●SCEがPSPの浸透に強気である理由
3月22~26日に米サンノゼで開催されたGDC(Game Developers Conference)のキーノートスピーチで、Sony Computer Entertainment America(SCEA)はPSPの立ち上がりに関して非常に強気の予測を打ち出した。しかし、この予測は不思議ではない。予測が当たるかどうかではなく、SCEがこうした予測を立てること自体は、全く意外ではない。それには次のような理由がある。 (1)まず、PS2と異なり、PSPではチップの生産数量による制約が低い。PS2では、メインチップセット(Emotion Engine/Graphics Synthesizer)のダイサイズ(半導体本体の面積)が非常に大きかったために、製造量が限られていた。それに対して、モバイルを狙うPSPでは、低消費電力化のためにトランジスタ数をある程度は制約しなければならないため、ダイサイズも比較的小さくなると予想される。そうすると、同じウェハサイズであってもより多くのチップが採れるため、チップ製造面での制約は少ない。つまり、簡単に言えばPS2は物理的にこれ以上の急峻な立ち上げができなかったが、PSPでは物理的にはそれができるというわけだ。 (2)また、PS2と比べるとPSPは最初の売価が安くなると推定される。安いデバイスなら、原理的には市場での立ち上げの出足の速さは期待できる。 (3)そして、SCEのPSPに対する位置づけも爆発的な普及を必要としている。それはPSPが目指すのは携帯ゲーム機ではなく、オールラウンドな携帯メディアプレーヤーだからだ。SCEはPSPを“21世紀のウォークマン”と位置づける。ゲーム機並ではなく、ウォークマン並に普及するデバイスを目指すわけだ。 SCEはPSPを21世紀のウォークマンと位置づけ、またそれに見合った機能を搭載した。AVCベースの強力な動画再生機能やPS2以上のオーディオ機能を搭載し、ゲームも映像コンテンツも音楽も楽しめるようにした。スペックは、明確にゲーム機を超えた“マルチメディアプレーヤー”を指向している。SCEがこれを21世紀のウォークマンと呼ぶ理由もうなずける。 しかし、SCEはPSPをウォークマンになぞらえることで、掛金もつり上げてしまった。つまり、PSPは携帯ゲーム機として成功するだけでは、目標の半分しか達成したことにならない。映像コンテンツも含むメディアプレーヤーとして成功させて、初めて目標をクリアしたことになる。そうでなければ、せっかくPSPに用意した様々な仕掛けが無駄になってしまう。 (4)そして、21世紀のウォークマンと位置づけると、競争は非常に激しい。だから出足はできるだけ速く、一気にライバルを引き離す必要がある。 携帯ゲーム機というだけなら対任天堂だけを考えていればいいけど、もちろんSCEはそんな戦略は採らない。風呂敷はできるだけ大きく広げる会社だから、対抗するのは新世代携帯電話やポータブルビデオプレーヤーなど、様々な携帯デバイスとなる。 実際GDCのプレゼンでも、PSPを携帯デバイスのひとつとして位置づけ、この市場全体で現在14億ユニットの市場規模があると説明している。つまり、携帯電話、PDA、MP3プレーヤー、携帯CDプレーヤー、携帯ゲーム機で賑わう市場に切り込むというポジショニングだ。 長期的な視野に立つなら、今の携帯機器の市場は、そっくりそのまま潜在的なポータブルメディアプレーヤーの市場になりうる。つまり、10億台以上のメディアプレーヤーの普及の可能がある。もしPSPがそこを取れるなら、確かに21世紀のウォークマンと呼ぶにふさわしい。
しかし、10億ユニット規模の市場に浸透しようとしたら、当然1年以内に1000万台以上を普及されなければならない。1,400万台売れても、市場のたった1%に過ぎない。つまり、全ての携帯機器がPSPの潜在的なライバルと考えるなら、このレベルの立ち上げが必須になるわけだ。 ●2段階のハードルを抱えたPSP
PS2もトロイの木馬だったが、映像→ゲームという流れだった。すなわち、DVDも再生できることを売りに、ゲーマーでない人にもPS2本体を普及させる戦略だった。「PS2はDVDが再生できる→映画を観たいだけの人もDVDプレーヤー代わりにPS2を買う→DVD目的だったノンゲーマーもいつのまにかゲームをやるようになる」というスパイラルだ。 それに対してPSPはまずゲーム機として成功させ、そこに新フォーマットUMDに載せた映像コンテンツを普及させる。昨年のインタビューで、久夛良木健氏(ソニー副社長/ソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼CEO)は次のように語っている。 「単体の携帯ゲーム機として見ても、PSPはパートナーにとって魅力的なはずだ。だから、まずゲームで基本的なベースができると考えている。その上で、(コンテンツが)セキュアであることをきちんと説得できれば、映画にも広がる可能性が大きいと考えている」 これを、ユーザー側に立って図式にしてみると「PSPで高レベルの3Dゲームができる→ゲーマーが飛びつく→いつの間にかゲーマーがPSPで映像コンテンツも観るようになる→映像コンテンツが豊富に揃って、PSPがマルチメディアプレーヤーとして買われるようになる」となる。 同じように見えて、この二つの戦略の違いは大きい。PS2の場合は、もともとDVDというフォーマットが存在し、しかもそれが普及前夜だった。その上に載ってPS2は立ち上がって来たわけだ。
それに比べると、PSP戦略はよりハードルが高い。それは、まず、新プラットフォームでのゲームを成功させ、次に映像コンテンツに広げなければならないからだ。2段重ねで新コンテンツ/フォーマットを成功させなければならない。 ●PSPがメディアプレーヤーとして成功する鍵はDRM 今回のGDCでは、SCEAは開発キットとして昨年晩秋から提供しているPC上でのPSPエミュレータを紹介。それをベースにタイトル開発が進んでいることを明らかにした。つまり、第1段階のゲームコンテンツの開発が進んでいることを見せた。しかし、映像コンテンツについては、ゲームカンファレンスということもあって、何も明らかにされなかった。 では、映像などを扱うメディアプレーヤーとしてのPSPの成功の鍵となるのは何か。それはコンテンツ保護のための「Digital Rights Management (DRM)」技術、そしてそれに密接に絡む新しい光ディスク「UMD」だ。SCEグループはPSPでは徹底してDRMを重視する戦略を採っている。今回のGDCでは、その姿勢がますます鮮明になった。 まず重要なのは、UMDは読み出しオンリーのROMディスクしか提供されないことだ。「RAMも技術的にはやろうと思えばできるがやらない。コンテンツ供給者のためだ」と久夛良木氏は説明する。読み書きできるRAMディスクを提供しないことで、コンテンツの保護を目指す。 この方針はゲームパブリッシャ/デベロッパに対しても同様で、UMDライタは一切提供されない。つまりライタブルUMDは提供されない。ライタブルがあるとしても、どうやらSCEの内部だけに止めるという方針のようだ。UMDライタを外に出さないことで、徹底してコンテンツを保護しようという姿勢が改めて浮き彫りになった。 また、PSPはデータの暗号化についても、論理レイヤで極めて堅固な「AES(Advanced Encryption Standard)」を採用する。他にもセキュリティ技術をUMDの物理レイヤーに埋め込むという。「フィジカルレイヤ+ロジカルレイヤ(のセキュリティ)で、ハックするのが経済的に見合わないくらい厳重にしようと考えた」(久夛良木氏)という。 DRMが映像コンテンツの鍵になるのは、デジタル時代になりコンテンツの不正コピー防止が難しくなっているからだ。SCEは堅固なDRMをUMDによって提供することで、映像業界がUMDに魅力を感じて参入するように促そうとしている。 「(コンテンツが)セキュアであることをきちんと説得できれば、映画にも広がる可能性が大きいと考えている。コンテンツを作る側から見ると、今、DVDは頭打ちだ」、「そうすると、PSPへと広がる可能性が大きい」と昨年久夛良木氏は語っていた。おそらく、現在もこの路線はまだ維持されていると思われる。 ●ビジネスモデルが混在するビデオプレーヤー よく、ディスプレイデバイスを表現するのに10フィート対2フィートという言い方がある。視聴者からディスプレイまでの距離のことで、10フィートはリビングルームに据えるTVの世界、2フィートはデスクに置くPCの世界だ。そして、その意味では携帯デバイスは1フィートというまた別なカテゴリの世界となる。そして、1フィートのメディアプレーヤーは、今後最大の激戦区となりつつある。 例えば、ムービープレーヤーという意味ではMicrosoftの「Portable Media Center」も競合する。年内に登場するPortable Media Centerは、基本的には「Windows XP Media Center Edition」と接続して、録画したビデオを転送、モバイルでビデオを楽しむというコンセプトのマシンだ。だから、ビデオプレイという点ではPSPと競合する。また、この手のマシンは、すでにMicrosoftの仕様を待つことなくいくつか発売されている。 PSPとこうしたビデオプレーヤーの最大の違いは、モデルの違いだ。Portable Media Centerなどは、基本はTVなどからの録画データを転送する。つまり、“タイムシフト”を前提としている。TVが放送している番組を、時間をずらして観る(タイムシフト)ためのマシンだ。コンテンツビジネスも考えていると思われるが、主眼はタイムシフトモデルにある。 それに対してPSPは、このフォーマットの上でビデオコンテンツビジネスも成立させようとしている。少なくとも昨夏に久夛良木氏にインタビューした時点では「これ(PSP上のビデオ)はソフトビジネスで、タイムシフトビジネスではない。タイムシフトするなら、家の中でPSXとかホームサーバを使ってもらう」と語っていた。つまり、ビジネスモデルでは、大きな違いがあるわけだ。 もっとも、PSPもタイムシフト的な使い方を考慮していないわけではない。GDCでのプレゼンテーションでは、PCやPS2などからPSPへとコンテンツを転送するという図式も示された。久夛良木氏も、PSP上へビデオをチェックアウトして持ち出すという例は説明している。しかし、PSPの主眼はコンテンツビジネスにあるのも間違いないだろう。そのための、DRMなのだから。 PSPの強力なDRMは、マルチメディアプレーヤーへと展開する場合のPSPの最大の武器。コンテンツを保護する方策を示すことで、DRMへの懸念を抱く映像業界を巻き込もうとする。 というわけで、おおまかな区分けをすると次のようになる。世の中の流れが、やっぱりDRMで映像コンテンツはきっちり守ろうという方向へ向かうとPSPが有利になる。しかし、DRMはほどほどで構わないという方向へ向かうと、相対的にPSP以外の、タイムシフト系デバイスの方が有利になる。ここで皮肉なのは、タイムシフトという概念はもともとソニーが作り出したものであることだ。ソニーの産み出したアイデアが、PSPの障壁になるかもしれない。 はたしてPSPは、21世紀のウォークマンとなり、1フィートの世界を征することができるだろうか。 最後に、PSPのスケジュールをまとめておくと次のようになる。
□関連記事 (2004年4月5日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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