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PlayStation 2に迫るPSPのグラフィックスコア




●初代PlayStationを大きく上回るグラフィックス性能

 『PSP』のグラフィックス機能は、初代PlayStation(PS)の10倍以上の性能で、PlayStation 2(PS2)の約25~50%にあたる。つまり、PSをはるかに凌ぎ、むしろPlayStation 2に近い。さらに、PS2にさえサポートしなかった曲面サーフィス(Curved Surface)にもハードウェアで対応する。従来の携帯ゲーム機の常識を大きく覆すハイスペックだ。もし、任天堂が次の携帯ゲーム機に、Nintendo 64系アーキテクチャを持ってきたとしても、PSPにスペックで挑戦するのは大変だろう。

 ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)は、このグラフィックスハードをライブラリでくるむことで、初代PSからのソフト移植も容易にする。しかし、どう考えても、主眼はPSからの移植ではなく、PSP向けに新たに開発されるソフトの掘り起こしになりそうだ。グラフィックス機能を見ていると、PSのソフト資産の継承というのはPSPの戦略のごく一部に過ぎないと推測される。

 なぜ、ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)はPSPのグラフィックス機能をここまで強力にしたのだろう。

 PSPチップのグラフィックスコア(Graphics Core)はジオメトリパイプとレンダリングパイプの両方を含む。SCEIは、それぞれを「サーフィスエンジン(Surface Engine)」と「レンダリングエンジン(Rendering Engine)」という呼び方をしている。

・スペック
バス:256bit
動作周波数:1~166MHz
電圧:166MHz時に1.2V
ビデオメモリ:2MB(eDRAM)
バス帯域:5.3GB/sec
T&L性能:最大33Mpolygon/sec
ピクセルフィルレート:664Mpixel/sec
表示色数:RGBA各8bits

・サーフィスエンジン機能
テッセレーション
ポリゴンオペレーション
モーフィング
ライティング
クリッピング
ボーン
ベジェ/Bスプライン(NURBS)曲面

・レンダリングエンジン機能
テクスチャマッピング
ピクセルシェーディング

●ハードウェアで曲面サーフィスに対応

 PSPはCPUコアのクロックは333MHz。グラフィックスコアのクロックがCPUコアの半分なのは、グラフィックスはCPUほどきれいにパイプライン化しにくいからと思われる。スペックをPCグラフィックスと比べると、およそGeforce2 GTSクラスとなる。初代PSと比較するとジオメトリのT&L(座標変換&ライティング)性能は約20倍、フィルレートは約10倍となる。PS2と比較するとジオメトリ性能は約半分で、フィルレートは約1/4だ。

 PSPはPS/PS2と比べるとフィルレートに対してジオメトリ処理性能が相対的に高い。これには、(1)曲面サーフィスをサポートするため、(2)液晶ディスプレイの画面解像度が低いので必要なフィルレートも低いため、といった理由があると推定される。

 旧来の3Dグラフィックスは、ほとんどの3Dオブジェクトを直線で作られた多角形(ポリゴン)で表現していた。それに対して、PSPは曲面サーフィスを使った表現を可能とする。「直線的ポリゴンに加え、PC業界でもまだ導入していないハードウェアによる曲面生成エンジンを搭載」と久夛良木氏は説明する。

 つまり、ポリゴンベースでは曲面を表現するのに多数のポリゴンで構成していたのが、PSPではそのまま曲面で表現することができる。PSPではベジェ曲面とBスプライン曲面(NURBS: Non-Uniform Rational B-Splineを含む)をサポート。そのため、PS2ですら搭載していない、ハードウェアベースの曲面生成エンジンとテッセレータ(平面分割ユニット)を装備する。

 PSPの3Dグラフィックス機能の最大の特徴はこの部分で、同時に、もっとも議論を呼びそうな部分ともなっている。そんな機能がPSPに必要なのか、使いにくいという声が、開発者から上がりやすいと思われる。PSPの大きなチャレンジのひとつだ。

●メモリ量とバス帯域消費を減らすために曲面サーフィスを使う

 なぜSCEIは、わざわざ限られたシリコン(トランジスタ)をコストの高い(トランジスタ数が必要な)機能に割くのか。その理由は、(1)“ジオメトリ圧縮”でメモリ量の少なさをカバーすることと、おそらく(2)“ジオメトリ抽象化”によりPSPアーキテクチャを異なる解像度の機器にもスケーラブルに展開するため、と推測される。

 SCEIが強調しているのは、メモリ量の少なさをカバーするためという理由。「曲面生成することでプログラムが激減、それに必要なディスプレイリスト等のデータベースも激減。データが減ることでメインメモリがずっと少なくて済み、バスの能力も十分に使える。ハードウェア的には難しいことをやっているが、プログラムが減ることで皆さんがゲーム制作に集中できる」と久夛良木氏は言う。

 例えば、ゲームで主人公キャラクタをリアルに見せようとしたら、ポリゴンベースでは何千ものポリゴンを使う必要がある。曲面で構成された人体を平面で表現するには、細かなポリゴンで曲面に近づける必要があるからだ。その場合には膨大な(ポリゴンの)頂点座標データが必要となってしまう。

 それに対して、曲面サーフィスでキャラクタを表現できれば、ポリゴンよりもずっと必要な頂点座標は少なくなる。そのため、総合的に見ると、キャラクタを表現するのに必要となるデータ量はずっと少なくなるわけだ。

 もちろん、PSPのグラフィックスコアも、曲面をそのままレンダリングするのではなくいったん分割する。そのため、結局はジオメトリの演算にかなりの処理性能が必要となる。だから、PSPでは相対的にジオメトリパイプの性能が高いと推測される。

 しかし、それはグラフィックスコア内部で行われる。そのため、グラフィックスコアにインプットするデータ量は少なく、メモリやバスの帯域を節約できる。次のレポートで説明するが、PSPは、特にメインメモリの量の制約がきついため、SCEIが説明する通り、曲面サポートは、原理的にはPSPアーキテクチャに効果がある。

●PSPチップの他への展開の布石?

 もうひとつ想定されるのは、“ジオメトリ抽象化”のために、曲面を使うことだ。曲面で表現すると、理論的にはモデルデータはGPUのポリゴン処理能力と画面解像度から解放される。例えば、同じ曲面データでも、GPUの処理能力が高く画面解像度も高い場合は細かく分割(Sub-division)して緻密な絵を作る。その逆に、PSPのようにGPU側の処理能力が低く画面解像度も低いなら、それほど細かく分割しない。そうしたスケーラブルな対応が、原理的には可能になる。

 もちろん、これはジオメトリデータに限った話で、ピクセルサイドでは話は違う。画面解像度が異なれば、少なくともPSPゲーム用に用意したテクスチャは適さなくなる。しかし、一般的には、テクスチャデータを変える方が、モデルデータを変えるよりは楽だと言われる。

 そうすると、どんな利点があるのか。例えば、PSPチップベースをベースにしてTVやSTB(セットトップボックス)向けの組み込みチップを作った場合も、ターゲットとする解像度が異なってもゲームの移植がしやすくなる。実際、久夛良木氏はE3でのPSPの発表のあと、NURBSサポートについて質問した際に「これ(PSP)だけを考えているわけではないから」と示唆した。

 もし、SCEIがPSPチップを、携帯機器だけでなく、もっと幅広い組み込み用途に考えているのなら、PSPをPSともPS2とも異なる第3の道を行くアーキテクチャと考えているのなら、このPS1.5とも呼ぶべき強力なハードウェアもある程度納得できる。

●制約となるビデオメモリの量

 PSPのビデオメモリは2MBで、他のPSPメモリと同様にチップに混載されたEmbedded DRAM(eDRAM)となっている。ビデオメモリは、グラフィックスコアとバックエンドの専用バスで接続されているようだ。バス幅は256bitでメモリ帯域は5.3GB/sec。つまり、eDRAMは166MHz駆動という計算になる。

 このメモリ帯域は、PS2のレンダリングチップ「Graphics Synthesizer」の48GB/secという驚異的な帯域と比べると狭い。だが、携帯ゲーム機と考えるなら格段に広帯域だ。特に、DRAMを外付けした場合には、チップ1個で低消費電力にこれだけの帯域を得ることは不可能だ。ここでもeDRAMの利点が出ている。

 問題は、PSPのメモリ量が、その3Dグラフィックス能力に見合うかどうか。PSPのメモリ量(メインメモリ8MB、ビデオメモリ2MB)は、オリジナルのPSのメインメモリ2MB、ビデオメモリ1MBと比べると2~4倍で確かに多い。だから、初代PSからの移植ソフトでは問題にならない。しかし、PS2と比較するとPSPのメモリはぐっと少ない。PS2はメインメモリに32MB、ビデオメモリに4MBを載せているので、PSPはメインメモリで1/4、ビデオメモリで1/2の量となる。

 もっとも、PSPにはいくつか利点がある。まず画面解像度は480×272ドットと低いためフレームバッファサイズは小さい(ただしPS2もインタレース表示だけを想定すると必要メモリ量は下がる)。また、PS2と異なり、グラフィックスコアはメインCPUコアとメインメモリに、広帯域のチップ内バスで接続されているため、メインメモリからテクスチャなどのデータを転送するのも楽なはずだ。

 しかし、それでも8MBというメインメモリの量は制約ではある。そのために、PSPでは曲面サーフィスをサポートし、メインメモリを占めるジオメトリのデータ量とプログラム量を減らすという理屈になる。eDRAMの弱点を補うために、テクノロジを使うわけだ。

 だが、その結果、PSPのハードウェアを活かそうとすると、PSからもPS2からも離れ、また異なる道を行くことになる。

PSPチップのブロックダイヤグラム(一部推定、再褐)
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【8月1日】PSPチップは第3のPlayStationアーキテクチャ
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【5月21日】【海外】SCEIの携帯ゲーム機「PSP」は携帯マルチメディアプレーヤーか?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0521/kaigai01.htm

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(2003年8月4日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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