後藤弘茂のWeekly海外ニュース


NetPCを引っさげゲイツ氏が来日

●NC/NetPCのある夢の生活!?

 その架空の人物をA氏と呼ぶことにしよう。A氏が勤めるのはある企業の顧客サポート部門で、時は今から1年半後という設定だ。

 朝、A氏は、出社するとまず自分のデスクトップマシンの電源を入れる。フロッピィディスクドライブもCD-ROMドライブも見あたらない小さな箱で、ディスプレイとキーボード・マウスと、あとはネットワークケーブルだけがつながっている。

 起動すると、すぐログオン画面が出るので、そこで自分のIDとパスワードを入れる(あるいは自分のスマートカードをリーダーに挿入する)。立ち上がったのはWebブラウザで、A氏が業務に使うデータベースアクセスのページが表示されている。バックエンドにはRDBMS(リレーショナルデータベース管理システム)があって、顧客からの問い合わせを処理する。また、メインフレームのアプリケーションを使わなければならない場合は、クリックひとつで、ブラウザのフレーム中に端末エミュレータが起動して、ホストにアクセスする。

 端末エミュレータを起動したA氏は、レスポンスがよくなったことに気がついた。バージョンアップしたようだが、アプリケーションは全てサーバー上にあり自動的に更新されるので、バージョンアップを意識したことはあまりない。また、新しいマシンになってから、コンピュータが動かないというようなトラブルは、まったくと言っていいほどなくなった。自分の課に50台もPCが並んでいて、その面倒も見なければならなかった以前と比べると、ずいぶん気が楽になった。

 うさん臭い? 白々しい? その通り。メーカーの宣伝文句をそのまま描くと、たいてい、こういう眉唾の夢物語になる。でも、我慢してもう少しつきあってもらいたい。

 さて、そのころA氏の上司のB氏も、自分のコンピュータの前にいた。B氏のマシンは、A氏のマシンとハードウェア自体は同じだ。しかし、B氏がログオンして現れるのは、業務用のHTMLアプリケーションではない。B氏の場合は、オフィス系アプリも含めて、使うソフトを選択できる。今日はワープロを使って、報告書を作っている。自分用のストレージスペースを探して、以前作った報告書を開いたところだ。このデータは、じつはサーバー上にあるが、それを意識したことはあまりない。ただし、データは常にバックアップされているので安全だと聞かされているので、安心している。というのも、以前PCのハードディスクがクラッシュして、データがなくなるというトラブルがあったからだ。

 B氏は、明日は九州支社に出張する。しかし、支社にあるマシンにログオンしても、自分のオフィスにいる場合と同じデスクトップが現れ、同じデータにアクセスできるので準備は簡単だ。以前は、重いノートパソコンを持っていくので大変だった……。

●見えにくいTCOが米国では大問題に

 さて、ここで質問。この夢物語は、NC (Network Computer)の話でしょうか、それともNetPCの話でしょうか。

 答えは両方ともマル。実際の話、今語った内容なら、NCとNetPCのどちらのストーリーであってもおかしくない。米Microsoft社も米Oracle社などNC推進企業も、ほぼこれと同じようなことを行っている。もちろん、それを実現する仕組みや技術は違うし、ディテールも異なるが、でも、企業ユーザーにもたらそうとしているベネフィットは驚くほどよく似ている。

 それは「TCO (Total Cost of Ownership)」の削減だ。このTCOというニューキーワード。日本では、本当に受けが悪く、リアルに受け止められていないが、米国では、このところ最重要キーワードのひとつになっている。

 TCOは機器を維持するためにかかる全費用のことだ。そのなかにはハードウェアやソフトウェアの購入コストだけでなく、管理や技術サポート、教育、そしてエンドユーザーがPCを使える状態に保つために行うさまざまな操作をコストに換算したものも含まれる。そのTCOがなぜ話題になっているかというと、PCのTCOが非常に高いことが明らかになったからだ。TCOの推定額は、調査機関によってまちまちだがおよそ年間8,000~12,000ドルと言われる。これを聞くと、日本のエンドPCユーザーは大抵信じられないと言う。でもよくよく考えてみると、この数字はそれほど不思議ではない。

 PCのTCOの半分を占めると言われるのは、ソフトのアップグレードやファイルのバックアップ、細かなトラブルへの対処といった、エンドユーザーの細かな操作の集積だ。つまり、自分の仕事とは直接関係がない操作にどれだけの時間を費やしているかというのをシビアに金銭化したわけだ。これが、1日平均15分だとしても、年間約60時間。人間ひとり雇うのに企業がかけているコストから計算すると結構な額になる。しかも、PCを使っていれば、起動しなくなったとか、データが開けなくなったとか、ともかくトラブルにはしょっちゅうで、そのたびに労働時間が削られる。こういうのをシビアに拾ってゆけば、確かにこの数字が出たとしてもおかしくはない。

