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もうGHzだけの時代は終わった、これからは新しい指標が必要だ


●IntelのR&D部門の幹部が脱GHzをスピーチ

 「我々が強調したいことは、もはやGHzと価格だけではなく、これからはトータルのユーザーエクスペリエンスが重要だということだ」、「(GHzだけからの)変化はまさに進行している」、「しかし、そのためには新しい指標(matrix)が必要となる。これは当社だけでなく、業界全体のチャレンジとなる」

 またAMDがAthlon XPのプロモーションをしている? いや、そうではない、これはなんとIntel幹部のセリフなのだ。

 先週、サンノゼで開催された「Microprocessor Forum 2001」で、IntelのプロセッサR&Dの指揮を取るJustin R. Rattner氏(Acting Director, Technology and Research Labs, Intel Architecture Group)は、Intelの今後のCPUの方向性を示した。冒頭のセリフは、Rattner氏が、キーノートスピーチと、その直前のプレスカンファレンスで語った内容だ。つまり、AMDが主張する「GHzが性能ではない」と同じことを、Intelも明確に言い始めたのだ。これは、クロックを向上させるだけがCPUの方向性ではないことが、業界全体のトレンドになりつつあることを示している。

 Rattner氏によると、このトレンドはIntelのCPUデザインにも影響を与えているという。つまり、クロックだけでなく、性能や消費電力などのバランスが取れた方向へとCPU開発も向かっているという。ということは、Pentium 4以降の新世代CPUは、クロックの向上は維持するとしても、Pentium 4のようにクロックを飛躍させるアーキテクチャではなく、クロック当たりの性能を向上させ、性能当たりの消費電力を抑える方向に向かうだろう。皮肉なことに、これはAMDの方向性(Athlon XPやHammer)と一致する。

 どうしてIntelが、こうした方向転換をするのか。それは、今後のCPUでは熱が最大の問題になるからだ。「我々は、もはや消費電力を顧みずにCPUの速度と複雑度を上げることはできない。消費電力との戦争はどんどん激しくなる」とRattner氏は指摘する。

 ここで言っている消費電力は、CPUの出す熱の指標である熱設計消費電力(TDP:Thermal Design Power)のことだ。実際、現在のPentium 4のTDPはデスクトップPCに搭載できる限界に近づいている。また、TDP以上に問題なのは、ダイ(半導体本体)面積当たりの消費電力である電力密度(Power Density)だ。電力密度が高まると、CPUの冷却は難しくなる。これは、Intel CPUより性能に対するダイが小さく、電力密度の高いAthlonで顕著だ。Intelはこの2点をTDPと電力密度をある一定の枠(エンベロープ)に止め、その枠内で性能を上げてゆこうとしている。


●性能の新しい指標が必要となる

 しかし、この路線には問題がある。それは言うまでもなく性能や機能の指標の問題だ。これまで、Intelはクロックを性能指標として強調してきた。それは、Intel CPUが、多くの場合、PC市場でライバルに対してクロックで上回っていたからだ。特に、ここ数年はそれが顕著で、Intelはクロック=性能だと単純に言っていればよかった。

 だが、クロック偏重でないCPUを作ろうとすると、今度は、クロック以外の指標が必要となる。つまり、現在、AMDが直面しているのと同じ問題に、Intelもぶち当たってしまう。

 Rattner氏が指標が必要となる例として挙げたのは、Intelのマルチスレッディング技術「Hyper-Threading」だ。Intelによると、Hyper-Threading技術をインプリメントすると最大30%も性能が向上するという。そして、サーバー向けのベンチマークなどではHyper-Threadingによる性能向上は反映される。しかし、デスクトップやモバイルにHyper-Threadingが入ってきた時には、新しいマトリックスがないと性能向上がユーザーに伝わらない。ほとんどのベンチマークテストが、マルチスレッド処理の性能を測るようになっていないからだ。そして、おそらくIntelは2003年にはデスクトップとモバイルにも、Hyper-Threadingを持ってくる。Intelとしては、新しい指標を確立する必要が見えているわけだ。

 では、Intelは新しい指標をどのように確立し、エンドユーザーに浸透させてゆくつもりなのだろう。 「伝統的な指標もまだ使用されるだろうが、将来のCPUでは新しい指標も必要となる」、「まずはCPUのワークロード、例えばメディアデータタイプなどに対するワークロードに力点を置くところから始めている」、「その先の新しいエリアの指標を確立するという点については、CPU業界全体でどのようにそうした指標を確立したらいいかを、社内で話し合い始めたばかりだ」とRattner氏はIntelの取り組みを説明する。まだ、スタートしたばかりという段階で、これから先の展開となるわけだ。


●Intelのマーケティング戦略との矛盾

 実は、Intelはこうした方向性を突然言い始めたわけではない。前にもレポートしたが、今年に入ってから徐々に明かし始めていた。最初は、2月に米サンフランシスコで開催された半導体学会「2001 ISSCC (IEEE国際固体回路会議)」でパット・ゲルシンガーCTOが講演した。次に、8月の「Intel Developer Forum(IDF)」でRattner氏が、今回の先触れになるような説明をしている。

 だが、Intel全体で見ると、「ノーロンガーGHz」というメッセージはあまり表に出ていない。それはこの方向性が、Intelにとってやっかいな矛盾を産み出してしまうからだ。将来、IntelはCPUのマーケティング戦略を大幅に変えないとならなくなるだろう。

 Intelが、クロックに偏重したマーケティング戦略を取ってきたのは、Intelの収益構造から来ている。Intelは、低クロックCPUを安く、少ししか採れない高クロックCPUを高く売る。売れるCPUの大半は200ドル近辺かそれより下だが、利幅が非常に大きい高クロックCPUもある程度売れる。そのために、Intel CPUのASP(平均販売価格)は高く保たれ、利益が確保され、Intelは膨大な投資を続けることができた。

 このモデルに矛盾が起こり始めたのは、高クロックが高発熱をもたらすようになったからだ。Intelの長年にわたるエンドユーザー教育の結果、今の市場では、比較的低クロックでしかも高付加価値(=高価格)というCPU製品が成り立ちにくくなってしまった。

 例えば、超低電圧版モバイルCPUを見てみよう。超低電圧版CPUは、高電圧をかければ高クロックで動作するチップが多く、Intelとしては高価格で売りたい。ところが、超低電圧で動かしているから、困ったことにクロックが低いため、あまり高い価格をつけられない。また市場自体が、そんなCPUを受け入れてくれない。その上、動作クロックをさらに低くしてもっと採れるようにしようとすることもできない。Celeronのクロックすら大きく下回ってしまうからだ。

 同じことは、デスクトップCPUにも言える。Intelは、SFF(スモールフォームファクタ)版Pentium 4を多少の価格プレミアをつけて提供しようとしている。Intelとしては、それは当然だと考えているわけだが、PCメーカーにとってはそれは受け入れにくいという。というのは、同じクロックのCPUを搭載しているのに、SFFだとPC価格が高くなってしまうのでは、市場で売れないからだ。これも、クロック=価値のマーケティングが続いたための現象だ。

 こうして見ると、クロックだけでなく新しい指標をという話は、結局のところCPUの価格設定のベースを何に置くかという話だとわかる。クロック以外の指標がエンドユーザーにも浸透し、エンドユーザーが新しい指標で価値を判断してカネを払うようにならない限り変化は訪れない。そのためこの目標の実現には、膨大なマーケティングパワーが必要となる。


●方向性は正しいモデルナンバーだが

 こうした流れを見ると、クロックではなく実効性能でCPUの性能を示すことにして、そのための性能指標を作り、その指標をベースにCPUの価格を設定しようというAthlon XPのコンセプトは、CPUのトレンドに沿っている。

 ただ、現状では問題が2つある。それは、これがAMDのコンセプトであり、しかも最初の指標であるモデルナンバーが、クロックと相対できるものだったためだ。実際、AMDはAthlon XPの価格設定を、ちょうどモデルナンバーをMHzに置き換えた時のPentium 4の価格と同レベルになるように設定している。前にも書いたが、AMDは本当はクロックから離れた指標を作りたかったが、それは今回導入できず、将来計画(TPI:True Performance Initiative)になってしまっている。

 AMDにとって、このモデルナンバーはエンドユーザーにとってわかりやすい=PCメーカーにとって導入しやすい、という選択だった。しかし、それは同時にIntelにとってターゲットにしやすいことを意味する。

 そう、誰がどう考えても、Intelはモデルナンバーがクロックライクな指標である点を突くマーケティングを展開するに決まっている。つまり、AMDは低いクロックのCPUに、高いクロックのラベルを貼って高く売ろうとしている的なキャンペーンをIntelが展開するのは目に見えている。というより、実際にもうOEMに対して展開を始めている。そう考えると、モデルナンバーは、Intelのマーケティング部隊の前に格好のエサを投げてしまったような気がする。しかも、Intelの方がマーケティングパワーははるかに高いわけで、これはどう考えてもAMDに不利だ。

 だが、2~3年というスパンで見ると、Athlon XPのアプローチやTPIは正当に評価されるようになるだろう。というのは、クロック以外の指標というのが、業界全体で珍しいものではなくなる可能性が高いからだ。もちろん、CPUのクロックは指標のひとつであり続けるだろうが、別な指標も示され、クロックオンリーに基づかない価格設定が行なわれるようになるだろう。Intel CPUも含めて。

 Intelがクロック以外の指標を、どうユーザーに浸透させるかを具体的に進め始めると、Intelもモデルナンバーに対するネガティブキャンペーンをトーンダウンせざるを得なくなる。自己矛盾に発展する恐れが出てくるからだ。逆を言えば、AMDとしては、それまでひたすら粘ればいいことになる。


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(2001年10月24日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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