後藤弘茂のWeekly海外ニュース

ディジタルSTBで激突! Microsoft対Sun


●マクネリ氏がTCIの会長をビデオで紹介

マクネリ氏  その人物がステージのビデオスクリーンに登場したとき、会場からは「おおっ」というどよめきが漏れた。その人物というのは、米国最大のCATV会社、米Tele-Communications(TCI)社を率いるジョン・マローン会長兼CEO、ステージというのは先週開催された家電関連ショウ「Consumer Electronics Show (CES)」のスコット・マクネリ氏(米Sun Microsystems社会長兼CEO)によるキーノートスピーチの舞台だ。そして、どよめきが漏れたのは、この組み合わせが意表を突いたからにほかならない。

 このどよめきの理由を説明するには、米国のCATV業界のこの1年の動向を解説する必要があるだろう。

 CATV業界は、昨年中盤から米Microsoft社から強力なアプローチを受けていた。Microsoftは、TVをカギとしたホーム市場攻略の戦略を立て、とくに夏ごろからはCATV業界をターゲットにしてきたらしい。CATV業界が導入する、次世代のディジタルCATVのためのディジタルSTB、このソフトをMicrosoftが提供しようというわけだ。そこで、6月には米国の大手CATV会社のComcast社に10億ドルの大型投資を行ない、また8月頃にはCATV業界にセットトップボックスの技術を売り込んでいるというニュースも流れた。

 そして、昨年の終わり頃からは、業界リーダーのTCIがMicrosoftと、STBのOSで交渉をしているというウワサがしきりと流れ始める。先週、CESに行った時も、この話を複数のソースから聞いており、話はかなり具体化しているものと見られていた。

 マクネリ氏が、マローン氏をビデオでスピーチに登場させたのは、そんな状況のなかでだった。言うまでもなく、CESは家電関連のショウであり、参加者はCATVの動向にも敏感だ。だからこそ、SunとTCIが手を結んだというのは衝撃だったのだ。この日、Sunが発表したのは、TCIがPersonalJava(家電などへの組み込み向けのJava)を次世代のディジタルSTBの標準のソフトウェアアプリケーション環境として採用すること。つまり、ディジタルSTBの目玉である多彩なネットワークサービスが、Javaベースで提供されるようになるというわけだ。


●Microsoftは500万のWindows CEをTCIに

ゲイツ氏  TCIがMicrosoftとの話をひっくり返してSunと組んだ……、とも受け取られる展開だったが、話はそれで終わらなかった。その翌朝行われた、Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CEOのCESキーノートスピーチでは、今度は、ゲイツ氏がTCIとの契約を発表したのだ。それによると、TCIはWindows CEを最低でも500万のディジタルSTBに採用するという。MicrosoftはTV環境向けに開発したWindows CEのバージョンをWebTV Networksの技術と統合して提供する予定だ。

 TCIを巡るこの大混乱で、当然ゲイツ氏にも会場からSunとTCIの取引についての質問が飛んだ。それに対して、ゲイツ氏は、PersonalJavaはあくまでもサブセットで、Windows CEはすべてのSTBに入るが、Javaはそうではないと語った。また、STBに向けたアプリケーションの開発者は、Javaだけではなく、Windows CEのネイティブの環境でも開発できると念を押した。

 これを整理してみよう。TCIはディジタルSTBのデバイス自体は、すでに米NextLevel Systems社(STB最大手のGeneral Instrumentから分離したネットワーク機器会社)から購入すると昨年12月に発表している。そして、今度はOSはMicrosoftのWindows CE、そしてアプリケーションプラットフォームはSun MicrosystemsのPersonalJavaになると発表したわけだ。

 TCIとMicrosoftの交渉は、昨年後半から行われていたと見られており、CESの前にはかなり具体的になりはじめていたと思われる。それに対して、SunはこれまでTCIのニュースではほとんど登場して来なかった。ということは、Sunとの話はあとから出てきたという可能性が高い。では、わざわざMicrosoftと組んで置いて、その上でSunと組んだのはなぜだろう?


●毒をもって毒を制す、TCIマローン氏の戦術

 ディジタルSTBというのは、見かけは従来通りのSTBだが、中身はこれまでのCATV用STBとはまったく違う。MPEG 2ディジタルビデオのデコード、Webブラウジング、Eメール、電子番組ガイドなどの機能を持ち、オンラインショッピング、オンラインゲームなどさまざまなサービスも受けられるデバイスになると言われている。これは、まんまコンピュータであり、もはやSTBではない。Intelの用語を借りれば、セットトップコンピュータと呼んだ方がふさわしい。そして、こうしたボックスのソフト面を作るノウハウは、コンピュータ系企業でないとなかなか提供できない。おそらく、ディジタル化を急いでいるTCIには、Microsoftのソリューションはそれなりに魅力的だったのだろう。

 しかし、Microsoftと組むというのは、危険と同居するという意味でもある。それは、PC業界でMicrosoftがプラットフォームを握って牛耳ってしまった例が目の前にあるからだ。そのため、CATV業界は、自分たちの業界がPC業界と同じようにMicrosoftに支配されてしまうのを警戒していると思われる。とくに、TCIのマローン氏は、以前からMicrosoftをけん制する発言(例えば、Microsoftはコンピュータ業界でしたようにこの業界も独占はできないといったような)を行っていると報道されている。では、Microsoftを抑制するにはどうすればいいか。その回答が、おそらく今回の、Microsoftと角を突き合わせているSunを引き込むという戦略だったのだろう。このように、対立勢力のパワーバランスの上で、自己の力を築こうというのは古典的な手法で、驚くには当たらない。

 さて、TCIは、OSはMicrosoftにまかせるとしても、アプリケーションプラットフォームはSunに分離することで、Microsoftがアプリケーションを支配するのを防ごうとしている。しかし、Microsoftにとっては、これではせっかくSTBのOSを取った意味がない。というのは、Microsoftの目的はOSを売ることではなく、アプリケーション(サービス)やそのトランザクションを支配するというのが究極の狙いだと思われるからだ。ゲイツ氏は「TCIとはいいパートナーシップ」と言っていたが、内心はしてやられたという思いではないだろうか。今回は、マローン氏が、ゲイツ氏とマクネリ氏をうまく手玉に取ったと言ってもいいかも知れない。

 また、CATV陣営は、ほかにもSTBメーカーやソフトメーカーを縛る手段を講じている。それはディジタルSTBの標準仕様の策定だ。大手CATV事業者が設立した研究開発団体Cable Television Laboratories(CableLabs)では、現在「OpenCable initiative」を策定している。MicrosoftもこのOpenCableに準拠すると、TCIとの契約の発表で表明しており、これがスタンダードになることは確実だ。これも、Microsoftのプロプラエタリな技術をデファクトにさせないための盾になるかも知れない。


●ディジタルTVの登場でCATVもディジタルに

 ところで、なぜCATV業界は突然ディジタル化へ大きく舵を切ったのだろう。それには、米連邦通信委員会(FCC)が米国の地上波TVのディジタル化を決めたことと関係している。地上波TVは3大ネットワークをはじめ、主要都市のTV局はどれも'98年11月からディジタル放送を開始する。しかし、現実には米国の家庭の6割はCATV経由でTVを見ている。そのため、CATVがディジタル化しないと、TV放送のディジタル化は意味が薄くなってしまう。また、CATV会社の方も、地上波ディジタルTVや衛星ディジタルTVがどんどんディジタルの強味を活かしたサービス、例えばデータ送信などのを始めた場合、シェアを食われる可能性がある。そのため、ディジタル化は急務と考えているという。

 ところが、問題は財源だ。STBをディジタル化するのはいいが、そのコストはどうするのか。コスト分をユーザーに請求することは難しい。となると、ディジタル化によって新しく金を取る仕組みが必要となる。それが、新しいサービスの提供だ。TV番組を流すだけでなく、オンラインでさまざまなサービスを提供することで、プラスアルファの収入を得るというのがCATV会社の描く構図だろう。そして、MicrosoftやSunの力が欲しいのは、この部分でもある。MicrosoftはWebTV NetworksやWebコンテンツで、SunはOpenTVですでにこうしたサービスを提供し始めている。

 というわけで、MicrosoftとSun、宿命のライバルの対決はいよいよコンピュータ業界を出てディジタルSTBにも広がり始めた。事態はまだまだ流動しそうなので、注目が必要だ。

('98/1/16)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp