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人工知能は小説を書けるのか
~人とAIによる共同創作の現在と展望
(2016/3/22 17:20)
3月21日、人工知能を利用した創作小説の「星新一賞」への応募報告会が、東京・汐留の電通ホールで行なわれた。人間と人工知能による共同創作小説を第3回「星新一賞」への応募した結果の報告会で、最終候補に残ることはできなかったが、1作品は一次審査を通過したという。なお審査者には人工知能との共同創作であることは伏せられている。報告会では作品説明と小説生成の仕組み、人工知能による創作の展望について、報告が行なわれた。
日本経済新聞者が主催する「星新一賞」は2013年に新設された理系的発想力を問う文学賞。人工知能による応募も受け付けるとされている。第3回の応募作品数は一般部門1,450編、ジュニア部門763編、学生部門 348編の合計2,561編。AIでの応募は11編だったとされている。今回の研究発表で紹介されたのは、2つのプロジェクトによる4編。残り7編がどんな応募者によるどんな作品だったのか、どんな成績を収めたのかなどの情報は、公開されていない。
応募したのは、「星新一賞」設立自体をきっかけとして始まった人工知能によるショートショートの創作を目指す「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」(プロジェクト代表 公立はこだて未来大学 教授 松原仁氏)と、ゲームを人工知能でプレイすることを目指している「人狼知能プロジェクト」(プロジェクトリーダー 東京大学大学院工学研究科 准教授 鳥海不二夫氏)。メンバーは一部重なっている。
応募作品はそれぞれ2編ずつの下記4編。それぞれWeb上で公開されている。
「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」
・「コンピュータが小説を書く日」
・「私の仕事は」
「人狼知能プロジェクト」
・「汝はAIなりや? TYPE-S」
・「汝はAIなりや? TYPE-L」
小説を描くためには、テーマを決め、プロットを生成し、意味のある文章を複数段落に渡って書いていく必要がある。どれも今のコンピュータにとっては難しい課題だ。
コンピュータに意味の通った長文を書かせるには
「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」においては、名古屋大学大学院 工学研究科 電子情報システム専攻教授の佐藤理史氏らのグループが開発した文章生成器「GhostWriter」と表層文生成ツール「Haori」を使って生成された小説が投稿された。佐藤氏らは別の AIプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」において「国語」の現代文にトライしているチームでもある。意味が通る長い文章を作ることができた点が今回の一番の成果だという。
最初は文章を節に区切って変形することでテキストの切り貼りを行なったり、発話文から話者推定して組み替えることによって新たなテキストを生成する方法で挑んだが、それには限界があったので戦略を練り直し、表層のテキストの背後に構造を仮定。そして実際の文章文字列を構造に合う部品から合成するという方法で今回の応募作品を作った。
例えば、導入部には「その日の描写」や「部屋の描写」を描くといった構造を記述してやる。さらにそこにパラメータを設定する。「その日」の「天気」や、キャラクターの「性別」などがパラメータとなる。パラメータを設定することで、一段抽象化された表現を内部に持つことができ、その情報を使った描写が書くことが可能になる。要するに小説の細部を整合させたり伏線をはることが可能になる。このシステムを使うことで、パラメータを設定するだけで特定の小説をアウトプットできるようになった。ただし、小説のテーマそのものの設定や選定は人間が行なっている。つまり「作家ですのよ」側では、プロットは人間が考えているが、実際に書く作業はコンピュータが行なっている。
なお、「コンピュータが小説を書く日」は現状に不満を持つAIが小説を書いてその楽しみに気付くという話。コンピュータ自身が楽しむために小説を書くようになったら、どんなものを書くだろうかというところから着想したという。「私の仕事は」も投稿されているが、どちらの作品が一次選考を通過したのかは明かされていない。
プロットをAIに作らせる
一方、「人狼知能プロジェクト」の方はアプローチが異なる。プロットそのものはAIが作っているが、実際に書く作業は人間が行なった。実際の執筆を行なったのは東京大学大学院 工学系研究科 システム創成学専攻 准教授の鳥海不二夫氏。
こちらではスパイ発見ゲームの一種「人狼」ゲームをプレイできるAIを作ることを目的としている「人狼知能プロジェクト」のサブプロジェクトとして行なわれており、これまでに開発された人狼AIエージェント同士にプレイさせ、その中からドラマティックな展開が起きたと考えられるプレイをもとにした、リプレイ小説となっている。
ドラマティックな展開を求めるために1万回の対戦を行なわせ、ゲームとして成り立たなかったものを排除した6,933プレイから、おかしな展開が起きているものなどを排除したり、条件を満たしたもの166シナリオを抽出した。最終的には鳥海氏が直接ログを見てシナリオを選び、それを元にリプレイ小説を書いた。
なお小説化にあたって設定は「人狼」から「アンドロイド」へと設定を変更。SF小説とした。「TYPE-S」はできるだけログに忠実に、「TYPE-L」は物語をふくらませたものとして投稿したという。だがどちらも最終選考には残らなかった。
プロ作家から見た今回の小説の出来は?
報告会ではSF・ファンタジー作家の長谷敏司氏からの講評も行なわれた。長谷敏司氏はまず「機械翻訳のような文章なのかと思っていたが予想以上にきちんと小説になっていた」と感想を述べた。ただ、小説のテーマ自体をAIが設定していないことは残念だとした。
気になったこととしては、「展開がぶつぎり」であること、「キャラクターを扱うのが苦手であるように見える」、「説明がうまくない」といった点を挙げた。小説としての出来は100点満点で60点くらいで、「星新一賞受賞までの課題は多い」という。
だが、AIが小説を書けるようになった将来については「物語との関わり方が丸ごと変わる可能性もある。本当に小説が豊かになるのはAIが小説を書けるようになった後かもしれない」とコメントした。
「コンピュータで書いた」のか、「コンピュータが書いた」のか
名古屋大学の佐藤教授は、今回の創作物について、「コンピュータで書いた」のか「コンピュータが書いた」と見るのかは、受け手がどう感じるかだと述べた。佐藤氏らが応募した文章はプログラムによる出力だが、だからといってコンピュータが書いたとは言えないという。例えばブロック玩具を使えば、面白いかたちのものが作れる。そのための設計図もある。誰にでも同じものを作ることができる。だが一方で、作るものにはバリエーションがあって、さまざまなものを作ることも可能だ。誰も作ったことがないようなものもできる。では、それを作ったのは誰か。それは哲学的な問いだという。
このほか佐藤氏は昨今の人工知能をめぐる報道について「誤解がある」と述べて、人工知能研究の本質についても語った。「人工知能で○○ができた」というのは、そのための機械的な方法・手順が分かったということであり、つまり、賢くなったのは機械ではなく人類だと改めて強調した。
「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」では、このほかにも、今回も講演を行なった東京工業大学 大学院社会理工学研究科 価値システム専攻の村井源氏らによる物語を「読む」ことでオチを判定させる人工知能の研究や、小説の面白さの研究、星新一らしさとは何かについての研究なども並行して行われている。だが今回のプロジェクトにおいては各プロジェクトが連携しておらず、個別の結果となっている。
プロジェクト代表の松原仁氏は「現時点では人間の関与が大きい」と語った。今現在は人間が8割から9割方書いており、コンピュータの寄与は1割から2割だという。だが将来は作品の評価などもできる可能性があり、「感性がコンピュータにも扱えることを示したい」と述べた。良質のエンターテイメントをコンピュータが作れることを示すと同時に、人間の芸術の創作過程に関する知見を得ることもでき、創作過程を理解する参考になるだろうと語った。