2003年のパソコン産業は、残念ながら厳しい一年となりそうだ。 新年最初のコラムで、「厳しい」という話から入るのは、あまり気分がいいものではない。だが、事実なのだから仕方がない。 ●企業の情報化投資意欲の回復が鍵を握るか 昨年末、単独取材や記者会見、記者懇親会などを通じて、パソコンメーカー各社の首脳陣に相次ぎ話を聞いたが、年末年始商戦の動向や、今年1年の予測を聞いても、誰一人として明るい見通しをあげる人物はいなかった。実は、業界内を見回すと、市況回復を予感させる明るい材料は数多く転がっている。 例えば、パソコン産業の低迷は、市場の65%を占めるといわれる企業向け需要の停滞が大きく響いていたとされるが、今後は、これまで情報化投資を抑制してきた大企業、中堅企業が、いよいよリプレースに動き出すとの捉え方が一部で出はじめている。 投資対効果(ROI)がはっきりしない案件への情報化投資を制限していた大手企業の情報システム部門などでは、言い換えれば、ROIが見える案件への投資を積極化させる動きへと転じている。 一例として、これまでモバイル利用はROIという観点からは、企業は敬遠傾向にあった。むしろ、かえって管理コストの上昇やセキュリティが問題になると見ていた例も少なくない。 だが、通信インフラの整備や、セキュリティが高まりつつあること。そしてモバイルによる業務効率化のメリットが携帯電話などによって証明されはじめたことで、モバイルに対する企業の関心も高まってきた。 こうした動きが、モバイルだけにとどまらず、企業情報システムのなかでいくつか見られ始めている。 さらに、企業に導入されている約500万台ともいわれるWindows 95搭載機がマイクロソフトのサポート期間の問題もあって、そろそろ最終リプレースのタイミングに入り始めていること、CRTディスプレイがセットされたパソコンも同様に省エネといった環境保護の観点や、省スペースといった事情なども影響して、これらをリプレースする方向に動きはじめようとしていることも見逃せない。 また、e-Japan重点計画に基づく電子政府関連の情報化投資の活発化、中小企業への導入促進といった動きも全国レベルですすむのではないかといった声も出ている。マイクロソフトでは、中小企業の経営者を対象にしたITセミナーを全国で開催するために、特製トレーラーを調達して、全国キャラバンを展開している最中だが、同社によると、「ITを導入することで経営が大きく変わることを実感する地方の中小企業経営者が少なくない。パソコンの話ではなく、経営の話からすると多くの人が理解をしてくれる。厳しい経営を強いられている中小企業こそ、ITを活用して復活してほしい」と話す。 残念ながら、中小企業の経営者に対して、松下電器のナショナルショップのような「街の親切な電気屋さん」的な役割を果たす地元SI(システムインテグレータ)が存在しないことが、中小企業へのパソコン普及を足止めしているといわざるを得ない。 すでに政府は、全国規模で行なっていたIT講習会を終了し、あとは民間まかせの考えを示している。政府が介入しないことから、地元SIがビジネスを拡大するチャンスともいえるが、政府の取り組みが中途半端な形で終わった感が否めないだけに、中小企業へのIT普及は、もう少し遅れることになるのは間違いない。ただ、この潜在需要は数千万台規模に達するほど大きい市場といえる。電子政府化に伴って、どこかのタイミングで一気に爆発することになるだろう。
●市況回復の要因は数多いのだが…… 業界内には、そのほかにもいくつかの明るい材料がある。すでに開始された新学習指導要領の実施に伴って、教育現場でのパソコン利用が活性化、同時に家庭においても子供向けパソコンを導入したいという需要が増大するのではないかといった話や、潜在需要3,000万台といわれる50歳以上のシニア層の開拓なども見逃せない。 いよいよ今年から本格的に登場すると見られるホームサーバーも、FTTHやADSLといったブロードバンド環境の浸透、さらに無線LANの浸透などによって、家庭での新たな利用シーンを創出できそうだ。これが進めば、家族1人に1台の端末利用という使い方も出てくるはずだと、メーカー側では期待を寄せる。 IP電話の普及も、今年の重要なポイントだ。通話料金の低廉というわかりやすいメリットがあるだけに、一気に広がる可能性もあるだろう。 一方、先頃、政府が決定したIT減税措置による企業導入の促進の期待、法人における法定耐用年数の縮小によるリプレースの短期化、セキュリティ面での改善とともにコスト面でのメリットが大きく享受されるようになったIP-VPNや広域イーサネットの活用、さらには主要メーカー各社が掲げているアウトソーシングを前提としたユーティリティモデルの導入といった動きも出てくるだろう。 2003年後半にも実施される個人向けパソコンのリサイクル法施行も、需要の行方に、なにかしらの好影響を及ぼしそうだ。 こうして見ると、パソコン産業を取り巻く環境は、暗い材料よりも、むしろ明るい材料の方が数多く転がっているのだ。
●慎重な姿勢を崩さないメーカー各社 だが、メーカー各社の首脳陣は、慎重な姿勢を崩さない。とくに今年前半までは、前年割れは必至との見方を示している。 業界団体である電子情報技術産業協会(JEITA)の国内パソコン出荷実績調査でも、2002年4~9月のパソコン出荷実績が前年同期比10%減の455万5千台と3半期連続の2桁台のマイナス成長となったことを受けて、今年3月末までの2002年度通期の出荷見通しを、当初の1,110万台(前年比4%増)から1,000万台強(6%減)へと下方修正している。 これまでの需要の低迷ぶりが深刻すぎたこと、さらに、どれも決定的な起爆剤にはならないとの見方が、前年割れという厳しい事態の予測につながっているのだ。
●回復の鍵は製品コンセプトの浸透か? こうした市況低迷は、依然として深刻なのだが、個人的に注目しているのは、用途を極めて明確化した製品がメーカー各社から出始めていることだ。昨年秋に投入された冬モデルからそうした製品が出始めているのは、NECのファミリーモデル、シャープのMURAMASA、そして昨年前半から大人気のソニーのバイオWなどを見ても明らかだ。これは、ホディブローのように、市況回復に効き始めてくると考えている。とくに、NECの場合、「利用者は家庭内で4人」という点まで絞り込んだ製品企画にまで乗り出している。これまでの八方美人型の製品企画しか出てこなかったNECには考えられないほどの用途限定型だ。 MURAMASAでは、パソコンをすでに3台以上所有しているユーザーにフォーカス。そうしたユーザーがどんな利用をしているかという点を徹底的に調べて、その利便性を高めたものだ。つまり、1台目のパソコンやセカンドマシンとしての利用を想定したユーザーは、ターゲットから明確に外していた製品企画なのである。
こうした用途限定型製品が各社から登場することで、業界全体としての製品の幅が広がることになる。これまでのように各社が横並びで同じ商品を作るというシーンから脱却できるため、利用者に対しても商品の選択の幅を広げることができる。自動車業界同様にコモディティ化の動きが出てくることになるともいえる。 パソコンの家庭普及率が約6割に達し、買い換え/買い増し需要が中心になってくると、汎用的なものよりも、より用途を限定したパソコンが求められるようになっているのは当然のことだ。 そのため、メーカー各社も、汎用モデルよりも、用途明確化モデルの製品化に力を注ぎ始めている。 そうなると、メーカーの競争点は、組立PCパーツ分野のGHz/GB単位の数字争いの議論よりも、用途提案や利用シーン、製品コンセプトが、いかに利用者を掴めるか、そして、利用者に対してをうまく訴えられるかという点に移行してくるだろう。 残念ながら、NECのファミリーモデルは、そのコンセプトがまだユーザーサイドに訴え切れていない。 年末年始に大量のTV CMを行なったことで、発売時に比べると認知度は上がってきたものの、シェアを引き上げる原動力にはなっていないことからも、もっと認知度を高める必要があるだろう。 また、ソニーが年末商戦向けに投入したバイオシリーズで搭載した「ルームリンク」や「バイオメディア」といった機能のメリットも、ユーザー側に訴え切れていないと感じる。 新しいコンセプトは、浸透するまで時間がかかるが、このままでは業界全体の市況回復にはつながらない。いい商品が出始めていると感じるだけに、マーケティングや広告宣伝といった点に力を注ぐなど、ギガヘルツとギガバイトの競争とは違った企業努力が求められるだろう。そして、こうした新たなコンセプトを次々と提示することも必要だろう。 価格や性能といった点も重要なファクターだが、今年は、むしろ、どこまでユーザーに製品コンセプトを訴えられるかということが、メーカーパソコンのシェアを左右する争点となるだろう。
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(2003年1月6日)
[Text by 大河原克行]
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