入門:教養としての人工知能

人工知能の事例を見る。ビジネスから芸術まで

~IBM Watson、自動運転、FinTech、人工知能記者、恋愛相談

政府も人工知能研究に力を入れ始めた。4月には三省庁連携で「次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」が行なわれた

 「人工知能」という言葉がブームになっている。いまや、「人工知能を内蔵している○○」、「○×ができる人工知能を開発した」といったプレスリリースが出されない日はない。AppleやFacebook、MicrosoftなどのITジャイアントと呼ばれる大企業が人工知能関連のベンチャー企業を買収したとか、トヨタやホンダのような企業がAI研究に注力するといったニュースも日々続いている。それらのニュースにはしばしば、ニューラルネットワークや機械学習、ディープラーニング、そしてビッグデータやIoTといった言葉も一緒に出てくる。

 今年(2016年)3月にはGoogle Deep Mindの「AlphaGo」が人間の碁チャンピオンをあっさり下してしまった。国立情報学研究所の「東ロボくん」は全大学の6割に合格できる可能性が8割もあるという。野村総研が「2030年には49%の職業がコンピュータで代替される可能性がある」というレポートを出したこともあるからか、「人工知能の活用に乗り遅れるな」、「人の仕事が奪われるのではないか」という話がセットで語られていることもある。社会的・経済的な格差が生まれるという予測もある。書店に行くと人工知能を特集した雑誌や関連本をまとめたコーナーが、非常に目立つ位置に設置されている。売れているのだろう。

 では、そもそもこれだけ話題になっている「人工知能」とは何なのか。中には、漠然とした不安を抱えている人も少なくない。この短期連載では「人工知能」と呼ばれる一連の技術と、ビジネス環境の両方を概観し、さまざまなニュースが実のところどうなのか、自分で判断できるようになるための一助となることを目指す。

 最初に言っておこう。「人工知能」とは単一の技術を指す言葉ではない。要素技術の集合体、一連の学問分野の名前である。自分で思考できる機械は、まだ存在しない。今人工知能と呼ばれている技術は、大抵の場合は自動化された分類用フィルター、あるいはそれをもとにした確率推定器である。とてもとても、昔のSF映画に出てきたような全知全能の「人工の知能」ではない。試しに、人工知能云々というニュースがあったら、その「人工知能」という言葉を「IT」に置き換えてみればいい。大抵の場合、そのまま意味が通じるはずだ。

技術の発展・実用化とブームの盛り上がり

「コンピュータが写真を理解するようになるまで」。スタンフォード大コンピュータビジョン研究室フェイフェイ・リー氏によるTEDでの講演

 今のAIブームは認識技術の向上によって起こったと一般に言われている。確かに画像認識ではそれなりの性能を見せている。画像から自動でキャプションを吐き出すようなことまでできている。また、面白いことに、画像の生成もできるようになっている。

 しかしながら残念ながら現段階ではインタビュー音声を自動で文字起こししてくれる技術さえ存在せず、我々ライターは相変わらず自分で文字起こしをせざるを得ない日々を送っている。はやく自動文字起こししてくれる技術が欲しい。そのためには音声認識、自然言語理解技術がもっと向上しないといけないだろう。

 ただし、まったく使えないとか、そういうことが言いたいわけではない。これまでにも人工知能分野では、ある技術が実用化されると「それは知能ではない」と言われてしまうという現象があった。そもそも今こうやって文字を綴っているカナ漢字変換システムも人工知能技術の一部だし、検索エンジンや路線検索なども知能技術だ。でもこれらは普通に使われているので、ことさらに人工知能とは言われない。要するに、そもそもこれまでも、そして今でも、人工知能研究の成果はどんどん実用化され、コモディティ化しているのである。

 技術自体は基本的には徐々に、連続的に進化していくものだ。たまにピョンと跳躍することもあるが、それは稀である。だが世間からの期待(と、さまざまな予算執行者からの投資)の集中はいつも不連続だ。唐突に盛り上がったりする。それが「ブーム」である。「人工知能」という言葉のよく分からなさは「知能」という言葉の分からなさに由来していると思うのだが、人間の知能も、さまざまな要素から成り立っている。それと同じで、知的な処理を行なうための機械的手続き、すなわちアルゴリズムの開発は、それぞれの要素別に進められている。

 話が先走りすぎた。今回は第1回。イントロダクションだ。まずはどんな事例があるのか、まとめて眺めてみよう。日々拡大しつつある、今の人工知能ブーム全体の風景を、遠目で眺めてみることにしたい。今の人工知能ブームの面白いところは、とにかくあらゆる分野に人工知能なる言葉が使われているところである。

人工知能ブームは3回目

7月に行なわれた「ソフトバンクワールド2016」での東京大学・松尾豊准教授の講演から

 これまでに人工知能ブームは2回あり、今回が3回目。今回のブーム、期待の集中は2011年のIBMの質問応答システム「Watson」によるクイズ番組「Jeopardy!」での勝利という誰もが理解できるトピックスに続き、翌2012年の「Large Scale Visual Recognition Challenge」という画像認識コンテストでのディープラーニングを使ったチームの圧勝、それとGoogleがYouTubeから猫を自己教示学習で自動認識させるのに成功したというニュースなどが、いろいろ、ごちゃごちゃになって時代の雰囲気を形作っている。

 IBM Watsonは非構造情報を解くプラットフォームとして既にあちこちでビジネス展開を始めており、後者のディープラーニングを使って特徴量を自動抽出することができたという話題はこれまでにない新たな可能性を開拓するのではないかと熱い注目を浴びることで、ブームの牽引役ともなっている。その辺りはまた後ほど触れていきたい。

【動画】JST ScienceNewsによる「ディープラーニング」の解説番組

アーリーアダプタ普及段階にある「IBM Watson」

【動画】Watson活用により「ダークデータ」の活用が可能になるとIBMはいう

 ここではまず、IBM Watsonの事例について追ってみよう。Watsonの基本機能は、回答候補の尤度を推定することである。問いを構文解析して質問内容を推定し、もっともそれらしい回答候補を推定して確信度の数値順にリストするのだ。その機能を使ってコールセンターなどに用いられている。2011年に登場したWatsonはその後事業化され、今年2月には日本語化された。5月に行なわれた「IBM Watsonサミット2016」では既に国内150社以上がWatson導入を検討しており、世界では400以上のパートナー、8万人の開発者がいると紹介された。

 特にWatsonが非構造化情報を扱える点が強調されており、自然言語から感情や社会的印象、性格や行動を分析する「Tone analyzer」や「Personality Insights」という機能が紹介されていた。このような機能を使うことで、Watsonはユーザーと普通にチャットすることで、これまでの履歴書記入ではピックアップすることができなかった情報を得ることができる。既に技術分野専門の人材サービス派遣会社・株式会社フォーラムエンジニアリングではWatsonを利用することで、より絞り込んだ職のマッチングが可能になったと事例紹介されていた。大量の良質のデータが集まれば集まるほど、Watsonのようなシステムはパワーを発揮する。

 「IBM Watsonサミット2016」ではほかにも三菱東京UFJでのLINEを使ったユーザーからの質問への回答、かんぽ生命による支払い審査業務への適用などが紹介されていた。

【動画】【IBM Watson事例】IBM Watsonが実現する みずほ銀行の新たな「おもてなし」

 特に印象的だったのは医療データの解析だ。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長 宮野悟教授が登壇し、指数関数的に増加する論文を閲覧し、数十のデータベースを参照しながらゲノムの網羅的変異解析を行なって、標的となるがん遺伝子の絞り込みや治療薬を提案するのははもはや人力では不可能になりつつあるが、Watsonではそれが可能だと熱く語る姿が印象的だった。この件については2015年7月にIBMからプレスリリースが出ている。なんにしても鍵はデータの質にある。

 つい先頃、そのWatsonと東京大学医科学研究所が人命を救ったとNHKが報道した。患者の遺伝子変異を入力されたWatsonがわずか10分で、人間の医師でも診断が難しい「二次性白血病」である可能性が高いと提案し、それに基づいて抗がん剤を変えたところ効き目があったという。人間には不可能な分量の作業を高速でこなし、人を助ける、このような素晴らしい例が、今後も続いてくれることを期待したい。

 なお、IBM自身はWatsonのことを「人工知能」ではなく「コグニティブ(認知)」技術だと言っている。以下は筆者の勝手な推測だが、IBMは本当の意味での人工知能が将来生み出されるのであれば、それを生み出すのは自分たちだという自負があるのではないか。それまで「人工知能」という言葉はあえて使わないようにしているのではいだろうか、というのは期待しすぎ、買いかぶりすぎだろうか。

【動画】IBM JapanによるWatsonが学習する方法

自動車産業全体の構造を変える自動運転技術

【動画】トヨタ、“ぶつからない”を学習する人工知能自動運転車のデモ

 もう1つ、今の人工知能の研究牽引役はアプリケーションとしての自動運転だろう。この話で必ず出てくる機械学習ベンチャーのPreferred Networksにも出資しているトヨタは、1月にトヨタ・リサーチ・インスティテュートという会社を設立し、今後5年間で約10億ドルを投入し、人工知能研究を推進している。スタンフォードやMITのほか、ミシガン大学との連携も先頃発表された。ホンダも7月にソフトバンクと共同研究を開始すると発表した。9月に「HondaイノベーションラボTokyo」を設立し、運転者の感情を推定したりエージェントが感情モデルを使って会話するようにするという。

 一方、この分野を牽引していたGoogleからは8月になって、自動運転プロジェクトのCTOだったChris Urmson氏が退任すると発表された。テスラ「モデルS」による死亡事故も記憶に新しい。

 自動運転はほかにも日産やUber、フォードやBMW、さらにはGMやBaidu、Intelなどまで加わって各社がしのぎを削っている。技術トレンドが自動運転へと進んでいることは間違いない。もし安全な自動運転が可能になれば自動車関連業界の構造があちこちで変化するため、その影響は計り知れない。段階的に自動運転が進むことは間違いない。だが、道のりは不透明である。

【動画】IBM Watsonを使った自動運転車「Olli」

 自動運転にはもう1つ可能性がある。人が乗らない無人車でのレース「Roborace」だ。今年秋に行なわれる予定で、カーデザインが公開されている。

【動画】Roborace - The Car of the Future is Here

金融(Finance)+IT=FinTech

 ITを使った金融ツール、サービス、テクノロジー、いわゆるFinTechと呼ばれる分野でも活用が模索されている。ここ最近のニュースを拾ってみるだけでもいろいろある。たとえば、じぶん銀行はフィンテックベンチャー企業のAlpacaDBと、人工知能を活用した外貨預金サポートツールの開発検討に合意したと8月に発表した。「Alpacaは、株式会社三菱東京UFJ銀行が主催する「MUFG Fintech アクセラレータ・プログラム」の参加企業で、金融工学、画像認識技術、深層学習(ディープラーニング)技術を複合的に用いた投資アルゴリズムの開発を得意とする」ベンチャー企業だとリリースにはある

Alpacaによる「Deep Learning による為替市場の時系列データ分析」

 「AIソリューション推進室」を2015年に設置しているNTTデータは、三井住友カード株式会社と共同で、加盟店審査関連情報収集の高度化・自動化の実証実験を行っている。加盟店審査業務の効率化を進めているという(PDF)。顧客と接する端末としてコミュニケーションロボットを使った取り組みも実施中だ。

 セブン銀行はATMの中の紙幣の増減予測を人工知能で行なうという取り組みを実験している(PDF)。NECと東工大発ベンチャーのSOINNと共同で進めていくという。

 新電力設立支援を行なうベンチャー・株式会社オプティマイザーは「再生可能エネルギー発電対応の人工知能によるリアルタイム入札自動化技術の開発」が、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「平成28年度新エネルギーベンチャー技術革新事業」に採択されたと発表している。太陽光をはじめとする再生可能エネルギーの発電予測など、機械学習によるリアルタイム性の高い需要・発電予測技術の研究開発を実施するという。

 テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社と株式会社フィスコはクラウ ド型人工知能金融市況サービスの研究開発にむけて業務提携したと発表している(PDF)。

 また、サンケイビズによればソニー銀行はAIで住宅ローン審査を行なおうとしているという。この分野は直接お金に関わるだけに多くの解説ドキュメントがネット上にもある。

小売

 小売業でのIT化、特にいわゆる IoT+AI というのも注目されている分野だ。カメラやBluetooth LEやWi-Fiなどを使った顧客の動線や滞留時間・場所と購買率の関係割り出しはもちろん、ネット上での販売におけるチャットボットやリコメンド技術の活用、または在庫管理や店舗への最適な配分、ニーズ予想など、人工知能でもなんでもいいから、経験と勘で行なわれていた業務を自動化したい、あるいは大規模になりすぎていて自動化しないと対応できない、というニーズが高まっているらしい。

 例えばアサヒビールはNECの「異種混合学習技術」を使って、酒類のニーズ予測の実験をやっていた。NECのこの技術はほかにも日配品需要予測や電力需要予測などさまざまなことに応用されている

 ディープラーニングを利用したサービスを提供するベンチャーとして知名度を上げている株式会社ABEJA(アベジャ)は、8月に、技術顧問に公立はこだて未来大学の松原仁教授を迎えたとリリースを出した

 同社は、ディープラーニングを活用して情報を収集・解析・可視化できるクラウドサービス「ABEJA Platform」を、小売・流通業界を中心に、株式会社三越伊勢丹ホールディングス、株式会社ゲオ、株式会社ジュンなど、国内の100店舗以上(2016年7月25日時点)に導入して、店舗運営の改善に役立てているという。同社のプレスリリース一覧は、ほぼそのまま人工知能技術に現在の小売業者が期待することではないかと思う。また、他媒体ではあるが、同社CEOの岡田陽介氏が語るビジョンはとても興味深く面白いので、一読をおすすめしたい。

 同社はダイキン工業株式会社の技術開発拠点テクノロジー・イノベーションセンターとも連携して、製造業へも乗り出そうとしている

【動画】動画でわかるABEJA PLATFORM for Retail

観光需要予測

経済産業省「観光予報プラットフォーム」

 予測は人工知能の適用分野の1つだ。予測できるとありがたいものはいろいろあるが、観光地に人がどのくらい来そうなのか、というのには間違いなくニーズがあるだろう。経済産業省はサービス産業の活性化・生産性向上を図ることを目的として「観光予報プラットフォーム」というサービスを提供している。日本全体の宿泊実績データのうち、6,575万泊以上のサンプリングデータ(店頭、国内ネット販売、海外向けサイトの販売)を抽出し、宿泊者数の実績、予測データを算出したというものだ。

 観光客の増減はさまざまなビジネスに影響を与える。NTTドコモや東京無線協同組合(東京無線)、富士通、富士通テンはタクシー需要予測による配車実験を行なっている。30分後の需要を予測して、タクシーを事前に配車しておくというものだ。来年度に実用化予定だという。

 観光地ではないが、九州大学の先端ラーニング・テクノロジー研究室(島田敬士准教授)と株式会社アドインテは、共同で大学キャンパス内の“今”の混雑状況と、“これから”の混雑予測を知らせる「K-now」を7月にリリースした。Wi-FiとBluetooth LEを搭載した「AIBeacon」というセンサーを使ってキャンパス内の混雑状況がわかるだけでなく、推定できるというものだ。

農業にも人工知能

 近年、農業分野へのIT応用が検討されている。IoT活用によるセンサーデータ収集が進めば、人工知能による予測も可能性が出てくる。

 株式会社ファームノートはクラウドと人工知能を活用して、最適な牛の飼養管理を実現するウェアラブルデバイス「Farmnote Color」を発売開始すると8月にプレスリリースを出した。牛群管理システム「Farmnote」と連携した牛用のウェアラブルデバイスで、牛の行動を解析し、発情や疾病兆候などを通知する。個体別に学習し、個体差を考慮して分析を行なうことができるため、データが増えるほど精度が高い異常検知が可能になるという。