●ゲイツ氏が来日、TCO削減を目標に掲げる

 というわけで、マネージメントのコスト意識の強い米国では、この1年間は、TCO論議に明け暮れた。TCOが問題視され始めたきっかけは、皮肉にも、クライアント/サーバーシステムの浸透で、PCがクライアントとして1人1台普及したからだ。ダウンサイジングすれば、ホストやミニコンベースの情報システムよりコストが下がるはずだったのに、結局、PCの管理でかえってコストがかかってしまったという例が少なくないのだ。

 Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CEOが、先週、わざわざ来日、「Windows TCO Summit」と銘打って、MicrosoftのTCO対策を強く打ち出したイベントを開いたのには、そんなわけがある。Microsoftは、Windows PCの管理コスト削減構想「Zero Administration initiative for Windows (ZAW)」とTCO削減に適したハードウェア「NetPC」「Windows Terminal」の3つをプッシュする。冒頭の例は、ほぼMicrosoftのNetPC構想をベースにしたものだ。

 NetPCを使ったZAWでは、各エンドユーザーの設定情報、アプリケーション、エンドユーザーのデータは、いずれも原則としてサーバーに置かれる。クライアントシステムはリモートで完全に管理され、エンドユーザーに関係のないソフトやハードの機能はロックされる。一般ユーザーは自分のハードディスクの中は触れないし、フロッピィディスクやCD-ROMでソフトをインストールすることもできない。PCのケースを開けて勝手にハードウェアをインストールすることもできない。OSもいじれないし、アプリケーションやOSは自動的にアップデートされる。つまり、ZAW+NetPCというのは、“危険”なエンドユーザーからハードとソフトを守り、各クライアントのハード/ソフトを、均一に保つための仕組みなのだ。

●NC陣営の打ち込んだ球を打ち返す

 これは、じつは、NCの基本コンセプトとうりふたつだ。でも、それは驚くには当たらない、というのも、Microsoftは、このアイデアをNCからもらってきたからだ。

 TCO Summitのゲストスピーカとして登場したソフトバンクの孫正義社長は、ゲイツ氏を、素晴らしいテニスのプレイヤーのようだとたとえた。孫氏は、Microsoftが「次々にライバルが打ち込む球を、見事に打ち返す」として、MacintoshによるGUIの挑戦や1-2-3による表計算ソフトの挑戦を引き合いに出した。そして、今現在進行しているチャレンジが、NCによるTCO削減だと指摘した。

 孫氏のこの発言は、鋭いところを突いている。つまり、Microsoftは自分から球を打つことは少ないが、打たれた球には猛然と反撃して来たということだ。今回も、TCOを先に大声で言い始めたのはライバルで、Microsoftは最初はあまり取り合わなかった(ように見える)。ところが、NCのコンセプトのうち、TCO削減という部分が企業ユーザーの関心を集め始めると、方向を変えた。転換点は、去年の10~11月だ。それ以降Microsoftは、NetPC、Windows 95/NT4.0用のツール「Zero Administration Kit(ZAK)」、Windows Terminalと次々にNC対抗のTCO削減策の球を打ち返している。

 Microsoftのこの変身に対し、NC布教の最前線に立つOracleのラリー・エリソン会長兼CEOは「オラクル・オープンワールド(OOW)1997」の記者会見で「Microsoftは最初にNCをばかにしていた。ところが、今はMicrosoftは世界最大のNCのサポーターだ。次はMicrosoftはNCは自分の発想だったと言ってくるだろう」と揶揄している。

 この指摘は、Microsoftのパターンを的確に表している。攻撃には、まず牙をむくが、相手のアイデアが受け入れられそうだと見ると、次第に立場をずらしてそのアイデアを自分のところに取り込んでしまう。しかし、クロスプラットフォームアプリケーションの構築を目指し、Windowsによるデスクトップ支配を否定するNCをそのまま受け入れることはできない。そこで、Microsoftは、Windows PCをNCと同じように集中管理できる構想を作り、また、ハードウェアもNCと同じように縛るPCの亜種NetPCを打ち出したというわけだ。

●Microsoftのより所はWindows PCインフラ

 そこで、MicrosoftがNetPCの優位性として主張するのは、互換性だ。ゲイツ氏はTCO Summitでも「NCはNetwork Computerの略だと思っているかもしれないがそうではない。Not Compatibleの略だ」と、最近、講演の度に繰り返すジョークでこの点をアピールした。

 ゲイツ氏によれば、NetPCの互換性というのはアプリケーションだけでなく、周辺機器(プリンタなど)やシステム管理ツールなど、Windows PC向けにすでにできあがっているインフラすべてを指すという。これは、NC陣営が、アプリケーションサーバーでWindowsアプリをサポートできるから互換性があると主張していることに対する反論になっている。つまり、NCを、Windows PCがすでに入っている企業へ入れるとなると、新しいハードやソフトなど、いたるところで2重投資が必要になるかも知れないと脅かしているわけだ。それに対して、NetPCはWindows PCなので、プリンタドライバ、管理ツール、アプリケーションなど既存の資産をそのまま継承できるので、結局はコストが抑えられるという論理だ。

 また、ゲイツ氏は、ネットワークへの依存度が高いNCだと、サーバーやネットワークへの負担も大きくなるので、その部分への投資が必要だが、NetPCだとそれも大丈夫だという。その理由のひとつは、NetPCだとハードディスクにキャッシングするので、ネットワークへの負担を減らせることだ。また、NCに対して低いと見られているTCO削減効果については、ゲイツ氏は、ZAKをインテグレートしたWindows NT 5.0とNetPCでは、16ビット環境に対して最大で52%もTCOを減らせると主張する。

●本当にNetPCがブレイクするのはいつ?

 では、現実はどうなのだろう。これらの主張が本当なら、ユーザーは、NetPCで従来の資産はそのままで、ほとんどコストをかけずにTCOを半減できる。エンドユーザーもPCのわずらわしさから解放され、冒頭のようなパラダイスが出現するわけだ。

 だが、こうしたうたい文句を100%額面通り受け取っている人は、コンピュータ業界には誰もいないだろう。この業界ではともかくモノが出る前はいくらでも夢物語を言っていいことになっているからだ。少なくとも、サーバーとネットワークに+αのコストがかからないというのは素直には信じられない。ハードディスクにキャッシングするとしても、例えば、社員が出社したばかりの始業時などのピークに対応するには、何らかの対策が必要になるはずだ。MicrosoftのZAWがそれなりにコストがかかるものだとすると、それに見合う費用対効果がNC以上に出せるかどうかが問われる。いずれにせよ、この段階では、まだ現実はほとんど見えない。

 もっとも、NetPCの担ぎ手のPCメーカーは、とりあえず集めることに成功した。米国では、先週のPC EXPO前日の16日に開催されたIntel主催のNetPCイベントで、NetPC策定に関わる米Hewlett-Packard社、米Compaq Computer社、米Dell Computer社の3社に加え、米IBM社、三菱電機、Acer社、米Packard Bell-NEC社、米GATEWAY 2000社、米Unisys社、米Zenith Data Systems社、Mitac社などがNetPCの開発や発売を発表した。また、TCO Summitではこのほかに東芝、NEC、富士通、日立製作所が試作モデルを並べた。米国では、HPが8月に出荷を予告しているほか、Compaqなどが年内の製品出荷を明確にしている。

 これまでもPCをシステムとして売り込んできたHPやIBMなどにとっては、おそらく、今回のZAWというのはかなりしっくりくるアイデアだろう。というか、何を今さらと感じているのかも知れない。実際、今回、ZAWで言われていることの大半は、IS部門側にいたことのある人なら聞いたことがある話だ。ネットワーク経由でソフトを自動配布するとか、リモートでOSをブートするといった技術は、IBMやHPが熱心で、ずっと前からツールを出していた。システム側からハードやソフトをロックするというのも、新しい発想ではない。しかし、これまではそれが標準化されず、またPCそのものの自由度が高すぎたので効果が出にくかった。だが、ZAWとNetPCでその問題がなくなるなら、自分たちの力を発揮できると考えているに違いない。

 ただし、NetPCが本格化するのは、おそらくZAKがインテグレートされた次期Windows NT 5.0からになるのではないだろうか。それまでは、特定企業でのパイロット導入にとどまる可能性は高い。それに対して、NCはトライアルフェイズに入っているわけで、まだ半周程度の遅れはある。その差を、NCが有利に活かすことができるかどうか。いずれにせよ、まだレースは始まったばかりだ。

□ マイクロソフトによる「Windows TCO Summit 会場レポート」
http://www.microsoft.co.jp/products/tco/summit/default.htm

□【参考記事】
【6/20】MicrosoftがTotal Cost of Ownership Summitを開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970619/m_soft.htm

('97/6/20)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp