●SCEを牽制するニンテンドーDSの価格発表
ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)の次世代携帯ゲーム機「PSP」が現在抱える最大の問題のひとつは価格だ。 PSPに一体いくらの値札をつけて市場に投入するつもりなのか、SCEはまだ明らかにしていない。というより、現状では明らかにできないのかもしれない。任天堂の果敢な攻撃を受けているからだ。 任天堂もSCEも、PSPとDSは競合しないと言っている。実際にマシンの性格や機能は大きく異なるが、ゲーム機としての初期ターゲット層はかなり重なっている。そして、発表当初のハードの勢いは、その後のソフトウェアタイトルの勢いに影響してしまう。そのため、発売時の価格の競争力は、両ゲーム機にとって非常に重要となる。 そして、任天堂は、SCEがPSPの価格を発表するかもしれないと噂されていた9月21日、わざわざSCEの記者会見の直前に次世代携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」の価格をWeb上で発表した。どう考えても、PSPを意識したとしか見えない、挑戦的な行動だ。もし、SCEが本当にPSP価格の発表を予定していたとしても、これでその予定は吹っ飛んでしまった。ニンテンドーDSの価格が、攻撃的だったからだ。 発表されたニンテンドーDSの15,000円という価格は、想定の下限に近い。もともと、DSの価格設定では、少なくとも2万円を超える設定はありえなかった。伝統的な任天堂のターゲットを考えても、携帯型のゲーム機で2万円台はつけにくい。しかし、1万円台前半に持って来る必要もなかった。 現状では、ゲームキューブが定価14,000円で、ゲームボーイアドバンスSPが定価9,800円。任天堂が第3のプラットフォームとしてバリューを持たせたDSは、その上の価格帯からスタートしても、一定量は十分売れるだろう。問題は、14,000円~20,000円までのどのレンジが適切かという判断になる。おそらく、19,800円は高すぎるため、14,900円~16,900円あたりが想定レンジになる。そう考えると、15,000円は慎重な任天堂ができる最大限のロープライスということになりそうだ。
ある業界関係者は、任天堂がDSに15,000円という価格をつけたのは、PSPに29,800円という価格設定をできないようにするためだと指摘する。もし、SCEがPSPを29,800円で発売すれば、PSP1台でDSが2台買える計算になってしまうからだ。「1台で2台分の価格差はどう考えても苦しい」とあるゲーム業界関係者は言う。 ●PSPの価格に対する期待のブレ もともと、PSPの期待価格については、意見のブレが大きかった。今春のE3でのPSPのお披露目時点で、あるゲーム開発者から「米国のあるゲームパブリッシャは、199ドル以下の価格でなければPSPは成功しないと圧力をかけている」と聞いた。ところが、別な業界関係者からは「流通側はPSPの実物を見て、これなら従来の携帯ゲーム機より高くても十分売れると言っている」という声も聞いた。これはごく一部の聞き取りなので、関連業界全体の意向はわからないが、期待価格にブレがあったことだけは確かだ。 しかし、これはPSPの性格を考えると納得ができる。PSPには2つの顔があるからだ。 まず、PSPをゲーム機として考えた場合、ゲーム業界側から見れば価格は低くなければタイトルをリリースしたくはない。ゲーム機が安くて台数が普及しないと、その上のタイトルも本数が出ないからだ。特に米国では携帯ゲーム機はこれまで大人に普及していないため、200ドル以上の価格は考えにくい。 一方、家電/PC系の世界から見れば、例え200~300ドル台でもPSPは十分安く映る。それは、PSPを単なるゲーム機ではなく、マルチメディアプレーヤとしてとらえるからだ。例えば、ポータブルHDDビデオプレーヤが、現在日本で5万円台から、米国で499ドルから。そうすると、PSPがビデオプレーヤとして29,800円程度で隣に並ぶなら、割安感があるというわけだ。 しかし、今回の東京ゲームショウで、SCEはPSPをゲーム機としてだけアピール。マルチメディアプレーヤという側面は一切出さなかった。これは、ゲームショウという状況からすれば当然かもしれないが、実際、PSPは出だしは“ゲームオンリー機”としてスタートする。PSPのディスクであるUMDでの映像コンテンツの供給は、PSPの立ち上げよりも後ろへずれる見込みだ。つまり、出だしのPSPは、マルチメディアプレーヤではない、片肺での離陸ということになる。 映像コンテンツは、ソニーグループ傘下のソニー・ピクチャーズエンタテインメントの抱える映画などをUMDでリリースする手はあるはずだが、今のところその気配はない。「(映画コンテンツの提供は)業界全体の合意を得てからにする。見切り発車はしたくない」と久夛良木健氏(ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼グループCEO)はその理由を説明する。 ●PSPのコストは300ドルを超える? こうした状況にあるため、PSPの価格設定は非常に難しい。おそらく、SCEのマーケティング部門は、DSの価格発表を受けて、PSPがいくらならユーザーが購入するか、市場調査を緊急に行なっているはずだ。 いずれにせよSCEが選択できる価格の幅はそう広くはない。29,800円といった高めの設定にすると、対DSではかなり不利になる。しかし、「SCEはPSPを24,800円より下にはできないはず。そうしたら、出荷計画などがすべて仕切直しになってしまう」とある業界関係者は指摘する。下げるにしても限界があるわけだ。とはいえ、SCEが戦略的に攻撃的な価格設定をする可能性は十分にある。例えば、SCEが19,800円とつければ、任天堂はかなり苦しい立場に追い込まれそうだ。しかし、SCEもその分、無理をしなければならないため、そこまで踏み切るかどうかはわからない。 そもそも、なぜSCEはPSPにDSより高い価格をつける必要があるのか。それはコストのためだ。ある業界関係者は「PSPのコストを試算したが、300ドルを大きく超えるはずだ」という。つまり、2万円台なら大きく原価割れをするはずという指摘だ。確かに、PSPは、ゲーム機としての機能だけでなく、メディアプレーヤとしての機能を取り込んだパワフルなチップを搭載し、新規格のディスクUMDのドライブを載せる。それだけを見ても、高コストだ。 しかし、SCEはハードでも利益を出す=赤字を出さないことを絶対条件にしている。どうやってハードで黒字にするのだろう。 PCや家電では、価格とコストはリニアに連動する。例えば、新ハードで各部品のコストがまだ高い場合には、製品のシステム価格もぐっと高くなる。それがハードの普及とともに、部品のコストが量産効果で下がって、システム価格もどんどん下がるのが家電やPCの世界の価格構造だ。 しかし、ゲーム機の場合は自社でしかハードを提供しないため、価格設定はもっと柔軟にできる。ゲーム機ハードで採算割れしないようにするために、そのハードのライフサイクル全体でのコストを考えて価格を設定することができる。例えば、SCEは、90nmプロセス版のPSP世代で、最終的にコスト割れしないような価格に最初から設定することもできる。 ただし、実際にはPSPのコスト試算はもっとややこしい。というのはPSPの場合、SCEやソニーグループでの内製部品が多いからだ。特に、チップが自社開発&自社製造である意味は大きい。 ●自社Fabの強みを活かせるPSP チップの規模をトランジスタ数で比較するなら、PSPの方がDSよりはるかに多いはずだ。ダイサイズ(半導体本体の面積)も、PSPの方がずっと大きいだろう。そのため、単純計算でのチップコストはPSPの方がかかる。実際、PSP登場時のチップの製造コスト自体は、DSチップより高いだろう。 しかし、PSPチップはSCEの自社製造であるため長期的に見るとPSPの方が有利となる。まず、自社製造の場合には、原理的にはチップを作れば作るほど1個当たりのコストが下がる。製造に当たって一定の変動費はかかるものの、Fab(工場)自体の減価償却は進むからだ。 ちなみに、SCEのFab戦略は明快だ。膨大な数量が出るゲーム機向けに半導体Fabを建設し、高付加価値のゲーム機チップで減価償却を行なう。そして、減価償却後のFabは、ソニーグループ向けに他の半導体製品を低コストに作るように転換する。そうやって、PSPなどでFabの減価償却を行なうことで、ソニーグループ全体の半導体製品へのコストを押し下げる。 また、SCEのFab戦略の中で、PSPはリスク分散の役目も担っている。これまで、SCEはPlayStation 2という単一製品向けのチップでFabの減価償却を行なってきた。そのため、もしPS2が揺らぐと、Fabの製造能力(キャパシティ)が余ってしまい、減価償却が進まなくなるというリスクを負っていた。だが、今後はPS2/PSXチップ、PSPチップ、さらに複数種類のCellプロセッサと、多数の製品を平行して製造することで、リスクを分散できるようになる。 PSPチップのコストに話を戻すと、SCEは自社Fabのプロセス技術の微細化でもコストを下げられる。微細化して、ダイサイズが小さくなると、1枚のウェハーからより多くのチップが採れるようになるためだ。チップを内製しているPSPの場合は、そのコストダウンはダイレクトに効いてくる。 さらに、微細化が進めば、チップの統合化でチップ数を減らすことでコストをさらに下げられる。チップコストは、実際にはダイ(半導体本体)だけでなく、パッケージやテストでもかなりコストがかかるため、ワンチップ化のコスト削減効果は大きい。 ちなみに、PSPのメインチップは、当初は1チップの予定だったのが2チップに増えている。メインメモリにDDR SDRAMを外付けにしたからだ。外付けDRAMを使ったのは、メモリ量に対するソフトウェアメーカー側の要求に応えるための措置だろう。DRAMチップは、微細化しても価格が一定以下に下がらなくなるため、統合しないとコストダウンにならない。そのため、DRAMは将来的には、組み込みDRAM(eDRAM)として統合するのが確実だと推定される。SCEのFabはeDRAMプロセスで、将来的にもeDRAMで行くためDRAMの統合は視野に入っていると思われる。 ムーアの法則でチップコストを下げるPSP。それに対して、チップを外部から購入しているニンテンドーDSでは、微細化によるコストダウン効果は薄くなる。チップを売る側が、一定の価格を維持するためだ。Fabを持たない分、任天堂の方がずっとリスクは少ないが、PSPが順調に出るとSCEはFabのスケールメリットを活かせるようになる。その結果、PSPチップのダイの方がDSチップより大きいとしてもコスト差は徐々に縮まってしまう。 しかし、チップ以外の部分のコストとなると話は違ってくる。チップ以外でのコスト上の大きなポイントは、液晶とドライブだ。DSの液晶2枚と、PSPのUMDドライブ。どちらがコスト的に不利かという話になる。特に、メカ部品であるドライブは、半導体製品と違ってコストを一定以下に下げにくい。そのため、通常、ドライブの有無はコストに大きく響く。PSPは、どうしてもこの部分はDSに対して不利となる。 こうしてオーバーオールで見ると、PSPのコストは、自社Fabの強みを活かせるため、順調に出ればチップ部分は十分下げる余地がある。だが、自社Fabの減価償却を進めるためには、あまり安値はつけられない。さらに、DSに対して不利なドライブのコストがある。SCEとしても、PSPの価格設定は、かなり悩むところだろう。
□関連記事 (2004年9月28日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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