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Cellの家電搭載を阻む障壁
~SCEI 久夛良木健氏インタビュー(4)




久夛良木健氏

 PLAYSTATION 3(PS3)発売へと、いよいよ加速し始めたソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)。しかし、従来のゲーム機とは一線を画すエンターテイメントコンピュータPS3の戦略は、まだ浸透しているとは言い難い。

 同社を指揮する代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏が、PS3の戦略とビジョンを語る。



●PS3以外へのCellの普及には家電のコンピュータ化が必要

【Q】 Cellをもっと多くのデバイスに入れたいと言っていた。そのために必要なのはCellの派生チップ(derivative)だと思う。家電ではCellの今の構成ではオーバーキルの市場が多い。今のCellは、SPE(演算プロセッサ)を8個載せているが、家電市場では4個でもいいし、PowerPCコアも組み込み向けの軽量なものでいい。そうした派生チップの計画はないのか。

【久夛良木氏】 (SPEは)2個でもいいかもしれない。計画はある。でも、(派生Cellを供給する前に)家電がコンピュータ化しなくちゃいけないと思う。今の家電は、まだそうなっていない。問題はここにある。

家電向けCellの予想図(※別ウィンドウで開きます
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 コンピュータ側の人は、家電がコンピュータ化するのは当たり前と思っているかもしれない。Appleのジョブズ氏(Steve Jobs氏。CEO, Apple Computer)もMicrosoftのバルマー氏(Steve Ballmer氏。Chief Executive Officer, Microsoft)も、みな当たり前と思っているだろう。でも、家電の人は違う。家電がコンピュータでなきゃいけないと思っている人はほとんどゼロに近い。

【Q】 最大手の家電メーカーであるソニー自身に伝道したのではないのか。

ソニーの液晶TV「BRAVIA」

【久夛良木氏】 ソニーは世界をドライブする立場だからね。でも、難しい。根付いた家電のネイチャー(文化)があるから。ソニーのエレキ(電器部門)は、いい意味で家電の一員で、長い期間うまくやってきた。だから、カルチャーを変えるのはなかなか難しい。ちょっと前まで、CRTを信じていた人たちだから。

【Q】 でも、ソニーは液晶TVについては、思い切った決定をして方向を転換した。

【久夛良木氏】 そう、(液晶は)ソニーがあれだけの決定をして、がらっと変わった。僕は、その時は(ソニーの)副社長の立場で自分で提案して自分で決済した。結果は、よかった。今、(液晶が)なかったら大騒ぎですよね。


●家電がコンピュータになることで開ける可能性

【Q】 家電も、TVの液晶化のようにどんどん変わりつつある。

【久夛良木氏】 ところが、家電の人たちは家電がコンピュータになると思っていない。逆にそうじゃないのが家電メーカーの誇りだと思ってしまっている。でも、誇りはいいんだけど、情報処理をするとき、どうやって固定したハードやソフトでやるのかなと。(規格や処理が)固まったものだったらいいけど、でも、そうなると、今度はどこでも造れてしまう。ソリューションは完全にブラックボックス化しているから。

【Q】 家電をコンピュータにすれば、固定されたハードやソフトにできないことをやれるようになる。そうすれば付加価値をつけられると。

【久夛良木氏】 そう、家電メーカーとしてはこれほど可能性があるところはない。すべての端末としてフラットTVがあり、それが置かれる場所は家庭。ここ(TV)をコンピュータにすれば、可能性が大きく広がる。とてもビジョンはクリアだ。1つ間違うと、Intelとジョブズ氏が全て持って行ってしまうけど(笑)。

【Q】 家電のコンピュータ化で開ける可能性に、家電の開発者が気がつけば状況が変わると。そうすれば、Cellのようなプロセッサの必要性にも気がつく。そのためには、何がきっかけとして必要と思うか。

【久夛良木氏】 家電のネイチャーは、世代が変わらないと変わって行かないかもしれない。ずっとコンピュータを使ってきた人(が家電の開発をリードするよう)になると、変わるでしょう。そういう人は、コンピュータが当たり前と思っているから。(コンピュータを否定する人に対して)「何、この親父、石器時代みたいなこと言っているんだ」と思う人が家電をやるようにならないと無理かなと。

【Q】 PCのモデルはIntelとMicrosoftが軸となる水平モデル。それに対して家電は各メーカー毎の垂直モデル。我々から見ると、SCEIはその中間を目指しているように見える。コンピュータと家電のいいとこ取りのような。

【久夛良木氏】 でも、どちらから見ても継子、いや、鬼っ子かもしれない(笑)。

 でも、だからみんな面白がっている。ユーザも楽しんでいる。この世の中からPlayStationをそっくり抜くと、結構、寒いんじゃないかな(笑)。わくわくして、皆、待っていてくれると思う。

●低コスト化の必須条件65nmプロセスは2007年

【Q】 90nmプロセス版のCellの生産は、IBMのFab(工場)で製造スタートするのか?

【久夛良木氏】 IBMのフィッシュキルFabと当社の長崎Fab、両方のFabで並行して製造する。試作はフィッシュキルで始めたけど、量産は全く同時に開始する。今は同じ速度でベンチマークしている。物量的にも進捗的にも全く等価で、逆に違いが出たらお互いに情報を流し込んで同じようにしている。

【Q】 90nmからプロセス技術はIBMと完全に共有化されているのか?

【久夛良木氏】 完全にコピーというか、お互いがコピーし合う態勢。例えば、長崎Fabがある部分でいい結果を出すと、フィッシュキルがそれをコピーする。逆も、もちろんある。

【Q】 なぜ2社にまたがって製造するのか。製造キャパシティの問題か。

【久夛良木氏】 SOI(silicon-on-insulater)だと、他のFabに振れないし、選択肢はIBMしかない。もちろん、生産キャパの問題があるが、お互いに競争した方がいいというのもある。カルチャーが違う会社の競争でしょ。互いに刺激になる。

【Q】 65nmプロセスの予定はどうなっているのか。コストを下げるには65nmプロセス化が必須のはずだ。

【久夛良木氏】 公式には言っていないが、2007年には立ち上げる。出荷も2007年だ。

【Q】 そうすると、シリコンについては2007年に1段階目のコストダウンが期待できることになる。65nmもIBMと同一プロセスのはずだが、製造キャパシティも両方か?

【久夛良木氏】 同一。キャパとしても両方使う。

●TransmetaのLongRunを部分的に使う

【Q】 現在の微細化した先端プロセスではリーク電流が大きな問題だ。その解決に、Transmetaの協力を仰いだが、同社の技術はどう実装していくのか。そもそも、SOIではTransmetaのLongRun 2は機能しないのでは。

【久夛良木氏】 Transmeta(のLongRun 2)は、確かにSOIではなかなか難しいけど、バルクで使ったり。それに、Transmetaのは要素技術の固まりじゃないですか。プロセスの技術以外にも、ダイナミックな電圧の操作とか、あれは使えるな。

【Q】 Transmetaの省電力テクノロジのうち、ダイナミックな電圧と周波数の制御を行なうLongRun 1の方は、SOIプロセスのCellでも実装の可能性があると。

【久夛良木氏】 ありますね。消費電力を下げるのは誰も反対しないから。下げないと(PS3が)安くも小さくもならない。電源と基板のコストが高くなっちゃうからね。

【Q】 現状では、CellはかなりTDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)が高いはず。廃熱と騒音、EMIはそれぞれトレードオフの関係にあり、高TDPではハードルが高い。廃熱に関してどんな技術を使うのか。

【久夛良木氏】 ヒートパイプは使うし、カスタムの冷却方式だけど、普通のやり方。特殊な方法は、確かやらなかったはず。そんなもの、あの数でできない。信頼性とかの問題があるから。水冷は、僕が知らないところでやっているはずがないと思うけど(笑)。そもそも、水冷であの中に入れるのは至難の技だと思う。

【Q】 PS2の時も、廃熱とEMIにはかなりのコストをかけていた。PS3もやはりそうなるのか。

【久夛良木氏】 むちゃくちゃかけてる。電源だけでも、値段をつけて売りたくなっちゃうくらい。また、(PS3を)開けると、「げっ、ここまで入っている」って言われるだろう。


●インタビュー解説

 SCEIはCellのプロジェクトを、PS3だけで終わらせるつもりがない。上はサーバーから、下は家電組み込みまで視野に入れている。しかし、家電へのCellの搭載には大きなハードルがある。それは、Cellがさまざまな面で家電にはオーバーキルであることだ。

Cell(左)と各種I/O制御用のSuper Companion Chip(右)

 PS3向けのCellはダイサイズ(半導体本体の面積)が大きくコストが高い。消費電力も大きく実装がしにくい。高コストと高消費電力の主因は、フル機能のPowerPCコアと8個もの演算コアSPE(Synergistic Processor Element)を載せているからだが、家電の場合はどちらも過剰だ。PowerPCコアは組み込み向けのもっと軽いコアで十分で、SPEも2~4個で十分に用途に足りる。

 また、Cellのメモリは高転送レートだがおそらく高価格となるXDR DRAMだが、家電では入手性がよく価格もこなれたDDR系メモリの方がニーズが高い。I/Oインターフェイスも、新規のFlexIO(Redwood:レッドウッド)ではなく、より多くの既存デバイスを接続できるPCIなどを直接統合して欲しいかもしれない。

 つまり、PS3向けの現状のCellは、高パフォーマンスだが、家電には過剰な部分が多くて使いにくいし、I/Oも不向きだ。そのため、Cellを家電に入れ込むには、カットアウト版Cellが新たに必要となる。

 しかし、久夛良木氏は、インタビューで、Cellを家電に載せるには、Cell自体の問題の前に、家電のカルチャーというハードルがあることを指摘している。家電の開発側が、家電のコンピュータ化に対して消極的あるいは無理解であるため、Cellのようなフルプログラマブルで高度なマルチメディア処理が可能なプロセッサが欲しいというニーズが、そもそも起きてこないというわけだ。

 この話は、Cellに限ったことではなく、コンピュータ業界にいると頻繁に耳にする。コンピュータ側から見れば、プログラマブルで柔軟な処理が可能なコンピュータ型の構造が、デジタルコンテンツの時代には必要だと感じる。ところが、家電側は、そうした動きに警戒心や拒否感が強い。その理由は色々あるが、中でもよく聞くのは、コンピュータ化すると、PCのモデルが家電にも流れ込み、製品の差別化ができなくなるという危惧だ。

 家電の世界は、垂直統合で、自社の蓄えたテクノロジでハードから製品を差別化する。それに対して、PCでは水平分業で、家電と比べるとハード自体で差別化するのが難しい。家電のカルチャーから見ると、PCのようなコンピュータは差別化で儲けにくいモデルに見える。だから、コンピュータ化には警戒心がある。家電の開発者は、自社の技術とその技術による差別化に自信を持っているため、アドバンテージが失われるように見える家電のコンピュータ化を警戒する。

 しかし、メディアのデジタル化に伴って、家電も、ある程度まではコンピュータ化する必要がある。少なくともコンピュータ業界側はそう思っている。しかし、家電の独自性にこだわっていると、日本の家電ベンダーは、コンピュータ化の波に乗り遅れるかもしれない。日本の家電メーカーにとって最悪のシナリオは、将来の家電店に並ぶのは、海外のコンピュータメーカーのブランドのついたデジタル家電ばかりになり、その中身のデバイスも海外で開発されたチップ群になってしまうというものだ。久夛良木氏は、“Intelとジョブズ”という例えで、その危惧に言及している。

 コンピュータメーカーの家電侵略に対抗するには、家電側もコンピュータ化を進めるしかない。家電のコンピュータ化が進めば、ハードワイヤドでのお仕着せの設計ではなく、柔軟なプログラマブルデバイスが有用という点に、家電開発者が気がつく。そうなれば、Cellが家電に浸透するかもしれない。シナリオとしては、そんな形だ。そして、障壁となっているのが家電のカルチャーというわけだ。

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【6月9日】「Cellが未来をクリエイトする」SCE久夛良木社長(AV)
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(2006年6月14日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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