米国では、ケーブルTV業界が、電話業界と戦争を始めようとしている。12月1~4日に、ロサンゼルス近郊のカリフォルニア州アナハイムで開催されたCATV業界最大のイベント「TheWestern Cable Show」に関連した各社の発表を見ると、CATV業界が電話業界と対決する、そんな構図が鮮明に浮かび上がってくる。それを象徴するのが、「Voice-over-IP (VoIP)」関連の発表が集中したことだ。
発表を見ると、ショウでは、ケーブルプロバイダ(ケーブルTVサービスを提供する大手業者)、機器メーカー、デバイスメーカーなどが、VoIP関連の発表やデモを行なったようだ。VoIPは、一気に、ケーブルプロバイダの将来の重要サービスとして浮上した感がある。これはケーブル業界が、デジタル化の先の展開としてオールインワン型サービスの提供を考えているからだ。
そもそも、ケーブルプロバイダは、デジタル化でどんなサービスを考えているのか。それは、デジタルCATVの端末となる、アドバンスデジタルSTB(セットトップボックス)の機能を見てみるとよくわかる。たとえば、STB業界最大手のひとつ、米Scientific-Atlanta社のアドバンスデジタルSTB「Explorer 2000」は、Eメール、Webブラウジング、オンラインショッピング/オンラインバンキング(スマートカードを使ったセキュリティが可能)、ビデオオンデマンド、IPテレフォニ(USBに接続)、ケーブルモデム(イーサネットでPCと接続)などの機能を備える(一部オプション)とうたっている。つまり、デジタルSTBがあれば、デジタル化したケーブル番組を見ることができるだけでなく、インターネット端末としての機能、PC用の広帯域モデムの機能、IP電話の機能を利用できるというわけだ。
そうなると、競合するのは、ADSLで広帯域通信サービスへ踏み出そうとしている電話会社となる。米国では電話会社が、ADSLサービスを本格的に展開して、音声とデータの両方の通信を押さえようと動き始めている。また、ADSLは、もともとは電話会社が、ビデオオンデマンドサービスを提供するための技術として検討していたもので、ある程度限定された双方向ビデオのサービスを、将来電話会社が提供する可能性もある。つまり、この両業界は、放送と通信の両側から、互いの市場を浸食しようとしていることになる。
●家庭へのオールインワンサービスが焦点
こうした背景から、ケーブル業界は、電話業界の領域に食い込むIPテレフォニーを、重視し始めたようだ。デジタル化で、従来のビデオにプラスして、広帯域通信から電話までを含む、オールインワンサービスを提供できるようにして、電話会社に対抗しようという意図が見える。これは、ケーブル業界の動向を考えると、当然の話だ。たとえば、長距離電話会社のAT&Tは、ケーブルプロバイダ最大手のTCIと合併を発表したが、その目的は電話サービスを含めたオールインワンサービスにある。AT&Tは、現在、足回りとなる地域電話会社を持っていない。その代わりに、TCIのケーブル網を使おうというわけだ。
もし、ケーブルプロバイダが電話も含めたオールインワンサービスを提供できれば、極端な話、電話会社は不要になる。逆に、電話会社が広帯域通信などを含めたオールインワンサービスを提供できれば、ケーブルプロバイダの付け入る隙は小さくなる。話を単純化すれば、こうした構図になる。インターネットアクセスなどの通信サービスの先には、オンラインショッピングや財務サービス、予約サービスといった、金のなる木が控えているだけに、どちらも真剣だ。
というわけで、The Western Cable Showに合わせて、ケーブル関連の機器メーカーの中には、音声やFAXを送ることができるケーブルモデムやデバイスを発表するところが出てきた。大手CATV事業者が設立した研究開発団体Cable TelevisionLaboratories(CableLabs)が、IPパケットで音声やビデオを流すための規格「PacketCable」を策定したことも、この動きの背景にある。ケーブル業界の電話サービスへの野心はホンモノのようだ。
●遅れている次世代共通STBの仕様策定
しかし、米国のケーブル業界がこれで一気にオールインワンサービスに向けて突っ走り始めるかというと、そういう気配でもない。まだまだハードルがあるからだ。そもそも、サービスの基礎となる、次世代のアドバンスデジタルSTBの共通仕様「OpenCable」が、いまだに最終スペックになっていない。最終的には、このOpenCable仕様のデジタルSTBが家電店などで小売りされるようになる。OpenCable仕様がデジタルCATVのスタンダードのSTBの姿になるはずだが、これがまだ決まっていない状態なのだ。また、OpenCableの理念は、CPUやOSは規定しないで、互換性はその上のソフトウェアレイヤーで取るという考え方でいる。よく言えば機器メーカーの自由度が高い、悪く言えば互換性とパフォーマンスの確保に疑問が残るかたちとなっている。
もっとも、OpenCable仕様はフィニッシュしていないにも関わらず、The WesternCable Showに合わせて、デバイスメーカーはすでにOpenCable準拠をうたうチップセットを発表し始めている。これは、細かな仕様のすりあわせは、ソフトやファームで対応してしまうという考えからだろう。
ただし、OpenCable仕様のSTBが登場しても、それで一斉スタートとなるかは、わからない。それは、ケーブルインフラの整備がまだ途中だからだ。ケーブルでインタラクティブサービスを提供するには、そもそも双方向設備になっていないとならないが、そうでないCATV局も、米国にはまだかなり残っている。じつは、日本の方が双方向化という意味では先に進んでいた。皮肉なことに、米国の方がCATVの普及が早かったために、施設が古い局が多かったのだ。この問題は解消されつつあるが、まだ完全ではない。
さらに、広帯域通信サービスを提供するには、双方化だけでは不十分で、HFC(Hybrid Fiber Coaxial)と呼ばれるシステムが必要だという声も多い。これは、局から中継点までを帯域が非常に広い光ファイバーケーブルで結び、そこから各家庭までを従来の同軸ケーブルで接続する方式だ。
つまり、ケーブルプロバイダは、傘下のCATV局のインフラを更新し、さらに、各家庭にアドバンスデジタルSTBを配らないと、サービスを始めることができないわけだ。
●デジタル化の資金は?
もちろん、こうした投資をすればサービスを提供できるわけだが、そこに問題がひとつある。それはケーブル業界は、資金が少なくて苦しんでいるところが多いということだ。だから、前回のコラムで書いたように、Microsoftがケーブルプロバイダにデジタル化の資金提供をもちかけて、その見返りに自社のソリューションの導入を受け入れさせようとしたという報道が、信憑性を持つわけだ。これも、AT&TがTCIと合併して、資金をそそぎ込むといった、他業種からの資金流入が進めば、解決していくのだろうが、時間がかかるのはたしかだ。
それから、ケーブル業界が電話サービスに本格的に乗り出すとなると、連邦政府からのなんらかの規制の枠がはめられる可能性もあると報道されている。また、規制という話では、もうひとつ決着のついていない重要な問題がある。それは地上波デジタルTV放送の扱いで、地上波デジタルTVをすべてそのままの解像度で放送するようにCATV局に強制される可能性もある。これは、強制しない方向で決着が着いたという報道もあったが、まだ公式には発表されていない。
それと、デジタルSTBの次の展開で、デジタル化されたコンテンツを家庭に蓄積するホームサーバー的な方向へ向かったり、ホームネットワークで、デジタル機器を相互接続したりという展開にも、まだまだハードルが残っている。機器メーカーの本命は、この方向への展開だが、この構想を実現するには、デジタルコンテンツの著作権保護の仕組みができあがらないとならない。これが、まだ業界の合意にいたっていない段階だ。
というわけで、夢は壮大だが、まだまだ実現には遠いというのがデジタルCATVのようだ。しかし、うまくすれば、家庭にオールインワンサービスを提供し、家庭のマルチメディアセンターにまで育つ可能性があるため、コンピュータから通信まで多くの企業が、この業界に関わろうと必死になっている。この注目度が、ケーブル業界の今の強味だろう。
□バックナンバー
('98年12月25日)
[Reported by 後藤 弘茂]