2005年から、Microsoftは次世代光ディスクにおいてHD DVDをサポートしていくと発言していた。その背景にはさまざまな事情があるが、ではそうした発言の中でちらつかせていた“Windows VistaでのHD DVDサポート”とは、どのような意味があるのだろうか。 米シアトルで開催中のハードウェア開発者向け会議「WinHEC 2006」において、Microsoftは「HD DVD and Windows Vista:Future Opportunity」というセッションを開き、Winodws VistaでHD DVD再生に必要なコンポーネントを用意。それらを用いてPC開発者に対してWindows VistaマシンをHD DVD対応にするよう求めた。 しかし、MicrosoftWindows Digital Media Division 技術戦略ディレクターのJordi Ribas氏が担当した講演の中で頻繁に登場したBlu-ray Disc(BD)に対するHD DVDのアドバンテージについては、いくつか疑問の残る内容もある。 ●Windows VistaでのHD DVD関連機能 講演はHD DVDの機能や次世代光ディスクによるHD映像のハンドリングが必要であることなどから始まったが、ここでは後回しにしてWindows VistaにおけるHD DVDサポートの内容を見ていこう。 Windows Vistaには以下のようなHD DVDサポート機能が標準で組み込まれている。
・(光ドライブ制御における)MMC-5コマンドセットのサポート などである(WMA Proに関してはHD DVDとの直接の関連は無いはずだが、原文スライドに挙げられていたためあえて記載している)。 これらの要素を用いることでソフトウェアによるHD DVDサポートの実装が容易かつローコストになり、PC製品でのプレーヤー、あるいはオーサリングといった機能の実装が楽になるという主張だ。実際、すでにInterVideo、Sonic Solutions、CyberLink、neroといったベンダーが、HD DVDプレーヤーやオーサリングツールを発表している。
またHD DVDのインタラクティブコンテンツ仕様であるiHDのプレーヤーへの実装に関して互換性検証を行なうラボやテストツール、サンプルコードやiHDコンテンツ制作トレーニングの実施などにより、映画製作者をサポートしている。 「HD DVD再生に必要なネイティブのコンポーネントがWindows Vistaには揃っている。ぜひ、Windows Vista対応PCにHD DVD再生機能を実装して欲しい」とRibas氏は話した。 しかし、ファイルシステムこそBD-RでUDF 2.6が使われる場合があるものの、基本的にはBDでもUDF 2.5が使われる。再生だけならばUDF 2.6は不要だ。それ以外の項目に関しては、HD DVDと同様にBDでも使われる要素であり、これをもって“HD DVDのサポート”とは言えない。 実際、すでにWindows XP上でソフトウェアBDプレーヤーが登場しており、ファイルシステムにしてもサードパーティ製のドライバが存在する。ビデオCODECは両規格とも共通で、プレーヤーの構築しやすさに関しては、さほど大きな違いがあるわけではない。 ●Microsoftが考えるHD DVDの優位性 BDとHD DVDの比較およびHD DVDの優位性といった講演部分は、いつも通りの展開でやや場をしらけさせた雰囲気もある。もっとも、Microsoftの主張をそのまま鵜呑みにする来場者も、もちろん少なからずいただろう。 Ribas氏は「HD DVDは違う!」とばかりに、いくつかの聞き慣れたHD DVDの優位性を挙げていた。簡単にまとめておこう。
・すでに出荷可能なことが証明されている(ROM)ディスクで比べると、HD DVDの30GBの方がBDの25GBよりも多い 確かに初期のBDは25GBタイトルがほとんどで、50GBタイトルは長編映画が登場するまでは出てこない見込みだ。ただし、すでに50GBの2層BD-ROMは開発の段階を終えており、生産体制を整えつつある。 HD DVDの方が安価に2層ROMを作れることは確かだが、1層あたりの容量が違う中で議論できない部分もある。加えて規格立ち上げ初期の段階では、複製コストよりも初期制作コストの方が影響が大きく、1枚あたりの複製コストはさほど問題にならないだろう。 加えてHD DVDドライブが安価というのも疑問だ。すでに出荷されているHD DVDプレーヤーに搭載されたドライブ(NEC製、ピックアップはサンヨー製)に使われているピックアップは、3波長のレーザーダイオードを直貼りで取り付け、非常に複雑な光学回路を通り、球面収差補正(これが不要だからHD DVDの方が薄型化が有利と言われていた)や液晶シャッターを用いたチルトサーボ(ディスクのソリに対応するための機能)が組み込まれている。 ピックアップのシャシーもマグネシウム製で軽量化が図られており、全体にかなり高価で大きく複雑なピックアップになっている。かねてからの主張通り、対物レンズは1個になっているものの、ピックアップ全体で見ると明らかに技術的に難しいことをやっている。 HD DVDはROM製造の手法に従来のDVDのノウハウを活用できるという面では低コストと言えるが、ドライブ側は必ずしも低コストとは言えない。ROMのピックアップでこれだけ複雑だと、記録型、特に2層記録に関してはかなり難しい問題をクリアしていく必要がありそうだ。 ただし、インタラクティブ機能に関して言えば、iHDは決して悪い技術ではない。むしろBD-J(Java)よりも良い面も多い。iHDはそれを処理するランタイムに動作が強く依存するため、Microsoftが作るiHDランタイム以外の実装がやりにくいという問題はあるが、オーサリングを行なう側はほとんどコードらしいコードを書かなくとも、リッチなユーザーインターフェイスがアニメーション付きで動いてくれる。
iHDの中身はXML、CSS、SMIL、ECMA Scriptの、それぞれサブセット。それらによって記述された画面デザインと動作ロジックに沿って、ランタイムが画面の描画などを行なってくれるため、Webアプリケーションの開発にも似たシンプルな開発環境を実現しやすい。.NETに非常によく似ていると言われる所以は、このあたりにある(ただし.NET環境のようにマネージコードによるバイナリが動作するわけではない)。 加えてP-in-Pに関しても、必須要件として最初のプレーヤーから対応しているのはHD DVDのみ。P-in-Pはハードウェア側の実装コストが高いのが難点だが、クライマックスシーンを見ながら、そのシーンを撮影した手法をサブ映像ウィンドウに表示するなど、新しい映像の楽しみ方も提供してくれる。 ただ、個人的にはインタラクティブ機能の作りやすさやP-in-Pが必須か否かなどは、次世代光ディスクの優劣を決める決定的な要素ではなかろう。一番大切なのは、ROMを利用した映像パッケージビジネスと録画用の記録メディア。この2つの用途にきちんと対応できる規格が優位だ。 ●悩ましい次世代光ディスク再生の実装 しかしここはWinHEC、つまりPCハードウェア技術者の集まる場所であり、コンシューマ向け製品の展示会ではない。PCベンダーや周辺機器ベンダーにとってみれば、そこにかけるコストに対して、製品の価値がどこまで上がるかという視点でしか、両規格を評価することはできない。コストが高くとも付加価値が大きく上がるならやる価値はあるが、コストや安くとも付加価値向上があまり期待できないなら対応しない方が効率的だ。
現在、HD DVDプレーヤーは約10万円で発売されているのだから、コストは知れているだろうと思うかもしれないが、これは相当なディスカウントプライスで参考にはならない。この中にPentium 4 2.6GHzが入っていることはよく知られているが、加えて大量のメモリとデュアルコアのSHARKが、なんと4個も搭載されている。通常、これを10万円で売ることはできない。規格立ち上げのためのバーゲン価格と考えるべきだ。 東芝やソニー、HP、Dellといった企業は、積極的にPCへと搭載する価値を見い出せるかもしれないが、それ以外の幅広いPCベンダーが次世代光ディスク搭載を商品の価値を高めるために次世代光ディスクの再生機能を製品に実装するのが得策かというと、かなり微妙な線だ。 先日発表されたソニーのBDドライブ搭載VAIOのように、デジタル放送録画を光ディスクにムーブできる、というのなら価値を見いだせるだろうが、パッケージ製品の再生ができます、だけでは乗ってくるベンダーは少ないのではないだろうか。 HD DVDのパッケージタイトルは年内に200本、BDに関してはそれを大きく上回る数がリリースされる(北米において)と言われているが、Windows Vistaがプリインストールされる2007年初頭のタイミングで、これらの再生機能がどこまでのバリューを引き出せるかは現時点ではわからない。 いずれは次世代光ディスク搭載が当たり前になっていくだろうが、2007年前半ぐらいのPCの商品企画をする側は、サポートすべきか否か実に悩ましいことだろう。
□関連記事 (2006年5月26日) [Text by 本田雅一]
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