山田祥平のRe:config.sys

Lui、その未来がもたらすドラスティックな変化




 NECがいよいよLui(ルイ)関連製品を出荷する。PCオンデマンドをコンセプトにしたパーソナル指向の強いソリューションだ。その成立には、いつでもどこでもインターネットにつながるネットワーク環境の充実が不可欠だ。果たして、Luiはどこに着地しようとしているのだろうか。

●目の前に自分のPCが出前される

 Luiの仕組みは簡単だ。サーバーとなるPCに装備された専用の拡張ボードに、ディスプレイ出力を入力、ハードウェア的にそれを横取り、圧縮等の処理を加えてネットワークに転送する。リモーターと呼ばれる端末は、送られてきたサーバーの画面情報を、自分の画面に表示する。また、リモーター側のマウスやキーボード操作は、そのままサーバーに送られ、通常のWindows操作ができる。まさに、自分のPCが、自分のいるところに出前されるPCオンデマンドだ。リモーターがサーバーに接続されている間、サーバーのディスプレイ出力は真っ暗になり、そこで何が行なわれているのかはわからない。ここは工夫の余地がありそうだが、出前されているのだから何もできないというのは、ある意味でわかりやすい。ネットワークに重畳され、長い長いケーブルでPCにディスプレイとキーボードとポインティングデバイスが繋がっているようなものだ。

 Windowsには、リモートデスクトップという機能が用意され、Luiと似たようなことができる。Luiが専用のハードウェアを必要とするのに対して、リモートデスクトップは、Windowsだけで完結する。その違いは、やはり、Luiが転送データの圧縮を専用ハードウェアに委ねることで、リッチなUXを、できるだけ少ない帯域で転送できる点だろう。リモートデスクトップでは、UXを劣化させることで狭い帯域でも使えるようになっていて、細いネットワークでもそれなりに実用になる。そこが、あくまでもデスクトップの再現にこだわるLuiと大きく異なる点だ。だからLuiは未来を見ている。

 リモーターと呼ばれるLui端末は、現時点で、ノートタイプとポケットタイプの2種類が用意されている。PC用のソフトウェアがあってもよさそうなものだが、現時点ではそれは考えられていないようだ。

 リモーターは、ハードウェアとしてはWindows CEベースだそうだが、Windows Mobileではない。したがって、Windows Mobile用のアプリケーションを使うことはできない。つまり、リモーターは、アプリケーションを動かすためのプラットフォームではなく、あくまでも、ネットワーク経由で離れたところにあるPCを操作するためのKVM端末なのだ。要はディスプレイ付きリモコンである。だから、ノートPCのようでいてそうではなく、ネットワークにつなぐことができなければ、音楽や動画、写真を楽しむどころか、メモさえとれない。ウェブブラウズなんてこともできないのだ。その割り切りがすごい。

 Luiの発表会には、CMに起用された玉木宏が登場、Luiの印象を語っていた。彼の場合、仕事のために外出先でPCを使うというシチュエーションはありえないとのことで、出先でのポッカリと空いた時間に、自宅のPCにたまりにたまっている写真のデータを整理したりといったことに使えれば便利そうだとコメントしていた。写真好きの彼にとっては、撮りためた写真はきちんと整理しないと気がすまないのだろう。のだめカンタービレではPCにかなり詳しい役として千秋真一を演じていたが、実際のところはどうなのか。でも、本人の考えたコメントだとしたら、ちゃんとわかっている。自宅のPCを持ち歩くのはたいへんだけど、ディスプレイとキーボードとポインティングデバイスだけを持ち出すのならかんたんだ。Luiの本質を的確に理解したコメントだ。

●Luiは何を変えるのか

 これまでのモバイルPCは、環境そのもののサブセットを持ち出す努力をしてきた。その方向性は間違っていないし、今後も続くだろう。でも、そのことだけにこだわっていると、見失ってしまうものもある。マウスやキーボードがワイヤレスになり、今後は、ディスプレイもワイヤレスのものが登場するかもしれない。それらがニアフィールドで使われるものであるのに対して、Luiが提供するのは、地球の裏側にいても、それなりの帯域を持つネットワークさえあれば、実用的に機能するリモコンだ。

 ニュアンスはずいぶん異なるが、ぼくはLuiを見たときに思ったのが、スキー宅急便だった。20年ほど前のスキーブームのころ、スキーに行くために、用具をあらかじめ送っておき、渋滞でストレスのたまる高速道路を避け、新幹線でスキー場に向かう。すると、到着した宿に、自分の用具が到着しているのだ。上越のスキー場なら缶ビールを2本飲めないくらいの時間で着いてしまう。関越道の運転とは大違いだ。なんとなく、そういうドラスティックな変化の予感をLuiはかもしだす。

 今、企業のネットワークの世界では、ブレードPCを一カ所で集中管理し、シンクライアントからリモートデスクトップ接続するようなソリューションがトレンドの1つになっている。同じように、もう、家庭用のPCは、自前のディスプレイやキーボード、ポインティングデバイスなどを持たず、黒子に徹し、目に見える部分はLuiのようなソリューションにまかせるというのもありかもしれない。あるいは、それさえなくて、プロバイダーが仮想化された環境をホスティングするようになるかもしれない。

 そうなれば、リモータデバイスもバリエーションが求められるようになるだろう。サーバーPCのニアフィールド用途として、たとえば、薄型のキーボードにスライドパッドが装備され、家庭用のTVにHDMI接続できるもの。あるいは、セットトップボックスタイプで、ワイヤレスのキーボードやマウスが使えるもの。また、モバイル用途では、壁面に投影できるプロジェクタータイプなんてのもおもしろいかもしれない。重要データを外部に持ち出さずに客先でプレゼンができるということで、企業ニーズも喚起する可能性だってある。

 XGAだのWXGAだのといった既成の考え方にとらわれず、極端に低い解像度のデスクトップで、そのサイズに最適化されたアプリケーションを動かすということであれば、携帯電話に組み込んだっていい。それに、なにも画面がなくたって、音声だけを転送するモードを用意し、音楽を楽しんだっていいわけだ。デスクトップそのものではなく、特定のアプリケーションウィンドウだけを転送するリモートアプリケーション機能のようなことが実現されれば、もっと便利だ。小さな画面用の専用のシェルを用意し、まるで、サイドバーガジェットのようなアプリケーションを動かしたりするのも悪くない。

 つまり、新たに別のOSを用意するのではなく、現状で広く使われているWindowsをそのまま使い、ひょうたんからこまのようなユセージモデルが得られる点までを理解しなければならないだろう。

 もちろん、そのためには、複数のリモータが同時に1台のサーバーに接続できるようになっているのが望ましいし、それには、Microsoftのライセンスへの考え方なども再考してもらう必要がある。また、著作権を配慮して保護された動画の再生に対応していない点も、なんとかうまい方法を考えなくてはなるまい。

 理想的には特別なソフトを使わなくても、一般的なブラウザがLui端末になるようなソリューションがいい。ちなみに、Windowsのターミナルサーバーは、ActiveXコントロールを使って、それができるようになっている。

 もし、ブラウザで自宅のPCを使えるのなら、会社だろうが、学校だろうが、マンガ喫茶だろうが、公共の場所に設置されたPCを使って、いつでもどこでも自分のPCが使える環境が得られる。会社のPCで巨大掲示板を見るのははばかられるだろうけど、見ているウィンドウは自宅のサーバーのもので、たとえスレッドにメッセージを書き込んだとしても、それは会社や学校のPCやファイアウォール経由のものではなく、あくまでも自宅のインターネット接続からのものである。トロイの木馬を踏んだとしても、それは自分の責任だし、被害も自分だけが被ることになる。

 こうしたことができるのだから、ちょっと世界は変わるんじゃないだろうか。

●NECがやるから意味がある

 Luiがやろうとしていることを、現行で用意されている数製品だけで完結させて考えてはならない。これは、NECが本気で取り組む、長期的なプロジェクトであり、おそらくは、プロバイダーサービスまで視野に入ったものだからだ。家庭用のPCでも仮想化が当たり前になり、さらに、圧縮に際しても、専用ボードを必要とせず、プロセッサを使って力任せにやってしまうようになる時代もすぐそこなのだろう。そこまで見越して考えれば壮大な未来が見えてくる。

 こういうことというのは、誰かが大きな声で叫び、先頭をきって走り始めないと、誰も見向こうとはしない。今回は、それをNECがやろうとしているという点に意味がある。始めてしまったら、そう簡単にはやめられないだろう。それに、当たればこれまで事業を支えてきたバリューレンジの一般的なPCが売れなくなるジレンマだってある。そのかわりに付加価値の高いホームサーバーPCが売れればいいのだが、そううまくいくかどうか。そういうリスクもまとめてかぶる覚悟あってのことだろう。おそらくは、NGNまで見据えた、あらゆる意味で鳴り物入りの戦略である。世の中にどう受け入れられるのか、冷静に見守りたいと思う。

□関連記事
【4月15日】NEC、オンデマンドなPC/コンテンツを提供する「Lui」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0415/nec.htm
【2007年12月4日】NEC、オンデマンドPC/コンテンツを実現するホームサーバー/クライアント「Lui」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/1204/nec.htm

バックナンバー

(2008年4月18日)

[Reported by 山田祥平]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.