤフォンを繋いで使っていた。以前のSHUREイヤフォンは、ケーブルが途中で中継ぎできるようになっていて、短くすることができたのでこの手のレシーバを使うには便利だった。

 その後、SHUREのSE535を使うようになった、このイヤフォンは今も愛用しているがケーブルが太くて長い。それがうっとおしくなって別のデバイスを探してみたところ、「MUC-M1BT1」を見つけて乗り換えた。

 デバイスとしてはケーブルにレシーバ機能が内蔵されているイメージで、ネックバンドケーブルというカテゴリに分類される。ケーブルの途中にバッテリや回路を実装したモジュールが配置され、両端は端子がむき出しになっている。この端子にSHUREのイヤフォンを装着することができるのだ。この端子の規格はMMCX規格として知られ、イヤフォン部分をケーブルから着脱できる製品は、ほとんどこの規格だと思っていい。だが、このデバイスもすでに生産が終了している。

 MMCX対応のレシーバの後釜を探しているうちに見つけたのがWestoneのBluetoothケーブル「78548」だった。米コロラド州のベンダーだが、SHUREの製品を共同開発していたことや、Ultimate Earsブランドの製造をしていたという経緯を知り、SHUREのイヤフォンとの相性を期待してチャレンジしてみることにした。

 届いた製品をiPhoneとペアリングして音を聴いてみると、それまでのソニーの音よりもずいぶん分厚い感じがする。ただ解像感が期待したほどではなく、また、キレも甘い。これだと楽しめる音楽の種類がずいぶん限られてしまう。

 そこで、イヤフォンをSHURE SE535からパイオニアの「SE-CH9T」に換えてみた。さすがに新しい製品だけあって解像感は大きく高まったし、音の傾向も今風だがキレという点では甘さが残る。これは、イヤフォンというよりも、レシーバ側の特性なのか、それとも電源の容量の問題なのかとも思う。

際限のないオーディオ泥沼が楽しい

 こうなるとやめられなくなる。オーディオの困ったところだ。全部を購入するのは無理があるので、SoftBank SELECTIONからGLIDicブランドを含む3製品を借りてみた。

 まずは単体のレシーバとして「SB-XB10-BTHA」を試した。オーディオブランドAstell&Kernとの共同開発による製品で、apt-X HDにも対応、DACやアナログアンプにも手抜きはなさそうだ。通常のアンバランスイヤフォン端子に加えて、バランス端子も装備する。

 実際に試して見ると、これまで紹介した環境の中でももっとも心地よい音を奏でる。装着する有線イヤフォンごとの特性にも忠実だ。本体は手のひらにスッポリ収まる程度の円形で重量も23gしかない。ケーブルさえ気にならないのならおすすめの製品だ。

 一方、「GLIDiC Sound Air WS-5000」は、イヤフォンが直付けになったタイプのネックバンドイヤフォンで、バッテリをイヤフォン内に内蔵するという構造になっている。イヤフォンつきでこの価格であれば十二分に楽しめる音を奏でているように感じた。

 さらに、もっと安い製品として、「GLIDiC Sound Air WS-3000」を試して見た。こちらはレシーバに人気イヤフォン製品の「music piece SE-1000」を組み合わせたパッケージだ。価格的にはレシーバとイヤフォンのコストが半分ずつといったところだろうか。有線イヤフォンとしての実力は価格なりだがうまい音作りだ。低ビットレートの音もそれなりに楽しめる。レシーバと組み合わせても悪くない。ただ、イヤフォンをSE-535やSE-CH9Tに交換して試してみると、ちょっと音が軽薄に感じられるようになった。音に厚みがなく鳴らし切れていないような印象だ。

イヤフォン端子撤廃が生む新たな楽しみ

 今、Bluetoothイヤフォンは、左右分離でケーブルレスというのが流行っているようだが、個人的には必ず落として紛失する自信があってどうにも不安で手を出せないでいる。ワイヤレスと言いながらネックケーブルタイプに固執するのはそのためだ。首の部分がボリューム感のある樹脂性の製品も目立つが、ケーブルだけの方が使いやすいし、カバンやポケットに突っ込むときにも取り回しやすい。

 今回試した中ではGLIDiC Sound Air WS-5000がバランスがとれていてもっとも好感が持てた。イヤフォン着脱不可ということで、ドライバに対するアナログアンプの特性を最適化することができているからなのだろう。愛用のSHUREイヤフォンが使えないのは残念だが、いつもと違う音色を楽しめる点で評価したい。

 ただ、ちょっと困るのがリモコンの使い勝手だ。伝統的にiPhoneのイヤフォンリモコンは、ボタンの一度押しで再生または停止、二度押しで次の曲、三度押しで前の曲だった。ところがこのリモコンでは音量上げボタンの長押しで次の曲、音量下げボタンの長押しで前の曲となる。ボリューム上げ下げは長押しでは行なえず、押して上げ、押して上げを繰り返すことになる。ちなみに、ボタンの二度押しでSiriが応答する。今何時? と聴けばちゃんと教えてくれるのは便利かもしれないが、慣れるまでちょっと時間がかかるかもしれない。しかもリモコンユニットは左耳側にある。

 無線でまともな音を聴くのは無理という論調もあるようだし、実際、同じデータが伝送されるのなら有線の方が音質的には有利なことは分かっている。だが、今のiPhoneがDAC内蔵ケーブルという方法をとった以上、有線の音質はケーブルに内蔵されたDACに依存するようになってしまった。

 SHUREがそうしたように、今後は、Bluetoothオーディオの進化とは別に、このDACをいかにいいものにするかの各社の競争も始まりそうだ。すでに数社から発売されているが標準添付の変換ケーブルの代替品もたくさん出てくるだろう。もう少し落ち着いたら、そっちも試して見たいと思うくらいにオーディオは泥沼だ。

 そういう意味では、iPhoneのイヤフォン端子の撤廃は、間違いなく新しい市場を生むことになったわけだし、少なくとも以前のiPhoneより優れたサウンドが楽しめるはずの土壌を築いた。多少強引かもしれないが、うまいやり方だと感心せざるを得ない。この先、Type-C端子を持つAndroidスマホでも同じことが起こるに違いない。