前回、前々回とポストした2本のコラムにさまざまな意見を頂いた。“モバイル”とは関係ないのではというメールが多かったが、実際、モバイルとは特に関係のある話ではない。だが、次世代光ディスクに関連した大きな動きが重なったため、続けてのポストになった次第である。 だが、最初のBlu-ray Discレコーダが登場後、すでに2年以上が経過。“次世代”の冠が少々重くなってきたところで、やっと仕様がまとまってきたところである。なぜなかなか登場しないのかといった質問も受けたが、ROMに関して言えば、既に技術的な論争はかなり以前に意味がなくなってきている。 だが大きな市場へと成長したDVDの成功は、かつては光ディスク事業に何ら関心を持ってこなかった企業の興味を引くに至り、規格が1つへとまとまる方向へとは向かわせたくない力が働いている、というのが、取材を通しての率直な感想だ。 実際、ワーナーブラザースのBDアソシエーション参加というニュースが出た翌週には、関連するさまざまな動きが活発化している。それについてはコラムの最後に付記するが、今回はPCのユーザーにとっても興味深い“マネージドコピー”という運用ルールについて、どのような議論が行なわれているのかを中心に紹介することにしたい。 ●AACSのルールで規定されている“マネージドコピー”とは何か マネージドコピーが最初にニュースになったのは、MicrosoftとIntelがHD DVDの支持を行なう際の事だった。両社はマネージドコピーを必須機能としてHD DVDが実装するから、HD DVDの方が消費者にとって理に適ったものであると発表した。 その後、幕張で開催されたCEATEC 2005でも、両社は同じ論旨を展開している。CEATECでのMicrosoftの講演を振り返ると、彼らはHD DVDはマネージドコピーを“マンダトリ(Mandatory:必須搭載事項)”にしているが、BDはそうなっていないと批判した。 これが本当ならば、PCを含めたデジタルネットワークの中で、購入したコンテンツをセキュアかつ柔軟に運用する手法を制限しようというのだから、BD側が批判されてもしかたがない。筆者自身、Microsoftの講演内容を信じてBDコンテンツのマネージドコピーがオプションだと勘違いしていた。 だが、マネージドコピーについて調査してみると、この機能がAACSのコンプライアンスルールの中でマンダトリとされている事がわかった。AACSに準拠した著作権管理とコンテンツ運用を行なうBDとHD DVDは、双方ともマネージドコピーを実装“しなければならない”。つまり、どちらもマンダトリなのである。 もう少し細かく説明すると、再生・録画機器側でのマネージドコピー実装は、ネットワーク機能がある機器の場合にのみ実装が必要となる。後ほど詳しく説明するように、マネージドコピーを行なう際には、インターネットを通じてマネージドコピーの認証を行なう必要があるからだ。 一方、ソフトウェア側はAACSに準拠した運用であれば、必ずマネージドコピーを受け入れなければならない。HD DVDソフトも、BDソフトも、いずれもマネージドコピーは可能ということになる。 MicrosoftやIntelが言うような、PCのHDDに複製を作っておき、DTCP/IPでメディアレシーバにストリームを送信、再生させるといった運用は、いずれの規格でも可能になる。マネージドコピーの範囲はPCのHDDだけというわけではなく、たとえばROMで販売されているソフトを、マネージドコピーでリライタブルあるいはライトワンスのディスクに複製することさえ可能だ。 つまり著作権保護がかかっていないCDに近い運用を、著作権者の承諾の元で行なえるようにするのがマネージドコピーとも言える。 ●マネージドコピーの運用開始は早くとも2007年以降 ただし、マネージドコピーによるコンテンツ運用が実際に可能になるのは2007年ぐらいになると言われている。理由は簡単で、この仕組みが提案されたのがつい最近の事だからだ。加えて言えば、まだ議論の過程にあり、細かな仕様や運用規定も決まっていない。 またマネージドコピーを行なう際には、インターネットを通じて、コピーするコンテンツの認証を行なう。認証サーバの運用はコンテンツ提供者側が提供する事になっている。そのためのシステム構築やテスト、またそれ以前に具体的な要素技術の選定や実装についてのルール作りといった整備も行なう必要がある。そのためにも時間は必要というわけだ。 現在のところ、マネージドコピーでHDDにコンテンツをコピーする場合、どのようなDRM(デジタル著作権管理)を用いるのかといった基本的な部分も決まっていない。 だが、実際にBDあるいはHD DVDでパッケージソフトが発売されるまでに、マネージドコピーをマンダトリとして入れておけば、将来、インフラが整った段階でPCやマネージドコピー対応機器でコンテンツ複製を過去のソフトに遡って行なえる。 なお、マネージドコピーに関して、映画会社は反発しているのでは、という意見を頂いたが、映画会社はいずれも基本路線としてマネージドコピーには賛成の立場を取っている。マネージドコピーは、複製を作る際に課金を行なえる仕組みになっているためである。 たとえばROMで配布されているソフトをライトワンスメディアにコピーする時、追加のライセンス料を適価で提供できる。おそらく光ディスクへのコピー時、HDDへのコピー時など、運用によって価格は違ってくるだろう。もちろん、ソフトごとに価格設定が異なる場合もあるかもしれない。 また大手のコンテンツパブリッシャーはともかく、小規模の事業者は認証サーバや課金の仕組みを簡単には立ち上げることができないという問題も出てくる可能性がある。この場合、代行業者を立てるといった対策も、立ち上げ時には必要になってくるだろう。 ともかく、こうした課金の仕組みを導入することにより、コピーされることによるコストと、認証サーバのコストを相殺し、むやみにコピーされて著作権物が違法に拡散することを防ぐ効果もある。コンテンツ提供側と消費者、双方の利益と権利を守るためにバランスの良いルールと言えるのではないだろうか。 ●マネージドコピーを理由にHD DVDを推す理由はあるのか ここで1つの疑問が出てくる。BD、HD DVD、いずれもがマネージドコピーに対応し、映画スタジオもまたマネージドコピーを嫌っていないとすれば、なぜMicrosoftとIntelはマネージドコピーをHD DVDを支持する主な理由として挙げたのだろう。 両社ともAACSのメンバーであり、マネージドコピーについての議論にも参加していた。上記に挙げた事は、すべて両社とも把握していたと考えられ、BDがマネージドコピーを採用しないと考える理由がわからない。 何人かの関係者にも話を聞いてみたが、誰もがハッキリとした理由が解らないとしていた。だが、原因となる“かもしれない”事はあったという。 前述したようにマネージドコピーは、未だ議論が続けられている未完成のルールである。HD DVD側は早々に対応する事を明言したが、BD側はいくつかの質問を出したという。 1つはDRMをコンテンツ提供者が選択できるかどうか。たとえばWindowsがインストールされたPCでマネージドコピーする場合に、自動的にWindows Media Technology(WMT)の暗号化ファイルになるとするなら、WMTに対してキチンと検証し、それが信用に足る技術か否かを評価しなければならない。あるいはいくつかの選択肢の中から、DRMを自ら選んだ技術にしたいという要求もあるだろう。これはBDアソシエーションに参加する、ある映画スタジオの疑問をそのまま伝えたものだ。 もう1つはAACSに対して補完的に作用する著作権保護技術BD+の存在だ。BD+はコンテンツをAACSとは別の手法で暗号化しておき、映像出力直前にスクランブルを解く。スクランブルを解くためのデータはBD-ROM内に収めて出荷される。 通常は問題なく自動的に復号されるが、複合するか否かはBD-ROM内には仮想マシン上で動作するプログラムで判断する。万が一、AACSの実装が悪いなどの問題でプレーヤーがクラッキングされ、AACSの暗号を解かれてしまった場合には、クラックされているかどうかを確認するプログラムへと置き換え、以降のBD-ROM内に収めるようにする。 たとえば現在のDVDはCSSという暗号化仕様がクラックされ、簡単に複合化が可能になってしまった。DVDの互換性を維持しようとする限り、CSSの仕様を変更して以降の違法コピーを防ぐといったことはできない。これは“ほぼ不可能”なほど強力な仕様となったAACSでも基本的には同じだ。しかしBD+があれば、別途仮想マシンで動作する監視プログラムを使うことで、少なくともクラックされて以降に発売されるタイトルに関しては、同じ手法での違法コピーを防ぐ事が可能になる。 Microsoftはまず、最初の質問を「WMTをねらい打ちにしたマネージドコピー対策」と考えたようだ。BDはAACSに準拠しているが、映像の出口にはBD+が待ちかまえている。WMTへのマネージドコピーを防ごうと思えば、BD+の仮想マシンプログラムがWMTを用いたマネージドコピーを検出するとスクランブルを解かない、といった処理も可能だ。 だが、BDアソシエーションでは、コンテンツの運用ルールに関してAACSの仕様を回避するためには利用しないと話しているが、Microsoftにしてみれば、マネージドコピーをBDが採用するかどうかという問題をどうこうするよりも、HD DVDを支持する“きっかけ”としてになればいいと考えていたのかもしれない。 というのも、ワーナーがBDでのタイトルリリースを発表し、BDアソシエーションに参加した後、MicrosoftはHD DVDのローンチに向けての活動をさらに強めているからだ。 ●HD DVDのローンチへのロビー活動を開始したMicrosoft このところの家電ベンダーの動きを見ていると、各社とも落ち着いて製品発売に向けての製品開発に勤しんでいる。繰り返しになるが、すでに次世代光ディスクに関する技術論のぶつけ合いは終わっている。これ以上、大きな仕様の変化は起きない見込みであり、互いの優位性をアピールし合う時期も過ぎた。 すでに記録型ドライブを用いた製品をリリース済みのソニー、松下電器、シャープはもちろん、ハリウッドでの混乱で遅れていたBD-ROMの再生サポートが可能な製品を各社とも開発している。現在、筆者が得ている情報によると、来春のBD-ROMソフトリリース時にはソニーとサムスンのBDプレーヤーが間に合うようだ。追って松下電器などからもプレーヤーがまずは発売される。HDD/BDハイブリッドレコーダは、ソフトウエア開発の都合上、夏から秋にかけての発売が有力だ。 一方、東芝もワーナーブラザースがBDへのソフト供給を発表したあとも、継続してHD DVD対応製品の開発を続けるとしている。HD DVD事業を推進している現場部署に連絡を取ってみたが、HD DVDの開発を中止する動きはない。東芝にしてみれば、HD DVD発売に向けて開発に注力している今の時期、政治的な動きにエネルギーを取られたくないという気持ちもあるのではないだろうか。 取材の中でもMicrosoftが行なったさまざまな揺さぶりに、東芝が直接関わったという情報は全くない。そうした政治的な動きの起点は、いずれもMicrosoftから起こっている(先週の記事で東芝に対して言及せず、技術的な比較論をしなかったのはそうした理由からだ)。 一方、Microsoftは今週に入り、パリで開催中のDVD ForumでHD DVDの優位性を訴える活動を展開。それと同時に、Windowsデジタルメディア事業部担当コーポレート副社長であるアミア・マジディメー氏が精力的にハリウッドの映画会社を訪問し、HD DVDの支持を訴えて回っているという。 また「現場は全く事情を知らないうちにトップダウンで決まった(関係者)」Hewlett-Packard(HP)のMicrosoft寄りの提案が話題になった。実はその後、HPのMicrosoft側への傾倒はエスカレートし、BDアソシエーションのプロモーション委員会で議長を務めていたHPのオプティカルストレージソリューションズビジネス担当ゼネラルマネジャー、マウリーン・ウェーバー氏までが「HPはBDドライブではなく、HD DVDをPC用ドライブとして採用する」と公言し、アミーア氏と同様に映画スタジオを回って説得しはじめているという。 その一方でタイムワーナーグループはHD DVD色を一掃するような動きを見せている。すでに報道済みだが、ワーナーホームビデオ社長のジム・カードウェル氏と、HD DVDの強力な推進者だったマーシャ・キング女史が、タイムワーナーによって更迭された。次世代メディアとネットワークを担当していたキング氏の後任は、BDアソシエーションへの参画交渉を行なってきた人物が任命されたという。 現在はワーナーホームビデオの人事という形でしか表面化していないが、今後、ワーナーブラザースでHD DVDを支持してきたクリストファー・クックソン氏などにも影響が及んでくると、いよいよワーナーのBDへの傾倒が強まっていくかもしれない。 このように、次世代光ディスク情勢は、すっかり政治色が濃くなってしまった。Microsoftが説得材料として持ち出している材料は、AV Watchで紹介したLieberfarb & Associates, LLCの説明とほぼ同じで、新しい事実や材料は出ておらず、議論が尽くされた後のハリウッド・キャラバンツアーを行なう理由はないはずだ。それでも精力的に活動する裏には、今後何らかの手を打つための布石ではないかとの邪推も生む。 ほとんどの議論が終わり、あとは最終製品のベンダーによる製品開発の終了を待つ段階に至って、こうした政治的動きがユーザーの利益につながるとも考えにくい。 あるいはMicrosoftは次世代光ディスクにおける両規格の対決を煽りながら、デジタルコンテンツ再生のための基盤作りを進め、光ディスクの普及を遅らせた上でネットワークとHDDだけで構成されるコンテンツ流通の世界を目指そうとしているのだろうか。
□関連記事 (2005年10月31日) [Text by 本田雅一]
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