【動画】クラウド牛群管理「Farmnote」

 分かりやすい応用例もある。Blue River Technologyのトラクターは機械学習でレタスか雑草かを区別することができる。これによって化学薬品の量を減らせるそうだ。このほかも収穫に活用したり、畑の栄養状態と生育状況との相関を見て施肥を行なうシステムなどが期待されている。

【動画】Blue River Technology - Lettuce Thinning

 農林水産省は以前からAI活用を模索している(|n@@AI農業の展開について 農業分野における情報科学の活用等に 係る研究会報告書|n@@(PDF)などを参照)。人工知能学会誌でも2015年3月号で「人工知能と農業」という特集を組んでいる。AIと農業は案外相性が良いかもしれない。

オリンピック記事も人工知能記者が執筆

ワシントンポストのオリンピックアカウント @WPOlympicsbot は Heliografがツイートしていた

 AP通信や米国Yahoo!はAutomated Insightsが開発した「Wordsmith(ワードスミス)」というソフトウェアで、企業の決算記事を書かせている。これまで手が回らなかった企業の決算記事が10倍も自動で配信できるようになったという。WordsmithはCSVファイルから、自然言語からなる文章を作成する。多国語対応で、15以上の言語に対応しているという。

【動画】Wordsmith

 この原稿を書いている現在、リオ・オリンピックが行なわれているが、オリンピックの記事にもAIが活用されている。ワシントンポストは「Heliograf」というボットを作成、Twitterアカウント@WPOlympicsbotでメダル取得結果などツイートさせている。オリンピックは運用テストのようなものらしく、今後、より広いジャンルで活躍させていくという。人間の記者は本当の洞察や解析に集中することができると同社の戦略イニシアチブディレクターは語っている。

 株式会社JX通信社は株式会社産経デジタルと協業し、AIニュース配信システムを活用して、リオ・デ・ジャネイロオリンピック出場選手のツイートをリアルタイムに収集・解析し、自動掲載する仕組みを提供している。なお同社は金融情報会社の株式会社QUICKと、一般社団法人共同通信社を割当先とする第三者割当増資を実施している。

小説、絵画など芸術分野にも進出

「きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ」

 AIは人間独自の世界だと思われているだろう芸術分野にも進出している。「きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ」は、作家・星新一のようなショートショートを書けるAIの実現を目指している。2016年には第3回「星新一賞」(日本経済新聞社主催)への応募で、一次審査を通過した。ただし現時点では人と機械の共作である。詳細は本誌過去記事を参照されたい(人工知能は小説を書けるのか)。

 「The Next Rembrandt」は絵画を書かせようという試みだ。ディープラーニングでレンブラントの作風を学習し、肖像画を描いたと発表された。単にプリントするのではなく、3Dスキャナを使って生の絵画から取り込んだデータをもとにして、3Dプリンタで作品を出力することで、油絵具を塗り重ねた時にできる盛り上がりまで表現した力作である。素人目にはすっかりレンブラント風に見える。

 なお、機械に絵画を描かせようという試みは最近始まったわけではない。これまでにもいくつか研究がある。音楽を自動生成する研究もある。アメリカではAIが生成した文芸作品を投稿するサイト「CuratedAI」までできた。

【動画】The Next Rembrandt

既に個人でもディープラーニングを活用できる時代

世の中には既に多くのフレームワークやモデルが存在する(MakerFaireTokyoでのNVIDIAテクニカルマーケティングエンジニア 矢戸知得氏の講演から)

 人工知能活用は企業や研究機関だけのものではない。8月に行なわれたMakerFaireでも人工知能関連の出展物があった。NVIDIAは組み込みコンピュータの「Jetson TX1」を搭載したロボットや画像認識システムを出展していたほか、「DIYで人工知能 オープンソースでAIデバイスを作る方法」という講演を行ない、入力動画からリアルタイムにキャプションを付けられる「NeuralTalk2」を用いて画像を言葉で説明させるデモを実装した例を使って、「個人でもディープラーニングを活用したアプリケーションが作れる」とアピールしていた。

