元麻布春男の週刊PCホットライン

NVIDIAのx86参入がAMD完全再生の条件




Fab 4Xのコンセプトデザイン

 AMDは3月3日、かねてから進めてきたAsset Smartに関する取引を完了した、と発表した。平たく言えば、これまで自社で保有してきた半導体製造施設を、アブダビ資本との合弁会社「The Foundry Company」(仮称)に移管したわけだ。この代価としてAMDは7億ドルを受け取ると同時に、半導体設計会社となるAMDにもアブダビ資本1億2,500万ドルが注入される。これによりAMDはThe Foundry Companyの議決権34.2%を持つ株主になると同時に、8億2,500万ドルあまりを受け取ったことで、短期的な運営資金の懸念から解放される。

●AMDとThe Foundry Companyの先行き

 何とも素晴らしい解決策のように見えるが、それはあくまでも全てがうまく行った時の話だ。当面、AMDの最先端CPUはThe Foundry Company以外では製造できないし、The Foundry CompanyにAMD以外の顧客はいない。AMDが半導体製造技術への投資と生産設備への投資の負担から完全に解放されるには、AMDとThe Foundry Companyそれぞれが独立して運営できる基盤を築く必要がある。

 これまでAMDは、Intelに対抗するために、莫大な投資を行ない製造プロセスの更新を続けてきた。その負担を無くすには、元々の親会社であるAMDに加えて、The Foundry Companyが継続的に投資を続けられるだけの売上げと利益をもたらすAMD以外の顧客が必要だ。そのような顧客を獲得するために、AMDから分離し、ファウンダリ事業会社となる道を選んだのである。

 これが実現しなければ、AMDが望んでも新しい製造プロセスは得られず、The Foundry Companyが必要とする資金はどこからも得られない、という最悪のケースに陥ることさえ考えられる。オイルマネーといえども、無尽蔵にThe Foundry Companyを支える資金を供給することはできないし、昨年秋からの世界同時不況は、それをいっそう明らかにしている。

 ではThe Foundry Companyは、どうやって次世代製造プロセスへの投資を可能とする顧客を見つければ良いのだろうか。もちろんAMDのプロセッサによる売上げは、これまで通り必要に違いない。AMD時代は外注していたGPUやチップセットを、The Foundry Companyで製造できるよう、バルクシリコンの製造プロセスも開発する必要があるだろう。

 The Foundry Companyの問題の1つはここにある。AMD時代に培ってきた製造技術は、SOIシリコンを用いたもので、高性能である代わりにコストが高い。製造プロセスの微細化でIntelから1年あまり後れをとっても、AMDが何とか対抗できるのは、SOI技術による部分も大きい。しかし、高コスト・高性能のSOIを必要とするのは、x86プロセッサをはじめとするコンピュータ分野に限られ、ほかはニッチな用途ばかりだ。ファウンダリ分野のトップ企業であるTSMCも、研究はしているものの、現時点では市場性が見込めないと事業展開していない技術なのである。当のAMDでさえ、GPUやチップセットには使っていないくらいだ。SOI技術でファウンダリ事業をやろうとしても、その顧客は著しく限られる。

 バルクシリコンの製造技術にしても、AMDがチップセットやGPU用に欲するのは、相当にハイエンドで高性能なプロセスだ。現在x86プロセッサにバルクシリコンを用いているIntelの最先端は45nmプロセスで、年内にも32nmプロセスでの量産を開始すると言っている。しかし、こんな微細化の進んだ最先端プロセスを用いるのは、x86プロセッサを除くと、一部のNANDフラッシュメモリくらいで、一般的なファウンダリ需要はもっと古い製造プロセスで十分だ。逆に、製造プロセスの微細化は急がなくていいから、DRAM混載やアナログミックスを優先して欲しい、という顧客も少なくないことだろう。このような顧客がThe Foundry Companyの主流になると、プロセス技術の開発はAMDが期待しているものとは違う方向に行ってしまうかもしれない。

●The Foundry Companyの中立性とNVIDIA

 実は、こうした問題を一挙に解決してくれる潜在顧客が1社だけ存在する。それはNVIDIAだ。ご存じのようにNVIDIAの主力事業はGPUとチップセットであり、AMDの事業と重複する。加えて、現在は手がけていないx86互換CPU事業に参入する可能性もある。

 前回お伝えしたように、NVIDIAとIntelはまたもやバスライセンスで係争中である。今回の係争がどちらに有利で決着しようと、将来的にIntelプロセッサ用のチップセットをNVIDIAが作り続けられる公算は低い。今後、IntelにしてもAMDにしても、プロセッサにメモリコントローラやグラフィックス機能を統合していくことは確実で、その流れは止められそうにないからだ。

 プロセッサに内蔵されている機能をあえて外付けするのであれば、それはハイエンドに限られるだろう。現在NVIDIAは、PCやPC用マザーボードに限らず、MacBookやiMac等のチップセットを一挙に押さえているが、このままでは、これらのメインストリーム事業は消えてなくなる。それに対抗する最も有効な手段は、NVIDIA自身がCPUを手がけることだ。そしてCPUとGPUを含むプラットフォーム単位での対決を挑むしかない。

 実は昨年の7月、NVIDIAはSOI Industry Consortiumに加わった。SOIの技術革新と市場性の拡大をはかるコンソーシアムであり、もちろんAMDやIBMを始め、主要なファウンダリ企業(TSMC、UMC、Chartered等)も参加している。しかし、SOI技術に関して、NVIDIAより経験の豊富なAMDがチップセットやGPUに使わないSOI技術を、NVIDIAが積極的に研究するとしたら、その可能性はマイクロプロセッサ、特にx86互換プロセッサではないかという推論も成り立つ。

 これまでx86互換プロセッサの事業化には、Intelのライセンスという大きな壁がそびえていた。それは今も変わらない。かつてCyrixをはじめとするx86互換プロセッサベンダが、製造をIBMに委託したのは、IBMがIntelとの間に有効なクロスライセンスを持っており、IBMに製造を委託する限りIntelとのライセンス係争から逃れられたからだった。残念ながらコスト等の点で、IBMに生産委託をしたx86互換プロセッサベンダが商業的な成功を収めることはできなかったが、仮にNVIDIAがライセンスを取得できなかったとしても、ファウンダリが有効なライセンスを持っていれば回避することができる。

 ここでハッキリしたのは、The Foundry Companyが有効なライセンスをIntelから獲得できるか、ということだ。現在、AMDはIntelからライセンスを取得して、プロセッサの製造と販売を行なっている。通常、こうしたライセンスは他社へ譲渡できない契約になっていることが多く、おそらくこのケースもそうだと考えて間違いないだろう。

 現時点でAMDはThe Foundry Companyの大株主であり、決算の連結対象でもある。AMDのライセンスをThe Foundry Companyが行使しても、おそらく問題はない。しかし、AMDが投資負担から解放されるためにThe Foundry Companyを完全分離するのであれば、このライセンス問題を絶対にクリアする必要がある。

 そしてThe Foundry Companyがライセンスを獲得できたとすれば、NVIDIAのx86互換プロセッサを製造することも可能になる。NVIDIAから見て問題になるのは、このライセンスの問題と、The Foundry Companyの中立性だ。これについては、AMDがThe Foundry Companyから完全に資本を引き上げるか、NVIDIAがAMDと同じだけ出資することで解決する。今だって、同じファウンダリ企業でAMDとNVIDIAのGPUやチップセットは作られているのである。

 最大の問題は、Intelが簡単にはライセンスを出さないであろう、ということだ。この問題は、当事者同士の話し合いで簡単に解決することはないだろう。もし解決するとすれば、それは政治決着の形をとることになるのではないかと思う。

 現在、The Foundry Companyの主力工場はドイツのドレスデンにある。上述したようにThe Foundry Companyはアラブ資本が多く注入されている。ワシントンD.C.でIntelのポール・オッテリーニCEOが力説したように、米国に巨額の投資を行ない、多くの雇用を創出しているIntelに対し、今のThe Foundry Companyでは政治的駆け引きさえ難しい。

ニューヨークの新工場がもたらす効果

 そう考えると、なぜThe Foundry Companyが主力工場のあるドイツではなく米国に本社を置き、ニューヨークに新工場を建設しようとしているのか、その意味が見えてくる。現在ドレスデンでは300mmウェハ工場のFab 36が稼働中だが、元々200mmウェハ工場だったFab 30を改修したFab 38が、休眠中となっている。にもかかわらずニューヨークに新工場を建設するのは、The Foundry Companyは米国の雇用、ひいては米国の世論を味方につける必要があるからではないだろうか。筆者はそう考えている。

 チップセットのライセンス問題も含め、当分NVIDIAとIntelの動向には注意を払うべきだろう。

□関連記事
【2月19日】【元麻布】IntelとNVIDIAがクロスライセンス問題で衝突
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0219/hot599.htm
【2008年10月8日】【元麻布】AMDが製造部門を分離。巨額の投資を受け入れ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1008/hot574.htm

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(2009年3月5日)

[Reported by 元麻布春男]


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