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新型PS2で明瞭になったSCEのネットワーク戦略転換




●新PS2でのHDDの不在が意味するのは?

新PlayStation 2を掲げる久夛良木社長

 ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCE)は、薄型の新PlayStation 2「SCPH-70000」の発表時に、既存のPS2用HDD(内蔵と外付け両方)が新PS2ではサポートされないことを明らかにした。

 「新しいPS2は、あまりに小さくなったのでHDDが中に入らない。(オンラインゲーム)タイトルを見ていると、今、HDDなしのタイトルが増えている。今の通信環境でどうしてもそうなる」とソニー・コンピュータエンタテインメント社長兼グループCEOの久夛良木健氏はその事情を説明する。

 つまり、通信インフラが発達したことで、ローカルのHDDがなくても問題がなくなりつつあるというのがSCEの認識だ。もし、将来、USB接続などのHDDユニットが登場することがあるとしても、現状ではHDDはサポートされない。そして、新型PS2で、HDDの内蔵を考慮しないデザインを取ったということは、もはやHDDを積極的に推進するというスタンスにはないことを意味している。

 SCE側も、この問題は突っ込まれたくはなかったようだ。新型PlayStation 2を発表した記者会見でも、HDDの非サポートについては、記者からの質問に答えて初めて明らかにした。企業が発表に臨むときには、一定のパターンがある。積極的に明かしたいメッセージはプレゼンテーションに盛り込む。逆に、突っ込まれたくないポイントは、プレゼンには意図的に盛り込まず、質問された時だけ答える。HDDについては、後者のパターンだった。

 SCEがこの問題についてセンシティブなのは、単に、「FINAL FANTASY XI」などの現行のHDD必須型オンラインゲームが、(少なくとも当面は)新PS2ではプレイできないという問題のためだけではないだろう。確かに、PS2のBB Unitは、まるでNintendo DDのように置き去りにされる可能性はあるが、問題の本質はそこにはない。

 より大きな視点から見れば、HDDの非サポートが、SCEのネットワーク戦略の転換を意味していることの方がずっと重要だ。SCEが掲げた、広汎なコンテンツのネットワーク配信を狙う「eDistribution」構想が後退しつつある。

 SCEは、ネットワークを単純にオンラインゲームのために使うのではなく、コンテンツ配信などさまざまな新サービスの提供に広げて行こうとしていた。最終的には、PS2を単なるゲーム機ではなく、配信される多様なコンテンツを再生する家庭のエンターテイメントセンターに仕立てる構想だ。PS2のHDDはそのための必須デバイスであり、それが欠けたということは、ネットワーク戦略が大きく切り替わったことを示している。

 また、次世代PlayStation(PlayStation 3?)登場を控えたこの世代のPS2での、HDDサポートの後退には別な意味もある。それは、PS3もまたPS2と同様のディスク構成(光学ドライブ1基のみ)となる可能性が高いことだ。もし、PS3をHDD標準内蔵マシンにするつもりなら、eDistributionのクライアントを広げるために、平行する世代のPS2でもHDD搭載を進めるだろう。逆の方向へ向かっているということは、PS3でも、HDDは標準搭載されないと見られる。

●eDistributionのカギとなるHDD

 久夛良木氏は、今から5年前、PS2発表直前の'99年10月のMicroprocessor Forumのキーノートスピーチで、PS2+ネットワークの可能性を大きくぶち上げた。

 「Enabling the Next Era of Digital Entertainment」と題したこのスピーチで、久夛良木氏はゲームや音楽、映画が融合したデジタルインタラクティブなホームエンターテイメントの時代がPS2でやってくると宣言。さらに2005年までに10%の家庭が、広帯域ネットワークで結ばれ、インターネットを通じてコンテンツを配信する「eDistribution」の時代が来ると語った。

久夛良木氏が5年前のプレゼンテーションで語った「eDistribution」構想

 eDistributionでは、エンターテイメントビットコンテンツとして、ゲームやデジタルミュージック、デジタルムービー(e-CINEMA)が、直接ユーザーのもとに配信されるようになるという。この壮大なネットワークドエンタイテイメント構想は、ネットワークを単純にオンラインゲームのためだけに使おうとする他社の戦略と大きく隔たっていた。

 こうしたSCEのビジョンを受けて、「PS2はトロイの木馬」という論議が盛り上がる。つまり、ゲームをやるためにPS2を買うと、それがインターネットにつながり、eDistributionでコンテンツを気軽に購入できるようになる。すると、PS2の上でゲーム以外のコンテンツも楽しむようになり、PS2がゲーム機を超えた、家庭のエンターテンメントセンターに自然になってしまう。その結果、リビングを制覇するのは、PCでも家電でもなく、PS2になるだろうと騒がれた。

 また、eDistributionは、SCEにとって2度目のゲーム流通変革の試みでもあった。SCEは、初代PlayStationでCD-ROMを採用したことで、それまでROMカートリッジだ主流だったゲームソフト流通のあり方を大きく変えた。eDistributionでは、今度はディスクでの流通を、ネットワーク経由の流通に置き換えて行くことで、同じような改革を構想していた。

 従来のゲーム流通では、CD/DVD-ROM製造費と受託販売費、販売店マージンが必要となる。しかし、ネットワーク経由でHDDへとコンテンツを配信するeDistributionでは、そうしたコストは不要になる。ISPのサーバーのホスティングと課金・回収代行のコストが新たに発生するが、その金額はずっと少ない。そのため、ゲームメーカー側の取り分を減らさずに、ゲーム価格を安くできるというのがSCE側の説明だった。SCEは同社のネットワークサービスである「PlayStation BB」で、長期的にはeDistributionを普及させ、こうした改革を目指していた。

 SCEのネットワーク戦略をそのまま受け止めると、ローカル側にコンテンツを貯めるHDDが必須となる。ところが、現在の戦略では明らかに、HDDの重要性がずっと落ちている。これは、eDistribution構想が仕切直しに入っていることを示している。

 実際のところ、SCEはPlayStation.BBを立ち上げたものの、eDistributionの面では、それほど目覚ましい進展はない。今回の方針は、そうした現状の追認かもしれない。このアプローチはうまく行かないとSCEが判断したというサインとも言える。

●PS3世代でのHDDはどうなる?

 PlayStationファミリをあくまでもゲーム機として考えるなら、そもそもHDDはコストモデルに合わない。ゲーム機を普及させるには、一定の価格レベルに抑える必要があり、そのためには製造コストを一定枠に納める必要がある。これはどれだけゲーム機の機能が上がろうと同じだ。あるゲーム機ベンダーの関係者は「次世代機についてユーザー調査を行なったら、もっとも関心があるポイントは価格だった」と嘆いていた。

 PC屋から見れば採算割れの激安マシンにしか見えないゲーム機が、ゲームユーザーには高いと感じられるのはなぜか。それは、ゲーム機の価格が、ユーザーにとってはハードウエアの価格という感覚ではないからだ。ゲームタイトルをプレイするための初期投資に過ぎない。

 こうした状況で、ゲーム機はコストをぎりぎりまで削減せざるをえない。そして、半導体部品は、自社Fabで製造していればコストダウンがかなりのレベルまで可能だが、メカ部品であるディスクドライブはコスト削減に限界がある。そのため、水平への広範な普及を目指すゲーム機では、余計なドライブは搭載しにくい。

 では、SCEはeDistribution構想は諦めたのか。おそらく、そうではない。デジタルエンターテイメントの未来が、ネットワークにあるというビジョン自体は揺らいでいないだろう。今、仕切直しになっているのは、ゲーム機にHDDを積んで、eDistributionへと発展させるというアプローチの部分だ。

 おそらく、PS3世代では、もう少し違うアプローチでSCEは臨むと予想される。そもそも、PS3自体はネットワーク接続を強く意識しており、将来的にはネットワーク上のCellプロセッサ同士で分散コンピューティングを実現する。

 しかし、PS3でも、おそらくローカルにHDDは標準では持たないだろう。PS3のCellコンピューティングでは、コンテンツというかCellが処理するデータ自体はネットワーク上に置くことができる。つまり、ダウンロードする必要がなくなるとも言える。ひとつ考えられる可能性は、Cellプロセッシングを前提に、“eDistribution(配信する)コンテンツ”ではなく“eDistributed(分散された)コンテンツ”に持って行くことだ。

 PS3世代では、SCEはPS3アーキテクチャをゲーム機の箱に閉じこめずに、もっと広範囲に広げて行く。さまざまな機器にPS3アーキテクチャが入り込み、PS3コンテンツはその上でプレイできるプロファイルのようなものに切り替わって行くと見られる。その中で、eDistributionを実現して行くことも考えられる。少なくとも、映画コンテンツのような単純にデコードするだけの大容量のデータは、ローカルストレージに持って来た方が良さそうだ。

 例えば、SCE/ソニーグループは、PS3と同系のアーキテクチャのホームサーバーも構想している。これは、PS3に搭載するCellよりも強化(プロセッサコア数が多い?)されたCellとメディアプロセッサを搭載し、おそらく大容量のHDDと光学ドライブを搭載する。SCE/ソニーは、現在もPS2とPSXという兄弟機を持っているが、PS3とCellホームサーバーは、もっとシームレスに連携できるものになるだろう。

 ひとつの可能性としては、SCEがこのホームサーバーをベースにeDistributionを構築しようとしていることが考えられる。一家に1台、Cellホームサーバーがあれば、そこから家の中のPS3などCellデバイスにコンテンツを配信することも可能になる。もとより大容量ディスクを内蔵しているから、配信された映像や音楽コンテンツを蓄積できる。

 今のところ、PS3世代のSCEのネットワーク戦略はわからない。しかし、SCEのゴールがネットワーク化されたデジタルエンターテイメントの実現にあることは確かだ。そこへ行き着くためのルートが変更になった。今回のHDDの件が示しているのは、こうした路線変更だ。

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(2004年10月1日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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