Intelは2月16日(現地時間)、4年前にNVIDIAとの間で締結したクロスライセンスが、メモリコントローラを統合した次世代のIntelプロセッサへ自動的に拡張されるものではないとの申し立てを裁判所に対して行なった“らしい”。「らしい」という書き方になるのは、本稿執筆時点で申し立てた当事者であるIntelからこの件に関する正式なリリース等が出されておらず、申し立てられたNVIDIA側の反論しか公開されていないからだ。 というわけで少し分かりにくい状況だが、4年前のクロスライセンス(バスライセンス)は「Nehalem(ネハーレン)のようなメモリコントローラを統合した将来のプロセッサ」(NVIDIAのプレスリリースの記述)には及ばないというIntelの主張は、裏返すとNVIDIAがIntelの意図に反して、メモリコントローラを統合した将来のIntel製プロセッサ向けチップセットを開発しているということを意味している。そしてIntelは、その発売を阻止するために、ライセンスの無効を申し立てたわけだ。 メモリコントローラを統合したIntelのプロセッサというと、Nehalem世代のプロセッサとしてCore i7(Bloomfield)がすでに発売されている。だが、今回問題になっているのは、将来のプロセッサであり、すでに発売されているCore i7を対象にしたものではおそらくない。 そもそもCore i7のプラットフォームは、ハイエンド志向であるため、グラフィックスは外付けのカードが主流だと考えられている。グラフィックス機能を内蔵したチップセットをNVIDIAがリリースしても、プラットフォームの方向性と合わない。数量的にも多くは期待できないだろう。 さらにIntelのX58チップセットがNVIDIAのSLIをサポートしている(先週、Intel純正のDX58SOマザーボードにもSLIのサポートが加わったとのアナウンスがあった)ことを考えれば、SLIをサポートするためにNVIDIAがチップセットを供給する必要はない。自らの強みであるグラフィックス機能を持たないチップセットを、わざわざNVIDIAが開発する意義はなおさら小さくなる。問題になっているのはCore i7のプラットフォームでも、Core i7の外部インターフェイスであるQPIでもないものと考えられる。 となると問題になっているのは、これから登場するクライアント向けのメインストリームプロセッサ、ということになる。Intelがこの分野向けに開発しているプロセッサというと、45nmプロセスによるNehalem世代のクワドコアプロセッサであるLynnfield(デスクトップPC向け)とClarksfield(ノートPC向け)、さらに32nmプロセスによるWestmere世代のグラフィックス統合型デュアルコアプロセッサClarkdale(デスクトップPC向け)とArrandale(ノートPC向け)の4種類が思い浮かぶ(図1)。
Intelがこれらのプロセッサ向けに用意している5シリーズのチップセット(Ibex Peak)は、ディスプレイ表示機能を備えるものの、グラフィックスコアを内蔵しない(図2)。したがって、先に登場してくるクワッドコアのLynnfield/Clarksfieldとの組合せでは、やはり外付けグラフィックスが不可欠だ。言い替えれば、Lynnfield/Clarksfield向けのグラフィックス内蔵チップセットというのは、Intelのラインナップには存在せず、ビジネスチャンスは十分にありそうだ。NVIDIAが目を付けたとしても不思議ではない。 Lynnfield/Clarksfield向けのチップセットにグラフィックスを内蔵する際の最大の障害は、CPUが内蔵するメモリコントローラへチップセット側からアクセスする帯域が十分でない、ということだ。QPIを採用するCore i7と違って、Lynnfield/Clarksfield/Clarkdale/Arrandaleでは、CPUとチップセットとの接続にDMI(Direct Media Interface)を用いる。DMIというのは、別に新しいインターフェイスでも何でもなく、これまでチップセットのNorth Bridge(MCH/GMCH)とSouth Bridge(ICH)を接続するためにIntelが使ってきたインターフェイスだ(図2の左側参照)。
したがって、メモリバスやQPIはもちろん、FSBやPCI Express x16等に比べてもはるかに帯域が狭く、1GB/sec程度しかない(片方向)。HDDやネットワークコントローラを接続するには十分でも、GPUを接続してメインメモリを共有するには不向きだ。 おそらくNVIDIAは、グラフィックス機能を内蔵するチップセット側にローカルフレームバッファを搭載する、あるいはチップセット側にもメモリインターフェイスを用意するといった対策を考えているだろう。しかし、これはIntelの技術ロードマップと整合しない。同じプラットフォームを利用する32nmプロセスのClarkdale/Arrandaleでは、プロセッサにメモリコントローラに加えグラフィックスコアを内蔵する計画だが、その意義が否定されてしまうからだ。 IntelはこれまでFSBをライセンスしても、DMIは他社にライセンスしてこなかった。互換チップセットベンダは、FSBのライセンスを受ける一方で、North BridgeとSouth Bridgeの接続には独自技術、あるいはAMDが開発したHyper-Transportを採用してきた。サードパーティ製のNorth BridgeにIntel製のSouth Bridgeを組み合わせる、といったことはできなかったのである。 おそらくIntelは、NVIDIAにライセンスしたのはFSB技術であり、DMIをライセンスしたことはない、と主張するだろう。一方のNVIDIAは、当社が合法的にライセンスを受けたのはCPUの外部インターフェイスであり、それがFSBであるかDMIであるかは問わない、と主張するのではないかと思われる。 どちらの言い分が通るのかは分からないが、それぞれ一歩も引けない戦いだ。Intelにとってグラフィックスはプロセッサに統合されるべき重要な要素であり、チップセット側に残っているべきものではない。おそらくはAMDも同じ考えであり、だからこそATIを買収したわけだ。 しかし同時にこれはサードパーティ製のグラフィックス内蔵チップセットを否定するものであり、NVIDIAも引き下がってはいられない。昨年秋に発表されたMacBookとMacBook Pro、MacBook Airは、チップセットがすべてNVIDIA製になったことで話題を呼んだ。が、もしIntelの主張が認められれば、NVIDIAは次の世代でこのビジネスをすべて失ってしまいかねない。 さらに問題はNehalem~Westmereだけでおさまらない可能性もある。NVIDIAは低価格のネットブック対抗プラットフォームとして、IntelのAtomプロセッサに、GeForce 9400Mチップセットを組み合わせたIONプラットフォームを提唱している。が、おそらくIntelもAtomの後継品ではメモリコントローラやグラフィックスをプロセッサに統合してくる。そうなった瞬間、NVIDIAはこの市場からはじき出されてしまうことになる。 おそらくこの問題に関して、両社ともまずは裁判所の判断をうかがう展開になるだろう。しかし、長期的に見れば、やはりNVIDIAの分が悪い。ムーアの法則に支配される半導体の世界において、1チップにこれまでなかったさまざまな機能を加えていくことを妨げることはできないからだ。現在は内蔵が当たり前になっている浮動小数点演算機能も、昔は別チップであり、WeitekやCyrixなど多数のサードパーティ製品が存在した。しかし、浮動小数点演算ユニットをCPUが標準的に内蔵するようになり、市場から消えていかざるを得なかった。 もちろんNVIDIAがこれを知らないハズがない。この問題を解決する方策は1つだけ。それはNVIDIA自身がCPU、x86互換プロセッサを手がけることだ。NVIDIAはコンピューティングの中心がCPUからGPUにシフトしていると主張する。しかし、WindowsもLinuxも、GPUの上で実行することができない以上、CPUは必要だ。他社(CPUを持つIntelやAMD)に振り回されたくなければ、自社で用意するしかない。自社のCPUが成功するかどうかは、また別の問題だ。 これまでNVIDIAのようなファブレス半導体会社にとって、CPUを手がける際のハードルとして、常に製造の問題がつきまとった。ファブレスのCPUベンダが、長期的な成功をおさめた例はほとんどない。AMDの創業者であるサンダース元会長が、自社工場にこだわったことは良く知られる。 しかし米国時間2月18日、最終的な株主の賛同を得て、AMDも製造部門を分離することを決定した。NVIDIAもAMDも、同じ半導体設計会社になろうとしている。それどころか、AMDが製造部門を切り離したことで、NVIDIAのCPUを旧AMDの製造部門(The Foundry Company)が製造する、というウルトラCさえあり得る状況になってきた(ここでもIntelのライセンスをクリアできるか、という難問がのしかかるが)。ひょっとすると、もうNVIDIAはCPUの開発をスタートさせているかもしれない。
□NVIDIAのホームページ(英文) (2009年2月19日) [Reported by 元麻布春男]
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