2007年の6月に行なわれたCOMPUTEX TAIPEIでASUSTeKがEee PCを発表して以来、性能やスペックは低いものの、インターネットを楽しむには充分な新しいカテゴリーの低価格ノートPCが注目を集めている。まずは海外の市場で火がつき、遅ればせながら2008年に入ってから日本でもEee PCが発売されると、即座に売り切れるなどして注目を集めた。 こうした状況を受け、PC業界は、新しいPCのセグメントを定義し、新しい市場を創造しようとしている。それがネットブック、ネットトップと呼ばれるインターネットに接続することに特化した低価格なPCだ。そうした新しい市場への胎動が、いま確実にPC業界で起きようとしているのだ。 ●Web 2.0で変わるPCの使い方、2台目に低スペックPCというトレンド
ASUSTeKが発売したEee PCは、ドイツでも多くのユーザーに注目されていた。ASUSが用意したEee PCにさわれる専用ブースには多くの人が群がっていたし、新しく発表された第2世代のEee PCが展示された場所にも多くの人がいて、近づくのさえ大変な状況だった。 Intel モバイルプラットフォーム事業本部 コンシューママーケティングディレクター カレン・レジス氏は、こうしたEee PCのような製品を“ネットブック(Netbook)”という新しいカテゴリの製品であると表現した。レジス氏は「ネットブックは発展途上国などの新興市場用だと考えられていた。しかし、実際に蓋を開けてみると成熟市場でも子供用、インターネットにさえ接続できればよいという用途の2台目、3台目という選択肢として市場ができあがりつつある」と述べ、低スペックでもインターネットだけを利用するには十分なので、低コストな製品の市場ができあがりつつある、という認識を明らかにしている。さらに、デスクトップで同様の製品、つまり、低スペックだがインターネットを利用するには十分な性能を持ち低価格なデスクトップPCを、Intelはネットトップ(Nettop)と位置づけている。 確かに近年では、Googleが提供しているWebサービスなどが典型例だが、AJAXなどを利用してWeb経由のサービスを提供するアプリケーションが増えている。Googleカレンダー、Google Earthなどがその典型例だが、最近ではメールと言えばWebメールを意味するようになるなど、従来のアプリケーションソフトウェア中心の使い方からのシフトが起きつつある。ありきたりの言葉で表現するなら、いわゆるWeb 2.0と呼ばれるようなWebサービス中心の新しい使い方がここ数年で定着しつつある。 そうしたWebサービスを多用するユーザーにとって、フル機能のPCは言ってみれば“リッチ過ぎるデバイス”になりつつある。GoogleカレンダーやGmailを利用するのにデュアルコアCPUは必要なく、シングルコアのCPUとそれなりの表示が可能なディスプレイさえあれば、充分利用できるからだ。また、すでにハイエンドなPC、例えばBDなども楽々再生でき、重たい3Dゲームも充分プレイできるようなデスクトップPCなりノートブックPCを持っている場合、もう1台同じPCは必要なく、もう1台はGmailを読めてGoogleカレンダーが見ることができれば充分というユーザーは少なくないだろう。 ASUSのEee PCのような低機能だが低価格なノートPCが注目を集める背景には、そうしたユーザーの使い方の変化が背景にあるのだ。 ●IntelやMicrosoftにとって“テストマーケティング”的意味合いを持つEee PC ASUSのEee PCは明らかにこうした動向を意識した製品だ。そして、そこにはASUSの意志だけでなく、Intelの意志を読み取ることもできる。というのも、多くの関係者が指摘しているように、Eee PCを構成するコンポーネントを通常の価格で仕入れた場合、とてもではないが49,800円(4GBモデル)という価格では販売することは不可能に近いからだ。 確かに、Eee PCの場合、ストレージも4GBか2GBのフラッシュメモリだし、液晶もカーナビなどに利用されているWVGA液晶(800×480ドット)にするなど、随所に価格を抑える工夫をしている。しかし、それでも一般的にCPU+チップセットで100ドル、OSで100ドルと言われているノートPCのビジネスモデルからすれば、残り300ドルでストレージや液晶、製造コスト、流通マージンをまかなえるかと言えば、おそらく不可能だ。 だとすれば、どっかに泣いている人がいる、そう考えるのが妥当だろう。1つにはそれはASUS自身なのかもしれない。こうした新しい市場を切り開く製品の場合、最初の製品ではメーカーが身銭を切るというのはよくあることだ(だから、どんな製品でもユーザーにとって新しいカテゴリの製品ははおいしい買い物だと言えるのだが…)。しかし、おそらくそれだけではない、この製品に関してはMicrosoftとIntelの両方がディスカウントをしている可能性が高い。 実はその証拠に、CeBITの記者会見でASUSのCEOはドイツ向けEee PCのWindows XP Home Editionのライセンス料が50ドル前後であると思わず言ってしまったのだという(別記事参照)。Windows XP Home Editionのリストプライスは99ドルだから、Microsoftがこの製品を特別扱いしていると伺うことができる。 Intelも2007年のCOMPUTEX TAIPEIでのショーン・マローニ上級副社長の基調講演において、華々しくこの製品をハイライトしている。つまりそれだけ力を入れているということだ。であれば、やはりこの製品に何らかの恩恵を与えていても不思議ではない。 実は両社にはそれだけのことをする理由がある。1つには、ASUSのEee PCが本当にそうしたネットブック、ネットトップ市場があるのかという、テストマーケティング的な意味合いがあるということだ。そしてそれをやってみて、確実に市場があるということがわかれば、既存の製品を安価にするのではなく、最初からローコストな製品を本格的に投入し、多くのOEMメーカーに対して出荷を開始することができる。両社のASUSのEee PCへの関わりはそうした意味合いがあるのだと考えることができる。 ●超低コストで製造可能なDiamondvilleがネットブック、ネットトップ市場向けの秘密兵器 では、Intelにとってネットトップ、ネットブック市場に向けた“本番製品”とは何かと言えば、それがAtomプロセッサだ。Atomプロセッサには同じブランドながら2つのCPUが用意されており、それぞれ開発コードネームでSilverthorne、Diamondvilleと呼ばれている。 OEMメーカー筋の情報を総合すると、SilverthorneとDiamondvilleの違いは以下のようになっている。 【表1】SilverthorneとDiamondville(筆者予想)
要するに、Diamondvilleの方がパッケージも大きく、消費電力がやや高めという設定になる。TDPが同じクロックのSilverthorneに比べて高くなっているので、歩留まりは高く、Silverthorneとしては使えないダイでもDiamondvilleとしては使えることになる。このため、Intelとしては、Silverthorneに比べて安価に製造することが可能になる。Silverthorne、DiamondvilleのダイサイズはこれまでのIntelのCPUとしてかなり小さい25平方mmであるので、歩留まりさえ高ければかなりの数のCPUを量産することができるはずだ。Silverthorneよりも歩留まりがよいと考えられるDiamondvilleは、かなり安価に設定することが可能なはずだ。 IntelはこのDiamondvilleをネットトップ、ネットブック用として市場に投入する。ネットトップ用は1.86GHzに設定され、チップセットはIntel 945GCと組み合わせて、ネットブック用には1.6GHzでIntel 945GSEというチップセットと組み合わせて提供する。このIntel 945チップセットはすでに減価償却などもすんでいると考えられる130nmプロセスルールの工場で製造されるため、こちらもかなり安価に作れるはずで、Diamondvilleと併せて、これまでのIntelのCPUやチップセットでは考えられないほど安価な価格で提供されると考えることができる。 Intelはネットトップ向けのDiamondvilleに関してはシングルコアだけでなく、デュアルコアの製品も提供していく。現時点ではデュアルコア版のDiamondvilleがどのような形になっているのか(つまりMCMなのか、それともネイティブでデュアルコアなのか)は明らかではないが、Silverthorneはモジュラーデザインになっており、デュアルコア版を作るのもそんなに大変ではないと考えられるので、おそらくネイティブでデュアルコアという形になっているのではないだろうか。 ●CeBITでは次を見据えたネットトップやネットブックなどが密かに展示 CeBITではこうした業界のトレンドを受けて、ネットトップやネットブックに関連する製品も多数展示されていた。今回、IntelはOEMベンダーに対してSilverthorneやDiamondvilleを搭載した製品のデモを許可しなかったため、そうした製品は展示されていなかったが、それと示唆する製品はいくつかあった。 まずは、すでに別記事でお伝えしたASUSTeKのEee PCの上位モデルだろう。ASUSはこのEee PCのCPUを明らかにしていないが、出荷が第2四半期となっていることを考えると、Diamondvilleの可能性もあるのではないだろうか。さらに、ASUSは同社のブースに明らかにネットトップと思われる謎の小型デスクトップPCを展示していた。OSにはEee PCのLinux版と同じLinuxが採用されており、Webサービスに接続して利用する様子などがデモされていた。同社は価格やスペックなどは明らかにしなかったが、Linuxを採用しているからにはやはり低価格向けのソリューションであると推定できる。
そのほかにも、台湾のODMベンダーであるCLEVOはTN70Mという、7型の液晶を搭載したネットブックとおぼしき製品を展示していた。CPUの表示などは、“Intel new generation processor”とだけ表示されており、詳しい内容はわからなかった。筆者がデバイスマネージャで確認してみたところプロセッサのクロックは1.6GHzとなっており、SilverthorneかDiamondvilleあたりではないかと推測できる。CLEVOの関係者は、このプロセッサが何であるかについて全く語らなかったのだが、同社に近い関係者によればSilverthoneを搭載しており、チップセットはPoulsboだと推測されるのだという。なお、1.8インチのHDDかSSDも内蔵可能で、最小構成で599ドル程度でチャネル市場などで販売することが可能なのだという。
これ以外にも、Mini-ITXマザーボードが多数展示されていた。すべてがネットトップ用というわけではないが、Intelの説明会でも同社のG45を搭載した自社製Mini-ITXマザーボードを公開し、ネットトップにも利用できると説明するなど、そうした用途を考えてMini-ITXマザーボードを投入してきているところも少なくないようだ。 とにかく、1つだけ言えることは、ASUSのEee PCから始まった、このネットブック、そしてそのデスクトップ版であるネットトップのトレンドは、確実に新しい潮流となりつつあることがCeBITで確認できた。それをシリコンから支えるAtomプロセッサの登場で、こうした流れがさらに加速されるのではないだろうか。 □関連記事 (2008年3月11日) [Reported by 笠原一輝]
【PC Watchホームページ】
|