山田祥平のRe:config.sys

パーソナルコンピュータは死なない

 スマホ至上主義かどうかはともかく、PC不要説がまかり通る今、業界全体が新しいパラダイムに向かっている。ドイツベルリンで開催されている家電/IT関連展示会「IFA2016」で見た新たなトレンドとは。

家族で使えばパーソナルじゃなくなる

 PCは、そもそも1家に1台を目指したところから間違っていたのではないか。スマートフォンは最初から個人が常に携帯する小さなコンピュータを追求してきた。そして、それは常にインターネットにつながっていなければならない。その当たり前のことをパーソナルコンピュータはおざなりにしてきたんじゃないか。

 IFAは白物家電を含む広いカテゴリの展示会だが、当然のように、PCのベンダーも出展している。今年は、Intel、HP、Dell、Microsoftの目立った活動なしという寂しい状況だが、ASUSやAcerといった台湾勢、そして、Lenovoは例年通り元気だった。元気な各社の勢いを見ていると、ふと、パーソナルコンピュータはまだ死なないという根拠のない確信をもってしまうのだ。

 各社ともに徹底して個人が自分の専用に使う、持ち運びをしても苦にならないUltrabook的な製品を揃え、スマートフォンでは手の届かない、届いたとしても効率の悪そうな領域をカバーできる製品群を提案していた。

 デジタルネイティブは、ほとんどの作業はスマートフォンで済ませ、PCを必要としなくなるのではないかという論調がある。でも、ぼくはそうは思わない。これからは、初めて触れるコンピュータ的なデバイスがスマートフォンだという世代が次第に社会に出てくるだろう。それは間違いない。デジタルのいいところも悪いところも知り尽くした世代だ。

 彼らは決してPCとは言えども、家族と共有なんてことは考えないだろう。親とPCを共有するくらいならスマートフォンでいいという考え方だ。その彼らに、ほんの少しの向上心と欲が出てきたときに必要とされるのがPCだ。Windows 10 Mobile搭載のスマートフォンで、ExcelやWordが、まるでPCのように使えたとしても、それだけでは不便だなと思う日がきっとやってくる。

 スマートフォンはPCを使うためのきっかけとなり、デジタルの可能性に対する次の気づきを与える存在となる。だからこそ、そのときまでPCは生きていなければならないのだ。必ずやってくるその日のために。

今年一番のセンセーショナルデバイスYoga Book

 今回のIFAでは、Lenovoが発表した「Yoga Book」が出色の出来映えだった。Yogaというネーミングから想像できる通り、フォームファクタとしてはこれまでのように液晶部分が折り返せるタイプのクラムシェルPCだ。液晶は10.1型で、液晶をタブレットとして取り外せるわけではない。

 取り外しのできないカバー部分と本体を合わせて690gという軽量なPCだ。もちろん液晶はタッチ対応でもある。しかもこの液晶、解像度は1,920×1,200ドット、つまりアスペクト比が16:9ではない。ようやくLenovoも分かってくれたのかという印象を持った。製品のその部分だけでも興奮してしまう。これは本当に嬉しい。

 ところが、この折り返せる部分はキーボードではない。パッと見には、ただの薄っぺらいカバーのように見える。ところが、この板カバーはPCを使って生産性の高い作業をする際に、いろんな役割を果たす。

 基本的に、この板はペンタブレットだ。液晶にフタをする形でカバーになるのだから、液晶とほぼ同サイズだ。その矩形が画面とほぼ1対1で対応する座標を持っている。コンダクタンスを検知して触られたことを検知するので、指でもペンでもポイントできる。さらには、カバーの上に紙を置き、その上にボールペンなどの物理的な筆記用具で文字や図形を書き込んでも、それを検知できる。紙は数十枚を重ねたメモ帳のようなものでも大丈夫のようだ。ペイント系、インク系のアプリを起動した状態で、紙に書き込めば、紙の上に描かれた文字や図形がそのまま画面に描画される。どうしても画面を見てしまうのだが、普通のペンで紙に文字を書くのだから、画面の方は気にしない方がうまく書き込める。クセというのは怖ろしい……。

 さらにカバーの右上には、キーボードとペンタブレットを切り替えるタッチボタンが装備されている。これをタッチすると、カバーの表面には自光で輝くキートップが出現する。もちろん、キートップをタッチすれば普通に入力ができる。これがほんとのタッチタイプだ……。

 多分、キーを見ないで打ち込むのは至難の技だろう。もしかしたら、ちょっとトレーニングすればできるようになるのかもしれない。何しろ、マルチタッチで、同時に複数の位置を検知するので、ホームポジションになんとなく指を置きっぱなしにして休ませるということができない。指の位置をホームポジションにキープするには、両手を強引に宙に浮かせたイメージで緊張させっぱなしでいなければならない。これはかなり疲れる。

 それでもタイプした時の打鍵感は悪くない。タッチタイプなのになぜ、と思うかもしれないが、このペンタブレットはハプティックスに対応し、タッチしたときにブルッと震えるからだ。このブルッで確かにキートップを叩いたというフィードバックが指に戻ってくる。だから、デモ機を占領して10分程度練習してみたところ、それなりにちゃんとタイプできることが分かった。長い長い原稿を書くのは無理かもしれないが、音声入力で頭の中のひらめきを文字にしておくよりはずっとラクにアイディアを書き留めておくことができるのではないか。

不安も残る将来

 Yoga Bookは、IntelのCherry Trailこと、Atom x5-Z8550搭載のデバイスだ。メモリは4GBで、ストレージは64GBしかない。OSについてはAndroid版とWindows 10阪の2種類が用意される。日本での発売はまだ未定という、お約束のコメントしか得られていないが、おそらく発売されるだろうという情報をつかんでいる。

 懸念があるとしたら、Intelのキャンセルが噂されているAtomプロセッサを採用していること、そして、これもまたIntelがハシゴを外したような形になっているAndroidのIA版を採用している点だ。つまり、どちらのSKUもちょっと将来に不安が残る。この点についてはブリーフィングの際に指摘してみたのだが、心配はいらないということだった。そこには先のことはどうでもよいというニュアンスも感じられた。

 このデバイスが世の中に受け入れられて、その後継が求められるようになったときには、そのときに最適なプロセッサがきっと存在しているだろうということかもしれない。そういう意味では、先日のIDFで発表されたAlloyのようなデバイスと同じような立ち位置にいるのではないだろうか。

大和も関わる製品として

 Yoga Bookは、まさにパーソナルなデバイスだと思う。タブレットデバイスは、その地位を獲得できなかったけれど、このデバイスなら、スマホとフルPCの間に立ち位置を確保できるんじゃないかと思う。学生が授業に持ち込む、ビジネスマンがプレゼン資料の構成を考えたり、できあがったものの手直しをする、主婦がキッチンでレシピを見ながら料理するときに、気がついたポイントをメモとして書き込む、ちょっと考えただけでも、いろんな使い方が思い浮かぶ。

 パーソナルコンピューティングのワクワクドキドキを久しぶりに思い出させてくれた製品だ。聞くところによれば、日本の大和研究所がこのデバイスの技術にかかわっているという。Windows版とAndroid版、どちらがいい? きっとそんなことはどうでもいいと思っているユーザーがこのデバイスを選ぶのだろう。それがパラダイムを変える。日本でのデビューを心待ちにしたいと思う。