いよいよWindows Vistaの一般向け販売が開始された。マイクロソフトはWindows 95以来の大改革と言い、PCメーカーもPC売り上げ向上の切り札として売り込む。業界を挙げての売り込みに躍起……と、筆者もPC業界の片隅にいる一人ではあるが、どこか第三者的にこのイベントを見つめている。 その理由の1つは、このOSがアナウンスされてから、あまりにも長い間、取材してきたため飽きてしまった上、どんどん機能が削減されて(反面、強化された部分もあるが)原型を留めていないというのもある。それはともかくとしても、Windows 95の時と同じようなムーブメントを起こせるとは到底思えないという気持ちもあるからだ。他人に何か推薦をするならば、やはり本音で自分自身がすぐに使ってみようと思えるものでなければならない。 だが、ここでネガティブな意見を書くためにVistaを取り上げたわけでもない。むしろ、大いに期待しているのだ。しかし、それはWindows Vistaのパッケージがベストセラーになったり、VistaプリインストールのPCが爆発的に売れることではない。これからの10年を支える新しいプラットフォームとして成功する製品になることを期待しているのだ。 ●Windows Vistaに“期待していない”こと 以前はPC雑誌に必ずあった「Q&A」のコーナー。そこでの定番の質問に「OSって何ですか?」というものがあった。ご存知のように“オペレーティングシステム”は、いわばソフトウェアとハードウェアの間を仲介するためのソフトウェアだ。ハードウェアの機能をよりシンプルに、矛盾無く操作するための基本的な手順がプログラミングされている。 今ではOSの定義は、一般にもっと曖昧かつ、幅広い意味で捉えられているが、いつの間にかOSがカバーする範囲はものすごく広くなっている。とはいえ、その本質は今でも“ハードウェアを活かすためのソフトウェア”であり、昔から変わっていないと思う。
確かに流麗なユーザーインターフェイスを搭載したり、自在にHDD内のデータを検索できたり、さまざまな形で文書を閲覧可能にすることで目的のデータを発見することを助けたり、各種デジタルメディアを自在に再生できることも重要かもしれないが、それらは本来、OSというよりもアプリケーションに分類されるものだろう。 極論を言えば、新しい操作環境を実現するだけであれば、LinuxやMac OSの上にそうしたソフトウェアを構築するだけでも構わないのだ。何もプラットフォームを新しくする必要はない。 ソフトウェア開発者はよく“薄皮一枚”という言葉を使う。これはユーザーインターフェイス部分を指して言う言葉で、基盤となっている技術やコアロジックのアーキテクチャが重要であり、その上にかぶせる“薄皮”は、基盤がしっかりしていればいくらでも書き直せるといった時に使う。 今、Windows Vistaで言われている売り文句は“薄皮一枚”で実現しているもの、あるいは実現しようと思えば薄皮一枚だけで十分といったものが多い。OSの本質がハードウェアを活かすためのソフトウェアであったとしても、多くのユーザーが注目するのは、ユーザーサイドから直接見える部分なのだから、そのこと自体にケチを付けるつもりはない。 マイクロソフトのWindowsビジネスが、主にOEMで成り立っていることを考えれば、クライアントであるPCベンダーに対して、VistaをトリガーにしてPCが売れるような仕掛けを提供するのは当然のことだろう。 だが、パッケージの販売は(発売日当日の売り上げは別にして)苦戦するのではないだろうか。ユーザー側もコンピュータをよく知らなかった12年前とは違う。長らくWindowsを使い、インターネットにアクセスしてきたユーザーが、Windows Vistaを評価するのである。美味しそうに見える薄皮なら囓ってみようという好奇心旺盛な人もいるだろうが、我先にと奪い合って食べるほど美味しそうに見えるかと言えば、さてどうだろうか。 1GBのメモリ、10GBのインストールスペース、強力なCPUとGPU。これらを揃えてまで動かす必要があるか? と言えば、人それぞれとしか言いようがない。今はOSのパッケージ販売が人気を博す時代でもなかろう。 もちろん、11カ月続いたというPC出荷数前年割れという状況は脱することができると思う。Vistaによる買い控えで抑えられていた反動で、PCの売り上げは今後数カ月にわたって前年比で大きな伸びを示すに違いない。ここ数カ月、何度かビジネス誌や買い物情報誌の記者に「Vistaは売れると思いますか」と尋ねられたが、VistaプリインストールPCがマイナス成長のPC販売にカツを入れるか、という視点ではイエス。 しかしパッケージをこぞって購入し、既存Windows XPのアップグレードにトライするユーザーが多いかと言えばノーだろう。OSの入れ替えという、リスキーで手間のかかる作業をやりたいというユーザーが多数派とは思えないからだ。 ではVistaに何も期待していないのかというと、別の視点で注目していることがある。 ●長期的なPCハードウェアの成長を促す効果に “薄皮一枚”だけで長期的なPC市場の成長を促すことはできないが、Vistaには別の部分で期待しているところがある。それは“PCハードウェアの継続的な発展を促す効果”だ。つまり、OSが次のステージへと踏み出すことで、ハードウェアとしてのPCが進歩すれば、長期的な進展が望めるだろう。過去にはそうした例がいくつかある。 たとえばDOSからWindows 3.0への移行では、高解像度のSVGAカードにニーズが生まれ、さらにその後のグラフィックアクセラレータ隆盛へと繋がっていった。Windows 3.0 MME、3.1、95と繋がる流れの中でサウンド機能や動画機能のサポートも充実し、今ではPCにとって必須の機能になっている。Windows for Workgroupsから始まったネットワーク機能のOSへの統合は、その後の急速なインターネット時代への流れをソフトウェア基盤の面から支援したとも言える。 現在は“GPUの性能なんてたくさんあってもしょうがないじゃないか”と、一部からは文句を言われているVistaのAero Glassだが、中長期的に見ればあるレベル以上のGPUを普及させる効果を発揮してくるはずだ。GPUそのものの価格低下も加速するはずだ。そうなれば、より積極的にGPUを活用するアプリケーションが出てきてもおかしくはない。 超高解像度のディスプレイにも対応可能になったことで、アプリケーション側がそれを意識してくれば、従来は使いにくいだけだった200ppi以上の高解像度ディスプレイが少しづつ使われるようになり、その価格も下がっていくことだろう。 広色域ディスプレイや高画質プリンタも、その能力はWindows Vistaの方が発揮させやすい。色深度も8bitなどというケチなことは言わず、疑似階調とは無縁の高品質な自然画を扱えるようになり、色空間の変換も、よりシンプルかつ正確に行なえるようになる。 これまでWindowsのAPIによりハードウェアの進歩、あるいは新技術の普及に制限が起きていた事柄に関して、Windows Vistaはいくつかのブレークスルーを提供してくれる。またBitLockerをはじめとするセキュリティ機能は、再びモバイルコンピューティングというコンピュータの利用形態に関して、新しい挑戦を促す効果があると思う。 Windows Vistaをきっかけに、PCハードウェアあるいはその周辺デバイスが進化すれば、PCの買い換えや新しい需要の喚起といった効果を発揮してくれるだろう。Windows Vistaをトリガーとしたハードウェアの進歩。これが1つめの期待だ。 ●Windows Vistaを起点にした新しいWebサービス
Windows Vistaには“薄皮一枚”以外にも、たとえばWindowsフォトギャラリーやWindows Media Player 11といった新機能もある。しかし、これらはあくまでもOS上で動作するアプリケーションソフトウェアの一種にしか過ぎない。 しかし、アプリケーションの領域で新しい要素を詰め込んだとしても、それは一時的にしか効果はない。PCは多様なソフトウェアが動作する汎用機なのだから、ユーザーは世界中で開発されているWindowsソフトの中から、自分が気に入ったものを使えばいい。たとえ一時的に新機能が話題になったとしても、それらが使われなくなれば意味はないのだ。 だがWindows Presentation Foundation(WPF)を活用したアプリケーションは、Webサービスに新しい可能性を見いだしてくれるだろう。WPFは.NET Framework 3.0で提供される機能であり、Windows XP上でも動作する(すでにMicrosoft Updateでの配布が開始されている)。 従ってWMP11や全文検索機能がそうであるように、WPFにVistaが必須というわけではない。しかし、こうした新しいサービスのアーキテクチャは、企業向けのカスタムアプリケーションでは時間をかければ拡がるものの、コンシューマ向けサービスに関しては難しい面がある。 だが“Vista”というシンボリックな存在を市場に投入し、マイクロソフト自身が普及にドライブをかけることで、WPF対応を加速させることはできるはずだ。これはVistaから上位版には標準装備となったMedia Center向けブロードバンドコンテンツにも当てはまる。 単に.NET Framework 3.0や(アプリケーションソフトウェアとしての)Media Centerが配布されるだけでは得られない市場効果をVistaを起点に起こすことができるなら、PCの向こう側に拡がるインターネットの可能性も広がってくるに違いない。 すでにWPF対応Webサービス、Media Center向け映像配信サービスがVista向けに開始されるとのアナウンスが行なわれている。今日、明日にどうにかなるものではない時間のかかる話だが、VistaがWebサービスが次のステージに進むきっかけとなることに期待したい。 □マイクロソフトのホームページ (2007年1月31日) [Text by 本田雅一]
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