笠原一輝のユビキタス情報局

加速するネットブック市場に揺れる国内PCメーカー




ASUSTeK「Eee PC 4G-X」

 前々回の記事で、筆者はCeBITで見えてきたPC業界の新しいトレンドとしてネットブック、ネットトップと呼ばれる低価格なPCが今年さらに加速されるという状況を解説した。

 これはワールドワイドのグローバルマーケットの話だったが、問題は日本市場において今後の状況がどうなっていくかだ。

 今のところNEC、富士通、ソニー、東芝、松下電器、シャープといったナショナルブランドは特にそうした動きに対して何も見せていない。しかし、Eee PCがこれだけ話題を集める状況に対して、水面下では分析が始まっている。今後のネットブック/ネットトップ市場の動きと、それによって国内メーカーが受ける影響について考察してみよう。


●ネットブック市場に対応するシリコンベンダ

工人舎「SA5シリーズ」

 これから成長が望まれる新しいPCのカテゴリーであるネットブック/ネットトップのうち、ネットブックに関してはすでに多数の製品がリリースされている。日本市場でも、Eee PCや工人舎のSAシリーズなどがこれに該当するだろう。

 こうした動きに対してシリコンベンダもそれに対応した製品の投入を計画している。AMDは、Geode LXというSystem On a Chip(SoC)を出荷しており、SAシリーズなどに採用されている。さらに2009年にCPUとノースブリッジを統合したSoCとなるBobcat(ボブキャット:コードネーム以下同)を投入する予定だ。

 また、こうした低価格PCの市場に力を入れてきたVIA Technologiesも子会社のCentaur Technologyが開発した新しいOut-Of-Order型のマイクロアーキテクチャを採用したIsaiah(イザヤ)コアを採用した次世代CPUを今年の第2四半期(4月〜6月期)に投入する計画だ。

 VIAのIsaiahコアのCPUは、いわゆるスタンダードなCPUだが、小型のパッケージに収められるうえ、チップセットはノース、サウス、GPUが1チップにまとめられいる。価格も、非常に安価に設定される見込みだ。


●UMPC/MID向けのCentrino Atom

 むろんMPU業界の巨人であるIntelもそうしたネットブック市場に対応する製品を用意している。それがAtomプロセッサという製品だ。Intelはこれらの製品を第2四半期に投入すると、公式にアナウンスしている。

 おそらく多くの方がAtomプロセッサといえばUMPC向けじゃないの、と考えておられると思うので、Atomプロセッサ、そしてそれを利用したプラットフォームであるCentrino Atomプロセッサテクノロジのポジショニングを整理しておきたい。

AtomプロセッサとCentrino Atomプロセッサ
プラットフォーム名プロセッサ名TDPチップセット動画ハードウェアデコーダ無線機能フォームファクタ
Centrino AtomプロセッサテクノロジAtomプロセッサ(Silverthorne)0.6〜2WPoulsbo必須規定あり(UMPC/MID)
-Atomプロセッサ(Silverthorne)0.6〜2WPoulsboまたは、その他オプションオプションUMPC/MID/ノートPCなど
-Atomプロセッサ(Diamondville)4WIntel 945GC-オプションネットブック/ネットトップ

 そもそもAtomプロセッサには2つの種類があることは以前の記事でも触れたとおりだ。開発コードネームで「Silverthorne」と「Diamondville」で呼ばれる製品がそれで、熱設計消費電力(設計時に参照するピーク時の消費電力、TDP)とパッケージサイズなどに違いはあるものの、基本的なダイはほぼ同一の製品と考えてよい。Silverthorneを利用し、チップセットに専用のPoulsboを利用し、何らかの無線技術と7型以下のLCDを利用するなどのフォームファクタの基準を満たした場合には「Centrino Atomプロセッサテクノロジ」という別ブランドを冠することになる。このあたりはノートPCの“Centrino”ブランドの扱いと同じだ。

 実際には、Silverthorne単体という場合はほとんどないので、Centrino AtomかDiamondvilleのAtomかという比較になるだろう。その違いは、1つは消費電力であり、もう1つが動画のハードウェアデコーダだ。

