●やっと始まるPCプラットフォームの前進 もっとも、そうした事情がなくとも、ここ数週間のWindows Vista SP1の話題には、少々食傷気味という読者も少なくないかもしれない。筆者も今回のコラムのスタート地点を、Vista SP1のリリースにするのはどうか? と多少悩んだ。 それに、脆弱な基盤の上に多くのサービスを載せすぎ、破滅的なほどに出来の悪かったWindows Meを想起させるWindows Vistaの悪評があるというのに、業界を挙げてVista SP1を入れろ、入れろと大合唱されても「本当に大丈夫なのかよ?」と訝しんで当然だ。 しかしながら、Vista SP1は大方の評判が示すとおり、すべてのVistaユーザーに利益のある価値あるサービスパックだ。“これをもってVistaは大幅に進化した”とは言わない。だが、“やっとWindows XPの次にPCの動作基盤を支えるOSが完成してくれた”と感じさせるだけの進歩はしている。 リリース直後のWindows Vistaは、Microsoftにどう説得されても、ユーザーに乗り換えを勧められるOSではなかった。セキュリティ面は堅牢になったものの、突貫工事で構築されたシステムには、細かな歪みが多くあったし、クライアント用OSとしては致命的なほど“体感”速度が遅かった。今時のシステムは皆、十分に高速なプロセッサやチップセット、HDDを持っているハズで、日常的な利用では遅さなど感じないハズなのに、Vistaときたらユーティリティの互換性も低く……と、ここで悪口を書き連ねても致し方ない。
が、どうにも納得できず、PCを買い換える時以外は(プリインストールOSのほとんどはVistaになったため、コンシューマユーザーはOSのバージョンを選べない)、積極的にVistaを勧めないようにしていた。自分自身、Mac上の仮想PC環境でWindowsを使う際のOSはWindows XPのまま。Vistaを仕事で使い始めたのは、プリインストールされていたDynabook SS RX1を入手してからのこと。それ以前のPCは、機能の確認や実験を行なう目的以外、すべてWindows XPだった。 AXマシン用のWindowsは2.xの頃から使っているが、新バージョンの本格導入を発売後1年以上も行なわなかったのは今回が初めてだ。しかし、Vista SP1ならば本格的に導入を始めることができる。一時は本気でDynabook SS RX1のOSを、Windows XPにダウングレードしようと思った時期があったが、SP1のベータテストを実験マシンで行ないながら我慢してきたかいがあった。 PC上で活用されるハードウェア、ソフトウェア、ネットワークサービスは、OSが進歩することで、さらに前へと進む足がかりを得ることができる。近視眼的に見れば、OSのアップデートは面倒くさく、トラブルの種にしかならないやっかいな作業だが、もう少し俯瞰的に眺めると、将来へと前進できる環境を築くための、ポジティブなイベントだ。 マイクロプロセッサとハードウェアプラットフォームが着実に前進する中、やっとソフトウェア基盤が変化する準備を整えたことで、足踏み状態から抜けることができそうだ。 ●Vista本来の良さを活かす時期に Vista SP1は2007年末にリリース候補版(RC版)がβテスターに配布され、1月にはRC Reflesh。すぐにRC Reflesh2となり、これが最終的に製品版となった。実験マシンでRC版の具合が良かったことからRefreshバージョン以降は、仕事で使っているモバイルPCにインストールして使っている。 すでに各所で出されているベンチマークの結果を見ればわかるとおり、Vista SP1になるからといって、その上で動作するアプリケーションの速度が急に速くなるわけではない。しかし、体感速度は大きく向上する。元麻布氏が考察しているように、ネットワークアクセスやファイルコピーの見た目の速度感向上といった面で体感速度が上がっている面もあるが、実際にはもっと細かな部分での違いが大きい。 Vista SP1をインストールしていたのはDynabook SS RX1であり、プロセッサもさほど速くなく、グラフィックスもIntel 945GMに内蔵されているGMA950。以前はAero Glassをオンにしていると鬱陶しいと感じたものだが、明らかに操作感は向上している(念のため申し添えておくと、ベンチマークの結果に大きな違いは出ない)。同時にOffice 2007の操作感もアップし、Outlook 2007を使っている時のモタつき感も緩和されたように思う。 またIE7の動作が軽くなり、Webアプリケーションを利用している際に重さを感じることがなくなった。 Windows XPとVistaは搭載されている機能が異なるため単純な比較はできないが、これならばモバイルPC用としてはXP ProfessionalよりもVista Businessの方が良いと思うし、メモリ価格が安くなっていることを考えればVista Ultimateをインストールしてもいいかもしれない。 XPがSP2によってセキュリティを向上させたが故に、Vistaの必要性をあまり感じなかったというユーザーは、そろそろVistaへの移行を真剣に考えた方がいいだろう。またVistaマシンへの乗り換えがイヤでPCの買い換えを延期していたという読者がいるならば、そろそろ潮時だ。 これを機に、筆者はこの記事を書きながら、MacPro上で動かしているParallels Desktopの仮想マシンをXPインストールのものから、Vistaインストールのものに切り替え作業を行なった。まだ切り替えた直後だが、1.5GBほどメモリを割り当ててやると、仮想環境であることを忘れるぐらいに動いてくれる。 ●まだ止められないWindowsの進歩 XPのリリースから5年以上も開発に時間をかけたVistaだったが、その間、度重なる開発の遅れや見込み違い、世の中のトレンドの変化などから、最後の2年ほどですべてを書き上げた、突貫工事のOSという印象がある。 Microsoftの言っていたLonghornというOSは、一応、Vistaのコードネームということになっているが、根っこの部分のまとめ方は2004年ぐらいを境に変化し、すべてを新しいソフトウェアプラットフォームの上に構築し直すというコンセプトは、どこかに消えてしまったからだ。 悪く言えばSP1で初めて、突貫工事の新OSがやっと完成したというところか。 すでにWindows 7やInternet Explorer 8の話題など、Windows周辺の話題はさらに先へと進んでいる。そうしたニュースを見て「もうWindowsの時代じゃないだろう」と感じている人も少なくないと思う。 '90年代に比べるとPCのアーキテクチャはより多様化し、周辺機器の種類も増え、対応すべきインターネット標準も数多い。セキュリティ対策やデータバックアップ対策など、安全にPCを使うための機能もまだまだ不完全な上、今後はデジタル家電との融合などアプリケーションの幅を広げる方向での開発もさらに行なわなければならない。 ここまで風呂敷が広がってしまうと、さすがにMicrosoftも“OSのアップデートでPCプラットフォームを牽引する”というほどに、短いサイクルでOSを更新していくことはできない。ある程度のメンテナンスを行なわなければならない前バージョンのWindowsも、世代を重ねるごとに複雑化していく。
また、ビル・ゲイツ氏が'99年のCOMDEX Fallで講演したように、今やソフトウェアはネットワークサービスに移行している。このとき、ゲイツ氏は「すべてのソフトウェアはサービスとなる。その基盤となるのがXML技術だ」と話した。その翌年に発表されたのが.NETである。 当時はまだおぼろげなコンセプトだったが、WindowsはWindows.NETになることで、PCの豊富な機能とパフォーマンスを活かしつつ、サービスを実行するアプリケーション実行基盤になる。そして、その主役はWindowsになるはずだった。 おそらくWindows Vistaが目指していたのは、ソフトウェアがネットワークサービスで代替されようとする過渡期の世界において世界的な標準プラットフォームなることだった。そして、将来の.NETベースで構築されたアプリケーション環境へのブリッジの役割を果たし……とは残念ながらならなかったのは周知の通りである。 Microsoftのフレームワークへの依存度は、パソコン用ソフトウェアにおけるWin32APIほど大きなものにはならなかった。Windowsを部分的にオープン化していく決定をMicrosoftがしたのも、おそらくクライアント上で動作するソフトウェアをサービスが置き換えていく中で、独自のフレームワークを用いた囲い込みがうまく機能しないと覚悟したからではないだろうか。 しかし、それでもMicrosoftはWindowsの機能を強化していかなければならない。ここまでの道のりよりも、これからの道のりの方が険しいだろうが、OSの進歩が止まると、PCの応用範囲は自ずと限定されてしまう。新しい使い方、新しい用途、新しいフォームファクタが生まれるとき、それに適した機能を取り込んだり、あるいは異なるバージョンへと枝分かれする必要性が出てくる。 それは開発フレームワークのデファクトを抑え、プラットフォームホルダーとして王者のように振る舞っていた時代ほど、“おいしい”市場ではないかもしれない。しかし、PC市場を常に活性化させるべく積極的に牽引しなければ、Microsoftは自身のクビを締めることになるだろう。 ●世の中のトレンドに追いつけるか さて、最後にMicrosoftが9~10年前、どんなことを言っていたか。過去の取材メモから抜粋して紹介したい。 ・ゲイツ氏はWindows 98が最後の16bit/32bitハイブリッドOSになると話していた(実際にはWindows Meが2000年に発売された) ・ゲイツ氏は2000年にリリースするWindows NT 5.0に9xを置き換えるコンシューマ版を用意して移行を促すと話していた(実際には2001年のWindows XPまで9x系カーネルは残った) ・ゲイツ氏は操作をシンプル化するため、ユーザーをガイドしながら操作方法の発見を助けるユーザーインターフェイスの開発が必要と話していた(Windows Meから始まった関連機能へのリンクによる誘導など) ・3Dグラフィックス機能を活用するため、2Dグラフィックスは3Dのアーキテクチャに組み込んでいく(Vistaで本格的に実装) このほかにもいくつかあるが、Windows全体の開発スケジュールは遅れても、振り返ってみると、個々の機能やコンセプトはしつこく開発を続け、現在に残っている。完全に失われてしまったのは、ファイルのメタ情報構造とその管理インデックスをデータベース化するWinFSくらいだろう。 このほか10年前というとUniversal Plug& Playを提唱し、コンピュータとデジタル家電がIPネットワークで相互接続する世界を提案してみたり、自己診断機能を充実させてPCメンテナンスの自動化を行なうといったコンセプトも披露された。いずれも、何らかの形で実装され、今のPCプラットフォームの血となり肉となった。 ただ、もう1つMicrosoftにリクエストがあるとするなら、もっとコンセプトを明快に、そして急に舵を切り直して中途半端なものを作らないようにしてほしい、ということだ。 たとえばWindows 95は本来、企業向けクライアントOSだったものを最後の1年ほどでコンシューマ向けにアレンジしたものだった。結果的にはヒット商品になったが、OSR2が登場するまでは完成度が低く、インターネット対応が間に合わなかったため、きちんとしたコンセプトが見えたのはWindows 98からだった。 Windows 2000から、すべてのWindowsを32bit化するつもりだったが、見通しが甘くXPが登場するまで、コンシューマ向けOS環境を32bitに統一できなかった。企業向けクライアント/サーバ用OSとしてのWindows 2000開発が、企業向け用途の拡大もあって、思いのほか大規模になってしまったからだ。 1年の遅れでなんとかなったものの、開発コンセプトにブレがなければ、Windows Meの犠牲者を出す必要はなかった。MeはWindows 2000が企業向けに専念したために開発した98 SEの延命バージョンで、悪く言えばやっつけ仕事的な製品だった。 結果論ではあるが、Longhornも最終的に理想を追い求めたコンセプトを諦めるのであれば、何年も粘りながら引っ張らず、XPの改良に専念していれば、足踏みの期間は短くて済んだだろう。 振り返って目立つのは、コンピューティング環境や技術トレンドの変化に応じて新OSのコンセプトを立てながら、開発中に状況が変化してしまい、それに対応しているうち、またしても時代が変化して、コンセプトが徹底されないまま、急転、マーケティング的な要素に引っ張られて中途半端なOSになってしまうことだ。その点でうまくいったのはWindows 98、98 SE、XPあたりだ。 これらはすべて、比較的短いスパンで改良を加えたOSで、世の中の流れをうまく捉えることに成功していた。Microsoftに必要なのは、あの頃見せた瞬発力、トレンドを捕まえきれるスピードではないだろうか。もちろん、エンタープライズ向けには、もっと慎重に腰を据えた進化が必要だが、そもそも企業向けとコンシューマ向けのOS開発を同期させることに、そろそろ無理が出てきているのかもしれない。
□関連記事 (2008年3月10日) [Text by 本田雅一]
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