笠原一輝のユビキタス情報局

Windows 7でも課題として残る
x86ベースのMID/スマートフォンへの対応




 10月に米国で行なわれたPDC(Professional Developer Conference)では、Windows Vistaの後継となるWindows 7の情報が公開され、参加者には最初のβの配布が行なわれた。Windows 7は、Windows Vistaをベースにしてさまざまな調整を行なうことでユーザーの体感速度を向上させるなどが特徴となっている。Windows Vistaがいくつか抱える課題を解決するが、それでも解決できない問題もいくつか残っている。

●妥当な判断と思われるWindows VistaをベースにしたWindows 7

 残念ながら筆者はPDCに参加できなかったので、その内容に関して詳しく論じる資格があるとは思えないのだが、それでもPDCやWinHECの資料を読む限りWindows 7がWindows Vista SP3だという“評判”は間違ってないだろうと思う。Microsoft自身も認めているように、Windows 7は基本的にはWindows Vistaのカーネルをブラッシュアップしたバージョンで、Windows Vistaをベースに発展させたものだと言ってよい。そもそもWindows 7のバージョンである“6.1”というバージョンがそれを端的に示していると言っていいだろう(ちなみにVistaはバージョン6)。

 だが、そうした判断は2つの理由でMicrosoftにとって正しい判断だと筆者は思う。1つめの理由は、Windows Vistaはそもそもかなり意欲的な仕様で、それを元に改善、改良を加えることは妥当な判断だからだ。Windows Vistaにはこれでもか、と思えるほど新しい機能が搭載されている。ユーザーインターフェイスでも3D描画機能を組み込んでみたり、HDDを丸ごと暗号化するBitLockerの機能などの新しいセキュリティの機能などもそうだろう。正直言って、今のユーザーにはあまり使われていない機能が山盛りだ。つまり、将来を見据えて、いろいろな機能を詰め込んだのがWindows Vistaだった。であれば、それをブラッシュアップして、より洗練された使いやすいものにするというMicrosoftの判断は間違っていない。

 そして2つめの理由は、1つめと連動するのだが、そうしたブラッシュアップの手法を選択することで、次期OSをリリースする期間を短くすることができることだ。この意味はMicrosoftにとって決して小さくない。というのも、多くのユーザーがWindows XPからWindows Vistaへ移行しない理由の1つに、XPとVistaの間隔が実に6年近くかかっていることによりOSをバージョンアップすることを忘れてしまった、ということが多分に影響しているからだ。XP以前の場合、企業であってもOSは2年に一度程度更新されることを前提にさまざまな計画を立てていた。もちろん、それに対して文句を言っている人は少なくなかったと思うが、それでも結局はバージョンアップをしていたというのが実態だった。

 しかし、XPからVistaリリースまでの期間が6年に及んだことで、多くのユーザーに“OSはバージョンアップするもの”という“習慣”は確実になくなり、OSのバージョンアップに対して以前よりも保守的になってしまっている。従って、ユーザーにもう一度その“習慣”を思い出してもらう意味で、Vistaから短い期間でWindows 7をリリースするというのは、MicrosoftのOSマーケティングにとって正しい判断だと思う。

●ワンカーネルの仕組みも継続されるWindows 7

 そうした判断をした一方で、犠牲になったこともある。それがフレキシブルカーネルと呼ばれる、より柔軟性を持ったカーネルのアーキテクチャの採用を見送ったことだ。

 よく知られているようにWindows Vistaのカーネルは1つしかない。ではなぜ複数のSKU(製品)があるのかと言えば、それは搭載しているソフトウェアを増減(実際には下位SKUでは利用できないようにする)させているだけだ。この仕組みを利用して1つのカーネルで、最上位SKUのUltimateからHome Basic、そして日本では用意されていなが成長市場などに提供されているStarterまで複数のSKUが用意されているのだ。このため、どのSKUであっても基本的に要求されるハードウェアの仕様は同等であり、どのSKUを選んでも(起動時にロードするモジュールの違いがあるため若干の違いはあるが)いわゆるOSの“重さ”にはさほど差はないのだ。Windows 7でも基本的にこうした仕組みは継承されることになるだろう(だろう、というのはもちろん今後変わる可能性はないとは言えないからだ)。

 Microsoftがこうしたワンカーネルから複数のSKUを構成するという仕組みを採用しているのには、もちろん理由がある。ワンカーネルの仕組みをとることで、何らかの理由でカーネルにパッチを当てたりする場合でも、1つを用意すればすべてのSKUに対応できるので、メンテナンスがより楽になる(Windows VistaのパッチがすべてのSKUに対応していることに注目していただきたい)。メンテナンスコストは結局のところOSの価格などにも反映することになるため、もちろん最終的にはユーザーにも恩恵はあることを考えると、これはこれで論理的な選択だ。

●ネットブックにおける問題

 では、ワンカーネルの仕組みの何が問題なのか?

 1つはネットブックの問題だ。“でもPDCやWinHECでMicrosoftはネットブックの問題はWindows 7で解決するといってるじゃないか”と思うかもしれない。確かにネットブックはWindows 7で動作するだろう。

 というのも、ネットブックは所詮はスペックがやや低めな“ノートPC”であり、現状でもWindows Vistaは動作する。CPUはAtom、HDDは160GB、メモリは1GBで多くのモデルは2GBまで増設可とくれば、Windows Vistaが動かない理由はないし、現にMicrosoftはWindows Vista Home BasicのULCPC版をすでにOEMメーカーに提供を開始している(余談になるが、ULCPC版のWindows Vista Home BasicはULCPC版Windows XP Home Editionよりも高い価格に設定されている)。もちろん、それが快適かどうかは人それぞれ受け止め方が違うだろうが、動かないということはない。Windows 7が軽くなれば、この問題はなくなるだろう。

 むしろ、問題は、ULCPC版が安価に設定されていて、通常版は高いという現在の変則的な価格体系だろう。同じHome Basicでも通常版は通常価格で、ULCPC版は安価というのはどう考えても矛盾している。これをWindows 7ではどうするのかが1つの課題と言えるだろう。綺麗に解決するのであれば、Windows 7ではHome Basicの下にさらにネットブック用の下位SKUを用意し、そちらをネットブック用として安価に提供する、という形しかないだろう。

●Windows 7でも解決されないMIDでの課題

Intelのアナンド・チャンドラシーカ副社長が手に持つのはMoorestownベースのスマートフォンのデザインモック

 このようにWindows 7におけるネットブックの問題は、技術的な問題ではなく、あくまでマーケティング上の問題だ。では、ワンカーネルが本当に問題になるのは、どのエリアなのかと言えば、それはIntelが来年の半ばに計画している次期Centrino AtomとなるMoorestown(コードネーム)がカバーする、より小型のMIDやスマートフォンといった製品のOSだ。

 現在のMenlowベースの製品の多くはWindows Vistaも動かすことができる(快適かどうかは別の議論として)。しかし、Moorestownベースのデバイスではそうはいかない可能性が高い。例えばスマートフォンなどではメモリを1GBも積むことができないだろう。256MBなどといったかなり小さなメモリしか積めない可能性が高い。ストレージも同様で、4GBなどの小さなストレージが標準となるだろう。そうした時に、インストールするだけで数GBになってしまうWindows VistaやWindows 7が動作するのか? もちろん答えは否だ。

 だから、こうした製品向けにはより少ないメモリやストレージで動作する絞ったカーネルを持ち、かつユーザーインターフェイスもカスタマイズしたバージョンが当然必要になる。そうしたWindowsが欲しいということは、Intelのウルトラモビリティ事業本部を率いるアナンド・チャンドラシーカ副社長も主張しており、Microsoftと話をしていると常々述べている。

 しかし、より小さなメモリで動くスマートフォン向けWindows 7を出したとすれば、Windows Mobileの位置づけが非常に微妙になるため、Microsoftはそういった製品に踏み切らないだろう。

●Moblin LinuxをアピールするIntelだが、本音の部分は?

 Intelもそうした事情がわかっているだけに、MID向けのOSとしてMoblin Linuxを盛んにIDFなどでアピールしている。以前この連載でも紹介したASUSの例のようにMicrosoftに自分の言い分を聞かせたい時にはLinuxを持ち出すということが、もう業界の常套手段のようになってきており、おそらくIntelのそうした動きもそうした視点で見る必要があるだろう。

 実際、9月、10月と台湾のネットブックベンダの関係者と話してみてわかったことは、彼らも本気でLinuxをやろうとは考えていないということだ。日本のOEMメーカーは別として、一般的なPC OEMメーカーはソフトウェアのリソースをほとんど持っていない。このため、OSならMicrosoftなど、ソフトウェアベンダに作ってもらい、それに対してライセンス料を払い自社製品にバンドルして出荷するというのが一般的な姿だ。この場合、恒久的に発生するソフトウェアのメンテナンス(例えばセキュリティパッチとか)はすべてソフトウェアベンダが担当することになる。仮にこれをハードウェアベンダがやろうとすれば、大幅なコストアップは避けられないことになる。

 Linuxは確かにタダだ。しかし、メンテナンスや動作検証、さらにマーケティングといったことを自社でやろうとすればコストはもちろん無料ではない。そうしたものを自社でやるのと、MicrosoftからWindowsを買うのとどっちが安いか……、現状ではWindowsというのがハードウェアベンダの一般的な認識と言ってよい。当然、同じ事はMoorestownで本格的に登場するであろうMIDやスマートフォンでも言えるのではないだろうか。確かにLinuxはいいかもしれないけど、結局のところ前述のようなメンテナンスを恒久的にやってくれる強力なリーダーがLinux陣営にはいないこともまた事実だ。

 Intelも本当にLinuxを望んでいるのかと問われれば、筆者はそうではないと思う。あくまで次善の選択肢としてLinuxを検討しているのだと思う。

●ライバルの不在は業界のみならず、Microsoft自身にとっても不幸な状況

 だが、仮にLinux陣営に強力なリーダーが現れたらどうだろうか? 例えば、GoogleがAndroidを携帯電話に提供したように、PC用のAndroidを作ってPCベンダに提供し始めたとすれば、話は全然変わってくるだろう。そうなれば、Intelだって本気でLinuxに取り組んでいく可能性は十二分にあると思う。

 仮にAMDが潰れてなくなったら一番困るのはIntelだ、というジョークはPC業界でよく聞く話だが、多分に真実を含んでいる。ライバルが消滅した時のIntelがどうなのか、というのは実のところ歴史がすでに証明している。Intelが本当に我々が欲しい製品を出してきてくれる時は、たいていライバルが存在していた時だ。TransmetaがCrusoeを出してきたからこそ超低電圧版のCPUやBaniasなどは登場したわけだし、AMDがAthlon 64を出したからこそIntel64(当初はEM64T)が登場したわけだ。本誌の読者ならよくご存じだろう。

 残念ながら、PC OSの世界ではIntelにとってのAMDのような存在がMicrosoftにはない。それはPC業界にとって不幸だが、Microsoft自身にとっても不幸な状況だと筆者は思う。それだけに、ぜひともGoogleのような会社がそれになって欲しいと筆者は切に望みたい。そしてそれと死に物狂いで戦うMicrosoftをもう一度見てみたいと思うのだが、いかがだろうか。

□関連記事
【11月7日】【WinHEC 2008】Windows 7のデバイス管理はよりスマートに
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1107/winhec02.htm
【11月7日】【WinHEC 2008】強固な基盤を提供するWindows 7
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1107/winhec01.htm
□PDC 2008レポートリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/link/pdc.htm

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(2008年11月21日)

[Reported by 笠原一輝]


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