【コラム】 |
●Intel Developer Forumで戦略変更を発表
Intelがこれまで描いていた'99年後半のパフォーマンスデスクトップPCの姿というのはなかなか刺激的だった。CPUはMMX命令を拡張したP6系MPU「Katmai(カトマイ)」で、チップセットはAGP 4Xモードをサポートした「Camino(カミーノ)」、メモリは1.6GB/secの帯域を約束する「Direct RDRAM」で、ハードディスクは400MbpsのIEEE 1394aに接続する。しかも、このスペックのほとんどは1年程度でその当時想定していたローエンドのPCにまで降りてくると見られていた。だが、状況は変わった。サブ1,000ドルPCという怒濤が、Intelのプラットフォーム戦略を大きく揺り動かした。Intelは、彼らが「Basic PC」と呼ぶ1,000ドルPCセグメントを意識して、戦略を練り直さなければならなくなったのだ。
Intelが先週開催した開発者向けカンファレンス「Intel Developer Forum(IDF)」では、同社のローコスト化に向けた路線の変更が目立った。IDFの資料を見ると、明らかにラディカルなプラットフォームの進化を取りやめ、もっと穏やかな移行へと方向を修正している。とくに、今回新たな驚きだったのは、メインメモリとハードディスクインターフェイスの戦略の変化だ。IDFの3日目、キーノートスピーチでステージに立ったパトリック・P・ゲルシンガー氏(副社長兼Business Platform Group本部長)は、この2分野での戦略変更を発表した。チップセット市場でのシェアを握るIntelのメモリとI/Oサポート戦略は、PCプラットフォーム全体の動向を左右する。ではどのように戦略が変更されたのか、まず、PCのメインメモリから見てみよう。
●ATA 66のサポートとS-RIMMが新たに加わる
PCのメインメモリは、Intelが100MHzのメモリインターフェイスを持つチップセット440PERF(これまで440BXと呼ばれていた)を投入することで、66MHz SDRAMから100MHz SDRAMに移行する。このチップセットの正式発表は、マザーボードメーカなどによると4月中旬だと言われている。問題はその次だが、Intelは昨秋のIDFまで、100MHz SDRAMの次はDirect RDRAMへとジャンプし、Direct RDRAMへの移行は'99年中盤から急激に進み2000年中にはローエンドまでほとんど移行が完了するというロードマップを敷いてきた。この図式の中では、'99年のチップセットではDirect RDRAMしかサポートされず、100MHz以上のSDRAMは短命で終わることになっていた。
ところが、今回のIDFではDirect RDRAM用のメモリモジュール規格「RIMM(Rambus in-line memory module)」でSDRAMをサポートする「Synchronous RIMM (S-RIMM)」という仕様が新たに発表された。これは、SDRAMとDirect RDRAMの仲立ちをするインターフェイスチップを載せてRIMMに載せることで、RIMMソケットでSDRAMを使えるようにする規格だ。そして、これによってSDRAMは延命され、Basic PCでは2001年まで使われることになった。つまり、ハイエンドでDirect RDRAMへの移行が始まる時期はこれまで通り'99年中盤だが、ローエンドまでDirect RDRAMに移行する期間はS-RIMMによって1年ほど延ばされたことになる。
次に、ハードディスクインターフェイスだが、'99年には、標準的なハードディスクの転送レートはATA 33のレートを超えてしまう。そこで、昨秋のIDFではIntelは400MbpsのIEEE 1394aを'99年のハードディスク用インターフェイスとして強く打ち出していた。そして、ATA 33の後継として浮かび上がってきたATA 66規格を、将来の性能の余裕などがないため、チップセットでのサポートの計画がないと切り捨てていた。ところが、今回のIDFでは一転、IntelはATA 66サポートを表明。それも21世紀以降もBasic PCではATA 66が使われるというロードマップを示して見せた。
●より穏やかな移行のための緩衝剤
もっとも、Intelは決して最終目標を変えたわけではない。ゲルシンガー氏のキーノートでは「これ(メモリサブシステム)に対するエンドゲームはDirect Ramubusだ」、「将来を見ると、われわれのエンドゲームは1394bだ」と従来路線の堅持を強調したという。では、S-RIMMとATA 66は何のために必要なのか。それは、移行をより穏やかなものにするためだ。ゲルシンガー氏のスピーチでは、SDRAMからDirect RDRAMへの移行のコストリスクや投資リスク、供給問題を軽減するためにS-RIMMを提案するとしている。逆を言えば、Direct RDRAMについてそうした疑問の声が沸き上がったから出た解決策ということではないだろうか。PCメーカーやマザーボードメーカーに、いきないDirect RDRAMしか選択肢がない設計を押しつけることができなかったということだろう。
ATA 66のサポートの説明では、ゲルシンガー氏の説明はさらに歯切れが悪くなる。「ATA 33から66へはきれいではないし、もっとも素晴らしいテクノロジというわけでもないが、これはわれわれにとって非常にすなおで自然のなりゆきだ」「ATA 66はわれわれが'99年中盤から始まると見ている移行技術となるだろう」と説明している。つまり、ATA 66はあくまでも移行期のインターフェイスと位置づけているわけだ。
じつは、単純な転送レートの比較ではATA 66とIEEE 1394aではATA 66の方が高い。そのため、ドライブメーカーでは当面のコストを切り詰められるATA 66を支持する声が多かった。そうした状況で、IntelもIEEE 1394aで押し切ることができなかったのだろう。
新しいロードマップでは、最終的にIEEE 1394b、つまり800Mbps以上のインターフェイスに移行が始まるのは2000年。それまでの間は、ハイエンドの一部でIEEE 1394aが使われるだけとしている。ただし、IEEE 1394a自体は、コンバージェンス(家電とPCの融合)のためのパイプと位置づけ、PC外部とのインターフェイスとしての重要度を強調している。
この2つの戦略変更で目立つのは、おもにコスト要求からこうした変更が起きてきた点だ。その背景にあるのは、間違いなく激化している米国でのPC価格戦争だ。米国PC市場では、サブ1,000ドルの波のおかげで小売り市場ではPCの平均売価が昨年1年間で25%も下がったという調査結果も出ている(後藤貴子の データで読む米国パソコン事情「米国人はMicrosoftがお好き?」ほか参照)。そのため、PCメーカーはコスト削減を第一に考えなければならなくなった。つまり、ハイスペックへ急いで誘導しようというIntelについていけなくなり始めたのだ。それは、Basic PCという新しい市場では、Intelのこれまでのロードマップの適用が難しくなったと言い換えることもできる。いずれにせよ、Intelとしては、コスト低減の声に答えるために、Direct RDRAMやIEEE 1394への移行の完了を先送りしなければならなくなったわけだ。
●CovingtonとMendocino、2つの新プロセッサ
IDFでは、このほかにも1,000ドルPCをターゲットにした戦略転換が数多く見られた。もちろん、それを象徴するのはキャッシュレス版Pentium IIプロセッサの「Covington(コヴィントン、コード名)」だ。Covingtonは、おそらく266MHzで4月に発表されると報道されている。従来のPentium IIに採用されていたSECカートリッジの代わりに、裸の基板にMPUを実装したSEPP(Single Edge Processor Package)を採用する。これにSEPP用のヒートシンクをはめ、SEPP用スロットかSEPP/SECC両対応スロットに挿す。信号レベルではSlot 1との互換性は保たれている。
また、Intelは年内にキャッシュ統合版「Mendocino(メンドシノ、コード名)」もこのセグメントに投入することもIDFで正式発表した。MendocinoはキャッシュをMPUコアと同じダイ(半導体本体)に統合したチップで、Covingtonと「同じフォームファクタで同じチップセット」(アルバート・ユーIntel上級副社長)で提供される。ちなみに、このセグメント向けのMPU群を、アンドリュー・グローブ会長兼CEOはキーノートスピーチで仮に「XYZ」プロセッサと呼んでいる。Pentium IIがつかない、タダのXYZだ。つまり、Pentium IIとつかない新しいブランド名になる可能性が高い。
IntelがこのXYZプロセッサを投入する理由は言うまでもなく製造コストだ。1,000ドルPCとなるとMPUには100ドル程度しか割くことができない。ところが、今のPentium IIは、2次キャッシュSRAMチップを搭載し、高価なカートリッジでカバーをした高コスト製品だ。そこで、XYZではそれらをなくすことでコストを減らすアプローチに出た。しかし、そこで犠牲になるのは性能だ。Intelは、Pentium IIではキャッシュメモリ用のバスをシステムバスから分離したDIBアーキテクチャによりシステムパフォーマンスが高くなると説明していた。ところが、キャッシュレス版のCovingtonでは、DIBアーキテクチャは無効となってしまう。そのため、同クロックのPentium IIよりは必ず性能が落ちる。CovingtonがMendocino(キャッシュをMPUコアと同クロックで駆動する)までのつなぎと見られているのはこのためだ。
しかし、それでもIntelがCovingtonを出さなければならないのは、ローエンド市場を他のMPUメーカーに浸食され始めたからだ。もし、この半年間に米AMD社や米Cyrix社がもっとMPUを製造できていれば、IntelがPC市場で失ったシェアは今よりはるかに大きかったに違いない。PC市場の構造が変化したからには、IntelもMPU戦略を変更せざるをえないというわけだ。
●チップセット、マザーボード、電源などでも新展開
また、IntelはBasic PC向けのチップセット計画もオフィシャルにした。これは66MHzのシステムバスとメモリインターフェイスを持つ「440BPC」(これまで440EXまたは440LX-Rと呼ばれていた)だ。DIMMスロットが2つPCIは3つといった制約があり、デュアルプロセッサもサポートしない。しかし、AGPはサポートし、サウスブリッジチップには新しいPIIX4eが提供される。XYZプロセッサはこれまでのAGPチップセット「440LX」でもサポートできるようだが、440LXはPIIX4eをサポートしないため主流は440BPCになるだろう。ちなみに、グローブ氏のキーノートでは、チップセットの名称はこれまで報道されていたものから大きく変わった。モバイル向けは「440MOB」、Slot1のワークステーション版は「440WS」、Slot2対応のサーバー&ワークステーション向けは「450SWS」になっている。
昨年11月、COMDEX FallでのグループQ&Aセッションでゲルシンガー氏は、PCのコスト削減のために「マザーボード、パッケージ、システムアーキテクチャ、冷却システム、電源などあらゆる要素において、コスト削減を考える必要がある。当社は、すでに、このすべてについて着手している」と語っていた。今回のIDFでは、これらの要素がすべて明らかにされた。より小さなマザーボード規格「MicroATX Specification」と電源規格「SFX Power Supply Specification」を策定、リファレンスモデルなども展示したという。
また、ゲルシンガー氏のスピーチでは、現在ハードウェアで行っている処理のソフトウェア化を進めることも強調されている。「DVDとオーディオ、モデムのエリア」でソフトウェア化するという。たとえば、サウンドプロセッシング、モデムのデータポンプやエコーキャンセラなど、これまでDSPやASSPでやっていた処理をソフトに移行させる。ハードウェア処理がどうしても必要な部分だけを、共通のCODECチップにやらせることでチップのコストを最小化するという。Intelはそのために「AMC '97」というチップのデザインガイドラインも策定してきた。
また、PCの見えないコストである管理コスト(TCO)を下げる提案もなされた。ホームやホームオフィス、小規模オフィスといった、TCO削減の道が現在まだ見えていないユーザーにも、リモートでPCを管理するソリューションを提供してゆくという。
サブ1,000ドルPCの波を受けて、大きく軌道修正をしたIntelのPCプラットフォーム戦略。同社はこれだけの巨体に関わらず、柔軟な対応ができることにとりあえず成功した。現在のPC市場の状況から見て、Intelの今度の方向転換は歓迎されることは間違いないだろう。次は、まだ姿を現していないコンシューマ向け製品戦略だ。同社はコンシューマ向けの新部署を作って以来、まだその方向の具体的な展開を見せてはいない。おそらく、近いうちにSTB(セットトップボックス)などでの新たな展開が見えてくるのではないだろうか。
('98/2/27)
[Reported by 後藤 弘茂]