【法林岳之の非同期通信レポート】

法林岳之の非同期通信レポート 第15回

56kbpsモデムの実力やいかに?

TEXT:法林岳之


Sportster Voice 56K
56kbpsモデムってなんだ?

 14.4kbps、28.8kbps、33.6kbpsと進化してきたアナログモデムだが、デジタル技術を応用した新しい製品が登場した。PC Watchでも何度となく紹介してきた56kbpsモデムだ。従来の28.8/33.6kbpsモデムの約2倍、ISDN回線に匹敵するパフォーマンスがアナログ回線で得られるという56kbpsモデムだが、いよいよ4月25日に国内初の56kbpsモデムがUSロボティックスから出荷された。

 56kbpsモデムについてご存じない方のために、ごく簡単にそのタネあかしをしておこう。まず、従来のアナログ回線用モデムは、パソコンから送り出されたデジタル信号をモデムの内部でアナログ信号に変換し、相手のモデムに送信している。アナログ信号を受信した側は再びモデム内部でデジタル信号に復元し、パソコン(あるいはホストコンピュータ)に渡している。つまり、少なくとも2回以上はアナログ信号とデジタル信号の相互に変換していることになる。ところが、この変換時にノイズが発生し、信号にロスが出てしまうため、アナログ回線の通信速度には限界があったわけだ。余談だが、その昔、アナログ回線では20kbps程度が限界と言われていた。

 これに対し、56kbpsモデムはノイズが発生するアナログ/デジタル変換の回数を減らすことにより、ISDN回線に匹敵する速度を実現している。ただし、その速度が実現できるのはダウンストリーム(下り方向)のみで、アップストリーム(上り方向)についてはV.34相当の33.6kbpsが最大値となっている。しかし、WWWのページのブラウズを中心とした環境ではダウンストリームの速度が重要であり、大半のプロバイダがISDN回線を敷設していることを考えれば、56kbpsモデムはインターネットに最適という捉え方もできる。


2つの規格が存在する56kbpsモデム

 何ごともなく、56kbpsモデムが出荷され、サポートするプロバイダやパソコン通信サービスが増えてくれば、ユーザーにとっては非常にうれしい限りだが、残念なことに56kbpsモデムには複数の規格が存在し、相互に接続することができないのだ。

 当初、56kbpsという通信速度を実現する規格には、モデムチップセットメーカーとしては最大のシェアを持つRockwell Internationalとセンター側の機器を販売するAscend Communicationsが推進するK56Plus、コンシューマー向けモデムでは最大のシェアを持つU.S.Roboticsのx2 Technology、そして旧AT&TのLucent Technologiesが提唱するV.flexの3つが存在した。この内、昨年末にK56Plus陣営とV.flex陣営が相互接続性を確保したK56flexを策定することで合意に達し、現在では規格は2つに統合されている。

 その後、業界各社による標準化団体OPEN 56K Forum設立、3comによるU.S.Roboticsの買収、Hayes MicrocomputerCardinal Technologiesを買収してx2陣営に参加など、数カ月の間に目まぐるしい動きがあったが、結局、x2方式K56flex方式という2つの規格の製品が市場に流通することになった。


国内初の56kbps対応モデムがいよいよ発売開始

Sportster Voice 56K
 今回出荷されたのはUSロボティックスが国内向けにローカライズしたSportster Voice 56K(SP560V-P)だ。なお、Courier 56K(CR550)も同時発売を予定していが、こちらの発売は5月中旬に延期された。Courierはビジネスユースを意識した製品であるのに対し、Spotsterは個人ユーザーをターゲットにした製品だ。その内、編集部で入手したSportster Voice 56Kについて紹介しよう。

Sportster Voice 56K LED  Sportster Voice 56Kは、U.S.Roboticsのモデムのシェア世界No.1の原動力となったSportsterシリーズにボイス機能を追加したものだ。筐体は当初Macintosh用に採用されていたグレーの横長のものを採用している。写真はやや大きく見えるが、実際に手に取ってみるとかなりコンパクトだ。前面には8つのLED、左側面に電源スイッチとシーソー式ボリュームスイッチ、背面にRS-232CポートやTEL/LINEコネクタなどが並んでいる。ボイスモデム特有のものとしては、上面にスピーカー、背面にマイク及び外部スピーカー端子、前面右端に内蔵マイクが配されている。

 また、従来の同社製品同様、各プロトコルはTexas InstrumentsDSPで実現されており、将来的に通信規格がバージョンアップしたときもDSPソフトウェアを書き換えるだけで対応することが可能だ。

 パッケージにはボイス/データ/FAXソフトのBitWare 3.10.10日本語版Cheyenne Software)、WebブラウザのInternet Explorer 3.0日本語版、GUI通信ソフトのNIFTY Managerなどが添付されている。

 購入価格は22,800円(T-ZONEミナミ)だが、'97年4月25日~5月31日までの間、限定5,600台に限って3,000円のキャッシュバックが受けられるキャンペーンが実施されているため、実質的には2万円以下ということになる。



アスキー・インターネット接続サービスがいち早く56kbpsアクセスポイントを設置

 どんなに速いモデムが発売されても接続する先がなければ、まったく意味がないが、幸い、発売と同時にアスキー・インターネット接続サービス(以下AIX)がx2/56kbps対応のアクセスポイントを設置し、サービスを開始している。余談だが、AIXはISDN回線のMP(Multilink Protocol)やPIAFS対応アクセスポイントをいち早く設置した実績もある。基本料無料ということもあり、新しい通信技術に興味があるユーザーなら、IDを持っていても損はないだろう。

 AIXの他にもGIGANETが東京アクセスポイントでx2/56kbpsの接続サービスを開始したほか、グローバルオンラインジャパンもx2/56kbpsへの対応を表明している。これらのプロバイダーでは、USロボティクスのモデム購入者に対し、一定期間無料で体験アクセスができるキャンペーンを実施している。


56kbpsモデムのパフォーマンスは?

接続時のダイアログボックス  56kbpsモデムのパフォーマンスを測るため、Sportster Voice 56KをAIXに接続してテストを行なってみた。はたして本当にISDN回線並みのパフォーマンスは得られるのだろうか

 まず、接続速度だが、x2モデムもV.34モデムなどと同じように、回線状態に応じて接続速度が変化する。製品名に謳われている56kbpsはあくまでも最大値でしかない。今回のテストでは右の画面のように、52000bpsで接続することが多かった。接続そのものは非常に安定しており、接続に失敗したり、途中で回線が切断されるようなことはなかった。ホームページのブラウズでは28.8/33.6kbpsモデムよりも明らかに快適で、速さを実感できるほどだ。普段、ISDN 64kbps同期通信モードで接続し、28.8/33.6kbpsモデムの環境には戻れないと考えている筆者でも大きな不満を感じなかった

 続いて、ISDNターミナルアダプタのテストと同じように、FTPツールでファイル転送テストを行なった。ファイルはテキストファイルと圧縮したLZHファイルを用意し、それぞれ約10回ずつ転送した上で、最も速い値を5つ抜き出して平均値を求めている。比較対象として、同じモデムで28.8kbps対応アクセスポイントに接続したときの値、ISDNターミナルアダプタの定番であるAterm IT55で64/128kbps同期通信モードで接続したときの値も計測した。結果は以下のグラフの通りだ。ちなみに、数値の単位はKbytes/秒だ。

Benchmark Test Graph
 結果を見て驚くかもしれないが、注意が必要なのは圧縮プロトコルの存在だ。28.8/33.6kbpsモデムや今回のx2/56kbpsモデムは圧縮プロトコルのV.42bisを併用しているが、ISDN同期通信モードはデータを圧縮せずに転送している。そのため、最も圧縮しやすいテキストファイルを転送したときの値が大きく異なっているわけだ。瞬間値ながら300kbps(bit per second)を超えることもあった。逆に、LZHファイルを転送したとき、ISDNの同期通信モードではテキストファイル転送時と差がないのに対し、28.8/33.6kbpsモデムやx2/56kbpsモデムは極端にパフォーマンスが低下している。

 グラフではx2/56kbpsモデムがISDN同期通信モードを上回るパフォーマンスを得ているように見えるが、ネットサーフィンで同容量のテキストファイルとLZHファイルが転送されることはまずあり得ない。当然のことながら、LZHファイルなどの方が圧倒的にサイズも大きい。JPEG画像データファイルなどもすでに圧縮されているため、LZHファイルと同じ程度のパフォーマンスしか得られないはずだ。つまり、実際のネットサーフィンにおいて、x2/56kbpsモデムがISDN同期通信を上回る体感速度が得られるわけではないということを間違えないで欲しい。このことは、28.8kbps接続とISDN64kbps同期通信モードで接続したときの値の比較からもわかるだろう。

 とは言うものの、28.8/33.6kbpsモデムに較べれば、圧倒的に快適であることは確かだ。転送するファイルの内容にもよるが、確実に1.5~2倍近いパフォーマンスが得られ、ネットサーフィンも快適になるはずだ。



56kbpsモデムは買いか?

 では、x2/56kbpsは買いなのだろうか。テストの結果に業界動向を踏まえて考えてみよう。

 まず、自分が加入するプロバイダがx2/56kbps対応のアクセスポイントを提供していて、現在もアナログ回線経由で接続しているのならば、x2/56kbps対応モデムを選ぶ価値はある。ISDN同期通信モードを上回るとまではいかないが、それに匹敵する快適なネットサーフィン環境が得られるからだ。

 もし、プロバイダの動向がハッキリしていないときはどうするか。実はこれが最も難しい。56kbpsモデムについては、モデムメーカーやチップメーカー、ホスト側機材を製造するアクセスサーバのメーカー、はてはプロバイダまで巻き込み、激しい標準化合戦が繰り広げられているからだ。

 まず、K56flex陣営だが、数の論理から言えば、圧倒的に有利であることは確かだ。ただ、アメリカではすでにいくつかの製品出荷が始まったと報じられているが、先陣を切ったはずのMotorola出荷を一時的に停止しており、今後の動向がはっきりしていない。国内ではPC Watchでも既報の通り、松下電子応用機器がK56flex対応製品を発表しているが、まだサポートするプロバイダが明らかになっていない。

 これに対し、x2陣営は数の論理でこそ負けるものの、先行して出荷できた点とサポートするプロバイダがはっきりしているというメリットがある。ちなみに、『x2陣営はUSロボティックスのみ』というような印象を与える報道が一部に見られるが、これは明らかな間違いだ。x2陣営には、今回製品を出荷したUSロボティックスの他に、Hayes Microcomputerの子会社であるPractical Peripheral、AT互換機メーカーのGateway2000Packard Bellなどが対応を表明している。また、未確認情報ながら、一部の国内メーカーもx2対応製品を計画中と言われ、予想以上にK56flex陣営を脅かすことになりそうだ。

 さらに、x2/56kbpsは前述のように、Texas Instruments製DSPによって実現されているため、仮に違うプロトコルが標準化されてもDSPソフトウェアの書換えのみで対応できるというメリットも持ち合せている。K56flex陣営は仮にそうなっても同じモデムチップセットでファームウェアを書き換えるだけで対応できるとしているが、以前、33.6kbpsモデムのときにレポートしたように、チップのRevisionや基板の状態によってはアップグレードできないという事態も考えられる。

 これらの要素を考え合わせると、市場で言われているほど、K56flex陣営が有利なわけではなく、まだまだ混沌としているというのが実状だ。製品についても、56kbpsモデムはまだ誰にでも勧められるものではないというのがホンネだ。ただ、自分が加入するプロバイダの対応状況によっては十分購入を検討する価値はあるという点も付け加えておく。

 なお、56kbpsモデムについては5~6月にかけて、国内メーカーを中心に新しい動きが出てきそうなので、その時点で追加レポートをする予定だ。

[Text by 法林岳之]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp