■ISDNターミナルアダプタは新時代へ
10月の通信関連ニュースにおける最大のトピックと言えば、やはりISDNターミナルアダプタだろう。10月8日にシャープがISDN機器市場参入第1弾の製品を発表し、10月20日には国内で最大のシェアを持つNECがまったく新しい機能を搭載した製品を発表した。ともに、PHSとの融合がキーワードになっているようだが、そのアプローチは大きく異なる。
まず、シャープが発売した「メディアパレットJD-MA1」だが、アナログポートを2つ備えたDSU内蔵ターミナルアダプタで、PHSを子機として登録できる。シャープとしてははじめて自社ブランドで発売した一般向けISDN機器というわけだ。
JD-MA1はPHSを子機登録できるという今までのISDN機器にない魅力を持っているが、実は致命的とも言えるミスをしている。DSUを内蔵しているにも関わらず、S/T点端子を備えていないのだ。PC Watchの読者ならご存じの通り、DSU内蔵ISDN機器にS/T点端子がないということは将来的にまったく拡張できないことを意味する。つまり、1本のISDN回線にJD-MA1しか接続できず、将来的に高機能なISDN機器が発売されても、また丸ごと買い換えなければならないのだ。
さらに、問題なのは停電対策がまったくされていない点だ。乾電池でPHSの親機部分を動作させるのは無理かもしれないが、2つ備えているアナログポートを駆動することは十分可能なはずだ。また、S/T点端子があり、局給電がされていれば、S-1000やS-2000といったデジタル電話機を接続し、停電時にも発着信できるのだが、それもないため、停電時はまったくのお手上げとなる。ライフラインに接続する機器がこれでは困る。
シャープと言えば、「目のつけどころがシャープ」のコピーでおなじみだが、JD-MA1はPHSを子機登録できるという着眼点こそ良かったものの、ISDN機器としての基本的な条件を満たしていない。ハッキリ言って「目のつけどころだけ」の製品であり、「買ってはいけない製品」だ。シャープのような大手家電メーカーがISDN機器に参入してくるのはユーザーとしても大歓迎だが、このような根本的なミスだけはしないでもらいたい。
これに対し、約2週間後に発売されたNECの新製品は、ISDN機器の基本的な条件を満たすだけでなく、家庭での利用を考えた賢い製品に仕上げられている。
AtermIT65/65DSUは従来のAtermIT65Pro/65ProDSUの廉価モデルだが、オプション品としてバス接続間の通信が可能な「高機能S点ユニット」を用意しているのが特徴だ。ISDN機器はDSUの先に最大8台まで接続することができるが、それぞれのTAの間で内線通話をしたり、掛かってきた電話を転送することができない。これはISDNの弱点のひとつでもあるのだが、高機能S点ユニットを使えば、この問題も解決するわけだ。
もうひとつのAtermIW60はJD-MA1同様、PHSを子機として登録できるのが特徴だ。基本的なスペックは従来のAtermIT65シリーズと同じだが、アナログポートは2つになっており、今のところDSU内蔵モデルは発表されていない。AtermIW60に登録できるPHS子機で動作が確認されているのは、NTTパーソナル向けのパルディオ311Nのみだが、NECでは他のNTTパーソナルおよびアステル向けのPHSも登録できるように検討中だそうだ。
AtermIW60が面白いのは、子機登録したPHSからPIAFSで発信したときだ。前述のJD-MA1はPHS子機からPIAFS発信すると、接続先はPIAFSか、V.110非同期通信モードのアクセスポイントしか利用できない。これに対し、AtermIW60は内部でプロトコル変換をすることにより、64kbps同期通信モードにアクセスすることが可能だ。「PIAFSは29.2kbpsだから意味がないのでは?」と考えるかもしれないが、PIAFSのオプション規格となっている圧縮プロトコルのV.42bisにも対応しているので、圧縮なしのPIAFSモードよりも高速にデータ通信ができるというわけだ。
また、AtermIW60を2台用意することにより、AtermIW60を親機と子機にすることができるのだ。たとえば、一戸建ての1Fと2FでTAを使いたいとき、両方にAtermIW60を設置し、片方をDSUに接続しておけば、DSUを接続してない側からも発信することができる。つまり、TAを複数利用するときに必須だったバス配線を無線に置き換えられるわけだ。しかも、子機のAtermIW60からつないだパソコンからは、NEC独自モードの64kbpsで発信できるデュアルリンクワイヤレス通信機能も備えている。
ただ、2台のAtermIW60を用意するとなると、10万円近い出費は避けられないため、おいそれと手を出せるものではないが、先行投資として1台買っておき、必要になれば、次を買うという使い方も考えられる。いずれにせよ、発展性のあるTAとして注目したい。
これからISDN機器はPHSとの融合がトレンドになると予想していたが、ここまで強烈な機能を搭載してくるとは少々驚かされた。久しぶりに「欲しい」と思わせる製品だ。
【関連記事】
□シャープ、PIAFS対応のPHS親機機能付きDSU内蔵ターミナルアダプタ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971007/ta.htm
□NEC、ATermシリーズ新製品3機種。TAを使った家庭内ネットワークを提案
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971020/aterm.htm
■NTT製ISDN TAの存在意義
ところで、ISDN機器を購入するとき、パソコンユーザーなら秋葉原や新宿、日本橋、大須などに行くだろうが、工事をしてもらう関係でNTT製のものを購入する人もいるだろう。NTT製TAの「INSメイトシリーズ」はメーカーからOEM供給を受けたものが多かったが、最近ではオリジナル製品もいくつか登場している。10月16日に発表された「INSメイトV-6DSU」もそのひとつだ。INSメイトV-6DSUはアナログポートを2つ備えたDSU内蔵TAだが、デジタルポートは64/128kbps同期通信モードにのみ対応している。つまり、パソコン通信などに使われる(と言っても事実上、今は無用とも言えるが)非同期通信モードを切り捨てることにより、コストダウンを図ったようだが、価格は44,800円と市販のメーカー製ISDN TAとさほど変わらない。ただ、さすがNTTらしく、INSネットのサービス機能をしっかりサポートし、S/T点も備えるなど、そつなくまとめられている。
これだけの基本スペックを持ち、全国各地で購入することができ、サポートもしっかり受けられるというのはユーザーにとっても大きなメリットだ。しかし、NTTから購入すると、標準小売価格からの値引きがほとんど期待できないため、メーカー製ISDN TAに較べ、割高な印象は否めない。また、インターネット通販などで、メーカー製ISDN TAが手軽に購入できる現状を考え合わせると、さらにNTT製ISDN TAの販売は厳しいだろう。
余談だが、NTTでは過去に販売してきた製品の内、すでに後継機が登場した製品についても、相変わらずNTT価格で販売しているそうだ。先に買ったユーザーとの公平感という点ではしかたないのかもしれないが、技術革新の激しい通信機器の世界において、これはかなり厳しいだろう。発売から何年も経った製品で在庫が残っているのなら、いっそのこと、インターネット上で格安で販売したり、幕張メッセで行なわれる展示会などで即売会などをやってみるのもいいのではないだろうか。PHSのNTTパーソナルや携帯電話のNTTドコモでも、新機種投入が近くなると在庫処分セールに近いことをやっているのだから、NTTでやってもおかしくないはずだ。逆に、それによってNTT製ISDN TAの知名度を向上させることもできるはずだ。今後のNTTの努力に期待したい。
【関連記事】
□NTT、DSU内蔵TA「INSメイトV-6DSU」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971017/insmate.htm
■残念なMotorolaのモデム事業撤退
10月1日、日本テレコムと日本国際通信(ITJ)の合併がスタートした。11月に入ってからは、KDDと日本高速通信(テレウェイ)が合併を検討していることが明らかになった。また、海外ではBTとWorld CommによるMCI買収合戦が伝えられ、ようやくWorldCommが買収することで合意に達したと伝えられている。'97年は驚くほど、通信事業者の合併や買収が相次いだ。
一方、ハードウェアについては、このTelecom Watchでもお伝えしてきたとおり、3comによるU.S.Robotics買収、Hayes Microcomputer ProductsによるCardinalTechnologies買収などが報じられた。そして、10月6日にMotorolaがコンシューマ向けモデム及びTAの事業の売却を検討していることが伝えられた。
Motorolaと言えば、PowerPCなどの半導体、携帯電話などが知られているが、'96年から国内でも販売が始まったように、BitSURFRなどのISDN TA、ModemSURFRシリーズなどのアナログモデム、MontanaやMarinerなどのPCカード製品など、コンシューマ向けの通信機器のラインアップも充実している。56kbpsモデムの標準化争いにおいても、K56flex方式を採用したModemSURFR 56Kをいち早く出荷するなど、重要な役割を担ってきたメーカーだ。ところが、価格競争の激しいコンシューマ向け製品で採算が取れないためか、年内に事業を他社に売却することを決めたようだ。売却先などについては年内に発表される予定だが、今のところは何もはっきりしていない。また、企業向けのモデムやアクセスサーバ、ルータなどの事業は継続する意向だ。
このニュースには筆者も少々驚かされたが、今になって考えてみれば、'97年はじめの段階から伏線はあったようだ。Motorolaは元々、Power 28.8やPremier 33.6といった自社製のDSPを搭載したモデムを販売していた。ところが、K56flex方式の先陣を切ったModemSURFR 56Kはご存じのように、Rockwell製チップを搭載しており、自社製DSPを搭載した製品も発表されなければ、既存製品からのアップグレードは一切アナウンスされなかった。DSPを使ったモデムはソフトウェアを書き換えることにより、まったく別物に仕立て上げられることがメリットだが、DSPソフトウェアの開発はかなりたいへんであり、コストを重要視するコンシューマ向けモデムでは徐々に採用れるケースが減っている。Motorolaは自社製DSPを採用した56kbpsモデムを開発するより、Rockwellからモデムチップを購入した方が手っ取り早いと判断したのだろうが、おそらくその段階からすでに『コンシューマ向け製品事業からの撤退』を検討していたのではないだろうか。結果的には、56kbpsモデムの標準化争いのゴタゴタのおかげで、販売も予想以上に奮わない結果となり、事業売却が正式に決定したようだ。
それにしても、モデムの有名ブランドがまたひとつ消えるのは残念な限りだ。ひょっとすると、国内のモデムメーカーでも同様のことが起きる可能性があるのかもしれない。何はともあれ、既存のユーザーに対する今後のサポート体制をハッキリさせて欲しいところだ。
【関連記事】
□Motorola、一般市場向けモデム部門の売却を検討
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/971009/moto.htm
[Text by 法林岳之]