 動画のハードウェアデコーダはPoulsboの最大の特徴で、MPEG-2/MPEG-4 AVC(H.264)/VC-1といった動画をPoulsboに内蔵されたハードウェアでデコードすることができるようになっている。AMDのUVDやNVIDIAのPureVideo HD(VP2)と同じような機能だと考えるといいだろう。これらを利用すると、CPUにほとんど負荷をかけることなく高品質な動画を再生することができる。特に、AtomはIn-Order型のマイクロアーキテクチャを採用しており、処理能力もフルPC向けのCPUに比べると低くなっており、高品質の動画を再生するには不十分と言えるだけに、チップセットがこの機能を有していることは非常に重要だ。

 これらの特徴を表にまとめると次のようになる。

UMPC/MIDとネットブック/ネットトップの特徴
マーケット消費電力動画再生ユーセージ
Centrino AtomUMPC/MID低い重視フルPCの機能を持ち運び、バッテリー駆動時間も重視
Atom(Diamondville)ネットブック/ネットトップそれなりに低いあまり気にしないWebサービスの利用などに限定、バッテリー駆動時間はそれなり

 Centrino Atomは動画再生を含むフルPCに近い機能を持ち歩き、かつバッテリ駆動時間を重視するようなユーザー向け、DiamondvilleベースのAtomはWebサービスさえ利用できれば、MPEG-4 AVCなんて再生できなくてもよいという限定的なPCの使い方を持ちあるき、バッテリ駆動時間もそれなりでよいユーザー向け、そういう切り分けになるだろう。

●ネットブック市場という波を前に立ちすくむナショナルブランド

 このように、シリコンベンダの側の準備は着々と進んでいるが、台湾勢であるASUSがいち早く製品をリリースし、台湾のODMメーカーもCeBITで対応製品を顧客に対して公開するなどの動きを見せているのに対して、日本のナショナルブランドの動きはほとんど見えてきていない。

 実は今日本のナショナルブランドのPCベンダはこうしたネットブックの動きに対してどうすべきなのか、大いなる悩みの中にある。というのも、これまでの考え方をする限り、日本のナショナルブランドは台湾のPCベンダが打ち出してきているような価格に対抗するのが難しいからだ。

 そのよい例はネットブック市場で躍進を続けるASUSのEee PCだ。実際、ある日本のナショナルブランドPCベンダの関係者は「製造コストだけで考えれば台湾のODMベンダを利用して生産すれば不可能ではないかもしれない。しかし、日本のPCベンダの間接費(人件費など)は台湾のPCベンダに比べて大きな差があり、そこをダウンサイジング出来ない限りあの価格を打ち出すことは不可能だ」と説明する。

 よく知られているように、ASUSは同じグループ内にODM専業の企業を抱えている。ASUSのODM部門は日本のナショナルブランドからも委託を受け製造を行なっており、ASUSのPC事業部もそこに発注してEee PCを製造してもらっている。ロットにもよるだろうが、社内からの調達の方が安価と考えてよいだろう。さらに、前出の関係者が指摘したように、台湾企業の間接費は日本企業のそれより低いと見られている。

 では、そうした低コストに対抗するにはどうしたらよいのだろうか。少ない量を低コストで作れないなら、大量に作って低コスト化を図るしかない。だが、大量に作るにはそれだけ販売しなければならない。となると、日本という小さなマーケットだけでなく、世界的な規模で販売していく必要がある。

 そのためには世界市場において、多くのシェアを持ち、そして販売するチャネルを有している必要がある。ナショナルブランドでグローバルマーケットでのトップ5(HP、DELL、レノボ、Acer、東芝)に入っているのは東芝一社で、トップ5に入らないながらもシーメンスと合弁でグローバルに展開している富士通(実際には富士通シーメンス扱い)、ヨーロッパ市場に強いソニーあたりもグローバルなPCメーカーと言っていいかもしれない。それにしても、トップを競いあっているHPやDELLには遠く及ばない規模であり、彼らと同じ条件で低コストで多く製造し多数販売するということができるとは思えない。

 量やシェアで競えないからこそ、日本メーカーは新しい技術や新しいユーセージモデルを切り開くことで、その弱点を補ってきた。ところが、新しいネットブック市場では、その役割を担ったのは台湾ベンダのASUSだったわけだ。これにより、ASUSの認知度は世界市場で大いに浮上し、今後日本のナショナルブランドを置き去りにしてしまうかもしれない。実際ヨーロッパではASUSのブランドはマザーボードベンダとしてでなく、ノートPCベンダとして認知されている。

