笠原一輝のユビキタス情報局

NEC「VersaPro UltraLite/LaVie J」開発者インタビュー
~設計も生産も国産だった超軽量ノートPC



 NECから12月5日に発表された「VersaPro UltraLite」、および12月19日に発表された「LaVie J」は、1kgを切る軽量を実現した12.1型液晶を搭載したモバイルPCで、大きな注目を集めている。

 今回は、VersaPro UltraLiteおよびLaVie J(以下、「VersaPro UltraLite」で代表させる)の設計/開発にあたったNECパーソナルプロダクツの米沢工場で、本機の開発コンセプトと生産に至る経緯についてお話を伺った。

12月にNECが発表したモバイルノートPC「VersaPro UltraLite」(左)、「LaVie J」(右)

●“亀山産”や“稲沢産”の言葉が象徴する、日本のモノ作り空洞化

 ちょっと、今回の話題からははずれるのだが、最近、大型家電量販店の店頭で驚くべきものを見た。それは、ソニーの液晶テレビBRAVIAに“稲沢産”なる掲示が貼られていたことだ。つまり、愛知県にあるソニーの稲沢工場で作っているということを訴えているのだ。ご承知のように、ソニーのパネルそのものはサムスンとの合弁企業で作っている。最終組み立てを稲沢工場で行なっているということらしい。シャープがパネルの“亀山産”を訴えて成功したことを受けてのことなのだろうが、日本の製造業の製造拠点が海外に移行した現状では、「国産」が希少となり、価値が上がったということなのだろう。

 最終組み立てを日本でやっているのを“~産”と言ってよいなら、実のところ日本の大手PCベンダのPCもほとんどの製品は“~産”を名乗れることになる。日本の大手PCベンダも、マザーボードやHDD、CPUといったコンポーネントこそ海外で製造したり調達したりしているものだが、組み立てそのものは日本で行なっているからだ。日本を代表するPCベンダであるNECもその1つで、NECの国内向けPCの生産は、すべて山形県の米沢工場で行なっている。

 だが、そうしたNECでも多くの製品は海外メーカーのODM(Original Design Manufactured)と呼ばれる製造方法がとられている。具体的にはPCの設計を海外のベンダに委託し、それを日本の市場に合致するように日本のエンジニアが手を入れて最終製品にするという手法だ。

 確かにデスクトップPCやフルサイズのノートPCなど、ほとんどのコンポーネントが標準化されている製品の場合、この方法はかなり合理的な方式だ。台湾や中国のベンダは、PCを低コストで設計することに長けており、それに日本側のエンジニアが日本市場に合うように手を入れることで、日本市場に適した製品をユーザーに安価に届けることができる。現在は、ほとんどの日本のPCベンダがそうした手法をとっている。

 しかし、この手法には弊害もある。1つには日本における技術の空洞化が挙げられる。確かに日本のエンジニアは、中国や台湾に出かけてODMベンダの指導などに当たるものの、実際の設計などはODMベンダが行なうため、日本側にPC設計の技術が蓄積されない。あるPCベンダの関係者と話しているときに、「ODMばっかりやっていると、やっぱりエンジニアは腐りますよ」というお話を伺ったことがある。それはそうだと思う。やっぱりエンジニアなら、自分の腕で最初から最後まで製品を作ってみたい、と思うものだからだ。

 だが、今の世の中で求められているのは、そこそこ良くて安価な製品だ。だから、どこのベンダもODMに頼ることになる、それが現実だ。

●“自分たちで1から作ってみたい”というエンジニアとしての本音

 しかし、まだまだ日本の開発が死んでいないジャンルがある。それが今回の「VersaPro UltraLite」が属する超小型のモバイルPCだ。確かに他社の例を見ても、超小型のモバイルPCに関しては、ODMではなく日本の国内で設計から製造までというのがほとんどだ。

 では、なぜ超小型のモバイルPCは台湾や中国では設計できないのだろうか。それを知るためには、現在PCの設計がどのように行なわれているかを知る必要がある。

 現在PCの設計は、ほとんどのベンダで、コンポーネントベンダ(CPUでいえばIntelやAMD、GPUならNVIDIAやATI)がOEMベンダに対して提供するデータシート(仕様書)とデザインガイド(推奨される設計仕様)を利用して行なわれている。特にデザインガイドには、例えば基板を設計する上で必要な電源回路の設計方法や配線の引き方などが細かく説明されており、ある程度の知識を持ったエンジニアであれば、電源回路や基板を作ることは難しいことではない。

 つまり、そこにはエンジニアの独自のノウハウなどはあまり必要ないということでもあり、重要なのはそのデザインガイドを元に、いかにコストをかけずに安価に設計できるか、ということにある。中国や台湾のベンダの場合、このデザインガイドを元に安価に設計するということに長けているため、どうしてもPCの設計/製造は台湾や中国で、という流れになってしまうのだ。

NEC パーソナルプロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任 梅津正和氏

 だが、超小型のモバイルPCはそうではない。「もともとコンポーネントベンダのデザインガイドは、言ってみれば誰でも作れるようにかなり余裕がある設計がされている。そこをいかに見切ってマージンを削り取っていくか、そこがエンジニアとしての腕の見せ所になる」と、NECパーソナルプロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任の梅津正和氏は、モバイルPCの設計はコンポーネントベンダのデザインガイドに基づくことが基本だが、小型化は困難と指摘する。と指摘する。

 実は、NECでも過去数年間は、ノートPCも含めてほとんどの製品がODMベースだった。「もちろん完全に向こうに任せきりというわけではなく、我々の側からODMベンダのところに出かけていって一緒に設計している。だが、エンジニアの本音としては、自分たちで1からやりたいという思いはずっと持っていた」(梅津氏)との通り、やはりエンジニアとしてはODMよりは日本側で0から設計したい、という意向は持ち続けていた。

 実際、梅津氏らは、数年前にその思いを形にしたことがあるという。それが、NECが2003年の6月に、公開したマイクロPCの試作機だ。実は、このマイクロPCを作っていたのは梅津氏の開発チームで、それらで技術力を磨くことで、エンジニアとしての“勘”を失わないようにしてきたという。

 また、2004年のWPC EXPOに出展したNECの燃料電池PCに関しても、梅津氏のチームで基板を起こし、そこで積んだノウハウなども今回の製品に生かされている。「この当時、1から基板を起こすのも久しぶりだったので、1つ1つプロセスを思い出しながら設計した。よいリハビリになったし、我々だってやれる、という思いを強く持った」(梅津氏)と、これで自信を得たことが、今回の製品につながったのだ。

2003年に参考展示された「マイクロPC」とその基板 2004年にWPC EXPOで参考展示された燃料電池搭載機

 今回のは昨年の末にはプロジェクトとして立ち上がり、実に1年間かけて開発が進められてきたという。米沢における開発コードネーム“LU1”。このLUとは“Large Umedu”の略だ。開発部門には“梅津”さんが3人おり、それぞれ“大梅津”、“中梅津”、“小梅津”というニックネームで呼ばれている。今回は“大梅津”氏がリーダーということで、LUというコードネームが採用されたということだ。

●バランスだけじゃない、何か1番になっている製品が欲しいという市場の変化

 だが、いくら開発陣の側がやろうと思ったとしても、マーケットがそれを求めていなければ、製品として世の中に送り出すことはできない。だが、米沢の開発チームにとって運のよかったことに、マーケティング担当者の側も、そうした製品が必要だと考えている時期だったのだ。

 「企業向けPCのマーケットでは、モバイルPCのシェアは20%程度ある。かつ企業向け製品は、定期的にリフレッシュしていただけるお客様が多く、確実な需要が見込める。弊社もこれまで1スピンドルのB5ノートPCを出してきたが、これまでは重量、バッテリ駆動時間、操作性という3つのベクトルのすべてのバランスを重視してきたため、尖った製品にはなっていなかった。だが、最近の市場では松下電器のLet'snoteシリーズのように軽量を前面に押し出した製品などが注目されることが多く、NECとしても1番を実現した製品に取り組みたいと考えていた」と、NECパートナービジネス営業事業本部 ビジネスPC事業部 マーケティンググループ マネージャの臼井裕司氏は、マーケットニーズの変化に合わせて尖った製品を出していく必要性を認識していたと説明する。

 確かに、NECのPCは、バランスに優れたという印象の製品が多い。逆に言えばどこかが突き抜けたという印象の製品が少ないというのも事実だ。そこは、さまざまなニーズに応えていかなければならない総合PCメーカーとしてのジレンマとも言える。

 それでは、なぜ今回はそうした尖った製品を出すことにしたのだろうか。実は、そこには企業向けモバイルPCに求められるニーズの変化がある。「最近の傾向として、特に大口のお客様の中にはスペックで製品を決められる傾向がある。そうした中で、やはり何か突き抜けた製品が無ければこの市場を取れないのではないかと考えていた。そうした時に、米沢の方でこれまでにはないモバイルPCを作りたいというプロジェクトが動き出していることを知り、マーケティングの側としても、そこに踏み込まなければならないと決断した」と、本製品の製品企画を担当したNECパーソナルプロダクツ PC事業本部 企業PC事業部 商品企画部 迫芳和氏は語る。

 このように、マーケット側の事情、そして開発側の熱意、それぞれが一体になった結果として、本製品のプロジェクトにゴーサインが出たのだった。

NECパートナービジネス営業事業本部 ビジネスPC事業部 マーケティンググループ マネージャ 臼井裕司氏 NECパーソナルプロダクツ PC事業本部 企業PC事業部 商品企画部 迫芳和氏
 

●ビルドアップ基板を利用することで超小型基板を作成可能に

 本製品の特色は、やはり軽く、バッテリ駆動時間が長く、かつ堅牢、という3つだ。(詳しくは12月5日付けのレビュー記事を参照していただきたい)。

 「軽量、バッテリ駆動時間、堅牢、どのテーマも販売側からすると譲れないテーマではある。ただ、やはり今回は尖った製品ということが開発のテーマになっていたので、軽量とバッテリ駆動時間に関しては特にこだわってもらった」(迫氏)と、その中でもやはり注目が集まりやすい重量とバッテリ駆動時間に関しては特に重視された設計が行なわれているという。

NEC プロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任 遠藤義彦氏

 「今回の製品で重量に最もインパクトを与えた部分はやはり基板を最小限に小さくできたことだ」とNEC パーソナルプロダクツ PC事業本部 開発生産事業部 モバイル商品開発部 主任の遠藤義彦氏は説明する。確かに、本製品の基板、いわゆるマザーボードは元々小さなボディのさらに半分程度のフットプリントしか利用していない。写真で見てもわかるように、チップセットやCPUの大きさが目立つほどの小型の基板になっている。

 「基板を最小限にできたのは2段ビルドアップ基板を採用し、表面に実装できるコンポーネントをできるだけ増やしたことと、電源回路を最小にできたことが大きい」(梅津氏)と言う。

 ビルドアップ基板というのは、中央にある基板の層の両面に新しい層を積層して作る基板のことを指しており、本製品では中央の4層の両面に2層を積層する方式が採用されている。ビルドアップ基板のメリットは、ビアと呼ばれる穴を、貫通させないで済むことだ。通常、多層プリント配線基板の層間には、電気信号をやりとりするための通し穴であるビアを作っておく必要がある。しかし、ビアをあけると、基板上に穴ができてしまうため、基板の表面に実装できるコンポーネントに利用できる実装面積が減ってしまう。そこで、本製品では、基板の内部の層にできるだけビアをつくり、その上に基板層を積層することで、表面のコンポーネントの実装面積を稼いでいるのだ。

VersaPro UltraLiteのキーボードを開けたところ。基板は本体の左半分にしか入っていないことがわかる 右手前の空いているところには指紋認証モジュールが入っている。HDDは1.8インチだが、指紋認証モジュールをはずせば2.5インチHDDを選ぶこともできる キーボードの裏側。左下に見えるのが指紋認証モジュール
VersaPro UltraLiteの基板(表)。マザーボードは非常に小型になっているので、CPU(左上)やノースブリッジなどが非常に大きく見える VersaPro UltraLiteの基板(裏)。メモリモジュールやサウスブリッジなどがある 以前のモデルとの基板の比較。いかに本製品の基板が小さくなっているかがよくわかる

●新技術“プロードライザ”の採用により小型、効率化が果たされた電源回路

 そしてもう1つのポイントが電源回路の小型化だ。現代のノートPCの基板を作る上で、電源回路の設計はいろいろな意味でキーになっている。電源回路とは、ACアダプタやバッテリから供給される電力を、CPUやチップセットなどのコンポーネントが必要とする電圧に変換して供給する回路のことを指しており、この電源回路のできによっては基板の大きさが違ってくるし、バッテリ駆動時間に大きな影響を与える平均消費電力にもインパクトがある。実際、NECに限らずIntelがPentium Mを導入して以降、電源回路にはどのPCベンダも力を入れている。

NECトーキン製のプロードライザ(右上のチップ)。複数のコンデンサを1つにまとめることができた

 今回、NECは電源基板の設計にあたり、“プロードライザ”と呼ばれる新しい技術を導入している。これは、NECの関連会社であるNECトーキン製の新デバイスで、簡単に言ってしまえばこれまで基板上に複数存在していたコンデンサを1つのデバイスにまとめてしまうことで、基板上の実装面積を稼ぐという技術だ。

 「プロードライザを導入することで、コンデンサに必要とする実装面積を減らし、重量も減らすことができた。さらに電気的な効率も改善することが可能になった」(梅津氏)との通り、消費電力の低減にも貢献としているという。

 なお、本製品では徹底的にバッテリ駆動時間にもこだわっており、それが理由でチップセットにはIntel 855GMEを採用している。「消費電力という観点で見た場合、Intel 915ファミリーよりもIntel 855の方が有利だと考えた。また、企業ユーザーの場合、むしろ新しいチップセットを敬遠するという傾向もあるので、Intel 855GMEを選択した」(梅津氏)。

 Intel 915ファミリーには、Intel 915GMSという小型のパッケージが用意されており、本製品のような小型のモバイルPCにも恩恵はあるのだが、チップセットそのものの平均消費電力が上がってしまうことはよく知られている。さらに、本製品では「DDR333とDDR266で性能と消費電力を比較した場合、効率という観点で考えるとDDR266に分があると判断した」(梅津氏)との通り、メモリにはIntel 855GMEでサポートされている333MHzのメモリクロックから1段階落とした266MHzのDDR266が採用されている。そうした細かなところまで徹底的にこだわって見せたのも、とにかくやはり軽量とバッテリ駆動時間で1番になりたい、という思いがあったからなのだ。

●日本でなくては作れなかった0.5mm厚マグネシウムボディ

 そして本製品で米沢の開発陣がこだわったもう1つのポイントが堅牢性というポイントだ。NECによれば、面加圧試験で、150kgfの圧力にも耐えたという堅牢性を誇っている。ライバル製品となる松下電器の「Let'snote T4」の耐圧が100kgfなので、実に1.5倍もの加重に耐えることができることになる。

 やはり、最初は“Let'snoteに似てないですか?”という質問から入ったのだが、2人のエンジニアは嫌な顔もせずに、まじめに答えてくれた。「確かに結果的に似てしまったところはある。しかし、弊社でもさまざまな形を評価した結果、理にかなったものがこれだったということ」(遠藤氏)との通り、実際NECでもさまざまな形を評価していったという。

 実際、この製品では1年の開発期間をかけたということだが、そのうち3カ月を軽量化と耐荷重の解析に費やし、実際十数通りのアイディアをさんざん解析した結果、現在の車のボンネットのようなデザインに行きついたとのこと。解析では、30mmの円柱を利用して25kgfの点加重を9カ所に5秒間かけたり、150kgfで面加重をかけたりなどを繰り返しながら、テストをしたという。

 また、ボディの方もマグネシウムを使いながら肉厚が0.5mmしかないという薄型のシャシーを採用している。「マグネシウムで肉厚が0.5mmという成形は日本国内でないとできない。この製品の開発途中からメーカーに入ってもらい、一緒に開発してきた」(遠藤氏)との通り、ボディに関しても“日本の技術”が活用されている。もちろん、プラスチックで作る場合に比べてコストアップになってしまう技術だが、今回は製品のコンセプトとして“耐荷重”も重視してきたので、そのあたりは他の部分でコストダウンすることで、なんとか実現することができたという。

液晶部分のボディ。車のボンネットのような構造になっており、衝撃を吸収する構造になっている 本体のボディ。肉厚はわずか0.5mmになっており、マグネシウムを採用することで耐衝撃性が向上している

●“日本でしか作れない製品”をユーザーはどう評価するのか

 「久しぶりに日本の国内で研究開発から起こした製品ということもあり、決して簡単な道のりではなかった。しかし、社内にも日本でPC作ろうよ、という訴えかけに対して理解を示してくれる人は多かった」(梅津氏)との言葉の通り、他のPCベンダも含めエンジニアの多くはこうした思いを持っている。

 だが、大多数のユーザーが“そこそこ良くて安価な製品”を求めている現状の中で、開発費がかかる日本でこうした製品を設計するというのは、会社の経営の観点から見て難しくなってきているのも事実だ。それは、そうした製品を選択してきた我々ユーザーにも一端の責任がないとはいえない。

 本機のような製品を、筆者としては評価したいし、それが次につながれば、我々が欲しいと思い続けているような、さらに軽量で、さらに頑丈で、さらにバッテリが持つ製品も、いつかは実現可能になるはずだ。そうした観点で、ノートPCを見てみると、これまでとは違った何かが見えてくるのではないだろうか。

□関連記事
【12月19日】NEC、重量約1kgのモバイルノート「LaVie J」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1219/nec6.htm
【12月5日】NEC、1kgを切るモバイルノート「VersaPro UltraLite」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1205/nec.htm
【12月5日】【Hothot】NECのLet'snote対抗モバイルノート「VersaPro UltraLite」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1205/hotrev279.htm

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(2005年12月28日)

[Reported by 笠原一輝]


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