●IDF上海の注目テーマ 一昨年(2006年)まで米サンフランシスコで行なわれていた春のIntel Developers Forumが中国で開催されるようになって2年目。昨年の北京に引き続き、今年は上海国際コンベンションセンターでその幕を開ける。 今年のテーマの1つは、言うまでもなくIntelアーキテクチャの新しい分岐点となると目されるNehalem(ネハーレン)のアーキテクチャについてだ。Intelはイスラエル・ハイファ開発のプロセッサに関して、これまであまり内部アーキテクチャを公開してこなかったが、Nehalemを開発した米オレゴンのチームはアーキテクチャの公開に積極的で、ある程度の事実が公になると見られる(これは会社の方針というよりも、各開発センターの方針のようだ)。 NehalemのパフォーマンスはPenrynに比べ、同一クロック周波数で相当高いレベルにあると聞き及んでいるが、ラディカルなアーキテクチャチェンジだけに、実際の製品が出るまでは大げさな評価はするべきではないだろう。予想できない弱点も露呈する可能性はある。しかし、問題はそこではない。 マルチコア時代の新しいアーキテクチャとして、これからの数年あるいは10年、改良を加えながら時代を支えていく基礎となるべきアーキテクチャであることを、Nehalemは求められている。当初のパフォーマンスやちょっとした見込み違いよりも、進歩を遂げるだけのヘッドルームを備えていることが、こうしたラディカルなアーキテクチャチェンジに求められる要件だろう。 そしてもう1つのテーマがAtom。すでにAtomブランドのプロセッサは発表されており、注目はそれを搭載する製品の紹介と、今後、Atom搭載製品の普及をどのように加速させていくかという、Intelの舵の取り方に注目が集まる。 ●PCとディスプレイ間のワイヤレス化
さて、そんな上海におけるSpring IDF 2008で興味深い、しかし発想としてはちょっと古い技術提案があった。コンピュータ本体とディスプレイのワイヤレスによる分離である。コンピュータを構成するコンポーネントをネットワーク透過で接続し、構成の柔軟性を高めるアイディアは以前からある。 たとえばWindowsのリモートデスクトップで使われるRDP(Remote Desktop Protocol)も、ディスプレイをネットワーク透過で利用する手法だし、RDPを拡張したプロトコルでリモートディスプレイを実現したWindows CE for Smart Displayも過去にはあった。もっとローカルな接続であれば、東芝がノートPCとTVやコンピュータディスプレイの間をワイヤレス化するソリューションを展示したこともある。 Intelが今回、ワイヤレスでディスプレイを接続する技術を披露したのは、Atomを用いるMID(Mobile Internet Device)の活用幅を広げる手段の1つとしてだ。MIDを手近なディスプレイとワイヤレス接続することで、MID内蔵のディスプレイに依存しない豊かな表現力を得られる。MIDの中身は紛れもなくx86プロセッサ搭載PCなのだから、ディスプレイに限らずさまざまなデバイスとワイヤレスで手軽に接続できれば、活用の幅は大きく広がる。 Intelが提案しているワイヤレスディスプレイは次の2種類があり、用途に応じて使い分けることを想定している。
1つはGPUへのコマンドキューを圧縮し、ネットワークで別のコンピュータに送信。それを受信側のコンピュータが持つGPUに送る手法。受信側と送信側はそれぞれ同じコマンドを解釈できるGPUと、ある程度のインテリジェンスが必要になるが、グラフィックスは非常にリッチでリモートディスプレイ側もローカルディスプレイ側も同じレンダリング結果を得られる。 実際に試験的に開発したソリューションは、GPUコマンドを生のまま扱うのではなく、Open GLによる描画コマンドをネットワーク経由で伝送するもの。3DカーレースゲームをノートPC上で実行し、別の2台のノートPCに3Dコマンドを送って同じ画面がレイテンシを感じさせずに表示される様子をデモしていた。 今回のデモでOpen GLを用いたのは業界標準であることに加え、2D/3Dのグラフィックスを統合したアーキテクチャを持っているからとのことで、これをよりGPUのアーキテクチャに近付ければパフォーマンスはさらに向上すると話す。ちなみに伝送する描画コマンドはピーク時でも20Mbps以下のレートだという。
もう1つの手法は、描画フレームバッファを圧縮し、ネットワーク経由で別デバイスに同期出力させる手法だ。前者の方法をRDPライクと書いたが、こちらはVNCライクな実装方法と言えるかもしれない。受信側には描画コマンドを処理するプロセッサが不要で、圧縮されたディスプレイの映像ストリームを表示するだけで良いため、より低コストなソリューションとなる。 デモではIntelがフレームバッファ転送向けにカスタマイズしたプロファイルを持つH.264を用いていた。これはH.264 Main Profileに比べ、文字の高表示品質や低レイテンシ、受信側の処理負荷の低さといった利点を引き出したものだという。実際、非圧縮(つまり無劣化)のWindows画面と、H.264 Main Profileの画面、それにIntelのPC画面表示に特化したH.264プロファイルを並べて比較していたが、Main Profileでは画面の書き換え状況によっては文字表示品質が下がるのに対して、画面表示用プロファイルでは画質劣化がほとんど目立たない。 おそらくビジネス向けプレゼンテーションや、Web画面の表示などの用途であれば性能的には十分だろう。動画に関してもPCで再生して見せる程度の品質であれば十分という印象を受けた。 ●ワイヤレス化によるMIDの用途拡大
Intelとしては、このように別の切り口でワイヤレスディスプレイを実現する手法を用意し、接続する相手や利用するアプリケーションの種類・目的に応じて使い分けることを考えているようだ。ディスプレイとコンピュータをワイヤレスで接続する方法には、他にもUWBを用いた技術があるが、それらがディスプレイケーブルの置き換えを行なうものであるのに対して、ここで挙げた手法はディスプレイ表示パイプラインの一部にネットワークを加えたイメージだ。 たとえばMIDで受け取った資料を、手近なところにあるHDTVに出してみるとか、プロジェクタとワイヤレスで接続してプレゼンをするといった使い方があるだろう。あるいは出先で遊んでいたゲームの続きを、自宅に帰ってからワイヤレス接続でPCの画面上で遊ぶといったこともできる。 MIDは確かにPCの一種と言えるが、しかし画面も小さく、キーボードの使い勝手も限定的で、周辺機器との接続性も低い。これは機器としての特性上、致し方ないことだ。しかしディスプレイを始め、さまざまなデバイスをネットワーク透過で扱えるようになれば、MIDを使う場所の環境によって、小さくも大きくも使い分けることができる。将来、MIDの能力がさらに向上し、小型ノートPCとの境目が曖昧になってくると、MIDを中心に使いつつ、自宅や会社ではそのままMIDをPCライクに使うといった使い方も、決して非現実的なものではなくなるだろう。 GPUのレンダリングパワー、マウスやキーボード、高解像度ディスプレイ、カメラ、スピーカー、大容量ストレージなどは、MIDにはとても搭載できるものではない。しかし、ネットワーク透過になってしまえば、手近な対応デバイスを拝借(手っ取り早いのは手近なPCにサーバソフトをインストールする方法だろう)というアイディアは、なかなかどうして将来性があるように思う。 Intelはこれらと同時に、ワイヤレスで付近にある対応デバイスを検索し、リモートディスプレイやリモートキーボード、リモートマウス、リモートGPUなどを探すソリューションもUPnPベースで開発、展示していた。決して新しい考え方ではないが、うまくリーダーシップをとることができれば、面白い展開が待っているかも知れない。
□関連記事 (2008年4月2日) [Text by 本田雅一]
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