大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

モバイルに特化する松下電器PC事業の新たな挑戦


●'99年以降黒字を続けるPC事業

 松下電器産業のPC事業が着実な成果をあげている。同社のPC事業の特徴は、周知の通り、モバイル領域にフォーカスした戦略に特化していることだ。事実、モバイルPCという領域においては、「トップシェアを維持している」(パナソニックマーケティング本部 牛丸俊三本部長)という高い人気を誇っている。

 そして、こうした社外における評価に加え、社内における地位や重要性も増してきている。

 これまで、AV製品が強い松下電器においては、PC事業は傍流との感は否めなかった。だが、同社によると、今年度第1四半期のPC事業の売上規模は約300億円。これに対して、同社の基幹製品の1つであるプラズマTVの第1四半期実績が453億円、DVDレコーダーが369億円という事業規模であったことと比較しても、見逃すことができない事業規模にまで成長してきているのがわかる。

 松下電器という大きな所帯のなかで、存在感を持つ事業へと成長させてきたことは極めて大きな意味を持つのだ。

 そして、他社に比べて年間出荷規模が少ないにも関わらず、'99年以降、黒字を出し続けていることも、社内の評価を高めている。ここ数年、他社がPC事業の赤字にあえぐなか、安定した収益体制を維持しているのだ。

●PC事業で成功を収めた理由

 松下電器が、PC事業で成功を収めている背景には、他社とは異なるいくつかのポイントがある。1つは、モバイルPC事業に特化した点だ。

 同社は、2002年に、一時生産を停止していたLet'snoteを復活。この製品投入にあわせて、同社PC事業の軸足をモバイルに固定した。

パナソニックAVCネットワークス社ITプロダクツ事業部 伊藤好生事業部長

 松下電器パナソニックAVCネットワークス社ITプロダクツ事業部 伊藤好生事業部長は、「もともと松下電器のPCは、どこで高い評価を得ていたのか。それは、'96年に第1号機を投入したLet'snoteによる軽量モバイルPC。ここにフォーカスを当てることが、事業を成長させる最適な回答だと判断した」と当時を振り返る。

 モバイルPCとして、同社が掲げた必須要件は次の4つ。持ち運びを容易にする軽量化、長時間のバッテリー駆動時間、外に持ち出して利用しても十分な堅牢性があること、そして、実用的な拡張性を持っていること。

 一方で、唯一、追求しなかった要件が薄型だ。

 「堅牢性、長時間バッテリー駆動、拡張性を追求すれば、その裏返しとして軽量化、薄型化のハードルは高くなる。だが、薄型化を追求しない分、堅牢性などの要件を達成することを優先条件とした。そして、当然のことながら、軽量化は譲れない要件として取り組んだ」(伊藤事業部長)

Let'snote Light R1

 薄型を追求しない分、軽量化には高いハードルを用意した。Let'snote復活第1弾として、2002年に投入したR1では、重量で1kgを切ることが目標となったが、Rシリーズでは常に1kgを切る軽量化を実現し、同時に長時間のバッテリー駆動時間を達成した。最新のR3では、990gで9時間のバッテリー駆動時間という他社を凌駕する性能を達成している。

 これまではあまり触れられていないが、この軽量化、長時間バッテリー駆動を実現する技術には、かつての日本語ワープロ専用機の技術が活用されている。同社では「U1シリーズ」というワープロ専用機を発売していたが、ここで採用されていた液晶バックライト技術では、同じ液晶パネルを利用していても消費電力が20%も改善できるというように低消費電力化のノウハウが蓄積されていた。

 PC事業を担当しているITプロダクト事業部は、'97年に、ワークステーション/PC/ワープロ専用機の3つの事業部門を統合して設置した部門。その点でも、日本語ワープロ専用機の技術が、Let'snoteに引き継がれているのが分かる。

 こうしたモバイルPCとしての機能の徹底追求が、Let'snoteの高い評価につながっている。

●国内生産にこだわる松下電器

 同社の成功のポイントとして、もう1つ見逃すことができないのが、国内生産へのこだわりである。

 Let'snoteは、同社の神戸工場でマザーボードから組み立てまでの一貫生産が行われているが、こうした体制を国内で持っている大手メーカーは富士通のノートPCの生産を行なう島根富士通と、松下電器の神戸工場だけだ。

パナソニックAVCネットワークス社システム事業グループITプロダクツ事業部プロダクトセンター 藤田尚住所長

 国内生産のメリットについて、松下電器パナソニックAVCネットワークス社システム事業グループITプロダクツ事業部プロダクトセンター 藤田尚住所長は、次のように語る。

 「神戸の生産拠点と、大阪 守口の設計、開発部門が連動を図ることで品質の高い製品を短期間に開発、生産できるようになる。同時にリードタイムの短縮化、品質向上への取り組みにも大きな成果をあげている」

 モバイルPCの設計、開発、生産では、軽量化と堅牢性という相反する要素を高い次元でバランスをとることが求められる。そのためには、日本の技術力と生産力を背景とすること、開発/設計/生産部門が連動を図りやすい体制とすることで、細かな改良を加えることが求められるというわけだ。

 実際、この1年で国内生産のメリットを生かした改善がさらに進められた。受注から納品までのリードタイムは、3分の1に削減。部品の品質も不良率がシングルppm(1ppm=100万個に1個)という指数にまで下がってきた。Let'snoteには約1,200点の部品が使われているが、このうち1点の不良があっただけで約800ppmの指数になる。これを1桁台にまで引き下げるのだから、その品質レベルはきわめて高いことがわかるだろう。

松下電器のPC生産拠点である神戸工場

 だが、PCメーカー各社は、生産コストの削減を目指して海外生産へと移行しており、実際、松下電器の国内生産体制は、生産コストの面で、中国/台湾での生産に比べて負けているのが実態だ。

 「コストでは負けていても、高品質のものを短いリードタイムのなかでいかに提供するか、また、タフで、軽くて、長寿命の製品を安定的に提供するという点では国内生産のメリットが生かせる。それをユーザーに還元するために、さらに改善を進めていく」と話す。

 もちろん、コスト削減への取り組みは常に大きな課題として取り組んでいる。モバイルPCに特化する上では、国内生産へのこだわりは欠かせない要素だと、同社では捉えているのだ。

●今年も恒例の小中学生向け組み立て教室を開催

 話は変わるが、同社では、今年8月28日、小中高校生を対象とした、夏休み恒例のノートPCの組み立て体験教室「手作り Let'snote工房」を開催した。これも国内生産にこだわる同社ならではの企画である。

 このイベントは、R3を実際に組み立て、4色のカラー天板やオリジナルのネームプレートによって、世界で一台の自分だけのPCを作ろうというもの。今年は全国から815人の応募があり、そのなかから40人が選ばれ参加した。応募者の約4割が女の子だったほか、約9割の子供たちがメールのやりとりができる環境にあったという。

 参加者は、組み立てたPCを持ち帰れるほか、同工場内に設置してある落下実験機、防水実験機などの見学も行ない、高品質を達成するためのこだわりに関心を寄せていた。

今年も開催された夏休み恒例の手作り Let'snote工房 神戸工場内に設置された防水実験機

●松下が挑む新たな挑戦

Let'snote Y2

 松下電器は、1つのハードルに挑んでいる。それは、今年2月に4機種目のモバイルPCとして投入したY2シリーズによって開始したA4モバイルノートPCだ。

 A4ノートPCは、周知のようにAV機能の強化など、豊富な機能を取り込んだ付加価値路線、あるいは低価格追求型製品が主流だ。ここに、松下電器はモバイルという切り口から乗り込んでいったのだ。

 だが、これまでの約半年間を振り返ると、残念ながらA4モバイルへの取り組みはまだ評価できるレベルにはない。店頭展示でも、モバイルPCとしての優位性を訴え切れていないからだ。今後、このあたりの改善をいかに図ることができるかがポイントになるだろう。

 そして、次期製品では、モバイル分野における耐久性追求に徹底的に取り組んでいくことになりそうだ。すでに同社では、堅牢性を追求したTOUGHBOOKを製品化し、海外で高い評価を得ている。これらで得たノウハウをLet'snoteのなかに投入していくことになる。神戸工場に設置してある落下実験機、防水実験機も効果を発揮しそうだ。

 その一方で、東芝やシャープなどが目指しているようなAVノートPCの路線は選択しないことも示す。

 社内には、「数を追わない」、「フォーカスをずらさない」、「誘惑に駆られない」という3つの言葉が浸透している。製品戦略は、モバイルPCというフォーカスをずらさずに、適正な数量を生産し、シェアの追求という誘惑には駆られないというわけだ。だからこそ、AV機能を取り入れる製品の投入はないと言い切れるのだ。

 まさに、これこそが同社のPC事業を支えるキーワードだ。果たして、次はどんなモバイルの提案を松下電器は見せてくれるのだろうか。

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【1月27日】松下、14.1型SXGA+液晶搭載で1.5kgを切る「Let'snote Y2」
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【2003年8月4日】【大河原】小学生がLet'snoteの組み立てに挑戦!
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【2002年6月12日】松下、小/中/高校生向けに「手作りLet'snote工房」を開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0612/pana.htm
【2002年1月23日】松下、B5サイズXGA液晶搭載で、960gのLet'snote
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0123/pana.htm

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(2004年9月22日)

[Text by 大河原克行]


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