非同期通信レポート 第29回

V.90対応モデム試用レポート

TEXT:法林岳之


これからの56kbpsモデムはV.90だ

 PC Watchでもお伝えしている通り、'96年秋以来、Rockwell International(以下Rockwell)やLucent Technologies(以下Lucent)が提唱するK56flexと、3Comが(旧U.S.Robotics)が推進するx2 Technologyという2つの規格に準拠した製品が市場に流通し、混乱を極めていた56kbpsモデムが今年2月に開かれたITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)の会合で基本合意に達し、標準化のメドが立った。今回の合意では勧告までに再び規格が変わらないようにするため、V.90を構成する技術が凍結され、仮に与えられていた『V.pcm』という勧告名から『V.90』に改められている。

スリーコム SPORTSTER SUPER V.90
スリーコム SPORTSTER SUPER V.90

 こうした動きを受け、各モデムメーカーからはアップグレードに関するアナウンスや新製品が発表されている。なかでも積極的にV.90への対応しているのが3comだ。今回は同社の日本法人であるスリーコムジャパンが国内向けに販売している『SPORTSTER SUPER/SP560S』をV.90対応にしたものを入手できたので、早速、テストを行なってみた。



2つの56kbpsプロトコルからV.90勧告へ

 まず最初に、V.90基本合意への経緯などについて少し説明しておこう。冒頭で紹介したように、56kbpsモデムが一般的に知られるようになったのは、'96年秋までさかのぼる。'97年には両陣営がそれぞれの規格に準拠した製品を投入し、国内ではスリーコムジャパン(旧USロボティックス)やアイワソニーオムロンなどがx2対応製品を、マイクロ総合研究所サン電子NECダイアモンド・マルチメディアシステムズなどがK56flex製品を販売していた。メーカーの数的にはK56flex陣営が有利だったが、オムロン、アイワといったビッグネームがx2対応製品を販売したため、シェア的にはほぼ五分五分の状態だった。ただ、PC本体に内蔵されるモデムは、圧倒的にK56flexが多い。

 プロバイダ側はグローバルオンライン(GOL)、IBMインターネット接続サービス(ネットパスポート)、AOLジャパンなどがx2対応、NIFTY-ServeBIGLOBEInfoSphereMSNなどがK56flex対応のアクセスポイントを設置し、サービスを提供している。なかにはAIX('98年1月にサービス終了)やODN(日本テレコム)のように、両方のアクセスポイントを設置するプロバイダも登場した。

 しかし、モデムメーカー、PCメーカー、プロバイダが力を入れている割に、56kbpsモデムは売り上げが伸びず、今ひとつ普及しなかったのも事実だ。雑誌などのアンケートを見ても、相変わらず28.8/33.6kbpsモデムを利用しているユーザーが多い。これはユーザーが「規格統一されてからでも遅くない」「どうせならISDNに乗り換えよう」と判断したためだろう。

 こうした市場の動きを反映してか、K56flexとx2の両陣営は'97年12月に歩み寄りを見せる。3ComとMotorolaの技術を採用した業界標準規格を策定することで合意に達する。このときの仲介役を買って出たのがIntelだったと言われている。

 そして、'98年2月のITU-Tの会合で56kbpsモデムの標準規格がまとまり、V.90という勧告名も与えられている。同じ2月には3ComとLucent Technologiesの間で互換テストが行なわれ、2月下旬には早くもβテストが開始されている。

 一方、V.90を構成する技術の内、どのような部分がx2やK56flexの技術を採用しているのだろうか。たとえば、変調に関わるData Encoding or Mapping、ネゴシエーション部分で通信速度や圧縮プロトコルなどを決めるSignaling and Training Sequenceの部分はいずれもx2の技術と同じものを採用している。そのため、接続速度の区切りは、56,000/54,666/53,333/52,000/50,666/49,333/48,000/46,666 bps……といった具合いに、1,333bps刻みになっている。逆に、フィルタリングなどを行なうSpectral Shapingという技術については、Motorolaの技術が採用されている。つまり、結果的にV.90はx2とK56flexの折衷案的な内容になったというわけだ。


V.90対応のSPORTSTER SUPER

SPORTSTER SUPER 縦置き
縦置きも可能
 今回、試用したSPORTSTER SUPERは、スリーコムジャパンがU.S.Roboticsブランドで販売していた製品にV.90対応DSPソフトウェアを書き込んだもので、間もなく市販されるものと同等の仕様となっている。

 筐体は曲線を活かしたデザインを採用しており、前面に8個のLED、左側面にボリュームスイッチと電源スイッチがある。スピーカーは上面パネルの内側に格納されている。本体右側面には縦置き用のスタンドが格納されており、引っ張り出すと写真のように縦置きにすることもできる。電源はACアダプタを採用しているが、昨年春に販売されていたものよりもコンパクトなものに変更されている。

 同社ではすでに既存のx2製品からのバージョンアップサービスを開始しており、このSPORTSTER SUPER用のバージョンアッププログラム(Windows用)も公開されている。バージョンアップは指定のファイルをダウンロードして展開し、ファイルを実行するだけだ。接続されているCOMポートも自動的に検出されるので、初心者でも悩むことはないだろう。


バージョンアップ画面その1 バージョンアップ画面その2
SPORTSTER SUPERバージョンアップ画面

 DSPソフトウェアのバージョンアップは、ほんの数分で終了する。ちなみに、Macintosh環境についてはバージョンアップ専用サーバへのアクセスソフトをダウンロードし、そのアクセスソフトを使って専用サーバからダウンロードする仕組みになっている。Windowsとはアップグレード方法が異なる点に注意したい。また、その他の製品のアップグレードについては、こちらのページを参照して欲しい。

 旧U.S.Roboticsの製品はATIコマンドで、さまざまな情報を得ることができるが、DSPソフトウェアを書き込んだ後、ATI7を入力すると、以下のようなConfiguration画面が表示される。1行目のProduct typeにJapan External、3行目のOptionの行にV.90の文字が見えることからも日本向けV.90対応製品であることがわかる。

SPORTSTER SUPER(V.90) Configuration画面
SPORTSTER SUPER(V.90) Configuration画面


テスト環境などについて

 今回のテストでは、インターネットプロバイダのグローバルオンライン(GOL)にご協力いただき、フィールドテスト用アクセスポイントに接続し、ホームページディレクトリとFTPによってファイル転送をすることにした。転送するファイルは1MBのLZHファイルとTEXTファイルで、get(ダウンロード)に要した時間を5回ずつ計測し、それぞれの平均値を求めた。また、56kbpsモデムはV.34/33.6kbpsモデムなどと同じように、圧縮プロトコルのV.42bisを併用しており、現実的な数値がわかりにくくなるため、100KBのGIFファイルとJPEGファイルもダウンロードし、比較に加えることにした。

 さらに、V.90対応モデムとの比較対象として、アップグレード前の『SPORTSTER VOICE/SP560V』、V.34/33.6kbps対応の『Courier/CR560』を用意し、まったく同じ条件でファイル転送テストを行なった。

 ちなみに、グローバルオンラインではフィールドテストの結果を踏まえ、V.90のサービスを行なう予定にしており、x2対応のスリーコム製品のオンライン販売も実施している。スリーコム製のx2対応モデムは無償アップグレードが実施されるので、今の段階で手を出しても何ら問題はない。興味のあるユーザーはグローバルオンラインのホームページを参照していただきたい。

 回線については、アナログ回線ではなく、ISDNターミナルアダプタのアナログポートに接続した。これは単に筆者の環境に、すでにアナログ回線がなくなってしまったこともあるが、より品質のいい環境でどれだけ差が出るのかを見るという目的もあるため、敢えてISDN回線でのみテストを行なった。

 ちなみに、スリーコム製アクセスサーバを使ったV.90フィールドテストは、すでに国内12社のプロバイダで実施されており、間もなく正式サービスが開始されることになる。V.90対応を表明しているプロバイダの情報はこちらで見ることができる。


ネゴシエーション時の音に驚かされる

 V.90対応のSPORTSTER SUPERを使い、グローバルオンラインのフィールドテストのアクセスポイントに電話を掛ける。まず最初に驚かされるのは、そのネゴシエーション時の音だ。V.34勧告時にV.8というスタートアップシーケンスのプロトコルが採用され、ちょっと変わった音が聞かれるようになったが、V.90では「ビョ~ン」という聞き慣れない音がさらに加わっている。

V.90接続時のダイアログボックス
 接続速度は49333/48000bps程度がほとんどで、早朝などの時間帯で52000bpsを記録することもあった。x2対応のSPORTSTER VOICEでもほぼ同様の結果だった。ちなみに、国内で非公式にV.90をテストしているBBSがあり、そこにも何度か接続テストを試みたが、接続速度は50666bpsまでだった。

 ちなみに、接続時のプロトコルの判別についてだが、x2対応モデムからV.90/x2両対応にアップグレードした製品では、まずV.90で接続を試み、これに失敗するとx2で接続する。つまり、双方がV.90/x2対応であれば、V.90優先で接続されるわけだ。K56flex/V.90両対応の製品はまだ出荷されていないが、現在得た範囲の情報に寄れば、Rockwelll製チップ搭載製品ではまずK56flexで接続を試み、失敗するとV.90で接続するようになるそうだ。

 次に、実際にWWWページなどをブラウズした様子だが、これは昨年x2対応製品をレポートしたときと、あまり印象は変わらない。ISDN回線の64kbps同期通信モードには及ばないが、明らかに28.8/33.6kbpsモデムで接続したときよりも快適であることは間違いない。PC Watchのコラムのように、画像の多いページでもそれほどストレスを感じることなく、ページをブラウズすることができる。

 動作も安定しており、途中で回線が切れたり、極端に反応が鈍くなってしまうことはなかった。従来のx2対応製品では、接続時に高い速度で接続しても、終了時には速度が落ちてしまうという問題が指摘されていたが、V.90対応SPORTSTER SUPERではそういった問題は起きておらず、改善されているとの印象を受けた。ただ、長時間接続したり、回線の状態によっては、同じような問題が起きる可能性はある。

 ただ、接続速度については、今後改善される可能性もある。それは先月発表された郵政省の規制緩和があるためだ。今回の規制緩和ではホスト及びクライアントの通信機器の信号レベルの制限が見直されている。この新しい規制に基づいて、ホスト及びクライアント用モデムを修正すれば、さらに高い速度で接続できる可能性がある。特に、56kbpsモデムについては、当初からホスト側の信号レベルの制限を修正すれば、接続速度を56kbpsに近づけることができると技術者が述べており、今回の規制緩和はV.90正式勧告を控えていることもあり、なかなかいいタイミングだったと言えるだろう。


テスト環境などについて

 さて、気になるファイル転送テストの結果だが、以下の表をご覧いただきたい。

TEXTファイル
(1MB)
LZHファイル
(1MB)
GIFファイル
(100KB)
JPEGファイル
(100KB)
V.34対応COURIER 23秒 267秒 27秒 27秒
x2対応SPORTSTER VOICE 23秒 208秒 21秒 21秒
V.90対応SPORTSTER SUPER 22秒 192秒 19秒 19秒

 まず、TEXTファイルの値に差がないのは、V.42bisによる圧縮がフルに利き、DTE速度(PC~モデム間の速度)に近づいているためだ。これに対し、LZHファイルはすでに十分圧縮されているため、本来のパフォーマンスの違いが表われている。ただ、圧縮済みのファイルをV.42bisでさらに圧縮しようとするため、ロスも生じているはずだ。しかし、2倍とまではいかないものの、33.6kbpsモデムよりも40%は高速化されているのは十分大きなメリットと言えるだろう。

 一方、画像ファイルについてだが、約100KBというと、このページの最初の方で紹介したSPORTSTER SUPER(V.90)の画像をクリックしたときに表示されるJPEGファイルより少し小さい程度だ。WWWページに利用する画像としては中程度と言えるだろう。この程度の画像についても同じように、33.6kbpsモデムに対して約40%の高速化が認められる。

 x2対応製品との差はあまり大きくないが、これは元になっているハードウェアがほぼ同じであり、ファームウェアのブラッシュアップが安定度を増す方向に振られたためということだろう。


V.90対応モデムは買いか?

 これらの結果を踏まえ、V.90対応モデムが買いか否かを考えてみよう。

 まず、ユーザーとして気になるのは、いつ頃からV.90対応アクセスポイントがサービスされるかだが、前述のようにスリーコム製アクセスサーバを採用しているプロバイダは比較的早い時期に対応してくる可能性が高い。導入コストや手間もそれほど大きくないからだ。早ければ、5月中に試験サービスを実施するところもあるはずだ。

 逆に、すでにK56flex対応アクセスポイントを設置しているプロバイダは、アセンドコミュニケーションズなどのアクセスサーバの対応時期がハッキリしていないため、サービス開始がいつになるのかがつかめていない。ただ、V.90への無料アップグレードを行なうことは発表しているので、おそらく今夏までにはV.90/K56flex対応のアクセスポイントを設置するところも出てくるだろうと見ている。

 現在、いずれの規格に準拠したアクセスポイントを設置していたとしても、V.90が正式に勧告される今秋には、V.90対応アクセスポイントが当たり前になっているはずだ。もし、自分の契約しているプロバイダが対応していなければ、真剣に乗り換えを検討してもいいくらいだ。

 一方、クライアント側モデムについてだが、x2対応製品はここでも紹介したように、V.90にアップグレードしてもV.90/x2両対応製品として利用できるというメリットを持っている。万が一、V.90の仕様が変更されたとしても今回と同じように、DSPソフトウェアを書き換えれば済むため、安心して購入することができる。

 これらの要素とテスト結果を踏まえ、総合的に判断すると、やはりV.90対応モデムを購入する価値は十分あると言えるだろう。特に、現在契約しているプロバイダがx2に対応しているのであれば、もう迷うことなくx2対応56kbpsモデムを購入し、V.90にバージョンアップすべきだ。DSPソフトウェアのバージョンが上がっているため、接続性や安定度も向上しているからだ。

「もはや28.8/33.6kbpsモデムを使い続ける意味はない」

と言ってしまっても過言ではない。28.8/33.6kbpsモデムはPIAFS/32kbpsと同等か、それ以下でしかなく、モデムの動作を制御するファームウェアやDSP用ソフトウェアのバージョンも古い。56kbpsモデムは単にモデムを交換するだけで高速化でき、28.8/33.6kbpsモデムよりも確実に高速、動作も安定しているのだから、買って損はしないはずだ。

 一方、x2対応以外の製品はどうだろうか。Rockwell製チップ搭載のK56flex対応製品はアップグレードすると、V.90のみの対応になってしまうため、プロバイダの対応を慎重に見極める必要がある。特に、複数のプロバイダと契約していたり、複数の接続先を持つユーザーは、両方がV.90に対応しなければ、V.90アップグレードのメリットを活かせないからだ。

 Lucent製チップ搭載のK56flex対応製品は、V.90/K56flex両対応へのアップグレードが可能なので、現時点でK56flex対応製品を購入しても構わないだろう。ちなみに、Lucent製チップは、IBMAptivaシリーズなどのオールインワンPCにも採用されており、順次、V.90アップグレードサービスが行なわれるはずだ。実際に購入する際に、モデムチップがRockwell製かLucent製かを知りたいときは、メーカーに問い合わせてみるといいだろう。


[Text by 法林岳之]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp