後藤弘茂のWeekly海外ニュース


Appleの株価はなぜ上がらないか

ラプソディインMacで勝負に出るApple

 96年を米NeXT Software社買収とスティーブ・ジョブズ氏復帰への合意という衝撃ニュースで締めくくった米Apple Computer社。同社は、97年をNeXTの技術を取り込んだ新OSプランの発表という、これまた衝撃の大きなニュースでスタートした。ところが、これだけ華やかな発表が相次いでいるのに、Appleの株価はここ数年の最低ラインに近い17ドル台のまま、一向に上がる気配を見せない。どうしてなのだろう。

 Appleが発表した次期OS「Rhapsody(ラプソディ)」のプランそのものは、それなりに現実的だ。今回の新OSの開発では、NeXTの技術の移植、System 7互換環境の構築、システムの拡張機能やOpenDocなどMacのMacたる部分の新OSへの移植といったステップがあるわけだが、Appleはこれらのうちの容易な部分から手をつけて段階的に提供することにした。デベロッパーズリリースは約束通り今年半ばまでには出すものの、それはOPENSTEPベースのAPI部分しか構築されていない(つまり新しいAPIだけしかサポートされていない)バージョンだ。System 7との互換環境なども含めて完成された形で一般ユーザーに提供するのは来年中盤(その前にアーリーアダプタ向けのバージョンも出す)になる。このスケジュールなら、簡単とは言わないが、少なくとも、ウワサされていた97年中に完成というような大風呂敷と違ってかなりリアリティがある。

 それから、Rhapsodyへの移行プランも現実的だ。Appleは、移行に数年かかるものと見てその間はSystem 7の拡張も続けるとしている。今回正式発表した「System 7.6(Harmony)」に続いて「Tempo」「Allegro」「Sonata」と半年ごとにアップグレード、Coplandで開発した技術の多くも取り込み、Webとの融合も果たす。つまり、System 7とRhapsodyのデュアルOSラインで、継続性と革新性を両立させようという戦略だ。スケジュール通りには行かないだろうが、それでも既存ユーザーを一応安心させることはできる。

 このように現実的なAppleのデュアルOS戦略だが、問題は、このロードマップでユーザーや開発者が納得するかどうかにある。これだと、Coplandの時の予定より1年から1年半も遅れてしまうわけだ。しかも、順調な時ならまだしも、赤字とシェア低下で揺れた苦しい96年のあとの計画がこれだ。そこで、不安を抱えたMacコミュニティに、あと1年以上待つことを了解してもらい、さらにソフト&ハードの開発者の支持を得ることができるかがハードルだったわけだ。

 Appleはこの難題に取り組む役を、かつてApple随一のビジョナリだったジョブズ氏に割り当てた。その結果は、先週の山田久美夫氏のレポートにもある通り。どうやらジョブズ氏はこの大役を確実に果たしたようだ。ジョブズ氏が描いたビジョンへの、Macユーザーの反応は、回りのMacユーザーやネットなどを見てもまずポジティブで、この層に対しては納得させることに成功したと言っていい。また、開発者も米Netscape Communications社がすぐに支持を表明するなど、それなりの手応えはあった。しかも、マスコミの注目度に関しては、これ以上は望めないくらい高い。こうした反応は、今のAppleの会長兼CEOのギルバート・アメリオ氏では、とうてい引き起こすことができなかったろう。まずは見事にジョブズ氏というカリスマを活用できたのではないだろうか。

 だが全面的な勝利かといえばそうでもない。ニュースサイトの記事は半分くらいが否定的な色彩で、すでに述べたように株価も上がらなかった。ニュースに登場する関係者のコメントを読んでいると、デベロッパーやアナリストは今回の戦略に対して支持と不支持の二つにわれた雰囲気だ。さすがに、デベロッパーの支持を完全に獲得するのは難しかったと見える。

 株価の方は、そもそも、今回のMacworld直前にAppleが直前の四半期の大幅の赤字予測を発表したこともあって最低ラインに近い17ドル台に落ち込んでいた。これは米企業のいつもの手で、Macworldの新OS戦略発表でムードが上向くことを見込んで、その前にバッドニュースは出しておこうとしたわけだ。ただし、赤字幅がウォールストリートの予想をはるかに上回ったので、株価は急落。そして、それは発表後でも上がらなかった。

 株価が上がらなかったのは、Appleの新戦略で状況が変わるとウォールストリートが判断しなかったことを意味する。新OS戦略が発表されること自体はすでに株価に織り込み済みで、その内容が十分画期的ではなかったと見られたわけだ。もっと詳しくいえば、Appleが出してきたのは現実的なスケジュールだったわけだが、それでは遅すぎると投資筋には受け止められたのだろう。1年以上かかるのでは、その間に業績がさらに悪化、手遅れになる可能性があると見られたからだ。また、今回の赤字の原因となった12月のホリディシーズンの不振と落ちるシェアに対しての対策が十分に発表されなかったことにも原因がある。

 Appleの新路線を支持するコミュニティと、それに対して厳しい評価をする外部。これは、じつはAppleを巡る現在の状況を端的に表している。Appleはジョブズの復帰で、コミュニティ内部の結束力は明らかに高まった。とりあえず、Appleのプランを信じて、それに賭けてみるつもりになっているようだ。それは別にジョブズがマジックを行うと信じているわけではなく、NeXT買収まで踏み切れたAppleのやる気に期待をかけているわけだ。  しかし、外部からはその結束は評価されない。むしろ、結束すればするほど、思い入れのない人からはうさんくさく見えるという現象になりつつある。みぞは広がりつつあるのだ。

 個人的な感想を言うなら、今のAppleに対する外部の評価はちょっと厳しすぎるような気もする。ユーザーがこれだけ思い入れすることができるコンピュータとOSというのはほかにちょっとないし、これまでもそうした思い入れが口コミによる布教活動となってMacのユーザー拡大を手伝ってきた。そうしたパワーはもう少し評価されてもいい。

 だが、今の風当たりの強い状況では、旧来のApple支持者は結束しても、新しいユーザーの獲得は難しい。たとえば、年末商戦で販売が低迷したのは、おもにホーム向けのPerformaの売れ行き不振だと言われるが、それはMacへの一般ユーザーの不安を反映している可能性が高い。不安ムードが続けば、さらに一般ユーザーが買い控えることになってしまう。

 また、すでにビジネス市場では、この1~2年間Macはずるずるとシェアを落としてきた。OS戦略にアナリストが厳しい評価を下している状況では、ビジネス市場で再びシェア拡大の方向に向かうのは、エンタープライズアプリケーションを開発しやすいOPENSTEPという武器があったとしても簡単ではない。企業のコンピュータ導入担当者はリスクをしょいたくないため不安のあるプラットフォームは避けるからだ。  しかも、投資筋のAppleに対する不信は、Apple関連のソフトやハードの開発にブレーキをかける可能性がある。たとえば、ある企業がMac向けのソフトを開発しようとしても、その背後にあるベンチャキャピタルなどが待ったをかけるといったことが起こりかねないわけだ。

 こうした状況で、次にAppleのするべきことは、明白だ。それは、従来の支持者だけでなく、外部にも自社の戦略を納得させ、広範な支持を得ることだ。それができなないと、せっかくのRhapsodyができあがる時までに、Macというプラットフォームがしなびてしまうかも知れない。はたして、Appleはいちばん苦手なこの課題を片づけることができるだろうか。

□参考記事
【1/8】山田久美夫のMac World Expoキーノートスピーチレポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970108/keynote.htm

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('97/1/20)

[Reported by 後藤 弘茂]


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