●AMDが膠着状態を抜け出すために必要な製造キャパシティ AMDは、CPUの製造量を倍増させようとしている。2008年には自社Fabだけで約8千万個弱、製造委託も含めて最大1億個のCPUアウトプットを目指している。AMDの製造量が急増するのは、新しいFab 36が大型の300mmウェハを使うためだ。従来の200mmウェハFabよりFab当たりの製造量が1.5倍に増えるため、AMDは一気にCPUの製造数を増やすことができる。 しかし、製造キャパシティが増えることは、AMDにとって重荷でもある。2億数千万台のPC & x86サーバー市場の中で、AMDシェアを倍増させて40%以上を握らなくてはならないことを意味している。シェアを取って製品を売ることができなければ、Fabへの投資が無駄になってしまう。Fab 36へは2007年までに25億ドルを投資する予定で、AMDにとって、途方もない掛金の賭けとなっている。しかし、Intelとの関係を逆転するチャンスでもあるため、AMDは賭けざるをえない。 AMDは、これまでは製造キャパシティの制約からPC & x86サーバー市場の20%以上にCPUを供給できなかった。そのため、80%以上の市場シェアを握るIntelに対して、常に不利な立場におかれていた。 AMDは、Intelの市場支配の結果として、同社が市場シェアを伸ばしたり、高利益を上げることができなかったと見ている。PCベンダーなどの顧客は、市場を支配するIntelの意向に逆らうことができないためだ。そのため、「Intelが市場で支配的シェアを占める→AMDが市場シェアを伸ばすことが困難」というネガティブスパイラルに陥っているとAMDは主張している。 AMDは、小さいままでいると、ジリ貧なので抜け出したい。そこで、Fabに投資をして、Intelに対抗できる製造キャパシティを持つことが必須だと考えたようだ。それが、CPU 1億個戦略だったというわけだ。また、この戦略は、AMDが2005年、Intelに対して行なった反トラスト法での提訴とも密接に関係している。製造キャパシティ倍増とIntelへの提訴の両輪で、AMDは今後の戦略を組み立てようとしている。
●毎年1千万個ずつCPU製造量を増やす 1億個のCPUアウトプットに向けて進むAMD。どうやってAMDはこれだけのCPUを生産するつもりなのだろう。 下が、AMDが2005年11月のAnalyst Dayで示したチャートで、同じものが4月18日の日本の説明会でも使われた。ちなみに、この図では「ダイアウトプット(Die Output)」となっているが、これは不正確だという。「図が示しているのはプロセッサのユニットとして1億個を出すということ。ダイアウトプットはそれより多い」と日本AMDの吉沢 俊介氏(取締役)は説明する。つまり、チャートにあるのは、不良ダイを外した、CPUとして出荷できる良品ダイのみの数だと言う。
通常、チップを製造すると不良ダイが発生するため、良品の数はウェハ上で取れるダイの数より少なくなる。そのため、このチャートより、実際のダイの数は多くなる。
トータルのダイアウトプットの数はというと「ダイは5%ほど多くなるだろう、高歩留まりだから」とAMDで製造・テクノロジを担当するDaryl Ostrander(ダリル・オストランダー)氏(Senior Vice President, Manufacturering and Technology, AMD)は次のように説明する。 不良率が5%だとしたら、成熟したプロセスでのDRAM並の歩留まりで、CPUとしては異例に高歩留まりということになる。少なくとも200平方mmクラスの大型ダイのCPUでこの数字は考えにくいので、これはシングルコアで最もダイの小さな製品の歩留まりを示していると推測される。デュアルコアCPUではもっと歩留まりが悪い可能性が高い。ちなみに、キャッシュSRAMセル部分は、通常は冗長性を持たされているため歩留まりにほとんど影響しない。 チャートの数値は、AMD自社Fabの製造量である“固定(Fixed)”製造キャパシティと、外部に生産委託する“フレキシブル(Flex)”製造キャパシティの両方が含まれている。AMDは、Chartered SemiconductorとCPUの製造委託契約を結んでおり、2006年から製造を開始する見込みだ。AMDは必要に応じて製造キャパシティを加えることができるようになった。
AMD Fabでの製造量は、2005年で約4,600万個のCPUを生産したことになっている。2004年と比較すると、同じFab 30でも約1千万個製造量が増えている。これは、90nmへの移行でダイが縮小したことと、Fab 30自体のウェハアウトプットが増えたためと考えられる。 Fab 36からの出荷が始まる2006年は、AMD Fabからの出荷は約5,400万個に増え、Fab 36からのアウトプットが増える2007年には約6,400万個、65nmプロセスへの移行が終わった後の2008年には約7,900万個へと毎年800万~1,500万個ずつ増えてゆく。これにFlexで委託生産可能な数を足すと、合計で1億個に達するというのがビジョンだ。 ●新Fab 36の膨大な製造キャパシティ AMDが出荷できるCPU個数は、Fabのウェハの製造能力と、CPUのダイサイズで決まる。Fabのウェハ枚数は、Fab 30が200mmウェハで3万ウェハ/月(wafer starts per month)、Fab 36が300mmウェハで2万ウェハ/月。口径が200mmの従来のウェハと比べると、300mmウェハでは1枚のウェハから製造できるチップ個数が増える。有効表面積は225%増、ダイの数は最大240%増となる。 Fab 36のダイ生産能力をこの法則に従って200mmウェハ換算にすると、計算上は45,000~48,000ウェハ/月分の製造能力となる。Fab 30と比較すると、300mm化によって製造量が50%増える計算になる。この比率はIntelの300mm化の試算とも合致しており、一般的だと見られる。ただし、Fab 30がそうであったように、Fab 36も段階的に製造能力を拡張して行くと見られる。Fab 36の製造能力をピークに持って行くまでには数年かけると予想される。 AMDは製造量の多いFab 36へと切り替えることで実質的にウェハの製造キャパシティを広げる。AMDはしばらくはFab 36とFab 30の両Fabでの製造をオーバーラップさせるため、AMDの製造ラインは一時的に増える。しかし、AMDは、これまでの主力だったFab 30の方は、第1線のCPU向けFabからは徐々に外してゆくと見られる。それがわかるのは、CPUアウトプットだ。両Fabがピーク生産量に達すると、現在のダイサイズでのCPUの製造個数は、AMD単体だけで単純計算で1億1,500万個になってしまう。Fab 30をフェイドアウトさせるのでなければ、数字が合わない。 AMDは、従来の例では、CPU製造で減価償却が進んだ先端ロジックFabを、フラッシュメモリFabに転用している。2000年まで主力だったFab 25は、2002年からSpansionでのフラッシュ製造に転用され、現在は110nmプロセスで製造している。 しかし、CPUがFab 36だけの製造になったとしても、300mmウェハの膨大な製造キャパシティのため、AMDのCPUアウトプットは増大する。2008年になると、Fab 36だけの製造量でも、“Executing for Maximum Advantage”のチャートにあるようなCPU製造量に到達すると推定される。おそらく、AMDはCPUのダイサイズも若干縮小することで、AMD Fabで2008年に約7,900万個のCPUのアウトプットを可能にすると推定される。 ●CPUのダイサイズの変化でチップ個数が変わる 1枚のウェハから採れるCPUの個数は、CPUのダイサイズで決まる。 Fab 30が90nmプロセスで、ピークで約4,600万個のCPUを製造できるとすると、1枚のウェハ当たり128個のCPUが採れる計算になる。ダイアウトプットはAMDの言うようにCPU個数の5%増と計算すると134個、製品ミックスの中の大型ダイは歩留まりが悪いことも加味して15%増と計算しても147個。 200mmウェハで採れるダイ数は、CPUのダイサイズが約200平方mmだと120個弱、ダイサイズが140平方mmだと約190個、ダイサイズが100平方mm程度だと約280個。現在のAMD K8のダイは1MB L2キャッシュのシングルコアが106平方mm、デュアルコア(1MB×2)が194平方mm(ISSCC 06での数値)。このほか、より小さな512KB L2キャッシュ系がある。製品ミックスは、かなりデュアルコアに寄っているが、シングルコアも相当数混じったものだと推定される。 AMDがCPUのダイサイズを保つか、それとも縮小するかによってAMDのCPU製造計画の数値の内容は変わる。65nmプロセスへの移行によってダイが小型化するなら、同じウェハ枚数でもダイアウトプットが増えて製造できるCPU個数も増える。 しかし、ダイサイズを保って、デュアルコア化や大容量キャッシュ化、コアの拡張などを行なうと、CPU個数は増えない。AMDの過去のAnalyst Dayを見ると、AMDはプロセスの微細化でCPUのダイが縮小する場合のケースを最大生産量の根拠として示すことが多い。 もし、Fab 36が2008年に65nmプロセスでピークの生産量に達するとしたら、200mmウェハ換算で45,000~48,000ウェハ分/月の製造能力となる。約7,900万個のCPUのアウトプットとなると、200mm換算で1ウェハ当たり145個のCPUが採れる。2005年のFab 30の128個/ウェハから、13%ほど増えるわけだ。AMDが予想するCPUダイの平均サイズも同様に90%程度に減ると考えられる。 AMD CPUのダイサイズが微減するのは自然だ。それは抜本的な新設計のCPUコアの投入がないからだ。同じCPU設計なら、微細化によってダイサイズは原理的に50%になる。原理的には、全CPUをデュアルコアにしても、同程度の生産量を保てることになる。CPUコアのアーキテクチャを一新して、より大型ダイのCPUを投入すれば別だが、そうした動きは少なくとも2008年前半まではない。 AMDの現在の計画では、2008年前半まではまだK8系の拡張CPUコアが主流のままだ。Rev. Gでコアが若干拡張はされ、さらにRev. Gコアに新インターフェイスを加えたバージョンも2007年末から2008年頭までに出る。また、クアッドコアの「Greyhound(グレイハウンド)」系も登場する。しかし、基本のコアアーキテクチャはK8のままであり、そのため、AMDはCPUの平均ダイサイズを縮小できる。
こうして見ると、AMDは、300mmウェハの新Fabを建造したことで、膨大な製造キャパシティを手に入れたことがわかる。AMDとしては、CPU当たりのコストを下げることができる300mmウェハに移行する以外の道はなかった。賭け金は25億ドルと大きいが、見返りも大きいギャンブルに乗り出したわけだ。 ●Intelに対する提訴と深く絡む製造キャパシティ増強 2005年6月27日、AMD(及びAMD International Sales & Service)は、米デラウェア連邦地方裁判所に、Intel(及びインテル株式会社)に対する反トラスト法(Sherman Act)違反の訴状を提出した。Sherman Actは、日本の独占禁止法に相当する法律で、それに違反しているとして、日米のIntelを訴えたわけだ。 この訴状の中でAMDは、市場シェアと製造キャパシティの不利が、AMDにとって競争上、極めて不利に働いていると訴えている。簡単に言うとAMDの訴えている背景の構図は、下のようになる。 Intelが市場で支配的シェアを占める AMDは、まず、IntelがCPU市場における独占的な立場を利用して、違法な方法で独占を維持しようと図ったとAMDは主張している。訴状によると、Intelの市場シェアはユニット数で約80%、売上げで約90%を占める(2004年まで)。Intelのシェアが大きいため、PCメーカーはAMD CPUだけでは自社製品を構成できない。Intelからも、必ずCPUを購入しなければならないため、Intelの意向を無視することができない。 AMDの主張では、Intelが市場支配力を利用して、顧客がAMD製品をあまり多く採用しないように、違法性のある圧力をPCメーカーにかけているという。AMDは、こうしたIntelの行為によって、顧客がAMD製品を一定以上採用できず、AMDは市場シェアを一定以上に伸ばすことができないと指摘する。そのため、AMDのシェアは小さく留まり、Intelに対抗できるだけの最低限の規模に達しない。AMDが小さいため、製造キャパシティも限られ、顧客はIntelへの依存から抜けられない。結果、Intelは顧客に対する影響力を保持し続けることができるというわけだ。 AMDの主張の通りだとすると、構図はスパイラルになっていてAMDはIntelに永遠に対抗できないことになる。AMDがそう考えているとするなら、この状況を打破するためには2つのコトが必要だと判断したのは必然だ。それは、(1)Intelの顧客に対する不当な圧力を抑制するための提訴と、(2)Intelに対抗できるだけの製造キャパシティの確保だ。 AMDの提訴内容を見る限り、AMDはこの2つを両輪と考えていると思われる。つまり、製造キャパシティを増やしてシェアの拡大を可能にする、その一方で裁判を起こしてIntelの顧客に対する不当な圧力を排除する。AMDの訴状の論からすると、この2つが揃わないと、AMDは現在のスパイラルを断ち切れないことになる。つまり、AMDの製造キャパシティ倍増と、Intelに対する提訴はセットになっているわけだ。 ●市場シェアの不利がAMDの利幅と投資を圧迫する AMDが訴えるのは、市場シェアが小さいことで、Intelより売上げが小さくなるだけでなく、利幅も大きく削られることだ。その例として、AMDは、訴状の中で、Intelが巧妙なリベートを行なっているとしている。これは「排他的リベート(Exclusionary Rebates)」と呼んでいるもので次のような仕組みだ。 ある顧客が単価100ドルのCPUを合計千個購入する製品計画を立てたとする。Intelは、従来モデルの実績から、そのうち最低600個はIntel CPUを購入すると予測ができる。顧客は、最大400個をAMDから購入する可能性があるわけだ。 AMDによると、その場合、Intelが、例えば、同社のCPUを合計900個買えば、全部のCPUに対して10%の割引をリベートとして提供するともちかけるという。その場合、900個のCPUが10ドル引きになるため、顧客はAMDから400個のCPUを購入した場合よりも、9千ドルを節約できる。顧客がこの取引に応じた場合、AMDからの購入分は最大で100個、10%へと減ってしまう。 AMDがIntelのこの排他的リベートに対抗しようとするとどうなるか。顧客が9千ドルの節約ができるようにしようとすると、AMDは300個のCPUを70ドルに値引かなければならなくなる。つまり、400個のCPUを平均77.5ドルで売らなければならない。Intelより大幅に値引きしないと対抗できないわけだ。つまり、AMDは利幅を維持してシェアを大きく落とすか、シェアを維持して利幅を大きく削るかの選択を迫られる。どちらへ転んでも、AMDの売上げは削がれ、Intelより利幅または売上げが圧縮される。
Intelがこうした取引を持ちかけることができるのは、顧客側がIntel CPUを一定量以上購入する必要があるからだ。その理由は、AMDだけで顧客のニーズをまかなうことができないことにある。 以上はAMDの訴状にあった内容をベースにしており、実際にこういう行為があったかどうか、またそれが違法性を持つかどうかは確認できない。ただし、明瞭なこともある。それは、AMDが物理的に市場シェアを伸ばすことができなければ、Intelはさまざまな戦術が取れるということだ。指摘されたような排他的なリベートに限らない。顧客がIntelから離れられない以上、Intelは合法的な手段でも、AMDに対抗しやすい。 つまり、原理的に言えばIntelは市場シェアによって、AMDより高利幅を維持することが可能だ。そのため、AMDの利益は圧縮され、製造キャパシティへの投資も困難になる。 AMDがこのアリ地獄から抜け出すためには、製造キャパシティへの思い切った投資が必要となる。そして、製造キャパシティを広げた時に、それに見合った市場シェアを取りやすいように、Intelからの圧力をできるだけ削ぐ必要がある。AMDの提訴が、この時期に行なわれた理由は、このあたりにありそうだ。 AMDの製造キャパシティ戦略を見ると、同社のIntelに対する提訴戦略が密接に絡むことがわかる。AMDにとっての最大の賭けは、これから始まる。 □関連記事 (2006年4月28日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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