11日に発表されたエプソン R-D1は、世界初のレンジファインダー機構採用/ライカマウント搭載デジタルカメラとして話題を呼んでいる。が、レンジファインダー機構と、ライカマウントは、現在ではどちらかといえば少数派で、なじみのない方も多いと思われる。 そこで、R-D1をより深く理解するために、クラシックカメラに造詣の深いテクニカルライターの中村文夫氏に、レンジファインダーとライカマウントについて解説していただいた。(編集部) ■レンジファインダーとはレンジファインダーを直訳すると「距離計」となる。簡単に説明すれば、ある地点から任意の物体までの距離を測る器具のことだ。距離計にはレーザー光や超音波を利用したものなどいろいろな種類があるが、カメラの場合は、二重像合致式(にじゅうぞうがっちしき)の光学式距離計が一般的だ。二重像合致式とは、ファインダー中央部の二重に重なって見える像を一つの像にぴったり重ねるとピントが合う方式のことで、実際のカメラではレンズのピントリングを手で回すと像が移動するようになっている。 この距離計の原理は地図を作成する際に行なわれる三角測量とまったく同じだ。カメラのレンジファインダーには、ある一定の間隔をおいて設けられた2つの窓があり、ここから対象物を覗く仕組みになっいている。そしてそれぞれの窓から見える像はミラーやプリズムを使って1つのアイピース(接眼レンズ)に導かれ、このときアイピースを片目で覗くと2つの像を一度に見ることができる。対象物までの距離が違うと像のずれる量に違いが現れるが、レンジファインダーのミラーやプリズムは可動式になっていて、角度を調節すると二重になった像一つに重ねることができる。つまりこのときのミラーやプリズムの角度を機械的に測ると対象物までの距離を知ることができるわけだ。 二重像合致式距離計は、もともと軍事用に開発されたもので、主に砲弾を発射する際に標的までの距離を測るために利用された。後になってこれがカメラに応用され、まず始めに小型の単独距離計が登場。次いでカメラに組み込まれレンジファインダーカメラが誕生した。
●レンズ交換式レンジファインダーカメラの登場
レンジファインダーを内蔵したカメラは、1910年代に登場しているが、やはりレンジファインダーカメラの普及にいちばん大きな役割を果たしたのは、ドイツのエルンスト・ライツ(現ライカカメラ)が1932年に発売したライカD IIIと言えるだろう。 それまでのカメラが、カメラに固定されたレンズでしか測距できなかったのに対し、ライカD IIIはレンズを交換しても測距が可能だった。ただし、ライカD IIIは距離を測るためのレンジファインダーと写真に写る範囲を決めるためのビューファインダーが別々になっていたので、使用者はレンジファインダーでピントを合わせた後、ビューファインダーを覗き直して撮影をしなければならなかった。 この不便さを解消するために開発されたのが一眼式ファインダーで、ビューファインダーとレンジファインダーを合体せさることで、ピント合わせと構図決定を同時に行なうことが可能になった。今回のエプソンR-D1に採用されたファインダーもこのタイプだ。ちなみにライカの製品で一眼式ファインダーを最初に採用したのは1954年発売のライカM3である。
■レンジファインダーのメリットとデメリット●ファインダーが明るくて見やすい レンジファインダーカメラは、撮影用レンズはファインダーの光学系が独立しているので、どんなレンズを組み合わせても、ファインダーの見え方が変わらない。つまり開放F値の暗いレンズを取り付けてもファインダーが暗くならず、いつも明るい状態でピントが合わせられる。この点が一眼レフと大きく違う点だ。 ●望遠撮影のときはファインダー像が小さくなる
レンジファインダーカメラのファインダー倍率は固定式なので、レンズを交換してもファインダーで見える像の大きさは変わらない。そのためファインダー内にブライトフレーム(明るく光る枠)を装備し、装着したレンズの画角に合わせてフレームの大きさを切り替えるようになっている。 つまり広角レンズを装着したときは、ファインダーで見える視野のほとんどがフレーム内に収まるが、望遠レンズだとフレームが極端に小さくなってしまう。したがって望遠撮影向きとは言えず、ほとんどのユーザーは広角や標準レンズをメインに使っている。このほか一眼レフと決定的に違うのは、写真に写らないフレーム外の部分も見えることだ。そのため次の瞬間に起こることが予想でき、決定的瞬間を逃すことがない。 ●ファインダー視野はそれほど正確ではない レンジファインダーカメラのファインダー視野は一眼レフに比べるとかなりアバウトである。一眼レフは撮影用レンズが作る像をそのまま見ているので、ファインダーで見える像と実際に写真に写る像はほぼ一致する。しかしレンジファインダーカメラのファインダーは撮影用レンズとは独立した光学系を採用しているので完全には一致しない。あくまでも写真に写る範囲の目安と考えるべきだろう。
カメラを正面から見れば分かるように、レンジファインダーカメラのファインダーは、撮影用レンズの斜め上から被写体を覗いている。被写体が遠くにあるときは、ファインダーで見える像と実際に写真に写る像のズレ(これをパララックスという)はそれほど多くないが、撮影距離が近いとズレが大きくなってしまう。このズレを補正するため、ライカを始めとするレンジファインダーカメラのファインダーは、ピント合わせの際にフレームが自動で移動(パララックス自動補正機構)するようになっている。 またレンジファインダーカメラのファインダーは、表示できるブライトフレームの種類が限られている。ライカの場合、機種によって違いがあるが、28、35、50、75、90、135mmの6種類で、これ以外の焦点距離のレンズを使うときは、専用ビューファインダーをアクセサリーシューに装着する必要がある。また専用ビューファインダーはパララックス自動補正機構を内蔵していないので、フレームに表示された指標を見てパララックスを自分で調整しなければならない。 ●撮影中も被写体が見える 一眼レフはシャッターを切るとミラーがアップするので、露光中はファインダーが真っ暗になってしまう。もちろん撮影が終わればミラーは瞬間的に復元するので、人間の目には暗くなったことは、ほとんど感じられないが、実は撮影の瞬間を見られないという欠点がある。 これに対しレンジファインダーカメラは、露光中もファインダーが暗くなることはない。たとえば人物を撮影する場合、一眼レフでは露光中に人物が目をつぶっても現像が上がるまで、これが分からないが、レンジファインダーカメラなら確認できる。またストロボを使ったとき、一眼レフではストロボが発光したかどうか分からないが、レンジファインダーなら、ストロボの発光する様子をファインダーで見ることができる。 ●ショックが少なくタイムラグも短い このほかレンジファインダーカメラは、ミラーがないため、さまざまなメリットを持っている。たとえば一眼レフのミラーは、シャッターを切った瞬間、高速でアップするので、これによる震動がカメラに伝わりやすい。しかしレンジファインダーカメラにはミラーがないので、このようなショックは発生しない。そのため手持ち撮影でスローシャッターを切ってもカメラぶれが起こりにくい。さらにミラーの作動音がしないので、シャッターを切ったときの音が非常に小さく、静かな場所で撮影してもその場の雰囲気を乱さずに済む。 また一眼レフはシャッターボタンを押して露光が始まるまでに、ミラーアップと絞りを絞り込むという動作が行なわれるので、露光のタイミングがわずかに遅れてしまう。この遅れをタイムラグと呼ぶが、レンジファインダーカメラは、シャッターを押すと直ちに露光が始まるのでタイムラグがほとんどゼロに等しい。そのためわずかなシャッターチャンスを逃すことなく撮影できる。 ●レンズがコンパクトで高性能 カメラからレンズを外してみるとよく分かるが、レンジファインダーカメラのマウント内部は空っぽで何も部品がない。実はこの空間がレンズ設計の自由度を高めることに非常に役立っている。一眼レフはミラーがあるうえ、ミラーが上昇するときのスペースを確保しなければならず、この部分をレンズのために使うことができない。そのため一眼レフ用交換レンズは、レンズの口径を大きくしたり複雑な光学系を採用したりと、レンズ全体が大きく重くなりがちだ。 これに対しレンジファインダーカメラ用レンズは、シャッター幕にレンズの後端が当たらない限り、このスペースをフルに利用できる。さらに広角レンズの場合、レンジファインダーカメラは、前後対称型のレンズ構成が採用できるので、ディストーション(歪み)の少ないレンズの設計が可能である。つまりレンジファインダーカメラ用レンズは、一眼レフ用に比べるとコンパクトで高性能ということができる。
●有効基線長で決まる測距精度 レンジファインダーカメラの距離計が、ファインダーの2つの窓の間の距離をベースに三角測量をしていることは、すでに説明した通りだ。実はこの距離の長さが測距精度のカギを握っている。専門用語でこの2点間の距離を基線長と言うが、基線長は長ければ長いほど高い測距精度を得ることができる。 かつて旧日本海軍の誇る戦艦大和は基線長15mという巨大な距離計を搭載し、数十km先の敵艦までの距離を測ることができた。これに対しカメラの場合は、せいぜい遠くても10m程度の距離が測れれば十分だし、カメラのボディは小さく内蔵できる距離計の大きさが限られている。レンジファインダーカメラのなかで比較的基線長が長いとされるライカM3の場合は68.5mm、エプソンR-D1は38.2mmだ。 ただし距離計の精度はファインダー倍率によって変化する。つまりファインダーで見える像の大きさが小さいと測距精度が下がってしまうので、単純に基線長の長さだけで比較ができない。そこで使われるのが有効基線長だ。有効基線長は基線長にファインダー倍率を掛けると求められる。ライカM3のファインダー倍率は0.91倍なので有効基線長は62.34mm。エプソンR-D1のファインダー倍率は1倍なので、基線長の38.2ミリがそのまま有効基線長になる。 ●望遠撮影と接写が苦手 写真撮影用レンズは撮影距離が近いと被写界深度(ピントが合って見える前後の範囲)が浅くなる性質を持っている。また焦点距離が長い場合も同様である。つまり近距離で撮影したり望遠レンズを使ったりすると被写界深度が浅くなり、シビアなピント合わせが要求される。 レンジファインダーカメラの距離計の精度が有効基線長によって決まることはすでに説明した通りだが、この長さによって使用できるレンズの焦点距離と最短撮影距離が決められてしまう。ライカ用として発売されている交換レンズの中で、いちばん長い焦点距離は135mmだが、これは距離計の精度が保証できる最長の焦点距離が135mmだからだ。またM型ライカの最短撮影距離も距離計の精度の関係から0.7mに決められている。 ■ライカのレンズマウントについて●ライカスクリューマウントとは ライカがカメラを初めて発売したのは1925年。ライカA型が最初の製品である。このカメラに装着されたレンズは50mmF3.5で、現在35mmフィルムカメラの標準レンズが50mmに決められているのは、これに倣ったからと言われている。 ライカA型のレンズはボディに固定されていたが、1930年にレンズ交換式のライカC型が登場する。このとき採用されたレンズマウントが、ライカスクリューマウント(Lマウント、あるいはL39と呼ばれることも多い)で、口径39mm、ピッチ26山/インチのねじ込み式マウントである。このマウントは1960年代まで規格を変更することなく採用され続けた。この間に世界中のカメラメーカーが、同規格のレンズを製造し、数百種類に上る製品が市場に送り出されている。 ●ライカMマウントの誕生 1954年、ライカM3の誕生とともにライカMマウントが登場する。このマウントは4本のツメを持つバヨネットマウントで、約30度回転させるだけで着脱できる。またこのマウントのツメのうちの1本は焦点距離によって長さが変えてあり、ファインダーのブライトフレームの切り替えが自動的に行なわれる。 ●高い互換性を持つライカMマウント こうしてライカはマウントを変更したが、旧タイプのライカスクリューマウントレンズを決して見捨てなかった。ライカはM3と同時にMマウントカプラーを準備。これを利用すれば、ねじ込み式のライカスクリューマウントレンズをM3に取り付けることができる。ライカはその後、最新型のM7に至るまでマウントの変更は一切行っていない。つまり最新のカメラに1954年製のライカMマウントレンズが取り付けられるだけでなく、Mマウントカプラー利用すれば1930年代に製造された古いレンズまで取り付けることが可能なのだ。
●ライカMマウントとエプソンEMマウントの違い エプソンR-D1のマウントも、ブライトフレームの自動切り替え機構を除き、ライカMマウントの規格に沿って作られている。したがってR-D1にはライカ製のMマウントレンズだけでなく、Mマウントカプラーを利用すれば、ライカ製に限らずライカスクリューマウントレンズが使用できるはずだ。 だが実際には、R-D1には装着不可能なレンズが存在する。カタログを見ると「マウントから20.5mm以上の外径寸法のあるレンズは装着できません」とある。これはR-D1のシャッター幕の位置がライカに比べるとレンズ側にあるため、レンズ後端が飛び出したレンズだとシャッター幕にぶつかってしまうためだ。また沈胴式(使用しないときは鏡筒をボディ内に引っ込めることができる)レンズも、同様の理由により沈胴させることができない。このほかファインダー部分に補助レンズが付いたレンズも利用できない。これは、M型ライカとR-D1では距離計の基線長が異なるためだ。 いずれにしてもエプソンはカメラボディだけしか発売していないので、R-D1のユーザーは他社製レンズを使うしかない。コシナ製のライカスクリューマウントレンズについてはOKが出ているが、それ以外のレンズはあまりにも種類が多すぎて、エプソンでも調べ切れないというのが現実である。このようなレンズを使う場合は、あくまでも自己責任になる。
●新しい映像表現 ライカMマウント、ライカスクリューマウントレンズの種類は、中古市場を含めると夥しい数に上る。そしてこれらの製品は1本の例外もなく銀塩フィルム用に設計されたもので、CCDの特性などまったく視野に入っていない。それどころかカラーフィルムが発明される以前のレンズも含まれている。 したがってR-D1に取り付けた場合、どんな写りをするのか、まったくの未知数である。恐らくテストチャートなど無機質的な被写体を使って最新のレンズと画質を比較すれば、最新のレンズに軍配が上がるだろう。だが写真を「画像」ではなく「芸術」としてとらえた場合、美しい美しくない、好き嫌いを決めるのは見る人の主観である。 エプソンは、これらの個性的なレンズとデジタルイメージプロセシングの融合により、新しい映像表現が生まれることを予測しているはずだ。 □エプソンのホームページ (2004年3月29日) [Text by 中村文夫]
【PC Watchホームページ】
|
|