後藤弘茂のWeekly海外ニュース

デジタルCATV用OSでMicrosoftとソニーが激突?



●Western Cable ShowでデジタルCATVを巡って新発表が続々

 デジタル時代のTV市場を巡る戦争が、米国で一段と活発化し始めた。Microsoftを始めとするコンピュータ系企業、ソニーなどの家電やTV機器メーカー、CATV会社や放送局などのサービス提供者、ポータル企業、半導体メーカーなど、あらゆる分野の企業が、この市場の獲得に血眼になっている。戦況は混沌としていて状況の流転も速く、外部からはわかりにくい。しかし、家電やTV/CATV業界のイベントのたびに、各社の動きが顕在化しつつある。

 12月1~4日に、ロサンゼルス近郊のカリフォルニア州アナハイムで開催されたCATV業界最大のイベント「The Western Cable Show」では、デジタルCATVの展開が見え始めた。今年のこのイベントは、とくにリリースやニュースが多く、話題になった。

 たとえば、Microsoftは、このショウでデジタルCATV用ソリューションを正式に発表。また、MicrosoftはCATV用STB(セットトップボックス)メーカーの2大巨頭のひとつ米Scientific-Atlantaと提携、次世代デジタルSTBにWindows CEを提供すると発表した。一方、TV機器業界の巨頭ソニーは、STBメーカーの2大巨頭のもう一方の米General Instrument(GI)との提携を発表、同社の次世代セットトップボックスに、ソニーのリアルタイムOS「Aperios(アペリオス)」とホームネットワーク技術を提供すると発表した。

 それだけではない、デバイスメーカーはデジタルSTB用のチップを次々に発表。またデバイスメーカーとケーブルプロバイダー(CATVサービスを提供する業者)は、Voice-over-IP技術をケーブルのインフラで推進することも明確にしたようだ。これは、ケーブルプロバイダーが、ADSLを武器にする電話会社との競争にうち勝つために、電話も含めた統合サービスを打ち出すための布石のようだ。また、デジタルSTBを核にホームネットワークでデジタル家電を連携させるという構想も、ますます活発になってきた。


●巨大なビジネスチャンス、デジタルCATV

 デジタルCATVがこんなに盛り上がっているのは、そこに巨大なビジネスチャンスがあるからだ。デジタルCATVでは、ビデオをMPEG-2で送信するだけでなく、データ放送や、オンライン旅行予約/オンラインショッピング/ホームバンキングといった各種インタラクティブサービス、Webブラウジング、E-mail、ビデオオンデマンドなど新しいサービスを提供できる。その端末であるデジタルSTBは、普及すれば、家庭のなかではホームコンピュータの役割をになうことになる。そのため、このSTBのOSやサービスを提供するアプリケーションレイヤー、デバイス、あるいはバックエンドで提供するサービスやサービスを構築するシステムなどでスタンダードを取れば、膨大な市場と、膨大なユーザーを獲得できる。各社が、デジタルCATVに血眼になっているのは、こうした展望があるからだ。


●MicrosoftがデジタルCATV向けシステムを発表

 もちろん、Microsoftがこの動きを見逃すわけはない。Microsoftは今回のWestern Cable Showで、デジタルCATVシステム向けに、TV向けソフトウェア製品とネットワークサービスのソリューションを提供すると発表した。このセットには、Windows NT Server、Microsoft Commercial Internet System (MCIS)、WebTV技術、STB用OSとしてWindows CE、それに、WebTVやMSNなどのサービスを含む。このソリューションで、TV放送とインタラクティブサービスやデータ放送を、シームレスに提供できるようになるとしている。

 これは、MicrosoftがCATV業界に向けた大きな一手のように見えるが、じつはそうではない。というのは、Microsoftは、これ以前からCATV業界に同社の技術の採用を持ちかけていたからだ。MicrosoftとCATV業界の関わりは、数年前のインタラクティブTVブームにさかのぼる。とくに'97年頃は、MicrosoftがCATV業界に積極的にアプローチをかけていることが盛んに報道された。

 その前後の状況は、最近の記事でも「Digital-TV Industry Thwarts Microsoft's Integration Efforts」(The Wall Street Journal,'98/12/3)が詳しく伝えているが、MicrosoftはCATV業界に、デジタルCATVの統合ソリューションの提供を持ちかけ、Microsoftがサービスなどでトランザクションフィーを取り、その代わりデジタル化に必要な資金はMicrosoftが投資すると申し出たと、言われている。ところが、実際には、この計画はなかなか進まなかったようだ。これまでCATV業界でMicrosoftがものにした大口契約はケーブルTVプロバイダー最大手のTele-Communications Inc(TCI)と結んだものだけ。それも、トランザクションフィーの話は契約の発表にはなく、Windows CEをTCIの採用するデジタルSTB用に500万本ライセンスするという発表だけだった。

 しかも、TCIは、デジタルSTBに関して、Sun MicrosystemsともPersonalJavaを採用するという契約を同時に発表しており、アプリケーションはJavaベースで提供することを暗示して、Microsoftにクギを刺すという念の入れようだった。このいきさつは以前に、【1月16日】「ディジタルSTBで激突! Microsoft対Sun」で伝えたが、TCIはさらに、ユーザーに提供する財務系のサービスも、MicrosoftではなくIntuitとBankAmerica、@Home Networkのトリオと3月に契約した。つまり、サービスのなかでもいちばんおいしい部分は、これもライバルのもとに行ってしまったわけだ。というわけで、TCIとの契約は、Microsoftにとって包括的なソリューションの提供と言うにはほど遠いものになってまった。

 The Wall Street Journalの記事によれば、Microsoftの戦略がうまくいっていない最大の原因は、CATV業界がMicrosoftに、大きなコントロール権を与えてしまうのを恐れているからだという。その結果、Microsoftは、これまでのような提案ではなく、中立のテクノロジ提供者として自社の戦略を変更した。それが、今回の発表だという。つまり、トータルのソリューションでケーブルプロバイダーを囲い込んで、サービスのトランザクションフィーを取って継続的な利益を上げるという方向ではなく、技術とコンポーネントを、アラカルトで切り分けられるように提供するという、より穏健な策に切り替えたということらしい。

 これは、これまでのMicrosoftの対CATV業界戦略を見ていると、すんなり納得できる説明だ。ちなみに、この記事を書いたThe Wall Street JournalのDavid Bank記者は、これまでにも非常に詳しいMicrosoftのCATV戦略のレポートを何度も書いている。


●MicrosoftとSTB最大手の提携でWindows CE版STBも

 しかし、Microsoftにはもうひとつ攻め口がある。それはケーブルプロバイダーに機器を提供するメーカーを抑えることだ。それが、Scientific-Atlantaとの提携だ。MicrosoftとScientific-Atlantaの契約では、共同でWindows CEが走りWebTV技術をベースにした次世代デジタルSTBを共同開発するとしている。また、WebTVサービスを、Scientific-Atlantaの顧客向けに提供してゆくという。これは、従来のWebTVを、家電メーカーが製造販売するのと同じように、CATVでも大手のSTBメーカーがWebTV/Windows CEベースのSTBを製造販売すれば、自動的にWindows CEとWebTV技術がスタンダードになるという構図に見える。

 しかし、こちらも、話はそう簡単ではない。まず、Scientific-Atlantaは、STB用ソフト会社PowerTVに出資しており、PowerTVのOSを使っている。「Microsoft moves deeper into cable」(Electronic Engineering Times,12/4)は、Scientific-Atlantaは次世代STBでも、Windows CEとPowerTVの両OSを使えるようにすると伝えている。また、Scientific-AtlantaもPowerTVも、PersonalJavaのライセンスを受けている。つまり、発表だけでは、まだScientific-AtlantaがMicrosoftとの提携にどれだけ比重を置くのかが見えないのだ。


●STBでソニーのOSが浮上

 MicrosoftのCATV戦略を巡る状況で、もうひとつ大きな変化は、ソニーと米General Instrument(GI)の提携だ。両者の提携話はだいぶ前から始まっていたので、それほど驚きではない。問題はその中身で、GIの次世代セットトップボックス「DCT-5000+」にソニーが開発したリアルタイムOS「Aperios(アペリオス)」を搭載すると明確にしたことだ。

 これがどうして重要かというと、ソニーとMicrosoftの4月の提携があるからだ。この提携では、両社はホームネットワークとデジタルTVで協力を発表、ソニーがWindows CEのライセンスを受けるとしていた。そのため、一時は、ソニーと協力関係にあるGIでも、ソニーの後押しで次世代デジタルSTBのOSにWindows CEを採用するのではという報道が多数登場した。その背景には、TCIがデジタルSTBを大量発注したのが、GIだという事情もある。

 ところが、今回の発表では、Aperiosがやはり浮上した。Aperiosは、以前からソニーがホームコンピュータ製品やSTBを計画しているという話が出る度に、ウワサになっていたOSで、ソニーのもともとの計画は、Aperiosをデジタル家電系機器に採用してゆくというものであったのは間違いがない。では、ソニーは、OSでの自社技術の純血を守り通すのかというと、これもそいういうスパっとした話ではないらしい。先ほどのElectronic Engineering Timesの記事では、GIのSTBも、AperiosとWindows CEの両方に対応すると伝えている。

 これ以上突っ込むには、詳しく取材しないと無理だが、いずれにせよ、ソニー対Microsoftというほど単純な話ではなさそうだ。The Western Cable Show関連の発表や報道では、このほかにも面白いものがたくさんあるのだが、それはまた、今週の別コラムとしたい。


バックナンバー

('98年12月22日)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp