笠原一輝のユビキタス情報局

ODM部門を切り離しメジャーへの階段を駆け上るASUS




ASUS CEO Jerry Shen氏

 ASUSTeK Computer(ASUS)と言えば、これまでのユーザーの認識はトップシェアの小売マザーボードメーカーというイメージだったのではないだろうか。だが、Eee PC発売以降、ASUSはPC本体の市場においても存在感を高めつつある。ASUS CEOのJerry Shen氏は「我々は第4四半期にはノートPCの市場シェアで第4位になると信じている」と述べ、ネットブックがノートPCの市場にカウントされるため、日本だけでなく世界市場においても同社の市場シェアが急速に伸びるだろうという見通しを明らかにした。

 ASUSは2008年1月、同社が持っていたODM(設計から製造までの委託製造)部門を切り離し、今後はより急成長に備えるため他のODMベンダも利用して柔軟に製造を行なっていくことを明らかにした。こうしたことにより、ASUSは製品の開発、マーケティングや流通などに注力して、世界のメジャーブランドになることを目指していく。

●2008年1月にODM部門をPegatronとして分離、独立させる

 ASUSTeK Computer(以下ASUS)は、2008年1月に会社としての性格を大きく変えている。というのも、ASUS本社から製造部門を切り離し、Pegatronとして独立させたからだ。従来からあったASUSの工場(台湾の桃園や中国の上海など)はPegatronに移行され、ASUSはマーケティングや研究開発、サポートに専念するという体制になっている。

 こうした体制に移行したことについて、ASUS CEOのJerry Shen氏は「2つの理由がある。1つは我々自身のブランドが成長したことで、ODMの顧客と直接競合する可能性がでてきたこと。もう1つはサプライチェーンの効率やスケールメリットを確保するためだ」と説明する。日本のコンシューマユーザーから見れば、ASUSという会社はマザーボードの会社だろうし、Eee PCの会社だろう。しかし、立場を変えると、もっと違った側面が見えてくる。デルやソニーなどの大手OEMメーカーにとっては、ASUSはODMメーカーとしてそれらのOEMメーカーの製品を作る製造工場ともなっていた。

 しかし、Eee PCの成功や、ヨーロッパ市場においてASUSがメジャーなノートPCビジネスのプレイヤーとなることで、ASUS自身のブランドがデルやソニーといったOEMメーカーのブランドと競合するようになってきつつあった。例えば、ASUSでデザインしたノートPCをOEMメーカーに供給するとして、同じようなデザインがASUSからでていたらどうだろう。OEMメーカーのブランドの認知度がASUSを大幅に上回っていれば問題ないが、ASUSのブランド認知度が上がってきてしまえば、やはりそうは言ってられなくなるだろう。

 実際、日本市場でも同様のことが起きていた。日本でもASUSがODMで製造したノートPCをOEMメーカーが販売していたのだが、同じようなスペックをASUSが販売していた、という例がある。この時はASUSのブランド認知度は、そのOEMメーカーに比べて低かったし、価格もそのOEMメーカーに比べて高かった(ASUSの方が出荷数が少なかったので、どうしても高く設定せざるを得なかったからだ)ため、問題にはならなかったが、今後日本でもASUSの認知度が上がれば、それもどうなるかはわからないだろう。

●今後はPegatron以外のODMベンダも利用していく方針

 では、ODMのビジネスをやめて、自社ブランドだけに集中すればいいだろう、と考える読者も少なくないだろう。だが、今度は規模の経済の理屈で他社に負けてしまうことになる。というのも、PCビジネスは経済的規模が非常に重要視されており、ある程度の規模、つまり多数のPCを出荷できなければ競争に勝ち抜くことができないからだ。

 規模、つまり出荷数を維持することは、いくつかの点でメリットがある。1つはBOMと呼ばれる部材の調達コストを抑えられることだ。どんな商売でも言えることだが、たくさん買う人には値引きがあるのは当たり前で、PCのように誰でも手に入れられるような標準的なコンポーネントを利用する製品の場合、購入単価を低く抑えるためには“たくさんの数を買う”、つまり、多くの製品の出荷が必要になるのだ。これまでASUSは自社だけでなく、ODMビジネスもやっていたので、そのスケールメリットを生かして、調達コストを抑えることができたのだ。分社化したとはいえ、Pegatron自体はASUSの子会社なので、とりあえず調達コストが上がることはない。

 かつ、ASUSにとっては別のメリットもある。というのも、今後ASUSが自社の工場以上の規模に発展しようと考えた場合、これまでであれば多額の投資をして自社の工場を拡張することを考える必要があったが、製造部門を切り離したことにより、ASUS自身がOEMメーカーとなり、製造を他のODMへ委託することもできるようになる。実際、Shen氏は「第4四半期からは他のODMベンダーへの製造委託を開始する。来年(2009年)にはPegatronが70%、別のODMが30%という割合になるだろう」と述べ、他のODMベンダーへ生産の委託を行なう計画があることも明らかにしている。このように、ODMメーカーを切り離したことで、これまでとは違った形での製品の製造も可能になるのだ。

●第4四半期には世界のノートPCのシェアで第4位へ急浮上する見通し

 こうした新しい展開は何もASUSが初めてではない。すでにそうしたことを達成したPCメーカーがある。Acerだ。AcerはもともとODMベンダーとして出発し、'90年代には富士通のデスクトップのODM元としても有名だった。Acerが日本に紹介されたきっかけもそうしたODMビジネスだったため、未だにAcerと言えばODMメーカーと勘違いしている人が多いのだが、すでにAcerはODM部門を分離している。それがWistronで、現在はAcerだけでなく、さまざまなPCベンダのODM元となっている。すでにAcerはODM元としてWistronだけでなく、他のODMベンダも利用しており、マーケティングと流通システムの構築に集中することで、今や世界第3位のPCベンダーへと成長している。

 ASUSも明らかにこの道をたどろうとしている。今後はPegatronだけでなく他のODMベンダを利用するというのはその第一歩に他ならない。また、今後は世界のPC市場におけるシェアの獲得に力を入れていくことをShen氏は明らかにしている。「我々は第4四半期にノートPCの世界市場で第4位になれると信じている」(Shen氏)と、Eee PCの出荷量の急速な増大により、ネットブックも数に含まれるノートPC市場でのシェアが急速に上がっていくだろうという見通しを明らかにした上で、スケールメリットを出すためにも、今後もシェアを増やしていくことに集中していくと述べた。

 なお、Acerが世界第3位になったのは、米国などでeMachines、GATEWAY、欧州でPackardBellなどを買収して吸収したことが大きな影響を与えているためだと言われているので、同じくシェアの急速な増大を目指すASUSにも同じような買収戦略があるのか注目を集めるところだが、「もちろんそうした買収というやり方は可能だ。しかし、まずは我々自身で魅力的な製品を出すことで、シェアを伸ばしていくことに集中したい」(Shen氏)と、買収という道を否定はしなかったものの、まずは自社製品の魅力を増やしていくことに集中したいと述べている。

●日本市場へも積極的に投資していくことで、ブランドイメージの向上を目指す

 このように、世界のPC市場においてメジャーブランドへの階段を登りつつあるASUSだが、日本市場に関しては、特別な市場ということもあり、まだまだ課題は少なくない。例えば、世界第3位のメーカーのAcerでさえ、日本市場ではまだ認知度が高いとは言えない状況だ。日本市場ではEee PCは大成功を収めたと言ってよいものの、(マザーボードで皆が知っている自作PC市場は別として)一般コンシューマへのASUSというブランドへの認知度やイメージは確立されていないというのが現状だろう。

 そうしたことを象徴するような出来事が実際先週起きている。先週末に日本でも出荷が開始されてネットトップの「Eee Box」だが、いきなり初期出荷分にはウィルスが混入していることがわかり、無償交換する“騒ぎ”に発展してしまっている(別記事参照)。要するに、製品出荷前のチェックが足りなかったということだろうし、最終的には交換対応という素早い対応をとったことで傷は深くならないで済んだとも言えるが、日本市場においてASUSのイメージに疑問符がついてしまったことは否めないだろう。

 今後、こうしたことを防ぐ意味でも、日本法人の拡張といった取り組みはやはり避けられないだろう。もちろんASUSもその点は認識しており、「我々はまずマザーボードやビデオカードといった製品で日本市場に取り組んでいった。しかし、Eee PC以降はその形も大きく変わりつつある。今後はマーケティングも、販売も、サポートも、優秀な人材をリクルートして人を増やすなりして対応していく必要があるだろうし、実際にそうした計画もある」(Shen氏)と話し、日本市場に対しても投資を行なっていくことを明らかにした。

 正直なところ、Eee PCの急速な市場シェアの拡大を前に、ASUSの方も準備が追いついていないという感じは否めない。実際、他の地域ではそれなりにノートPCの販売網があったため、ある程度の準備はできていたが、日本市場に関してはほぼEee PCがスタートという状況だったと言ってよい。

 Shen氏も認めているようにASUSもそのことは認識しており、今後日本法人への投資などを通じて、問題を解決していく方針だ。ネットブックのブームが過ぎて、当たり前の製品になった時にASUSやEee PCがブランドとして定着しているかは、これからの対応次第とも言えるだろう。

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【10月4日】ASUSTeK、「Eee Box」のウイルス混入を確認。無償交換で対応
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1004/asustek.htm
【9月30日】【笠原】ASUSが語るEee PC誕生秘話
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0930/ubiq229.htm

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(2008年10月9日)

[Reported by 笠原一輝]


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