 そして、お膝元の日本市場でも、ASUSはEee PCで成功を収め、ブランドイメージを大いに高めたと言ってよい。それがどれだけ日本のナショナルブランドにとって危険なことであるかは繰り返すまでもない。正直に言って、ではナショナルブランドがこれから何かができるかといわれれば、筆者には妙案が思い浮かばない、というのが現状なのだ。

●ネットブックの普及はIntelにとっても諸刃の剣

 Intelはこのネットブック市場という新しい動きに対して、かなり的確な動きをしてきたと言ってよい。その代表例はASUSのEee PCに対するバックアップだろう。

 Intelに近いある関係者は「IntelのAPAC(アジア太平洋地域)部門がASUSにさまざまな形のサポートを提供している。そうしてできあがったのがEee PCだ」と証言する。すでに何度も述べているように、Intelは昨年のCOMPUTEXでの基調講演でEee PCを紹介するなどの目に見える形でのサポートを与えているし、多くの業界関係者もいくらコスト面で有利なASUSでも、Intelが相当のディスカウントをしなければあの値段は出ないはずだと指摘している。

 だが、そのIntelにとっても、このネットブック市場という新しい波は“諸刃の剣”となる可能性を秘めている。Intelにとって、Atomプロセッサは短期的には非常に収益性の高い製品になる可能性がある。

 なぜなら、Atomプロセッサのダイサイズは25平方mm程度で、同じ45nmプロセスルールで製造されるCore 2 Duo(Penryn)が107平方mmであることに比べれば、単純計算でも1つのウェハから4倍の量のダイが製造できることになる。さらにダイサイズが小さくなければなるほど、歩留まり(製造できたダイのうち実際に製品として利用できた率)があがることになり、製造コストはさらに下がることになる。

 Intelは製造原価を明らかにしていないが、一般的にCPU1つを製造するのに数十ドルといわれており、Atomプロセッサは最低でもそれの1/4以下の製造コストで作れることになり、ある業界関係者は「数ドルだろう」と指摘する。

 仮にそれが正しいとすれば、IntelはAtomプロセッサをかなり安価な値段で販売しても利益を確保することができることになる。おそらくチップセットとあわせて50ドルを切る価格で販売することができるようになるのではないだろうか。それでもEee PCに採用されているCeleron(製造するには数十ドルが必要になる)を同じような価格で販売するよりも、Intelの利益は多く上がる計算になる。

 ただし、ここには別の懸念がある。CeleronユーザーがAtomに乗り換えてくれるならよいのだが、仮にCore 2 DuoユーザーがAtomに乗り換えてしまった場合、Intelの利益は大きく削られることになる。

 つまり、Celeron搭載の第1世代Eee PCを使っていたユーザーがAtom搭載の第2世代Eee PCに乗り換えることは問題ない、しかしCore 2 Duo搭載のPCを使っていたユーザーがAtom搭載のEee PCに乗り換えてしまった場合は困るということだ。

 ユーザーが20万円台のLet'snoteから49,800円のEee PCに乗り換えてしまった場合には、Core 2 Duoに比べると利益率の低いAtomへの移行が起きることになり、このシナリオではIntelの収益に大きなインパクトを与える可能性がある、ということだ。

 つまり、ネットブック市場の立ち上がりは、Intelにとっても大きな賭なのだ。特に、モバイルノートが普及している我が国の市場ではこの影響が大きいはずで、Intelの日本法人やナショナルブランドがとっていく対応策次第では、日本市場に大きなパラダイムシフトが起きる可能性すらあると思っている。

□関連記事
【3月11日】【笠原】立ち上がるネットトップ/ネットブック市場
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0311/ubiq212.htm
【1月24日】【笠原】VIA、新設計アーキテクチャCPU「Isaiah」を2008年前半に製品投入
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0124/ubiq208.htm
【3月5日】【CeBIT】Intel、Montevinaのブランド名を「Centrino2」に決定
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0305/cebit01.htm

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(2008年3月27日)

[Reported by 笠原一輝]


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