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●AptivaとともにThinkPad iも休止へ
最後のAptiva 「Aptiva A 63J」 |
同社によると、年末に発売する新製品から、デスクトップパソコンに関しては、企業向けブランドである「ネットビスタ」へと統合、ThinkPad iシリーズに関しては、iシリーズを廃止して、「ThinkPad」シリーズとして一本化する。
つまり、これまで同社のコンシューマブランドとされていた製品が、コンシューマ製品の売れ行きが最も高まる年末商戦を前に、一気になくなるのである。
これは、まさにコンシューマ事業からの撤退を示す動きだといえる。
果たして、日本IBMは、コンシューマ事業に対して、どう取り組んでいく考えなのだろうか。
日本IBMでは、今回の2つの製品群を休止する理由を、「IBMのコアコンピタンス(中核業務)に集中した結果の措置」と説明する。
Aptivaと、ThinkPad iシリーズに共通しているのは、オーディオ、ビジュアル機能を強化したコンシューマパソコンだという点だ。ソニーのVaio、NECのValueStarやLaVie、そして、やや幅を広げればアップルコンピュータのiMac、iBookといった製品群と競合する位置づけのものであった。
だが、今回の判断の背景には、この領域が、日本IBMにとって、決して得意分野ではない、という事情が影響している。
企業の生い立ちを見ても、オーディオ、ビジュアルでの優位性を発揮できるソニー、クリエイターなどに多くのユーザーを持ち、そのノウハウを蓄積しているアップルコンピュータなどに対して、日本IBMは、もともとそうした地盤を持たない。NEC、東芝などが家電分野での実績を持っていることと比較しても同様だ。
今後、コンシューマ市場が発展していくであろうデジタル家電への方向性を見た上でも、日本IBMが現在のままで、ソニー、アップル、NECなどと、この分野で互角に対抗していけるかどうかは疑問だといわざるを得ない。
そうした意味で、日本IBMが独自性を発揮できるビジネス分野にフォーカスしたのは当然の選択だといえるだろう。
●収益が上がらないコンシューマ事業
それともう一点あげるとすれば、コンシューマ事業の収益性の悪さがある。
これは各社に共通している点だが、以前、本コラムでも触れたように、コンシューマ向けパソコン事業の場合、そのほとんどが見込み生産で対応することになり、結果として収益悪化につながりやすいという側面をもつ。つまり、どれだけの需要があるかを予測して、事前に生産を行なうため、その読みが外れれば販売機会の損失につながったり、逆に生産過剰で不良在庫が発生して、処分価格で売りさばかざるを得ないという事態が発生しやすい。
さらに、事前に店頭展示用のパソコンも用意する必要があることを考えると、その分の生産量も数にいれておかなくてはならない。全国には、主要なパソコンショップだけで3,000店舗以上があるということを考えれば、ここに展示するだけで少なくても3,000台のパソコンを余計に生産しなくてはならないのだ。
それに対して、ビジネス向けの場合、即納といっても、納期に数日間のタイムラグがある。そのため、受注生産に近い形での製造が可能となり、不良在庫の発生を最小限にくい止めることができるのだ。もちろん、店頭展示モデルなどは基本的には不要だ。
このビジネスモデルの差は大きいといわざるを得ないだろう。
日本IBMの大歳卓麻社長は、2000年度の決算発表の席上で、「当社のパソコン事業は黒字を維持している。2000年度は、'99年度よりもさらに収益性が高まった」と言及していたが、その状況は現在でも同様のようだ。
パソコン最大手のNECが、パソコン事業の赤字化で苦しむなか、同社が黒字である理由を大歳社長は、「当社の独自性を発揮できるノートパソコン分野を主力としている点。そして、ビジネス分野を中心に事業をすすめている点だ」と話す。
採算性の悪いコンシューマ事業のウエイトが少ないことと、技術的な独自性を発揮しにくく、低価格競争に陥りやすいデスクトップよりも、小型軽量化などの独自技術が発揮でき、差別化しやすいノートパソコンを主軸としている点が、同社パソコン事業の黒字化を支えているというわけだ。
今年5月からパソコン事業を担当している日本IBMの橋本孝之取締役も、就任当初から、「シェアを追求するのではなく、日本IBMのコアコンピタンスをベースにした、収益が得られるビジネスの確立を第一優先課題」としており、そうした意味でも、今回のコンシューマ向けブランドの廃止は、それに則ったものといえる。
●店頭からの撤退はない
では、今後のコンシューマ向け市場への取り組みはどうなってくるのだろうか。
同社が、Aptiva、ThinkPad iシリーズの廃止とともに明らかにしたのは、パソコンショップ店頭からの撤退はない、というものだ。
取扱店や展示コーナーなどについては、これまでのようなコンシューマ色の強い領域からは撤退するという形になるだろうが、それでも店頭販売は継続していくことになるという。
ズバリ、そのターゲットは、「ビジネスパーソナル」という領域になりそうだ。
「家庭内に仕事を持ち込んで利用するというユーザーや、店頭に訪れるSOHO、個人事業者などに向けた展開が中心になる」と同社では説明する。
つまり、パソコンショップ店頭においては、こうしたビジネス利用に照準を当てたマーケティング戦略を打ち出すことになるのだ。
東京・秋葉原のLaox ザ・コンピュータ館が今年秋にもリニューアルを予定しているが、その際のリニューアルのコンセプトは、ビジネスユーザーを対象とした店舗への転換である。偶然とはいえ、日本IBMのパソコン事業のコンセプトを合致している取り組みだ。ビジネス分野への取り組みは、業界内でも、大きな潮流のひとつといえるのかもしれない。
ただ、日本IBMの戦略が明確に打ち出されたものの、やはり、純粋な意味でのコンシューマ向け製品からの撤退は、少し寂しいものがある。'95年の登場以来、Aptivaプランドに親しんだユーザーにとってはなおさらだろう。
昨年、AS/400のブランドがなくなり、Iシリーズへと変更されたが、その際も、AS/400に親しんだユーザーからは寂しくなるとの声が聞かれた。それもそのはずで、一部では、「AS/400は、ビジネスコンピュータのMacintosh」という声すら聞かれるほど、熱狂的なファンが全世界の企業IT部門に散らばっていたのである。
だが、もしかしたら、IBMの強みは、こうしたブランドを捨ててまでも、世の中の流れや企業の方向性を打ち出すことができる体質にあるのかもしれない。そうした意味では、今回のAptiva、ThinkPad iシリーズの休止は、IBMのコアコンピタンスを生かす事業戦略へのシフトという意味で、理にかなったものだといえるのだろう。
●「ワイヤレス」を付加価値に
なお、ビジネス領域への取り組みを推進する上で、日本IBMは、ひとつの大きな付加価値戦略を掲げている。それは、「ワイヤレス」である。
日本IBMは、今後発売するパソコン製品すべてに、ワイヤレスLAN機能を標準搭載したモデルを用意する計画を明らかにしている。
現行製品ラインを見ても、ThinkPadのB5サイズ製品であるXシリーズ、Sシリーズ、オールインワン型のAシリーズ、モバイル環境での利用を想定したTシリーズ、そして、デスクトップパソコンのネットビスタのすべての製品において、IEEE802.11bを搭載したモデルを用意しているのだ。この戦略は、今月下旬から順次発売が予定されている年末商戦向けの新製品でも継承されることになる。
さらに、同社の計画では、サーバーやソフト、サービスでもワイヤレス戦略を中核に置くことを表明しており、ビジネス環境のすべての領域でワイヤレス環境を実現しようというわけだ。
「とくに、コマーシャルユーザーにおけるブロードバンドのあり方はセキュアド・ネットワークにあるといえる。つまり、しっかりとしたセキュリティが保たれた環境のなかで、ワイヤレス環境が実現されるかという点につきる」と橋本孝之取締役は話す。
同社では、主力研究拠点である大和研究所で、ワイヤレス環境を構築、セキュリティに関する実験を行なっている。「ハードルの高いところで実験を行なうことで、モバイルにおけるセキュリティがより質の高いものとなる」(大歳社長)として、この場所での実験を続けているのである。
わざわざ、機密情報が集中している研究所を実験場所に選んでいる点でも、同社が「ワイヤレス」に対して、真剣に取り組んでいるということがわかるだろう。
また、成田空港の日本航空さくらラウンジ、新宿京王プラザホテルのロビーなどでもワイヤレス接続ができるようにインフラ提供も行なっており、公共の場所でのワイヤレス環境の整備に向けても余念がない。
単なるワイヤレス機能搭載パソコンだけの提供に留まらず、サーバー、サービス、そして、こうしたインフラづくりまでを含めた戦略を展開しようとしているのだ。
□間連記事
【9月7日】日本IBM、次期モデルからAptivaブランドを廃止
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010907/ibm.htm
【8月31日】【大河原】国産勢を尻目に好調を誇る日本IBM
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010831/gyokai11.htm
【8月1日】ザ・コンピュータ館が中小企業向け/SOHO向けにリニューアル
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010801/laox.htm
(2001年10月1日)
[Reported by 大河原 克行]