【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

「Intel対FTC」と「Microsoft対司法省」の大きな違い


●FTCの発表でもIntel株は下落せず

 予測されていたうちで、もっとも軽い事態-今回のFTC(米連邦取引委員会:Federal Trade Commission)による米Intelに対する行政審判は、米国のメディアなどではこう受け止められているようだ。

 その証拠に、FTCの発表後も米国ではパニックは起きていない。Intelの株価も、ほとんど動かなかった。株価に関しては、Merced延期発表での下落の方がはるかに大きかった(ただし、この下落にはFTCの提訴の予測がすでにある程度織り込まれていたようだ)。米国の新聞の報道でも、米Microsoft提訴の時のように「歴史的な」といった、派手な形容は一切見られない。それどころか、Intelの当面のビジネスにはそれほど大きな影響を及ぼさないという観測が大勢を占めている。

 Intel経営陣の受け止め方もまた平静に見える。PC Watchの「Intel、FTCの審理開始決定を受けて緊急会見」も伝えているように、来日中のIntelのクレイグ・バレット社長兼CEOも、「過去、訴訟によって製品の出荷やビジネスに影響が出たことはなく、今回もそのようなことはない」と自信を見せている。


●もしFTCが勝ったとしても大きな影響はない?

 Microsoftの提訴の時とは、対照的なこの展開。どうしてここまで今回は静かなのだろう。それは、Intelがこれから直面する行政審判とMicrosoftの抱えている裁判では、賭けられているものがぜんぜん違うからだ。つまり、もしIntelがFTCに完敗したとしても、たいしたことにならないと受け止められているのだ。

 今回の提訴で、FTCが発表したプレスリリースや訴状を見ると、それがよくわかる。FTCのIntelに対する訴えは、司法省のMicrosoftに対する訴えと比べると、非常に限定されている。そのため、FTCが完勝したとしてもIntelは、製品の仕様や基本戦略にほぼ影響を受けない。これは、完敗した場合に、製品仕様の変更からOEMとの契約、さらに今後の製品戦略まであらゆるものが影響を受ける可能性があるMicrosoftのケースとは大きく違う。

 米Business Week誌が、FTCがIntelに対して捜査を行なっていることを報道してからこの1ヶ月間流れていた報道の中には、FTCがIntelに対してもっと突っ込んだ審判を始める、という憶測も多かった。しかし、今回の行政審判に関しては、その芽は消えたわけで、Intel関係者もほっと胸をなで下ろしているかもしれない。


●DECとIntergraph、Compaqの3件が問題に

 FTCは、今回、IntelがPC向けの半導体市場を事実上支配しているそのパワーを違法に使って、より支配を固めようとしたと訴えている。

 今、PCやPCサーバーやWindows NTワークステーションを作ろうとするハードウェアメーカーは、Intelからの技術情報がないと市場で競争できる製品の開発ができなくなっている。FTCは、Intelがそうした状況を利用して、顧客でもあり競合する相手でもあるメーカーに、「Intelは必要な技術情報を断つことで報復したり、半導体供給も断つと脅迫した」と主張している。その上でFTCは、Intelがこうした行動に出ると「他企業はIntel支配に挑戦する新フィーチャーを発明する意欲ををほとんど持たなくなってしまう」と、業界への影響を指摘している。

 つまり、Intelが市場の独占力を不当に利用してそれを維持・拡大しようとしたため、技術革新が阻害されている可能性があるとしたわけだ。FTCのこの論の展開は、司法省によるMicrosoft提訴の論と、おおまかな流れは同じだ。しかし、具体的に糾弾している内容とその重大度はかなり違う。

 FTCはIntelが3顧客に対して、こうした不当な行為を行なったと指摘している。米Digital Equipment(DEC)と米Intergraph、それに米Compaq Computerの3社だ。

 DECのケースでは、FTCはDECがIntelを特許侵害で訴えた'97年5月の件を取り上げている。FTCは訴状で、IntelがDECの告訴に応酬して、PCを開発に必要な情報の提供を取りやめ、さらに半導体自体も供給しないと脅迫したとしている。

 Intergraphのケースでは、FTCはIntergraphが自社のWindows NTワークステーション用に独自チップセット「Clipper」を開発した件を取り上げている。FTCは訴状で、IntelがClipperの技術をロイヤリティ無しで得ようと試み、それが受け入れられないとWindows NTワークステーションを開発し続けるために必要な技術情報の提供を止めたとしている。

 Compaqのケースでは、FTCは'94年11月に、Compaqが米Packard Bell Electronics(現在Packard Bell NEC) を告訴した件を取り上げている。FTCは訴状で、CompaqはPackard BellがCompaqの技術をマザーボードで使っていると訴えたが、IntelはPackard Bell側に肩入れして、Compaqに対しての一部の技術情報の提供を止めたとしている。

 FTCは、こうしたIntelの行為が、Federal Trade Commission法に違反しているとした。そして、Intelが顧客に対して、顧客が持つ知的所有権をライセンスしたり売るように強いるために、製品や技術の情報を差別的に止めると脅すことが、再び起きることを防ぐための救済策を求めると言っている。ただし、FTCは、Intelの側に合法的なビジネス的理由があるときは、顧客に対して製品や技術へのアクセスを変えるのは自由だとも付け加えている。つまり、Intelは、もし負けてしまった場合でも、ある顧客が自分と知的所有権を巡って敵対した場合に、Intel MPUを搭載したシステムを作るために必要な情報を、他の顧客に対するのと同様に、その顧客に対して与え続けることを約束するだけですむわけだ。

 一方、FTCのこうした主張に対するIntelの側の反論は、すでに同社のWebサイトにポストされている。それによると、Intelは、同社の主力であるMPUビジネスへの攻撃に対する防御として、知的所有権を主張する法的権利を持っていると主張している。そして、FTCが、この件で、どの市場でも競争を阻害していることを示すことができていないと指摘している。


●ライバルたちへの影響は?

 この行政審判で、IntelとFTCのどちらが勝つのかは見当がつかない。しかし、訴状を見る限り、Intelはもし万が一負けてしまった場合でも、それほど重大な影響を受けないように感じられる。少なくとも、審判が始まることで、Intelが現在のMPU製品計画などを変更する可能性は、まずないだろう。

 では、今回の審判は、Intelのライバルたちにはどんな影響を与えるのだろう。

 まず、米AMDや米National SemiconductorといったMPU市場での競合相手に対しては、直接的にはほとんど影響がない。ただし、間接的には影響が出る可能性もある。それは、Intelに対するPCメーカーの立場が、より強くなる可能性もあるからだ。Intelは審判で勝つとしても、当面はFTCの目を気にして注意深く行動をしなければならなくなるかもしれない。すると、PCメーカーは、Intelに対しての気兼ねが減ったと感じ始めるだろう。

 たとえば、あるPCメーカーがIntel以外のMPUを採用を検討していたとする。そのメーカーが、もし、Intelとの良好な関係を損なうことを恐れて、非Intel MPUの採用に躊躇しているようなケースがあるとしたら、今回の審判は非Intelにとって有利に働くだろう。Intel製でないMPUを採用しても、情報提供などの面で不利になる心配が少なくなるからだ。もっとも、現実には、ローエンドPCの市場では価格プレッシャから、すでに一部メーカーでIntel離れが起きており、今回の審判で大きな影響が出るとは考えにくい。

 Intelと製品で競合するチップセットメーカーやグラフィックスチップメーカーの場合も、今回の審判ですぐに影響を受けることはないだろう。しかし、彼らはライセンスや技術情報の提供などの面で、Intelが今後、態度を軟化させることを期待するようになるかもしれない。

 さて、FTCによる行政審判は、今後、審理を経て、もしIntelが勝てば無罪放免、もしIntelが負ければ、Intelに対して是正命令が出されるという流れになる。しかし、Intelは、負けた場合でも連邦控訴裁判所に控訴ができる。実際、プレスリリースでは控訴を辞さない態度を明確にしており、簡単に決着はつかないかも知れない。

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('98/6/10)

[Reported by 後藤 弘茂]


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