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SCEIの携帯ゲーム機「PSP」は携帯マルチメディアプレーヤーか?




●1.8GBの大容量ディスクを採用したPSP

 ソニー・コンピューターエンタテインメント(SCEI)が、来年末に投入する携帯ゲーム機「PSP」。このゲーム機は、PlayStationアーキテクチャをベースにしているが、MPEG-4や最新動画コーデック、カーブサーフェイス(NURBS)ベースの3Dグラフィックス、3Dサウンドなどに対応と、機能を大きく拡張している。さらに、メディアとして、ソニーが新規に開発した光ディスク「UMD(Universal Media Disc)」を採用する。

 こうしたPSPの姿から見えてくるのは、SCEIがこのマシンをPlayStationの携帯版として開発したのではないということだ。下位互換でPlayStationのタイトルも容易に移植できるが、新しいハードウェアと考えた方がいい。

 それどころか、PSPはゲーム機ではすらないかもしれない。少なくとも、ハードウェアは、多様なコンテンツを再生する、携帯マルチメディアプレーヤーを意図しているように見える。それを象徴するのが、UMDだ。

E3でUMDを示す久夛良木社長 UMDとDVDディスクを比較

 UMDは直径60mm(2.4 inch)のディスクに、1.8GB(2層)のデータを格納できる。UMDはCDの3倍容量で、携帯ゲーム機メディアとしては、破格の容量だ。これはCDが供給メディアだったPlayStationコンテンツの多くにとっては大容量すぎる。

 しかし、もしSCEIが、PSPをマルチメディアプレーヤーとして考えているなら、UMDも納得できる。PSP向けに、ゲーム以外の、より大容量のコンテンツも提供できるからだ。16対9というワイド比率のディスプレイも、いかにもマルチメディアコンテンツを意識した雰囲気だ。例えば、MPEG-4/DivXあたりで映像コンテンツを供給するなら、1.8GBで映画も十二分に収まる。

 新規格なので、DVDと異なりゲームとのビジネスモデルの融合も図りやすい。PlayStation 2はDVDプレーヤーとして使われると、SCEIには何にもロイヤリティが入らないというビジネスモデル上のリスクがあった。UMDは、セキュアROMカートリッジでコンテンツ保護も実現する。

 しかし、まさにこのUMDのために、PSPにはいくつか不利なポイントもある。まず、純粋にゲーム機とした場合、PSPはGAMEBOY ADVANCE(GBA)系にコスト競争では勝てない。従来通りのROMカートリッジを使うGBAは、ディスクドライブ装置を持たないためだ。ビジネスモデルにもよるが、おそらくSCEIはPSPの価格ラインを、GBAよりはかなり高いところに設定しなければならないだろう。半導体と比べると、機械部品であるドライブはコストが下がりにくいため、長期的にも大きくは価格を下げにくいと推測される。もちろん、PSP 1台当たりのソフトの使用率がどんどん高まれば、戦略的に価格は下げることができるが、原則的にはコストは高くつく。

 こうした特徴を考えると、SCEIはPSPを従来の携帯ゲーム機とはかなり差別化してマーケティングして来ると推測される。ターゲットは子どもよりも大人。大人のマルチメディアプレーヤーというのが、落としどころになると推定される。

●消費電力面ではバックライトと光ディスクは不利

 ハードウェアとして面白いPSPだが、設計には難しさもある。携帯ゲーム&マルチメディア機が大変なのは、厳しい消費電力の制約の中に、全ての機能を入れ込まなければならないことだ。そして、バックライト液晶ディスプレイとUMDドライブを搭載するため、より消費電力が多いPSPは、携帯ゲーム機の中で、もっともハードルが高い。

 PSPは、リチウムイオン電池(おそらく角形)を採用する。PSP登場時点で、リチウムイオン電池の重量当たりの容量が160~180W/kg程度だとすると、PSPのバッテリは10Wh台だと推測される。そうすると、PSPで6~8時間程度のバッテリ駆動を実現しようとすると、システム全体の平均消費電力を、2W以下に抑える必要があると思われる。

 半導体チップについては、3DグラフィックスやMPEG-4デコード機能を搭載していても、消費電力はそんなに問題にならない。“スーパーPlayStation”程度の機能なら、全ロジック回路を合わせても、大したトランジスタにはならないだろう。また、PSPの場合は、DRAMも含めて全部をワンチップにした『System on a PlayStation』になるため、チップ間バスでの余計な電力消費がない。

 しかも、PSPチップには、それほど高い動作周波数も要求されていない。というのは、初代PlayStationのメインチップの動作周波数は34MHzだったからだ。PSPチップでは、機能拡張により、より高い周波数が要求されるとしても、GHzクラスよりずっと低い周波数で対応できるはずだ。MPEG-4デコードもハードウェア実装なら、それほど周波数を上げなくてもすむ。

 そのため、製造プロセス技術でも、Intelのような速いトランジスタスイッチングは必要ない。性能は抑える代わりにリーク電流を抑えた、しきい電圧の高い低消費電力型トランジスタにできる。こうしたことを考えると、PSPチップ自体の平均消費電力を、数百mW台に押さえ込むこと自体は、そう難しくはないだろう。

●データ転送量を減らすNURBSサポートは携帯機器向け

 ちなみに、PSPチップが搭載するオーディオ用のリコンフィギュラブル(re-configurable)DSPも、消費電力の観点から考えると納得できる。リコンフィギュラブルDSPというのは、動的にプロセッサのマイクロアーキテクチャを変更できる、最近注目の技術のひとつ。例えば、処理するデータタイプに応じて、ハードウェア実装するアルゴリズムを組み替えるといったことが可能になる。リコンフィギュラブルDSPの利点はいろいろあるが、携帯機器では、多様なアルゴリズムに対応しながら消費電力を抑えられる強みがある。

 多様なアルゴリズムに対応しようとすると、従来はソフトウェア処理に向かうしかなかった。しかし、汎用性の高いプロセッサでソフトウェア処理を行なうと、性能当たりの消費電力はどうしても上昇してしまう。それに対して、リコンフィギュラブルDSPは、必要なアルゴリズムをハードウェア回路で構成したり、最適な演算ユニット構成に組み替えることで、電力当たりの性能効率を上げることができる。

 チップの方は電力消費を抑えられるため、課題は、バックライト液晶ディスプレイと光ドライブUMDとなる。これについて、ドライブ自体の設計もそうだが、チップのアーキテクチャによって、周辺の電力消費を抑えるという方向も想定される。

 SCEIが、PSPで3Dカーブサーフェイス「NURBS」をサポートするのは、そのためもあると推測される。NURBSでは、曲線を関数として表現する。そのため、曲線の多い複雑な形状の3Dオブジェクトの場合には、ポリゴンによる表現よりも格段にデータ量が少なくなる。現在の3Dアーキテクチャでは、カーブサーフェスはグラフィックスハードウェアでポリゴンに分解するため最終的にデータ量は増える。しかし、それはあくまでもPSPチップ内部での話で、ディスクからロードするデータ量自体は減る。

 また、PSPチップでは、キャッシングもかなり効かせるかもしれない。もともとのPlayStationのチップの規模が小さいため、PSPチップではロジック回路部分が比較的小規模になると推測される。そのため、パッドリミットのダイサイズ(半導体本体の面積)に、かなりの量のエンベデッドDRAMを搭載できると想定される。その一部を、アプリケーションによってはディスクキャッシュに使うかもしれない。

●PlayStation 2 Portableはいつ?

 PSPの登場は、携帯ゲーム機に新しいレベルの競争と宝庫性を持ち込む可能性がある。

 例えば、PSPがうまく行けば、流れとしては当然PlayStation 2世代クラスの機能を持ったゲーム機ということになる。PlayStation 2のメインチップ「Emotion Engine」と「Graphics Synthesizer」は、90nm世代では1チップにまとめられ、86平方mmのサイズにまで縮小する。さらに、あと2~3世代(4~6年)微細化が進めば、メインメモリDRAMも集積できるようになりそうだ。そうすると、(消費電力さえ解決できれば)携帯機器という芽が出てくる。

 その意味では、携帯化に最短距離にいるのは、じつは任天堂だ。NINTENDO GAMECUBEは、PlayStation 2やXboxよりもともとチップの集積化が進んでいる。消費電力も比較的低い。また、メディアも80mmディスクで、そのまま携帯機器へ持って行けそうなサイズだ。3社の中でもっとも慎重な任天堂が、いきなり“GAMECUBE BOY”を出すとは思えないが、技術的には可能だ。

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【5月16日】【海外】SCEIの次世代携帯ゲーム機「PSP」は“スーパープレステ”だ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0516/kaigai01.htm
【5月14日】これは21世紀のウォークマンだ!
新携帯プラットホーム「PSP」の開発を夛良木社長が発表(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20030514/psp.htm

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(2003年5月21日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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