会場近くのホテルで行われたキーノートスピーチは、ジョブスの復帰もあって大混雑で大混乱状態。もちろん私も会場へ向かったが、すでに会場は超満員。さらに、なんとか入場しようという熱心な信奉者とApple側の案内員との間で、胸ぐらを掴み合っての猛烈なトラブルを目の当たりにしたため、本会場は諦め、EXPO会場でのライブ中継を見ることにした。
キーノートスピーチの冒頭では、米Apple社CEOのアメリオ氏がジョブスの復帰を伝えると、会場は溢れんばかりの歓声と拍手の渦に包まれた。アメリオ氏は2時間半もの間、壇上に立ち続け、途中で米Netscape社や米Microsoft社など深い関係を持つメーカーからのスピーカーも交えながら、熱心に、そして冷静にビジョンを語った。もちろん、インターネットやマルチメディアなど従来からAppleが得意とする分野での優位性、操作の容易さなどを強調し、デモを交えての2時間近い時間は観客を飽きさせることはなかったが、それは他社からのスピーカーのキャラクターとデモ内容によることが大きかったように感じた。
そして、終盤。いよいよジョブスが登場。本会場での異様なほどの盛り上がりは、大型モニター越しでのライブ中継でも明確に感じられ、さらに中継会場でも歓声と拍手が渦巻いたほど。そのスピーチには、どこか神がかり的な雰囲気があり、それ以降の雰囲気は一変した。ジョブスは最初にこれまでの各OSについて語り、DOSを1とすると、MacOSは5のパワーがあり、DOS+Windowsでようやく対等の5程度のパワー。さらにWindows NTではそれが8程度まで向上したと説明。そして、次期新OSであるRhapsodyでのOPENSTEP環境では一挙にそれが20まで向上すると語った。
また、新OSに至るまでの過程として、様々なアイデアがあったことを図解とともに紹介し、よりベターなものは何かについて順序立てて語った。そして、最終的な決断として今回、そのポイントを公開したRhapsodyとなったという。もちろん、Rhapsodyは全く新規のOSだが、現在のMac OS用アプリケーションも高速に稼働することを示した。そして、AppleとNeXTによって、どのような世界が開けるのかを、自らNEXTSTEPを操作しながら解説し、現在のNeXTでもMacOSを遥かに越える機能を備えていることを実証。次期OSのポテンシャルの高さに疑う余地がないことを来場者に納得させるのに十分な、気迫に満ちたスピーチとなった。もちろん、Appleの信奉者にとってジョブスの、ときに非常識なほど素晴らしいビジョンに再び酔うことができることを確信できただろう。
最後にアメリオとジョブスは並んで壇上に立ち、アメリカの著名な来賓を紹介(モハメッド・アリも会場に訪れていた)し、Appleの明るい未来を新体制と新OSであるRhapsodyとともに迎えることを約束し、長時間にわたったKeynoteを終えた。
さまざまな可能性に満ちたハードやソフトを提供してきたAppleも、近年は明確な将来のビジョンが見えず、遅れに遅れた新OSの開発でユーザーからやや懐疑的な視点で見られることもあった。実際に、現時点はもちろん、将来のAppleのビジョンを含めてMacintoshを選んだというユーザーも多い(私もその一人だ)。しかし、今回の発表(というよりもビジョナリーとしてのジョブスの復帰)で、再びAppleに対する感心が高まったことは確実だ。もちろん、MacintoshのシェアはWindows 95の登場以降低迷しており、いまやMicrosoft陣営の優位性は技術よりも数の点で明確に勝負がついている。だが、コンピューターがよりパーソナルなものとして、今後も普及し続けるのであれば、価格や実用性よりも、むしろそのなかに夢や可能性を感じられるシステムを選びたいという要望が高まる可能性も高い。そのときの重要な選択肢としてのAppleの存在と明確なビジョンは不可欠なものといえる。その点で今回の発表は、これからパソコンに触れる世界中の多くの人に対して、“もう一つの魅力的な選択肢”が将来にわたって魅力的な存在であり続けることを明示にしたものといえそうだ。あとは、そのビジョンをタイムスケジュール通りにこなし、適正な価格で供給できるかどうかにかかっている。
('97/1/8)
[Reported by 山田久美夫]