後藤貴子の 米国ハイテク事情

コンピュータは人間を進化させるか
アラン・ケイ氏インタビュー





●ビジョナリーが夢見るのは数百年後の世界

 数年先のPCや家電の規格とか、Webやケータイの新しいサービスとか。IT業界の大きなテーマが、本当はいかに小さいか、この人に会うとよくわかる。

 “この人”とは、アラン・ケイ(Alan Kay)氏。メインフレーム主流の時代に、パーソナルでダイナミックなメディア「Dynabook(ダイナブック)」を構想し、先進的アイデアを詰め込んだワークステーション「Alto(アルト)」の開発でも中心的役割を担った伝説的人物。未来を予測する最良の方法は未来を発明することだとの名言を自ら実践してきた、最高のビジョナリーの一人だ。

 だが、著名な学者やビジョナリーの中でも、ケイ氏はちょっと毛色が違うように思う。米国のビジョナリーには、起業したり企業の顧問になったり、あるいは自分の大学への企業の寄付集めに熱心だったりと、ビジネスと深い関わりを持つことで自分のアイデアの実現を図る人が多い。しかしケイ氏はITビジネスシーンにはやや距離を置き、特に、'90年代後半からはSqueak(スクイーク)という教育向け言語や、開発途上国の子供向けの100ドルノートPCの開発・普及に注力してきた。

アラン・ケイ氏の提唱する教育向け100ドルPC(左)。Squeakは多言語に対応(右)(2005年11月、「HPスーパーサイエンスキッズ」カンファレンスから)

 それはなぜなのか。どんな未来を見て、そういう活動をしているのか。先頃、幸運にもそんな話を聞く機会を得た。答えははっとするほど哲学的だった。

 ケイ氏の目標は、子供の科学的・論理的思考力を高め、未来の大人社会の意識を改革することだ。

 インタビューで、「餌を見ることができないで飢死するカエル」の話が何度か出てくる。これは以前、ケイ氏がスピーチの中で使った例えで、私たち無知な人間の象徴だ。カエルは動くハエしか餌として認識できないため、死んだハエを目の前に置いても気付かないのだそうだ。逆にボール紙などで作った疑似餌を動かすと飛びつくが、疑似餌だから食べられない。

 ケイ氏の話はこう続く。私たちも実はこのカエルと同レベルで、気付かない物事が多い。そしてそれを普通だと思い込み、すぐに二者択一的な考えをする。しかしまず自分が気付いていないということに気付いてみよ。すると、ほかに方法はないか考えるという科学的思考が始められるようになる。世の中の人が皆そのような理性を身につければ、科学は進歩し、短絡的な善悪判断による紛争もなくなるかもしれない。

 DynabookとSqueakや100ドルPCは、その理想の上でつながっている。

 一方、ケイ氏にとって今のケータイやネットやPCは、'60〜'70年代に自分たちが試作・構想していたものがようやく実現し始めたにすぎず、目新しさはない。しかも、ケイ氏は今の状況に多少失望もしている。人々は科学的思考をするようになるどころか、簡単に情報を与えてくれるネットによって、自分たちの無知に気づけない状況を強めていると見る。

 ケイ氏が子供の教育に熱心なのはそのためだ。ケイ氏によれば、今、世の中の大人の95%は科学的リテラシーを持たず、科学的思考ができない。でも500年前には読み書きできる人は1%だった。それからアルダスの印刷書物が登場し、長い時間をかけて人々の読み書き能力と思考力を変えた。だから今から500年後ならば……と。

 コンピュータを使う現代の大人たるもの、ケイ氏にならって、たまには目を少し遠くに向けるべきかもしれない。そうしないと文字通り、狭い井戸の中しか見えない蛙として見放されてしまいそうだ。

 なお、インタビューにはSqueakプロジェクトでケイ氏の片腕である心理学者キム・ローズ(Kim Rose)氏も同席した。

●今のPCに新しいことは何もない

アラン・ケイ(Alan Kay)氏(右)とキム・ローズ(Kim Rose)氏(左)

--Dynabookを発表した当時に比べると、今では携帯電話やインターネットが広く普及した。そういった変化をふまえて、今だったらという構想はあるか。

ケイ:ネットワークは初めからDynabookの一部だった。ネットワークをユビキタスにしたのは我々だ。'60年代から、我々の頭の中ではネットワークはいつもユビキタスでワイヤレスだった。

 知ってのとおり、Dynabookには3つのフォームがあった。1つはノート。2つめはヘッドマウントディスプレイ型。このディスプレイは'68年にアイヴァン・サザランドが作った。3つめは後にユビキタスコンピューティングと呼ばれたネグロポンテのアイデア。腕時計のようなものを付けるとこれが世界中につながるというもの。'70年代に素晴らしいデモを行なっている。

 この我々が考えたことから、何1つ変わったことは起きていない。

 むしろインターネットの成長が意外にのろかったのは驚きだ。そのほかに驚いたことは1つだけある。我々の誰も、磁気メディアがこんなに改善されると思っていなかった。我々は皆、記憶装置は何らかのソリッドステート(シリコン)でなければならないと思っていた。HDDがこんなに進歩するとは思わなかった。

 しかしそれ以外は皆予想通りだ。フラットスクリーンディスプレイはすでに'60年代にあったから、移行が起きることはわかっていた。インターネットもARPA(米軍高等研究計画局)ネットがあったから、我々はそれがスケーラブルだとわかっていた。我々はムーアの法則を信じていた。携帯電話もすでにあった。単にAT&Tにブロックされていただけで、技術は'60年代後半にあった。ARPAネットでワイヤレスバージョンもあったから、我々にはそれを実験する機会があった。

--確かに。ネグロポンテの腕時計アイデアにいたってはまだ普及してない。

ローズ:まあ少しずつは進んでいるが。GPSとか。

ケイ:これは一番複雑なアイデアだ。今話をしているこのホテルもたぶんワイヤレスになっているが、(ネグロポンテの腕時計を持っていたとして)ライターに火を付けることすらできない。ワイヤレスはコンピュータと話すことに使われるだけだ。しかしネグロポンテの考えは、本当にインターネットが浸透し、基本的には地球上の意味のあるもの何でもがIPアドレスを持っていること。未来がわかるようになるのは左腕のカフスボタンが右のカフスボタンと衛星経由で通信できるようになったときだという彼の名言がある。それが未来だ。

 この構想が語られたのはずいぶん前だ。ネグロポンテが指摘したのは、インフラを普及させよ、そうすれば今までとは違ったものを得られるようになるということだが、それを実現するには時間がかかる。携帯電話を役立つようにするインフラに人々が投資し始めるのにも、何年もかかった。

●ネットが人々の無知を促進する可能性がある

--今の状態で一番足りないのは何か、インフラか。

ケイ:これは私自身もまだ理解しようとしていることだが、大事なことは学ぶことと関係があるだろう。

 学習には何種類かあると思う。1つはまず、すでに知っているものをさらに学ぶことだ。野球は知っている。そこへ新しい選手についてや彼の打撃成績を学ぶ。それを学ぶには何か新しく創造すべきことはない。知っていることにただわずかな肉付けをするだけだ。

 しかし多くの人はクリケットについては知らない。だからクリケット選手に関する単純な事実のためには、多くを学ばねばならない。ほとんどの興味深いアイデアは、学び手側にアクティブな創造を要求する。だから科学や数学を学ぶのは難しい。

 (Altoを生み出した)パロアルト研究所は'70年代には多くの発明を生み出す有名なコミュニティだった。面白いのは過去約25年間、その発明がみな、再発明されていることだ。

 だから'90年代になって我々は皆非常に失望した。(新世代の技術者らは)なぜただ我々が書いた論文を読んで実行しないのだと。我々が出した答えは、彼らは違うグループに属す人間なので、その論文を読めないということだ。彼らはポップカルチャーの人間だ。ポップカルチャーの人間にクラシック音楽を学ばせたかったら、彼らが自分でクラシック音楽を発明する必要がある。なぜなら(学習は)労力がかかるからだ。

 インターネットで今起きているのは、ダグ・エンゲルバートが'60年代にデモしてみせたものに似てきているということだ。Googleにエンゲルバート(Engelbart)と打ち込むと、3つめのエントリーは彼が行なったデモのビデオだ。現在のコンピューティングカルチャーの中にいる者は誰でもGoogleにアクセスして、90分のビデオを見てエンゲルバートが考えたことを学ぶことができる。しかしそうする者はいない。

 私はGoogleの社員に、「エンゲルバートを知っているか」と聞いたことがある。「ええ。マウスを発明した人でしょ」。「彼がしたことは?」「さあ。なんでそんなことを知りたがるんです?」

 彼らは何でも見つけることができる会社にいるのに、学ぶ気がまるでなかった。エンゲルバートと打ち込めば最初のエントリーで彼が書いた75の論文を手に入れられる。3つめでデモが見られる。なのに、コンピュータ分野の最重要人物の一人だった人物に関して、彼らはなぜそんなに知りたがらないのか。この関心の無さはポップカルチャーの関心の無さだ。言い換えると彼らは過去のことすべてに関心が持てないのだ。

ローズ:彼らにとって魅力的なのはパッとアクセスできるということで、一度アクセスできたらそこにあるものに興味はない。

ケイ:しかも彼らはコンピュータ分野の専門家だ。もし物理学の専門家が、マクスウェルやアインシュタインの業績を知らなければ、学会追放ものだ。しかしコンピューティングではエンゲルバートの業績を知らなくても関係ない。なぜならこれがポップカルチャーだからだ。パンクロッカーがバッハの功績を知らないようなものだ。ポップカルチャーはバッハにまるで興味を持たない。ポップカルチャーではアイデンティティと参加こそが重要だから。

 Webの進みが遅いのは、Webが知る意欲のない大勢の人々によって動かされているためだと思う。彼らにはただ自分たちのアイデアがあって、それが彼らにとって重要なことだ。その考えがいいか悪いかは関係ない。ただ自分たちのアイデアを世界に向かって語り広めたいだけ。

 だからもし私がジャーナリストで、未来について書くなら、まっさきに心理学・社会学・文化人類学などでポップカルチャーについて書いてある本を読む。ポップカルチャーの人間が大勢、インターネットでプログラミングしているのだから、よい予測がたくさんできるだろう。

 なぜなら、人はほとんどの時間、ノーマルなことをする。そしてノーマルなこととはカエルが見ることができないことだ。ポップカルチャーの人間にとってノーマルなことは何か。そう問えば、何が見えないことかがわかる。科学の考え方は、人は自分が盲目だと認めるまでどうやって見るかを学べない、ということだ。

 欠けているのはパースペクティブ(視野)だ。パースペクティブの欠落は好奇心の欠落に直結する。もしあなたが世界全体を見終わったと思うなら、あとはすべてのものに名前を付ければいい。しかし全部は見ていない、どころかほとんど見ていないと気付いたとたん、名前のないものを探し始めなければならない。

--ではカエルとしてあえて聞くと、そのような状態で将来のコンピューティングはどうなるだろうか。

ケイ:私にとって最もシンプルなアナロジーは本がどう使われているかだ。本に書かれている事柄の範囲は広い。さまざまな人々がさまざまな本を買う。本はあなたが啓蒙される機会を与えるが、あなたを無理やり啓蒙しはしない。本を読む読者になるだけであなたは変わるが、それだけで啓蒙されるわけではない。同様に、コンピュータユーザーになるだけであなたは変わる。例えばインターネットを使えるようになりさまざまな物事を見つけるとあなたはそれまでと違った人間になる。しかし必ずしも啓蒙されるわけではない。

 過去1世紀の電子技術のほとんどは退行的だ。というのは電子技術の多くは書くことよりオーラルコミュニケーションを奨励するからだ。昔、人々に読み書きを強いた多くのものは今は存在しない。楽しみのために読まなければ、恐らく必要になったときには読む鍛錬が足りていないだろう。書くこともどんどん不要になっている。将来はもっと、コンピュータが、“学ばないこと”の言い訳になるかもしれない。米国の多くの学校は、子供がGoogleで何かを見つけコピーすると、それで学んでいると思っている。しかし私は、子供がそれについての作文を書かない限り学んだことにならないと主張している。作文は思考を組織化する。単に博物館の展示物を集めるだけではない。しかしほとんどの学校はその違いを分からない。

 だから、理想的未来は人々が今日よりも、よりよく考える未来だが、ありそうな未来は、人々がよりよく考えないでしかもそれに気付かない未来かもしれない。

●目標は未来の大人に科学的リテラシーを持たせること

--Squeakに力を入れているのはそれと関係あるのか。

2005年6月、杉並小学校でSqueakを使用した「アラン・ケイ ワークショップ」を開催

ケイ:Squeakがなぜ必要かはこういう面から見るといい。先進国で、科学者とまともな会話ができる成人、言い換えると科学的リテラシーを持つ成人は5%未満だ。科学的リテラシーとは、科学の本を読んで、その考えをほぼ理解でき、科学者とそれについての発展的会話もできる能力だ。95%の大人は科学的リテラシーを持っていないのだ。

 私が言う科学とは単なる原子の学問でなくもっと広い概念だ。科学の学習とは、原子理論を学ぶことでなく、科学者のような考え方を学ぶことだ。原子理論を学んでも科学者のような考え方をまるで気にしないということもありうる。科学を宗教のように(決まりきったこととして)教えられることもある。

 では科学者のように考えるとはどういうことか。これは、何に関しても注意深く考える人とはどういう人かということだ。科学者の中にも、物理に関しては科学者らしく考えられても、政治や宗教になると科学者らしく考えない人もいる。

 そういう方向から科学を見れば、科学はすべての子供のためのものであるべきだ。考えられない大人を作りたくはないから。

--大人は変えられないか。

ケイ:大人を変えるのは難しい。しかし子供はある程度変われる。

ローズ:Squeakが子供に取り組むのはそのため。子供はもっと改善のチャンスがある。

--科学的思考力に文化差や男女差はあると思うか。

ケイ:特定の文化とは関係ない。先進国ではどこでも科学に興味が持たれる。ノーベル賞受賞者には西洋人が多いが日本人もいる。現代数学や科学的思考法は世界のどこの子供にも教えられる。

Squeakを使って小学生が作成した振り子のオブジェクト(2005年6月、アラン・ケイワークショップより)

 性差については、11〜13才くらいでは、(Squeakの遊びツールである)eToysについて見ていると、女子は男子より若干能力が高い。これは数学でも同じだ。大きな問題は、女子は十代になると数学をやめる傾向があることだ。

ローズ:eToysでも違いは見える。女子は(eToysでクルマの)ペインティングに時間をかけ、男子は早く描いてしまって、もっとクルマを作ったりもっと速く走らせたりしたがる。

ケイ:一番よくできたプロジェクトを見れば性差はほぼない。'50年代には米国のほとんどのプログラマーは女性だった。'60年代初め私がプログラミングを始めたとき、私のボスは女性だった。'50年代にプログラマーの職業としてのステータスが低かったためだ。

--性差は社会的なものということか。

ケイ:ほかの要素もあると思う。Squeakが女子に興味を持ってもらえる理由は、Squeakが大学などで使う標準的言語よりメカニカルな部分を減らしてあるからだろう。我々はさまざまな子供たちがさまざまな方法でシステムに関われるように注力した。Squeakはある意味、よりソフトなのだ。女性は男性と多少違うものや環境に興味を持つ。プログラミングには同等に興味があってもセッティングは男性と違う必要がある。

 プロジェクトが抱える最大の課題の1つは世界の女性の教育だ。なぜなら子供は父親より母親と過ごす時間のほうが多い。そのため母親が知っていること、考えることは、父親のそれより(子供への影響として)重要だ。このことには我々は非常に関心を払っている。

--世界中の未来の大人が科学的思考を学ぶことが大事だと……

ケイ:子供が科学で学ぶことの1つは、けっして物事を2つのカテゴリーに分けてはいけないということだ。一見すると、イエスとノー、正と誤に分けなければならない場合であっても。人間の神経システムは、物事を2つのカテゴリーに分けようとする。あなたと私、黒と白、善と悪。これは決定を早くする方法だ。だが科学では、あなたは3つに分類できないか5つはどうかと常に問う。多くのカテゴリーには名前もない。だからこそ難しい。

 カエルのことを(動かないものを認識しない)神経系の囚人だと指摘するのは簡単だが、我々自身が神経系の囚人だと気付くのはより難しい。科学ではさまざまなテクニックを使って、我々の脳の何が誤っているのか調べようとする。

 いったん自分の認知がカエル並みに正確でないと理解したら、性急に判断を下すのをやめなければならない。自分の判断どおりに性急に行動してはいけない。

 我々の認知が素早いのは、人間を見たときにそれがトラではないと理解するからだ。もしあなたがトラなら私はすぐに飛び退いて、助かることができる。でもほかの目的のためには、そんなふうに性急に反応したくない。世界を見るノーマルなやり方は素早く認識することだが、科学的なやり方とはゆっくり認識することだ。

アラン・ケイ氏の描いた絵

 もし私があなたの絵を描くなら、私はあなたが人間だということを無視して描く。なぜなら(目や鼻をマンガのようにさっさと)線で描くと、これが目でこれが鼻だとすぐに認識できるが、絵は光や影を(観察しながらゆっくり)描くものだからだ。芸術家と科学者は世界を同じような方法で見ている。

 別の例えを出そう。ニュートンは万有引力の理論を考えつき、それはうまく機能した。今日でも使われているほどだ。そこで人々は彼が真実を発見したと考えた。事実、ある英国の科学者の偉大な発見は英国では無視された。なぜならそれが、19世紀の英国の科学者が宗教扱いしていたニュートンの法則を侵していたからだ。無視された科学者はマクスウェル。だから(電磁場に関するマクスウェルの理論を生かした)無線は英国でなくドイツで発明された。

 その後、人々は天体を観測し、水星がニュートンの法則に従わないことに気付いた。これは危機だった。ニュートンが間違っていることがありうるのかと。そして人々は唐突に、科学は正か誤かで割り切れないことを発見したのだ。

 数学も同様だ。長いこと、数学は科学の言語として扱われていた。その後、我々は数学は単に地図を作る手段だと気付いた。地図は本物の地形とけっして同じではない。地形を細かく見れば、地図は単に正誤の間の概ねの値を示したものだとわかる。つまり地図はけっして“正”にはなりえないのだが、良い地図を持てば砂漠で水を見つけられる。だから、良い地図は“誤”とも言えない。正誤の間にある。

 このように、現実世界には(絶対の)正も誤もない。もし世界中の大人が皆、世界が正誤に分けられないことを理解したら、非常に大きな違いを生むだろう。何百万もの人々が、世界に2つのカテゴリーしかないと考えているために、互いを殺し合っている。科学が原子よりずっと大きな概念だ、とはこういうことだ。何事に対してもどうよく考えるかということだ。

--少数の創造的な人がいるだけだったらどうだろうか。

 それは民主主義にとって破滅的だ。一般教育を行なう主な理由の1つはまさに、有権者がさまざまな問題で同じ会話ができるようにするためだ。そうしなければ職業訓練校やギルドの昔に戻ることになる。

--しかしSqueakなどで賢い人が少し増えたとしても、95%という数字からでは、大きな変化は起きないのでは。

ケイ:そのアナロジーは印刷に戻る。500年前のヨーロッパでは識字率は1%だった。当時と今の違いは絶大だ。多くの人が、誰もが読めるようになるとは思わず、遺伝だとかを理由にあげた。読む能力が、人を違う種類の思想家にした。それがアナロジーだ。

 人間は十万年もの間、世界が完璧だ思い込んできた。生存のための何やかやで、世界が完璧でないかもしれないなどと考えつく隙はなかった。現代的意味での科学は約400年の歴史しかない。

 新しい重要な物事は何でも、5%か95%だ。問題の本質は、数百年後にどうなるかだ。カエルの理由のせいで、長い時間がかかる。

□Squeaklandのホームページ
http://squeakland.jp/
□関連記事
【3月22日】【本田】マウスの父、ダグラス・エンゲルバート氏インタビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0322/engelbart.htm
【2005年11月11日】【元麻布】アラン・ケイがSqueakで変える教育現場
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1111/hot392.htm
【2005年6月21日】日本HP、杉並区の小学校で「アラン・ケイワークショップ」を開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0621/hp.htm

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(2006年9月25日)

[Text by 後藤貴子]


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