【動画】NeuralTalk2のデモの一例

 Preferred Networksによる、ニューラルネットワークを実装するためのフレームワーク「Chainer」など、既に環境がだいぶ整っているため、ありものを組み合わせることでアプリケーション構築が容易になっているという。

 なおこの講演については笠原一輝氏がCar Watchで紹介している。GPUを使ったディープラーニングのより詳しい話については、NVIDIAによる下記の解説動画をご覧になるといいと思う。

 画像にキャプションを付けられるのは面白いのだが、それだけでは、ただの遊びで終わってしまう。静岡県湖西市のきゅうり農家Workpilesさんらは、ディープラーニングを利用した「きゅうり」の自動選果機を出展。きゅうりのサイズ、曲がり具合、傷・病気の有無、色艶などを総合的に判断して、各等級に選別する作業を選果というが、これを人工知能にやらせようというプロジェクトだ。TensorFlowを使って学習させている。実用的だし、面白い成果だと思う。

【動画】TensorFlowを使ったきゅうりの仕分け

人の幸せや恋愛相談にも人工知能

 さらに人工知能は、人間の究極の目標であろう幸福感にも関わろうとしている。日立の「H」という人工知能は、1人1人の幸福感の向上に繋がる行動についてのアドバイスを自動的に作成できる

 加速度計内蔵の名札型ウェアラブルセンサーを使って行動データを録り、対人コミュニケーションを定量化。それが幸福感と相関するという。それを「H」が解析して、各個人にカスタマイズされた幸福感向上に有効なアドバイスを日々自動的に作成、配信するというものだ。具体的には「Aさんとの5分以下の短い会話を増やしましょう」、「上司のBさんに会うには午前中がおすすめです」など、職場でのコミュニケーションや時間の使い方に関するアドバイスが送られてくる。そのアドバイスに従うことで、組織の生産性、ひいては幸福感が向上するという。これは会社内の話だが、そのうち会社外にも応用されるかもしれない。

 なお、この「H」というプラットフォームはこれだけがアプリケーションではない。下記の動画などが参考になる。

【動画】3分で分かる日立の人工知能

 また、ヤフーは恋愛相談ができる人工知能サービス「これって付き合える? 脈ありチェッカーβ with Watson」を8月から開始している。IBM Watsonのユーザーによって提供される情報意図を解釈し、予め定義してあるルールに従って分類するAPI「Natural Language Classifier」を使ったサービスで、「Yahoo!知恵袋」の「恋愛相談」カテゴリのQ&Aデータに投稿された約450万件の回答傾向から、気になる同級生や友達、同僚などとの恋愛成就度をパーセンテージですぐに回答するという。

 一方、障がい者向け就労支援事業を展開する株式会社LITALICOとデータ解析企業の株式会社FRONTEO(以前はUBICという社名だった)は、「KIBIT」というシステムを使って自殺の予兆や可能性の高まりを早期に発見する仕組みを構築し、運用している

 FRONTEOが「Landscaping(ランドスケイピング)」と呼ぶ学習・評価のアルゴリズムを人間の機微を自動的に学習し、学習結果を多様なアプリケーションに応用できるという

 技術が人の幸福をサポートできるのであれば素晴らしい。KIBITを使ったコミュニケーションロボット「Kibiro」も法人向けに使われているが、家庭用としても販売する予定だ。ロボットとAIに関してはまた別に書きたい。

【動画】Kibiro

既に日常化しつつあるAI

 きりがないので、この辺りでやめておくが、ほかにも燃費をよくしたり、犯罪予測や不審者検出、医療診断など多種多様なアプリケーションが日々報道されている。技術単品がポンと出てきても、それだけでは社会への実装・活用は容易ではないことは、これまでのIT関連技術普及の歴史を見ても明らかだが、ともかく、いろいろな分野でビジネス展開が模索され始めていることと、既に日常に入り込みつつあること、決して遠い技術ではないことなどをご理解いただければ、十分である。次回以降はこれらの背景にある技術やその思想について掘り下げていきたい。